青い炎
夜空には星が瞬き、大きな月が煌々と輝いていた。
上着を羽織り虫取り網を持つウノと、その肩に乗ったシュテルン、そして平たくなったスライムのマルモチ……を上着にしたゴブリンシャーマンのグリューネが夜道を歩いていた。
目的は、青い光のようなモンスター、ウィル・オー・ウィスプだ。
これを利用して、ダンジョンの中に灯りを、というのがウノの計画だった。
「主様、月が明るくてよかったですね」
「ああ、カンテラがなくても済みそうだ。とはいえ、足下は暗いから注意が必要だぞ、グリューネ」
「うん」
「では、私は空から探しましょう。青い炎を見つければよいのですね」
シュテルンが軽く羽ばたき、上空へと飛び立つ。
「実際に燃えている訳じゃないぞ。あと物理攻撃はあまり効かないから、手出しは無用だ」
「承知しました」
軽く旋回してから、シュテルンが遠くへと飛んでいく。
それを見送り、ウノとグリューネも歩みを再開した。
「おーおやぶん、うぃろー……」
「ウィル・オー・ウィスプな」
「うぃろー……」
舌っ足らずま口調を一旦止め、グリューネは顔を上げた。
「うぃすぷ、いえ、明るくなる?」
「呼ぶの諦めやがったな!?」
ハーッと小さくため息をつき、ウノは森の先に向けて目を細めた。
……襲ってくるモンスターの気配はない。
月が出ていて道は明るくても、暗闇は無数にある。
ウノの優れた鼻と耳は、その大きな助けとなっていた。
「ちなみに、それが目的でこんな夜に森に踏み込んだんだ。アレがあれば、ランタンの燃料にも気を遣わなくて済むようになるぞ」
「うぃすぷ、なに食べる?」
言われてみれば、動くモンスターなのだから、何らかの食べ物は必要になるのだろう。
油だろうか? それだとランタンと大して変わらないが……まあ、用意さえすれば自動で食べてくれるなら、その分楽と言えば楽かもしれない。
なんて考えていると、ウノの頭にバステトの神託が響いてきた。
――にゃあ、この場合、土地と住んでる人達の魔力にゃ。まあ、相当獲っても大丈夫と、ウチキが保証するにゃ。
「だけどよるのもり、あぶない。へんなの、でる」
「ああ、夜の森に出るっていう『得体の知れない何か』か。この辺には出ないんだよな」
グリューネが警戒しているのは、通常のモンスターではない。
元々はグリューネらは他のゴブリンらと群れで暮らしていたが、正体不明の存在に襲われ散り散りになった。
結果残った彼女らが、洞窟に到達したのだ。
つまり、その『正体不明』はまだ、健在なのだ。
夜に出現、物理攻撃が効かない、逆に攻撃されると力が抜けるという彼女らの話を総合すると、おそらくゴーストではないかと推測は出来るが、それも不確かだ。
もちろん、モンスターの跋扈する森だから、他のモンスターに捕食されたり自然消滅した可能性だってあり得るが、楽観視しすぎというモノだろう。
「そう、もうちょっと遠く、のはず。ひかる、はなのとこ」
川の近くに、夜になると淡く光る月光草という花の群生地がある。
一度、これを灯りに使えないかと検討した事もあった。
しかし夜にしか光ってくれず、昼間も普通に暗いダンジョン内ではその効果が半減されてしまうので、残念ながら没となったのだった。
そして、『正体不明』はその周辺に現れると、グリューネは言う……が。
「……まあ、そこに固定って考えるのは甘いよなあ。ここに現れる可能性だってある訳だ。ま、出る前にも言った通り、ヤバかったら速攻逃げるから」
「うん、逃げる。ぜんりょく。まるもちも、たのむ」
「にゅう!」
グリューネに応えるように、彼女の上着代わりになっているスライム、マルモチが軽く波打った。
「ああ、一匹ずつならきついだろうけど、二匹合わせてなら何とか逃げ切れるだろう。……それにしても神様さ、本当にコレで捕まえられるのか?」
虫取り網を月にかざして声を上げると、すぐにバステトの神託が返ってきた。
――にぅ、素手で捕まえようとした奴に言われたくないにゃあ。
こう見えてもウチキ、霊に関しては専門にゃ。
虫取り網にも籠にもウアジェトの目を刻んであるから、捕まえたウィル・オー・ウィスプは逃げられないにゃ。
「ウアジェトってのが何なのかは知らないけど、一応アテにはしとくよ」
まあ、魔除けか何かの類なのだろう。
効果があるのならば、ウノとしては文句は何もない。
そして霊と言えば、もう一匹。
グリューネがウノの裾を引っ張って、道から少し外れた方向を指差した。
獣道だ。
「おーおやぶん、多分あっち」
「そうか、さすがシャーマン」
「へへへ」
そしてタイミングよく、シュテルンからの念話も届いてきた。
(主様、こちらでも見つけました。そのまま真っ直ぐ五〇メルト程先です)
「あいよ」
ウノ達はなるべく音を立てないように進み、やがて泉のほとりにたどり着いた。
緩やかに泳ぐ魚のように、青い灯火が泉の上に幾つも舞っていた。
お陰で、昼間のように……とまではいかないが、それでも泉の周辺は幻想的な明るさに包まれていた。
ただ、どれだけ綺麗でも、その灯火はモンスターだ。
ウィル・オー・ウィスプ。
精霊の一種であり、その性質は生き物をその光で幻惑し、水の中へ誘い込む力を有している。
「グリューネ、目を合わせないように気をつけないと、溺れさせられるからな。獲るのは俺の仕事。周辺警戒に集中だ」
「わ、わかった」
バサリ……と静かな羽音と共に、シュテルンがウノの頭上の木の枝に、降り立った。
「主様、お気をつけて」
言われるまでもなく慎重に泉に近づいたウノは、そっと虫取り網を振るった。
軽い感触と共に、青い灯火が網の中に収まる。
それを手早く、腰に差していた籠へと入れる。
籠に記された『ウアジェトの目』が、ウィル・オー・ウィスプを外へは逃さない。
一回でコツを掴んだウノは、ひょいひょいと虫取り網を振るい、次から次へと灯火を籠へと収めていく。
「ま、動きは遅いから捕まえるのは楽なんだけど、手応えがないのがちょっと張り合いないんだよなあ」
結構な数を捕まえても、漂うウィル・オー・ウィスプは逃げる気配がまるでない。
かといって襲ってくる訳でもないのだ。
おまけに、質量もほとんどない為、捕まえた時の感触にも乏しいと来ている。
気を抜くと、水の中に誘い込むのだが、逆に言えば気さえ抜かなければゴブリンよりも弱いモンスターだった。
油断してはいけないとは分かっていても、ちょっとあくびが出そうな作業だった。