洞窟前
騒々しい祭というか破壊工作を迎撃してから数日。
新しい住人も増えたりしたが、日常が戻りつつあったそんな朝。
「お、ユリン。おはようさん」
「やあ、家主様、おはようございます」
散歩をしていたウノと、やや後ろに控える有翼人のシュテルンが洞窟前の広場に戻ると、入り口の見張り役であるユリンが立っていた。
洞窟を出る時にはリユセとアクダルがいたので、ウノ達が散歩中に交代したのだろう。
「ふむ、早朝デートですかな」
「……いや、そういうのじゃないから。単に、時間まで暇を潰してただけだし」
早朝に目が覚めたので、周辺をぶらりと歩いていただけだ。
「おはようからおやすみまで、私と主様はいつもデートのようなモノですから」
「俺の私生活って、お前の中じゃそういう事になってんの!?」
などとやり合っていると、少しずつ、周辺の家からも人が現れだした。
主に子供が多い。
洞窟前は区画化され、立派な家も少しずつ建ってきている。
今は、テノエマ村までの道を拓いて、通りやすくする作業が進んでいた。
「にゃあにゃあ、朝から元気だにゃあ。気合い充分なのにゃ」
ダンジョンの主神であるバステトも、空間転移で出現してきた。
「別に気合いは入れてないから。毎回そんなのやってたら、俺の身がもたないから」
「にゃー、ずいぶんと人が集まって来たのにゃあ。盛況盛況」
バステトは嬉しそうに、尻尾を揺らした。
大体三〇人ほどだろうか、ゴブリン、コボルト、オーク、オーガ、森妖精に山妖精、蜥蜴人……の大半が子供達、ところどころに大人が混じっていた。
皆、一様に首から線で三〇ほどの枠を組んだカードを下げている。
それはウノとシュテルンも同じだ。
「ところで神様さ、前から聞こうと思ってたんだけど『らぢお体操』って何なのさ。体操は分かってるんだ。らぢおの方」
「にゃあ、念話や天啓みたいなモノなのにゃ。深く気にしちゃ駄目なのにゃよ。はい、スタンプにゃ」
ウノがカードを差し出すと、バステトが小さな手をカードに当てる。
……どういう仕組みか、カードの枠内に小さな肉球マークが記される。
「まだまだ、先は長いですね」
肉球スタンプは、まだ三つしかない。
当然だろう、このらぢお体操が行われるようになって、まだ三日しか経っていない。
「にゃあ、特典は温泉無料なのにゃ」
「俺、それあんまりありがたみないんだけどなあ」
「主様はさすがに、普段から無料ですからね」
「にゃあー、一日完全オフとかどうにゃ」
バステトの提案に、ウノは肩を竦めた。
「それ無理。ここにいる限り、絶対毎日、誰かが何かやらかすし」
「ある意味、退屈とは無縁の日常ですね」
「日々、何らかの変化があると言うことですな。良いことなのではないでしょうか」
シュテルンは苦笑いし、ユリンはどこまでもポジティブだ。
「ウノっちは大丈夫にゃけど、繊細な人だと頭の毛が可哀想なことになるレベルなのにゃあ」
シュテルンは、空を見上げた。
太陽は完全に姿を現し、それまで薄らと残っていた月も消えていく。
「そろそろ時間ですね」
「ごぶ~……」
寝ぼけ眼というか、船をこいでいるヴェールの頭を、ゼリューンヌィがバシバシと叩いていた。
非番のゴブリン組だ。
「ヴェール、しっかり起きるごぶ。夜ふかしするからごぶ」
そしてその後ろについて歩いているのは、ゼリューンヌィが世話をしている孤児達。
その中でも目立っているのは神官服を羽織った子狸の獣人、クレルだ。
「眠気覚ましには、身体を伸ばすといいそうですよ」
「それはいい事を聞いたごぶ」
ゼリューンヌィはヴェールの頭を右手で鷲づかみにして持ち上げ、左手は揃えた足を握り上下に伸ばした。
「ご、ご、ごぶ~~~~~!?」
「あ、や、そ、そういう意味ではありませんよ!?」
自分の発言がとんでもない展開になり、クレルが慌てていた。
後ろでは、子供達が笑っている。
それを眺め、うむとユリンがただでさえ細い目を、さらに細めていた。
「あれはあれで、馴染んできてますなあ」
「いや、止めろよ!? ヴェールの身体が伸びちまうだろ!?」
「お供します、主様」
ウノが駆け出し、その後をシュテルンが追った。
らぢお体操も終わり、バステトのスタンプをもらった子供達が各々の家へ戻っていく。
ウノは耳を澄ませ、意識を森の向こうにやってみた。
森の入り口付近には、いくつかの天幕が張られ、朝食の準備が行われていた。
神殿に詣でる人達だ。
それに隊商もいて、護衛もついていた。
「天気がいいし、今日もお客さんは多そうだなあ」
「本物の神様がいる神殿ですからね」
「……そもそも、別に神殿を造る予定でここ、買った訳じゃないんだが」
ウノとシュテルンが話していると、髪を三つ編みにした少女が近づいてきた。
「おはようございます、ウノさん!」
ギルドの受付嬢、レティだ。
「……冒険者ギルドもな」
「はい?」
「いや、何でもない」
冒険者ギルドと役所の出張所も、先日から洞窟前の建物の一つに用意されていた。
バステト達が言うには、国からの要請なのだという。
まあ、便利だし、ウノとしては特に反対する理由もなかったので、受け入れることにしていた。
「おはようさん。何か足りない素材とか、あるか?」
「切羽詰まったモノはありませんね。あ、でも中の神官の方達から、薬品を作るための素材が足りないのでと依頼がありました」
「ああ、あそこは最近新しい人達が入って、熱心ですからね」
何でも教会で働いていたが、直属の上司がいなくなり、行き場がなくなった者達なのだという。
顔を布で覆っている、変な連中である。
どうにも訳ありのようだったが、バステトやカミムスビが保証するというので、働いてもらっている。
イーリスの技術に感銘を受けたのか、よく一緒にいて話し合っているのをウノも見かけていた。
あと、何故かその話し合いに、子狸クレルも参加しているが、アレは一体何なのか。
とにかく、素材が足りないという話だったか。
「ん、了解。後で確かめる。まあ俺が忙しかったらゼリュかユリンをよこすよ」
「はい、お待ちしてます!」
レティも出張所に戻っていき、再びシュテルンと二人に戻った。
とはいっても、周囲には仕事を始めようとする大人達が忙しなげに行き来し、子供達もその手伝いにと後ろをついていく。
「よくもまあ、こんな風になったもんだ」
「最初は、ただの空き地でしたからね」
それが今や、こんなに賑やかだ。
ウノが洞窟に視線を向ける。
確か、この辺りで、中にいるゴブリン達――すなわちゼリューンヌィ達を観察していたのだ。
そこには、壊された柵が散らばっていた。
それが今では鉄の門が設けられ、見張りが立っている。
そろそろ終わりです。