戦い終わって
前々回と同じく、ちょろっとシモの話が入ります。
ご注意下さい。
深層から脱出し、ようやくウノは人心地ついてへたり込んだ。
広場のようになっている場所で、見上げると青空が大きく広がっている。
短い草むらに、ゴブリン達も大の字に倒れ込んでいた。
シュテルンも、ウノの隣で羽を休めている。
改めて息を吸うと、空気の軽さにホッとする。
「あー、まったく心臓に悪い。ヴェールお前、深追いしすぎだ」
ウノは、ヴェールの頭を軽くはたいた。
「ごぶっ!?」
弓も道具類も全部深層に置き去りにしてしまったので、作り直しになるだろう。
作ったのはヴェールなのだが、素材の調達はウノ達も手伝っている。
まあ、お陰で身が軽くなって、逃げやすくなったというメリットもあったのだけれど。
「わうっ!!」
軽い鳴き声もまた、ヴェールを叱責する。
「そうそう、お前も怒ってやれ……ってお前まで付いてきちゃったの!?」
「わふ?」
不思議そうに、仔狼が無垢な瞳をこちらに向けて首を傾げる。
ウノの髪の色によく似た、黒と白の毛が混じり合った狼、モノクロウルフの仔だ。
ウノ達にはまったく警戒していないのか、尻尾がパタパタと揺れていた。
この子自身に危険はないだろう。
けれど、ウノは引きつった顔で、シュテルンを見た。
シュテルンも、緊張からかクチバシを鳴らしている。
「……シュテルン、狼の子ってヤバくね?」
「……ちょっと、まずいですね。親狼が追いかけてくるかもしれません」
オオオオオオオォォォォォ……!!
深層から咆哮が響き、森の高みから何十もの鳥が慌てて逃げ出す。
直後、灰色の影が二つ躍り出してきた。
「出ました!?」
バササ……ッ! と、シュテルンが羽ばたき、臨戦態勢を取る。
ウノも立ち上がり、十手を抜く。
ゴブリン達は体力の限界だろう、戦力に数えるのは酷というモノだ。
そして草むらに着地した灰色の影は二つとも、四つ足にもかかわらず頭の高さがウノの顎下程まであった。
「デケえ!?」
その迫力に、さすがのウノも怯む。
モノクロウルフの成獣、おそらく仔狼の両親なのだろう。
「わぅんっ♪」
案の定、仔狼は小さな四肢を動かして、両親に駆け寄った。
片方の狼が、仔狼の首筋を軽く噛む。
おそらく、仔狼を叱っているのだろう。
ウノとしては、親の言う事を聞かずに勝手な事をして蜘蛛の巣に捕まったのかなと、適当に推測してみた。
番らしきもう一方の狼は、ウノ達に対して警戒を緩めず、臨戦態勢を解く様子はない。
その間も、親狼と仔狼の会話(?)は続いていた。
「きゃんっ、わうん!」
「がううぅぅ……?」
犬獣人であろうと、狼の表情なんてウノには分からない。
ただ、城下町で暮らしていた頃から様々な動物と接していたので、雰囲気ぐらいは分かる。
親狼のこれは『不承不承』だ。
何らかの説得を、仔狼からされたらしい。
「ぐるるるる……」
親狼が仔狼に視線を向ける。
すると、尻尾を振りながら仔狼がこちらに駆け寄ってきた。
「え、何?」
足下に擦り寄る仔狼に戸惑っていると、大小二頭は同時に大きく吠えた。
「がぉう!!」
「わんっ!」
……それからウノ達は、特に強いモンスターと遭遇する事もなく、洞窟に戻った。
仲間の無事に、ゴブリン達は浮かれ、何故か赤ワインで乾杯していた。
そして。
「それで……この子は、何なのにゃ?」
「どうも、ウチに住みたいらしい。名前はラファルだって」
「わんっ!」
頑張ります、という風に仔狼、ラファルは鳴いた。
親狼は不満と不安の入り交じった唸り声を上げていたが、ウノ達を見張っていたもう一頭の方はもう少し寛容らしく、仔狼の意見を尊重していたようだった。
「名前もあるのかにゃ」
ラファルという名前は、別にウノが決めた訳ではない。
「……ラファルの歯がさ」
ウノは、ラファルの口の端を指でめくった。
そこには、青い牙が生えていた。
「命を助けられたご恩を返すです! これからよろしくです!」
わふっと、ラファルが短く一鳴きする。
こうして『バストの洞窟』には、新たな『番犬』が加わったのだった。
これで終わるかと思ったら。
「ところでその子は雄ですか、雌ですか?」
なんて事を、シュテルンが言い出した。
「男児です!」
「ふむ、安心しました」
ラファルの迷いなき断言に、シュテルンの警戒が解かれる。
「何に安心してるんだよ」
「もちろん、これ以上愛の敵が増えない事にです」
恋は既に突破し、愛である。
そしてそれをさらに煽るのが、神であった。
「にゃあ、安心するのはまだ早いにゃあ」
「何故ですか、神よ」
「……自分が実は男の子と思っている女の子だったりというケースもあるからにゃ」
「なんと!?」
あまりのショックに、シュテルンはクワッと鳴いた。
「男児です!」
ラファルの主張は変わらない。
その真偽を確認するのは簡単だ。
「……えーと、ちょっと失礼」
ウノは、ラファルの身体をヒョイと持ち上げ、そこを確かめた。
ちゃんと、ついていた。
「うん、男児だ」
そしてシュテルンは、ウノの言葉は疑わない。
その首が、再びバステトの方に向けられる。
「という事ですが、神よ」
「安心するのはウチキではなく、てるんにゃ?」
「もっともです。ですが、てるんはよして下さい」
確かに、バステトは安心するのはまだ早いとは言ったが、女児であるとは言っていなかった。
ウノとしてはどちらでもよかったのだが、ラファルには別に聞きたい事があった。
「ところでラファル」
「はい!」
「お父さん達は、ウチに住むのか?」
「いえ! ちゃんと向こうにおうちあるです! 父様母様は戻るです!」
深層には、狼たちのネグラがあるらしい。
そしてラファルは、恩返しとしてここに残る、という事だった。
まあ、戻る家があるのはいい事だ。
「でも、時々は様子を見に来る……よな?」
オオオオォォォォ……!!
洞窟からやや距離を置いた所から、番のモノクロウルフが揃って遠吠えを上げた。
「そうみたいです!」
「じゃあその間は、この洞窟の周りにマーキングを頼んでくれ。別にトイレ使ってくれてもいいけど……あ、トイレって何かは、後で教えるから」
「分かりました!」
深層のモンスターの臭いだ。
これで、弱いモンスターは近づいてこなくなるだろう。
ただ、一つ懸念があるとすれば……。
「ゼリュとリユセは大丈夫だと思うけど、うっかりヴェールがビビり入るとヤバいよなあ……」
ゴブリン達が、出入り出来なくなったらどうしようという不安だけは、先に解決しようと思うウノだった。