スライム清掃術
ウノとシュテルンは、青スライムを中層に連れてきた。
別に頼んだ訳でもないが、黒猫のバステトも一緒だ。
グリューネ達は、上層の親分ことゼリューンヌィの指揮下に戻って、改築を手伝っている。
相変わらず中層は埃っぽく、ジメッとしていた。
「さてと、ここがお前に食べてもらいたいモノがある場所だ」
ウノは、埃の積もった地面にスライムを置いた。
「むにゅう」
あむあむと足下の埃を、スライムは食べ始める。
「……その前に、やっぱり名前がないと不便だな」
「ご安心下さい。主様が――」
「うん、二度目はどうかと思うんだ。しかし名前か……」
シュテルンの発言を制し、ウノは悩む。
それをあっさり解消したのは、バステトだった。
「丸餅でいいにゃあ」
「マルモチ?」
「とある世界に存在する、この子そっくりの食べ物にゃ」
「こんな風に動くのですか」
「むにぃぃぃ……」
スライムが、ぶるぶると震える。
どうやら自分が食べられるのが怖いらしい……意外に感情表現豊かなのかも知れない。
「動きはしないにゃあ。まあ、パンみたいなもんにゃ。年始めにみんなこれを食べて、喉を詰まらせるにゃ」
「待って、それは兵器か何かなのか?」
「食べ物にゃ?」
「でも、喉を詰まらせるんだろう?」
「風物詩みたいなもんにゃ。これ以上追求すると超不謹慎だから、やめとくにゃ」
よく分からないが、喉を詰まらせてまで食べたいと思うほど、美味いという事なのだろうか。
「……そうだな、何だか怖い気がするからやめとこう。じゃあお前の名前は、マルモチな」
「にゅ!」
了解した、という風にスライムことマルモチは、小さな突起を作ってみせた。
「それで話を戻すけど、この中層には見ての通り大量の埃が溜まってる。それを食ってもらいたい」
「にゅうー」
まあ、もう足下のそれを食べ始めてはいるが。
特に味に不満がある様子もない。
ちょっと思いついて、ウノはバステトに尋ねてみる事にした。
「マルモチは、傷んだ水でも飲めたりするのか?」
「問題ないにゃあ。何でも食べて吸収するのがスライムのいい所にゃ」
「悪食ですね」
「だけど、俺達にとってはいい話だぞ、シュテルン。……で、マルモチよ。水と湿気、壊れた家具や扉も食べてくれていい。ただ、俺達は食わないでくれ。上で紹介した奴らもな」
「にゅっ」
さすがに、仲間まで食べられてはたまらない。
ゴブリン達もさすがにマルモチに負けるとは思えないが……グリューネやヴェール辺りはちょっと怪しい。
「しかし主様、疑問があるのですが、中層は広いです。この一匹でどうにかなるモノなのでしょうか」
「ああ、その説明だけど、俺はバステトから先に受けてる」
シュテルンの疑問はもっともだ。
ただでさえ、スライムの動きは遅い。
加えて、中層の規模はウノ達ですらじっくり回れば相当な時間を費やすほどなのだ。
スライムが睡眠を取るのかどうかも分からないが、もしかしたらウノ達が自分達で清掃した方が早いかも知れない。
そうした心配はウノももちろんし、バステトにも話していたのだ。
「にゃあ、ご飯食べてればスライムは増殖するにゃ。効率もよくなるにゃあ」
「……増殖するたびに、名前をつけなきゃならないのかな」
ウノは遠い目を、ダンジョンの奥に向けた。
多分それは、掃除をするより手間だ。
「それは必要ないにゃ。言語を解するレベルに知能の高いスライムは、そこそこレアにゃ。それ以下はほぼ、本能だけの生物にゃ」
「それはそれで危険のような……」
つまりさっき言った、味方を食うなというのも当てにならないのでは……?
