ダンジョンとバステトの進化
「夜はオレンジ色、昼間は素でもいいと思うにゃあ。光は色で、生物に様々な影響を与えるにゃ。他の色も試してみるとよいと思うけど、赤は多分落ち着かないと思うにゃ」
バステトの言う赤の照明を頭に浮かべ、ウノは自然と難しい顔になってしまう。
「ああうん、何となく分かる。でも灯りがあると……何て言うか、やっと『家』って感じがしてきたな」
「にゃにゃあ、正に『光りアレ』にゃ。これでウチキも――」
ブタマンに身体を埋めたまま、バステトの身体が柔らかい光に包まれた。
洞窟内が揺れる……いや、これはバステトから放たれる波動を、ウノが感じているせいか。
その波動は部屋を満たし、否、溢れだし……。
「神様!?」
一際強い光が放たれ、それが収まると、そこには一人の幼女が立っていた。
さすがにブタマンからは下りたらしい。
年齢は五、六歳ぐらいだろうか、凜とした顔立ちの中にある瞳は深緑、黒髪は腰の辺りで切り揃えられている。
そして、頭には猫耳、背からは長く黒い尾が伸びていた。
薄衣の衣に褐色の肌を包み、黄金の冠や首飾り、ブレスレッドなどの装身具で飾られている。
神々しい空気を纏った彼女――
「猫の手レベルのお手伝いは出来るようになるにゃ! ご飯とかお掃除とかゼリューンヌィと共に任せろにゃ!」
――人化しても、バステトの中身は大して変わっていないようだった。
「ご、ごぶぅ!? いきょうのかみ、なんのことだ!?」
「あー、何のことだろにゃー?」
目を泳がせまくるゼリューンヌィに、にゃにゃにゃと笑う神・バステトであった。
それよりも、ウノには追求すべき点があった。
「いや、平然と話してるけど、何でゼリュが普通に喋ってるんだよ!?」
「ウチキが力を増したからにゃあ。家の加護や異種族間の繁栄がウチキの力の源にゃら、コミュニケーションは重要な要素にゃ」
「って事は、他のゴブリンも……」
目が合ったリユセが、コクリと頷いた。
「……ごぶ」
「うん、お前は元から言葉少ないから、ちょっと参考にならないよね。そういう意味ではヴェール……」
「ごぶごぶ、なにごぶ? おれっちになにかごようっすかごぶ?」
ウノは何か言おうとして、結局口を閉ざした。
そして、シュテルンと視線を交わした。
「……すごく、三下っぽい喋りですね」
「……うん、俺も思った」
さすが相棒、考える事は一緒であった。
そこからは、自然と宴となった。
「自分もくだもの食べたいです!」
「ごぶ……くえくえ。たんとくえ」
「ありがとうございますです、親分!」
見た感じ、使い魔ではないゴブリン達と、シュテルンやラファルの意思疎通も出来ているようだ。
ただ、マルモチやエルモはそう言った言語を操る形でのコミュニケーションは取らないようなので、これは以前と変わりがなかった。
何にしても、互いの事が分かり合えるようになった、というのは間違いなく進歩だろう。
「にゃはは、ダンジョン内の大掃除に灯り、食べ物の自給自足もそこそこ出来てきてるし、中層ももうちょっとで、住めそうになってるにゃ。今後もこのダンジョンをどんどん住みよい環境にしていくにゃ」
「まあ、まだ最低限の家具もない状態だし、もうちょっと安定したらその辺の購入も視野にして、村に行きたいな」
「確か、馬のモンスターがいたにゃ。アレがあると、素材の運搬も楽になるにゃ」
「ああ、ゲンツキホースね。まあ、アクダルだけに荷物持ちを任せるのも申し訳ないしな」
「ごぶぅ……きにしないで、いいごぶ」
アクダルは、バステトが新しく造り出せるようになった水乳酒を飲んで、赤ら顔になっていた。
「でも、洞窟の見張りやら薪集めやら、他にも仕事は色々あるだろ。でまあ、休みだってあった方がいい。そんな、都合の付かない時に、他に任せられるモンスターがいるとアクダルも助かると思うんだよ」
「ごぶ。……それはわかるごぶ。のんびりやすむ、だいじ」
「……ごぶ。むら……おれもいきたい」
