深層へ……?
また妙な力が付与されます。
「さて、予定はちょっと狂ったか。まあ、キノコの方は次回だな」
「はい、主様」
バササ……と羽ばたきし、シュテルンはウノの肩に着陸した。
「それじゃここから再び手分けだ。俺はリユセを迎えに行くから、シュテルンはヴェールと合流してくれ。そしたら、俺達も洞窟に戻ろう」
「了解しました。では――」
シュテルンが羽ばたき、青空へ駆け上がっていくのを見送り、ウノも憶えているリユセの臭いを探った。
それほど遠くない場所に、血の臭いと共にそれはあった。
その一方で、
「ごぶ……!」
リユセのかけ声と斬撃の音も届いているので、無事ではあるようだ。
やや駆け足で現場に向かうと、既に戦いは終わっていた。
「ぜー……ふー……」
息を切らせて大の字に倒れるゴブリン、リユセの周囲には剣と盾に兜、血抜きされた数匹の森ネズミと、血を流し続けるケマリウサギの死体が転がっていた。
リユセ自身は、浅いかすり傷程度だ。
ただ、その数も決して少なくない。
ついさっきまで、ケマリウサギと激戦を繰り広げていたのだろう。
「ご……ぶぅ」
ウノの到着に気付き、リユセは億劫そうに身体を起こす。
「お疲れ、リユセ。傷はちゃんとグリューネに癒やしてもらうんだぞ」
「……ごぶっ」
分かった、と返事をしてリユセが立ち上がる。
それから二人で、ケマリウサギの血抜きをし、荷物の分担を考えた。
今日の食事と今後の保存食なので、全部持って帰る事は決まっている。
ただ、リユセは洞窟のゴブリンの中で一番剣の扱いに長ける一方、力は並だ。
という訳で、森ネズミを二匹持ってもらうことにして、残りはウノが担当する事にした。
「ごぶっ、ごぶぅ!」
休憩して回復したリユセは、自分で獲物を仕留めて誇らしげだ。
さて、ヴェールの方はどうかなと思っていると、ちょうどシュテルンから連絡が入った。
(主様、ヴェールがバロンディアを追っています)
「へえ、やるな」
バロンディアは鹿のモンスターだ。
当然、ネズミや兎よりも大きく、食い出がある。
リユセにもヴェールの現状を伝えてやると、少し悔しそうに唸った。
「ごぶぅ……」
「対抗意識を燃やすなよ。お前がよくやってるのは、知ってるからな。さあ、ヴェールと合流して、鹿を追おう」
「ごぶっ」
荷物は増えたが、動きの妨げにはほとんどならないレベルだ。
契約をしているシュテルンの居場所は分かっているので、それを追えばいい。
(主様、まずいです)
「何がだ」
リユセの速度に合わせて走っていると、再びシュテルンの念話が入ってきた。
その声の響きには、どこか焦りがあった。
(バロンディアとヴェールが北、つまり深層に向かっています)
「止めろシュテルン!?」
ウノは思わず叫んだ。
深層は、洞窟周辺よりもモンスターが強い。
中級冒険者のパーティーなら問題ないだろうが、ゴブリン一匹、それもさほど強くもないヴェールなんて、ひとたまりもない場所だ。
(もう既に向かっています……が、あっちの方がわずかに早い! 駄目です、間に合いません!)
「シュテルンは空中で待機! 俺達と合流するまで、ヴェールを補足し続けろ!」
(了解しました!)
シュテルンと合流したウノは、深層への入り口に立った。
今いる場所と深層に明確な境界がある訳ではないが、ここから先は空気が自然に剣呑になってくるのだ。
ウノ達は、周囲を警戒しながらヴェールの跡を追った。
「なるほど、確かにここはヤバい。少なくとも、初心者向けじゃあないな」
「……ご、ごぶ」
リユセは、ウノから少し遅れ気味だ。
単純に歩幅の問題もあれば、無意識に腰が引けているから、というのもある。
が、ついてこれているだけでも大した物だと、ウノとしては評価していた。
「リユセ、逃げたいなら逃げていいぞ。別に笑わないから」
「……ごぶっ!」
リユセは駆け足で、ウノを追い抜いた。
「気概は認めましょう」
「そうだな。……だが、戦闘は最小限に抑える。ヴェールを確保したらすぐに戻るぞ。全員無事で戻るのが、俺達の勝利条件だ」
「はい」
「……ごぶ」
――あーあー、てすてすてす。聞こえるかにゃー。
「聞こえてるよ。何かアドバイスでももらえるのか?」
――にゃー、ちょっと遠いから、どうかと思って通信を試してみたにゃ。ゼリューンヌィ達も心配してるから、実況するのにゃ。
「なるほど。じゃあまあ、よろしく頼む」
――にゃ、もう深層に踏み込んでるみたいだから、ウチキも一つ力を貸したにゃ。
ちゃんと伝わってるかにゃあ。
「んん? いや、ちょっとよく分からないぞ?」
バステトの言葉に、ウノは自分の両手を確かめてみたが、特に何か変わった点はない。
知らず、力が増しているのかと思い、試しに近くの木の幹を叩いてみる。
それだけで木がメリメリと音を立てて倒れ……たりはしなかった。
「……やっぱり変わってないし。なあ神様、力を貸したって具体的に何してくれたんだ? 『犬のお巡りさん』みたいなのとはまた、違うのか?」
「主様、目が……」
「ん?」
シュテルンの指摘に、思わず目に指をやる。
「いえ、普段は黒いのに、金色になっています」
「そうなのか……? 泉でもあれば確認出来るんだけど……」
さすがに、今は確かめようがない。
そもそも、目の色が変わったからどうだというのか。
――まだ神の力もロクに使えないけど、家の守護神としてウノっちに『番犬』の力を付与したにゃ。家の者を守る力にゃ。
潜在能力の一部が底上げされてるはずにゃ。
どこがパワーアップしたかは、おいおい分かるにゃ。
ちなみに通称は『オルトロス・システム』にゃ。
我ながら格好いい名称にゃあ。
「名前に拘る前に、効果を説明をお願いしたいのですが。そもそも主様は番犬などではなく、家の主です」
「まったくだ、と言いたい所だが……今はとにかく力がもらえるなら、ありがたい。何より、それどころじゃなさそうだ」
ごぶっ、ごぶぅ……!
きゃんっ、きゃうぅ!!
ウノの耳に、助けを求めるヴェールの声が届いていた。
バステトの説明どころではなくなってしまった。
「あっちだ。何か余計なのまで混じっているみたいだけど」
ウノは、早足で急ぐリユセの腰を掴むと、そのまま脇に抱え込んだ。
「……ごぶっ!?」
「抱えた方が早い」