というシュテルンの危惧はもっともだが、話には続きがある。
「その増殖するスライムを束ねるのが、そこのマスタースライムであるマルモチにゃ。つまりここで増えるスライムは、全部ある意味でマルモチにゃ」
つまり今、マルモチはウノの使い魔となっているが、増殖するスライムはマルモチの使い魔的な存在となる。
……というのが、バステトの解説だった。
「まとめると、危険はないにゃ。マルモチの問題でトラブルが生じるとすれば、それは説明不足のウチキのせいになるにゃ」
「珍しく潔いな」
「珍しくは余計にゃあ。猫パンチ! 猫キック!」
バステトの攻撃を適当にいなしつつ、ウノはマルモチに視線を戻した。
「まあ、そんな訳でよろしく頼む。寂しくなったら地図で教えた場所に、俺の寝床がある。そこが留守の場合、上の層ならゴブリンがいるから構ってもらうといい」
「にゅう……!」
モゾモゾと蠢きながら埃を食べていたマルモチだったが、やがて面倒くさくなったのか、その場で転がり始めた。
「いきなり無精し始めた!?」
ただ、動きはさっきとは段違いだ。
早いか遅いかで言えばまあ、遅い方なのだろうが、それでもさっきの数倍は早い。
マルモチが転がった部分の地面は、埃が削り取られたように地面をむき出しにしていた。
「全身消化器官である性質を活かしています。合理的ではありますね」
「それじゃ、水の場所を教えておこう」
ゆっくりと歩くウノ達に、マルモチも転がりながら付いてくる。
バステトがその身体に前足でちょっかいを掛け、そのまま巻き込まれて「にゃー!?」と悲鳴を上げていた。何をやっているのだか。
そして、ウノ達は中央大部屋から地図での便宜上『南』と読んでいる方角にある通路を進み、二部屋ほど通過した所にある突き当たりに到着した。
そこにあるのは、水没した階段通路だ。
「ここが、水たまり。水に関しては、ここのを優先的に吸収して欲しい」
「にゅうぅ……?」
何故、ここを優先するのか。
不満はなく、純粋な疑問の思念が伝わってきた。
「ここは中庭に通じる通路でさ、素潜りで向こうを目指してもいいんだけど……」
「普通に身体に悪いし、いちいち中庭に移動するのに泳がなきゃならないとか、超不便にゃ。多分、ゴブリン達は途中で溺れ死んじゃうにゃー」
「むにゅにゅ」
マルモチは通路の縁に身体を伸ばし、水に漬けた。
その部分がポンプのように蠢き、青い胴体がそこから少しずつ緑っぽい青に変色し始める。
どうやら水を吸収しているようだ。
「……これって、飲み続けたら毒スライムになったりするのか?」
「その可能性はあるにゃ。スライムは分裂出来るから、そこだけ切り離して、ヴェールに毒矢を作ってもらうとか、薬の材料にしちゃうとかいう手もあるにゃ」
「分裂した方は狩ってもよいと?」
「そもそも通常のスライムに、狩られるという意識はないにゃ。前にも言った通り、知性がある方がレアにゃ……そうにゃあ、シュテルンの場合、羽根が抜けたとして、それが矢の材料にされて羽根が文句言うかにゃ?」
「微妙に腑に落ちませんが、大体納得しました」
つまりマルモチから分裂したスライムは動きはすれど、特に理性も知性も意識もなく、利用するなり消滅させて構わないという事らしい。
ウノで言うなら、抜け毛とか切った爪とか、そういうモノに当たるのか。
とりあえず、マルモチにしてもらう事と注意点は伝えた。
……他に何か、言い忘れた事はないかなと考え、ウノははたと思い当たった。
食事だ。
「食べていいモノはさっき言った通り。一応俺達は、朝と晩の二食をしばらく上で食べるつもりだけど、お前も食べるか?」
「にゅうー?」
よく分かんない、という戸惑いの感情がマルモチから伝わってくる。
そりゃあ、そうだ。
マルモチの仕事は食べる事だ。
それと別に食事の時間がある、というのはウノ自身もよく分からない。
でも、『仕事』と『日々の食事の時間』は何となく違うような気がするのだ。
ウノとしても、どう違うのか言葉に困るのだが、そこで悩むぐらいなら、マルモチ本人の意志に任せる事にした。
「にうにう?」
本当にいいのかと、マルモチは念を押してきた。
「思考だけに念押しにゃ……にゃいたっ!?」
スパァン!!
ウノがバステトの後頭部をはたくと、とてもいい音がした。
神様に対する畏敬とかガン無視であった。
しょうもないネタを披露する神より、今はスライムの相手が優先だった。
「いいって。そんなに量は出せないけど、同じモノばかりっていうのも飽きるだろ。『家族』は同じ食卓を囲むもんだ」
「にゅうにゅうー」
ならご相伴にあずかるーと、マルモチはその場でポヨンポヨンと飛び跳ねた。
「家族……主様が旦那様で、妻役は私。マルモチはさしずめペットという所ですね」
「自然に、自分を妻役に置いたな、おい」
ウットリとした目でトリップに浸るシュテルンに、ウノはすかさず突っ込んだ。
「にゃ、にゃあ……? ペットのポジション取られたウチキはどこに配置されるにゃ……?」
己の存在意義を問われる猫神様であった。
「……居候、でしょうか?」
そして、主と同じく従者シュテルンも神に容赦がなかった。
「おのれ鳥類ウチキに力があればその無礼に天罰の一つも下すところにゃ!!」
「しかし大体間違っていない所が否定出来ない……」
フシャーッと尻尾を逆立てるバステトに、まったく恐れを抱かず平然としているシュテルン。
改めて味を確かめようと、腐水に胴体を近づけるマルモチ。
実に、カオスであった。