「何だ、リユセは人里に興味があるのか」
「……すこし」
考えてみれば、リユセは武器防具に特に執着している部分があるし、剣術も好んでいる。……まあ、剣術はまだまだ、真似事レベルだが。
なら、村に下りる時の同行者候補に入れておくか、とウノは頭の片隅に留めておくことにした。
一方周囲に、光るスライムを侍らせ、酒を飲みまくる幼女神バステトに、シュテルンとグリューネが注意を促していた。
「あまり飲み過ぎると、明日酷い事になりますよ」
「うん。神さま、前にもやった。頭いたいいたい」
「にゃあっ!? 名指しで注意されたにゃあ」
「何度も二日酔いで頭を抱えているのに、懲りずにやらかすからです」
「にゃ、にゃー、せめてこの瓶ぐらいは許して欲しいにゃあ」
「グリューネ、やってしまいなさい」
「うん!」
「にゃー!?」
飛びかかるグリューネに、懸命に抵抗するバステト。
テーブルの別の場所では、ヴェールが小さい樽から直に赤ビールを飲んでいた。
それを、ゼリューンヌィがブドウやリンゴを食べるラファルの背中を撫でつつ、見咎める。
「ごぶ……う゛ぇーる、おまえもだ。ちょうしにのっていたいめに、あう」
「ごぶごぶ。きをつけるごぶ。……つけるだけごぶ」
「う゛ぇーる、ちゃんとがくしゅう、しろごぶ……!」
通常のゴブリンよりも大きな拳が、ヴェールの脳天に振り落ちた。
「ごぶぅ!?」
「ヴェールは、だいじょーぶでしょうか!?」
「もんだいない、ごぶ。いつものこと、ごぶ。それよりらふぁる、にく、くいたくないか」
「お肉! 食べたいです!」
「ごぶ……ボス」
ゼリューンヌィが席を立ち、ウノを見た。
「あー、いいよいいよ。宴なんだから果物だけってのもな」
「おやぶん、ほぞんこ、おれ、あける」
「おう、さかなもだそう。くおうくおう」
「楽しみです!」
「ごぶ、いっぱいくえ、らふぁる。くっておおきくなれ」
「はいです!!」
「なら、料理はウチキも手伝うにゃー」
ゼリューンヌィとアクダル、ちぎれんばかりに尻尾を振るラファル、それにバステトが奥にある保存庫に向かっていく。
「……あいつ、本当におかんだなぁ」
どこか嬉しそうなゼリューンヌィの背中を見送り、ウノも立ち上がった。
「なら、ついでに照明の設置も実際に試してみようか。スライム&ウィル・オー・ウィスプ、集合ー」
「リユセ、料理の下ごしらえを手伝ってきてはどうですか。刃物の扱いは、ゴブリンの中ではあなたが一番巧い」
「ごぶ……いってくる」
シュテルンの勧めに、リユセもゼリューンヌィらの後を追った。
人数が減って静かになった、かと思えばそうでもない。
チンチンコンカンチンカラチャーン。
硬い音で構築された『音楽』がテーブルの一角から、響いてきていた。
見ると、ヴェールが空いた杯を幾つも並べて、それを両手に持ったフォークとスプーンで叩いていた。
いや、正確には杯の中には、いくらか飲み物が入ったままだ。
「ヴェール、何してる?」
興味を持ったグリューネが、ヴェールの手元をのぞき込んだ。
「ごぶごぶ、こうやってこっぷのなか、みずのりょうがちがうとおとかわる。おもしろいでごぶ」
カンコロチャンチンチャンチャカチャーン。
「ほんと。おもしろい」
「ぐりゅーねも、もっとやる。みんな、おどらせる」
ゴブリン達は少なくなったが、まだモンスターは何体も残っている。
スライム達がうねり、ウィル・オー・ウィスプも緩やかに空中を踊り始めた。
さらに、いつの間にかやってきていたタマハガネスカラベの『カーメン』をはじめとした、ミスリルスカラベらも宴に加わっていた。
ウノが席に座り直すと、その隣のシュテルンも腰を落とした。
「照明の設置はもうちょっと、待ってからだな」
「そうですね、主様」
もうしばらくしたら、ゼリューンヌィ達も戻り、また騒々しくなるだろう。
……こうして賑やかな宴は、明るい光の下、夜遅くまで続いたのだった。