玄関扉の設置
「ごぶ……あくだる、きをぬくなごぶ」
「ごぶぅ……もちろん」
洞窟の入り口に、ゼリューンヌィとアクダルという、ゴブリンの中でも力の強い二体が重い岩の扉をはめ込む作業を行っていた。
そのサポートには、もし二体が手を滑らせたとしても大丈夫なように、ウノとリユセがついている。
しばらくすると、上下に設置した金属レールへ岩の扉がはまり込み、重い音と共に安定した。
ゼリューンヌィが扉を横にスライドさせ、その滑らかさに納得していた。
「ごぶ……できた。げんかんとびら、さんごう」
最初の一枚はただの岩扉だったが、この三代目は初代よりも三倍は分厚く、もしも『敵』が攻撃してきても、よほどの高威力でなければ破る事は出来ない。
また、覗き穴も用意され、中から相手を見る事が出来るようになっている。
横にスライドするタイプの引き戸にしたのはバステトの提案で、押しても引いても開かないので、侵入者も難儀するだろうというアイデアだ。
当然鍵は上下に二つあり、さらに閂も用意されている。
といっても、まだ暖かい今は、夜以外は開きっぱなしだ。
入り口の前に椅子が用意されていて、見張り番がそこに座れるようになっている。
「うたげごぶ! また、うたげごぶ!」
玄関扉の設置完了に、真っ先にはしゃいだのは、作業を見守っていたヴェールだった。
「きのうやったばかりだから、ねえごぶ。それよりう゛ぇーるは、これからみはりのじかんだごぶ」
「ごぶっ!?」
汗だくのゼリューンヌィに頭を殴られ、ヴェールが悲鳴を上げる。
「……こうたい。おれは、けいこするごぶ」
そして見張り番だったリユセは、洞窟のすぐ前で剣を抜いて素振りを始めた。
「ごぶ……それならこのままりゆせがみはりでいいごぶ」
「う゛ぇーる、きこえてるごぶ」
「ごぶうっ!!」
ヴェールはもう一回、ゼリューンヌィに殴られた。
ゼリューンヌィとアクダルは、用意されていた木桶の水を頭から被り、ブルブルと身体を振った。
アクダルはゆっくりと洞窟の奥へ向かう。おそらく仮眠だろう。
ゼリューンヌィはまず、ウノの前に来た。
「ぼす、おれ、おいのり、いくごぶ」
「そうか、気をつけて行けよ」
「ごぶ」
下層では、ゴブリンシャーマンのグリューネが祈祷を行っているはずだ。
ウィル・オー・ウィスプの灯りも増えて、そこに到る通路も明るいモノとなっている。
ウノは気をつけろとは言ったモノの、ゼリューンヌィには最早通い慣れた道、迷う事もないだろう。
ノソノソと奥へ向かうゼリューンヌィの背に、ウノは声を掛けた。
「ゼリュ、お疲れ」
「……たいしたこと、ないごぶ。みなのいえ、まもるの、あたりまえ」
一旦足は止まったモノの、すぐにゼリューンヌィは再び歩きだした。
ただ、さっきよりも若干早足だ。
その様子に、ウノの肩に留まったシュテルンが、短く鳴く。
「照れ屋ですねえ、ゼリューンヌィは」
「本人には言うなよ。ムキになって否定するから」
「はい」
今日の仕事はこの扉の設置ともう一つ。
ウノにとっては大きなイベントとなる――魔術の習得があった。
肩にシュテルンを乗せたウノも少し遅れて、洞窟に入った。
『第一部屋』では、ウノ達が見た事のない格好をしたバステトが待っていた。
「にゃあにゃあ。眼鏡にスーツという、女教師ルックなのにゃ。黒板がないのが残念なのにゃ。とにかく、いつでも授業はオッケーにゃ!」
「……子供が、何か無理矢理背伸びしたようにしか見えないんだけど」
「にゅふふ、これはこれで需要があるのにゃ」
「まあ、とにかく、よろしくお願いしやす!」
直立不動の挨拶であった。
ウノの威勢に、バステトが若干引く。
「ウ、ウノっちも気合い入ってるにゃあ……前にも言ったけど、ホント大した魔術じゃないのにゃ」
「だが、魔術だ!!」
「んんー……まあ、そうなんにゃけど。……あまり期待されると、使った時のショボさとの落差に、激しく落ち込みそうにゃあ……」
ちょっと不安そうになっているバステトだった。
だが、ウノにはそんな事は関係なかった。
何と言っても、魔術を習得出来るのだ。どんなモノだろうと、不満はなかった。
「ところで……どれぐらい修行すれば、使えるようになるんだ? 半年とか一年とか……」
「お、謙虚だにゃあ」
「実はもっと掛かる……のか?」
三年とか、八年とか。
今度はウノの方が心配になっていた……いや、もちろんそれはそれで、全力を尽くす覚悟ではあったが。
「にゃ? ウノっちなら多分、今日の午後には使えるようになるにゃよ?」
「早っ!?」
予想外すぎる習得時間だった。
酒場の、煮込み料理の仕込みより早いではないか。
シュテルンも同様だったらしく、ウノの肩の上で一瞬固まっていた。
「ちょっ、猫神、主様にあんまり大言壮語をしてはなりませんよ!? 変に期待して駄目だった場合、どうするのですか!?」
「にゃー……獣人の場合、内容云々以前に、まず魔力の使い方の問題にゃよ。基本の基本。体術で例えるにゃら、技がどうこうではなく、まず普通に立って歩くとか、そういう所なのにゃ。そこさえ出来れば、あとは楽勝なのにゃ」
基本の基本、という所にウノは心当たりがあった。
それは、これまで様々な魔術師に師事を断られた理由でもある。
「獣人の魔力不足か」
「にゃあ。加えて今言った、使い方にゃ。ただ、それは獣人の場合であって、ウノっちは認識を改めるだけでそこ、あっさりクリア出来ちゃうのにゃ」
「は?」
最も困難な部分が解消されると聞いて、一瞬ウノは気が抜けた。
そして、言葉の意味を吟味する。
それではまるで……。
「そもそも、ウノっち獣人じゃないのにゃ」
「はぁっ!?」
この世に生まれて(多分)十数年、特に疑ってもいなかった人生の一部が揺らされてしまった。
ジョークの類ではないらしい。
絶句するウノに変わって声を発したのは、シュテルンだった。
「ちょ、ちょっと待って下さい、神よ。主様が獣人でないとするなら、一体何なのですか」
「妖精にゃ」
「妖精!? あの、背中に羽の生えた小さい奴!?」
ウノの頭に浮かぶのは、妖精と聞いて真っ先に連想されるそれだった。
死ぬほど、似合わない。
と、ウノは思ったがシュテルンはちょっと違うようだった。
「それはそれでありですね! 小さい主様、萌え!」
「てるんのキャラが一瞬、崩壊したにゃ!?」