ヴェールの特技
ウノを真似て、山を見上げていたグリューネが、ハッと思いついたようにシュテルンを見た。
「しゅてるん、むこうみれる?」
「見る事は可能ですが……主様どうしましょう?」
「いや、今はやめとこう。こういうのは、後のお楽しみだ。食糧調達が先決にしたい」
巨人でもない限り、もし危険なモンスターがいてもこちらまで来る事はないだろう。
興味はあるが、優先順位はかなり低かった。
それよりも、食べ物だ。
「死活問題ですからね……って、ヴェール何をしているんですか」
ゴツゴツとした岩壁を、『お調子者』ヴェールがよじ登ろうとしていた。
指を引っかける場所はいくらでもあり、慣れた者ならば登る事も可能だろう。
ただし、ヴェールは別に山を登る事に慣れていなかった。
「ごぶっ!?」
案の定、ウノの背より少し高い所まで到達した所で、落下してしまった。
地面に叩きつけられ、頭を抱えてのたうち回る。
……まあ、死ぬ程じゃないし、放っておいても平気だろう。
「のぼるの、だめ。あとまわし」
「ごぶう」
グリューネが杖で小突きながら、涙目のヴェールを説教する。
が、ウノはこの手の阿呆は嫌いではない。
「チャレンジャーだなあ、お前」
「ごぶぶ」
ヴェールは歯をむき出しにして、笑った。
「で、村はあっちの方か」
山とはほぼ反対側を向く。
南東にはテノエマという村が存在し、そこをさらにずっと進み続けると、いくつかの宿場町を経由して、かつての住処だった公爵領の城下町オーシンがある。
そちらに向かうのは、当分先になるだろう。
問題は、北だ。
「それで、あっちは危険なんだっけ?」
「あぶない。ちかづくの、だめ」
ウノも、ギルドで聞いた覚えはあった。
この森の北の方は『深層』と呼ばれる、やや強い目のモンスターが棲息する地域となる。
そこに棲むというオーガは、初心者には荷が重い。
そして、初心者にすら討伐されてしまうゴブリンなど、ひとたまりもなかった。
「ですが、私と主様ならばオーガの一匹や二匹」
クワッと鳴くシュテルンは、いつも勇ましい。
「一匹程度なら何とかなるけど、あいつら群れなんだよなあ」
「そこは、確かにネックですね」
ウノもシュテルンも、集団に対して有効な技能を有していない。
負けるつもりはないが、苦戦はしそうだ。
だが、何もすぐに『深層』に到達する訳ではない。
ある程度の距離を取れば、モンスター達の強さもそれほどではないだろう。
「じゃあ、近づきすぎない程度に北に向かおう。確か、近くに川があるはずなんだ」
ウノとシュテルンの後ろを、ゴブリン達が恐る恐るついてくる。
すると、不意に頭に声が届いてきた。
――魚にゃ……魚をウチキに捧げるのにゃ……。
声の主が誰かは、問うまでもなかった。
「ええい、無駄に神託みたいな声を出すな、神様バステト! ……ん、水気はこっちか」
ウノの鼻に湿った感覚が伝わり、少し方向を修正する。
「おーおやぶん、わかるか?」
「鼻と耳はいいんでね。おい、勝手に動くとはぐれるぞ」
グリューネの問いに振り返ると、またヴェールが何やらしていた。
「ごぶぅ!」
長い木の枝、それもしなる細さのそれを、ヴェールは得意げにかざしていた。
細すぎて、武器にはなりそうもない。
「枝なんて、どうするんだ?」
「ごぶごぶ♪」
「あとのおたのしみ、っていってる」
ぶんぶんぶんと真上に向けてしなる枝を振り、ヴェールはご満悦だ。
「勿体ぶるなあ」
「主様に対して無礼な振る舞いをすると許しませんよ」
シュテルンが眼光を鋭くすると、ヴェールはグリューネの後ろに隠れた。
しかし、グリューネもヴェールと同じぐらいの体格なので、隠れ切れていなかった。
「シュテルン、気にしてないから」
「そうですか。ゴブリン、感謝しなさい」
「ご、ごぶごぶ」
シュテルンが威圧を鎮めると、コクコクとヴェールは頷き、拝み始めた。
何て小芝居をしながら歩いていると、森が開けて川が姿を現した。
「おお、いい感じの川じゃないか。……水汲んで往復するのは、ちょっと面倒だけど」
洞窟との距離は、遠くもないが近くもないといった感じだ。
水は結構重く、ちょっと手間かも知れない。
そこでふと、そういうのにうってつけな人(?)材がいるのを、ウノは思い出した。
ゴブリンの中でも一際、重量級の奴……アクダルだ。
「あの力自慢っぽいのに頼めるか」
「だいじょうぶ。あくだる、ちからもち」
頷くグリューネの横を、ヴェールが駆け出した。
「ごぶーーーーーっ!!」
そして枝を振りかざしながら、大きな岩の上に立った。
チャポン、と何かが川に落ちる小さな音がする。
「ってお前いつの間に、釣り竿なんて作った!?」
ヴェールの持っていたしなる木の枝には、いつの間にか細い糸が括られていた。
さっきの小さな音は、餌を投げ落としたのだろう。
「きのえだ、くものいと、どうぶつのほね、いわのしたのむし」
「……タダのお調子者じゃなかったんだなあ。しっかり、釣った後の魚を入れる場所まで確保してるし」
「ごぶごぶぅ」
ヴェールはウノの方を振り返り、グッと親指を立てた。
「ここはまかせろっていってる」
「うーん、釣果は期待半分ってとこだな。水場は確認出来たし、あとは肉とかあれば嬉しいんだけど。それと、野草とか果物とか」
肉ばかりでは、身体に悪い。
これは、城下町オーシンにいた頃に学んだ事だ。
故に野菜や果物も手に入れたい。
そんな事を考えていると、肩の上のシュテルンが、小さく羽ばたいた。
「主様、肉でしたら私が周辺に偵察に出て、獲物を探しましょう」
「ああ、頼む。兎や鹿がいたら報告してくれ」
「了解しました」
バサッと翼を広げると、シュテルンはウノの肩から飛び立ち、一息で高みへと昇っていく。
そして、森の向こうへと消えていった。
一方、もう一匹のゴブリンがヴェールから、新たな枝を受け取っていた。
「ごぶ」
「……ごぶ」
もう一本竿を作ったのかと思ったが、それは弓と矢だった。
「おいグリューネ、あいつ弓まで作ったぞ」