スライムの、違う使い道
さて、スライムの様子を見てから一休みするかと、ウノは岩の椅子から腰を上げた。
すると何か話があるのか、ゼリューンヌィが近寄ってきた。
「ごぶ」
言葉はいまだに分からないが毎日寝食を共にしているだけに、何が言いたいかぐらいはウノにも何となく分かりつつあった。
ゼリューンヌィが指し示すのは下。
そして、両手を組み合わせて祈りを捧げてみせる。
つまり……。
「ん? 祭壇か? いいけど、グリューネ共々、道に迷わないようにな。まあ、迷ったら迷ったで、大声上げたら俺か神様が気付くだろうけど」
「ごぶっ!」
「ん、わかった」
ゼリューンヌィに促され、グリューネも席を立つ。
セントートルへの祈りには、巫女が欠かせないのだ。
……そして、今の今まで姿を現していないゴブリンの話題を、ウノはようやく出した。
「で、見張り当番のヴェールは?」
「ごぶぅ……」
「また、おねぼう」
ゼリューンヌィは済まなさそうに頭を掻き、グリューネは猪骨の仮面越しにため息をついた。
「しょうがないなあ、あいつは」
ゼリューンヌィが指の骨をパキポキ鳴らしながら、洞窟の奥へと向かっていった。
そしてしばらくすると。
「ごぶーーーーーっ!?」
「にゅむぅーーー!?」
悲鳴が聞こえ、スライムのマルモチが飛び出してきたので、ウノはそれをキャッチした。
「あ、あいつまたマルモチ枕にしてやがったな」
当のヴェールは、ゼリューンヌィに襟首をひっ捕まえられ、ズルズルと連行されてきた。
頭には、大きなたんこぶが出来ていた。
上層をゴブリン組とラファルに任せ、灯りを点したカンテラを持ったウノ達は中層に下りる事にした。
中層はまだまだ湿気が多く、生活環境もロクに整っていない。
なので、現在の暮らしは、上層でゴブリン達と共に雑魚寝状態だった。
だが、これはあくまで仮の生活だ。
少しずつでも、中層のリフォームは進めていくし、実際徐々に改善はされつつあった。
地面に堆積していた埃はほぼなくなり、瓦礫は洞窟の外に捨て、壁の湿り気も除去された。
それに大きく貢献しているのは、スライムのマルモチと、その分身体達だ。
「にゅむ」
カンテラの灯りに気付き、マルモチが軽く飛び跳ねながらウノに近寄ってきた。
滑らかで弾力のある表面を撫でると気持ちがいいのか、その場で緩やかに回転しながら全体を撫で回してもらおうとする。
「にゃ、にゃあぁ……」
「いや、何で神様が怯んでるのさ」
見ると、二本足で立ったバステトが、何らかの脅威を感じ取ったらしく後ずさりしていた。
ウノとしては、またおかしな事を始めたな、ぐらいにしか思えないけれど。
「ウチキより、猫っぽいにゃ。ウチキの存在理由の危機にゃあ……!」
「神よ。いつから、主様のペットになったのですか。主様のペットは私一人で充分です」
「お前のツッコミも、何か違うよね!?」
シュテルンにツッコミを入れ、彼女らの相手をしていたらキリがないと判断して、周囲を見渡した。
カンテラの灯りに照らされた洞窟のあちこちに、半透明なゼリー……マルモチの分身体であるスライムが蠢いていた。
彼らの仕事は変わらず、洞窟内の埃の除去……つまり、食べる事だ。
「スライムも、大分増えてきたな。……ヴェールも、コイツら枕にすればいいのに。マルモチは一匹しかいないんだぞ」
寄ってきた分身体も、撫でてやる。
気分は猫ハーレムだ。
バステトは、さらに焦りを覚えたようで、ブルブルと震えていた。
「ねむりごこち、ちがうって」
「贅沢な奴め」
試しにマルモチと分身体を撫で比べてみると、なるほど若干触り心地が違う。
マルモチの方が弾力に富み、分身体はやや柔らかい。
……と言っても、どちらが好みかの違いしかないだろう。
しかしいつまでも、撫で続けている訳にもいかない。
適当に切り上げ、皆を引き連れて先に進む事にした。
やがて分かれ道に差し掛かり、ゼリューンヌィとグリューネとは分かれる事になった。
「じゃあ、二人とも気をつけてな。カンテラ、落とすなよ」
「ごぶ!」
「ん、気をつける」
灯りと共に、ゼリューンヌィ達が遠ざかっていく。
元はそれなりにモンスターの巣窟だったというダンジョンだが、現在はスライムとゴブリンしかいない。
なので、危険に対しては、ウノも特に心配していなかった。
さて、と自室になる予定の部屋に向かおうと思ったら……バステトがいなくなっていた。
「シュテルン。神様は、どこに行った?」
「先に部屋に向かいました」
そして、部屋(予定)の場所に入ってみると、バステトはマルモチの分身体をいくつか合体させて作ったと思しき、大きなクッションに身を埋めていた。
「にゃあにゃあ、お帰りにゃあ」
「アンタはアンタですごいくつろいでるな!?」
しかも、猫のくせに仰向けである。
「ウォーターベッド風にゃ。いい感触で昼寝にも最適にゃ」
「寝るなら上か下の方がいいんじゃないか?」
埃こそ、マルモチの頑張りであらかた処理されたモノの、灯りはないわ家具はないわ空気は澱んだままだわと、居続けるにはまだまだ不向きな環境だ。
だからこそ、ウノも上層を仮住まいにしているのだ。
「それだと、この子達が仕事出来ないにゃあ。この子達の職場兼お住まいはこの中層なのにゃ」
「今は邪魔してないのか、それ」
バステトを乗せた大型スライムは、それでも淡々と仕事を行っていた。
ただ、通常の分身体やマルモチよりも緩慢に見えるのは、単純に大きくなったせいか、それともバステトが乗っているせいなのか、ウノにはちょっと見分けが付かなかった。
「ちゃんと動いているから、問題ないにゃあ。お掃除ロボに乗るのは、猫のお約束にゃ」
「時々、神様が何を言っているのか分からない……ロボって、何だよ」
「おそろしく高度な事を言っているのか、主様が理解出来ないほど低レベルな発言なのかのどちらかなのでしょうね……」
丸眼鏡を光らせるシュテルン。
うん、多分後者だと思うな、とウノは心の中で呟いた。
「ふにゃにゃあ。そんにゃ褒めるにゃ」
「まったく欠片ほども、褒めていませんが」
「てるんは、ツンデレにゃ」
「だから、その略称はやめて頂きたい!」
クワァッとシュテルンが鳴くのも、最早お馴染みになりつつあった。
「にゃはは。お掃除は順調にゃ。湿気に関しても、マルモチがどうにかするにゃ。ただ、灯りはどうにもならないにゃ」
「どうにかするのか、マルモチ」
「にゅむにゅむ」
マルモチは、身体を波打たせる。
……『どうにか』するらしい。
何でこんな思考は出来るのに、言語力はないのだろう。
「にゅうぅ……!」
「お?」
マルモチの頂部が高く伸び始めた。
分裂の前兆だろうか?
「むむむにぃ……ぷしゅうぅぅぅ」
だが、マルモチの奇態は、その途中で止まってしまった。
伸びに伸びた胴体もしぼんで、元の楕円形に戻った。
「マルモチ、何がしたかったんだ?」
「にゅう~……」
「すまない、よく分からない」
なんてウノがマルモチの行動に首を捻っている間も、灯りに関する話題は続いていた。
「私が何らかの方法で、不死鳥に進化するというのはどうでしょうか。いるだけで明るくなると思います」
「一番困難そうな、何らかの方法って所がすごく曖昧だ!?」
「そこは、神の領分です。そして、幸い目の前に神がいますし」
しかも、いるだけで火事が起こりそうでもある。
まあ現状、燃えるモノなんて生活の中心となっている上層にしかないのだけれど。
「……ウチキの父ちゃんに頼めば何とかなるかも知れないけど、ちょっと今は近くにいないにゃあ」
「どうにかなりそう!?」
「にゃあ、太陽神にゃ。目からすんごい光線出して敵を焼き滅ぼす、エジプト世界の某ミュータントリーダーにゃ。あ、機嫌損ねるとスーパー殺戮兵器を下界に送り込むにゃ」
「バステト様より破壊神じゃんそれ!?」
大スライムに寝そべったまま、バステトは何とも言えない唸り声を上げた。
「にゃー……そこちょっと微妙な所にゃ。でも太陽神だから、最悪この洞窟溶けちゃうにゃ?」
「もうちょっと地道な方法を考えよう、シュテルン」
「そうですね。さすがに我が家が溶かされては、たまりません」
溶岩ダンジョンというのも、巷にはあるにはあるらしいが、ウノ達にはちょっと荷が重い。
家の安全のためにも、シュテルンの思いつきは却下される事となった。
ウノは、ほぼまっさらになった空間を見渡す。
通常の家なら数軒は入りそうなここが、ウノの未来の住処だ。
使い道に困るぐらいだが、狭すぎるよりはいい。
広すぎても、もてあますが。
何もかもが足りなさすぎる。
ベッドや箪笥と言った家具、食器類に衣類、食糧と水。
そして何より今、何が一番必要なのかというと……。
「じゃあ俺は夜になったらちょっと出掛けるから、しばらく上で仮眠を取るよ」
「お供します、主様。それで、一体どこへ?」
「灯りを獲りにさ」
ちなみにそのスーパー破壊兵器=セクメトは、ここに登場しているバステトと同一視される事があります。
本編でその超絶破壊ぶりが出る予定はありませんが。