ダンジョンは復興中
コバルディア公爵とシュトライト司教は、それぞれ鹿と子狸の獣人となっていた。
獣人には一般に、人間の顔と姿に動物のパーツがついているモノと、どちらかといえば顔も動物よりで毛深い、二種類のタイプが存在する。
二人の姿は、後者であった。
「異種族を不当に虐げた領主には、自ら異種族となってもらうのにゃ。大丈夫、ちゃんと言葉も話せるのにゃ」
「ねえ、バステト。何で鹿なのよ?」
「あの角は、隠しようがないのにゃ。それに、寝る時とてもしんどいのにゃ」
「あー」
イシュタルが、自分の獅子の尾を撫でる。
それと同じだ。
鹿の角を持つコバルディア公爵はこれから、寝苦しい夜を繰り返す事になるのだ。
王は、悪そうな笑みを浮かべながら、顎の髭を撫でていた。
「なるほど、これは確かに普通の刑罰よりも辛いかもしれん。そういう事ならば、領地の没収はなしとしよう。登城もしてもらわねばならんしな」
「こ、この姿でですか?」
「そうだ。城の者や、他の諸侯達には私から伝えておこう。間違って衛兵に射貫かれては困るだろう?」
それ以前に、馬車に乗れるだろうかと、コバルディア公爵は暗澹たる気分となっていた。
そして、隣で同じ境遇に陥っている、シュトライト司教はどうだろうとそちらを見てみた。
子狸司教は騒然とする枢機卿達に取り囲まれ、その姿が見えなくなっていた。
「これは……」
「若返ったのにゃ。大体年齢は五歳ぐらい。身体的にも、霊力的にもその当時のモノにゃけど、記憶だけはそのまま残ってるのにゃ」
「これは……罰になるのでしょうか」
おずおずと、老紳士が意見する。
若返り。
それは、一定以上の権力を有するものならば、大抵は夢見る神秘の一つだ。
本来、罪を犯した人間に与えられるモノではない。
「そこが、枢機卿の皆さんへのお願いなのにゃ。この子は、ほぼ一からやり直しなのにゃ。にゃから、見習いの子達と同じように接してあげて欲しいのにゃ」
それで、枢機卿達は納得したようだ。
「ああ、なるほど……性根を叩き直せという事ですね」
若返りは確かに夢だ。
しかし、同時にこれまで積み上げてきたモノのほとんどを失ってしまう。
シュトライト司教の場合は、信仰によって得てきた聖なる力、権力、財力、それに若返ってしまったので人脈もほぼなくなっていると言っていいだろう。
つまり神はこう言っているのだ。
一からやり直せと。
「厳しい修行が待っているのにゃ。井戸の水汲みとか、何十年ぶりにゃ?」
「こら、煽らない」
ペシッとバステトの頭をイシュタルがはたく。
「破門にするのは簡単やけど、それで終わってまうからね。ここから何十年か、積み上げ直しや。これぐらいは、受けてもらうかんね」
「は、はい……」
主神の言葉に、シュトライト司教は項垂れた。
さて、とカムフィスは手を合わせた。
「わたしらのダンジョンでやられた事への罰は、これで終わり。……やとしてまあ、もう一つあんのよね。あ、みんな身構えんでええよ。そんな困るような話でもないから」
そうは言うが、王や枢機卿達が緊張するのも無理はないだろう。
カムフィスは、そんな彼らから視線を外し、まったく別の方角に顔を向けた。
「壊されたモンの修理もあるし、怪我人はこっちで治したけど消費した物資は戻って来おへん。せやからね」
ピンと来たのか、王と老紳士は同時に頷いた。
「ああ、そういう」
「なるほど。承知いたしました」
……数日後、ダンジョンには大量の物資と賠償金の積まれた馬車が送られた。
もちろん、資金の出所は公爵と司教の資産からであるのは、言うまでもない。
馬車と共に送られてきたのは、物資だけではなかった。
復興で賑わうダンジョン前に、ウノ達は集まっていた。
ウノの前には、緊張気味の獣人が二人、いた。
「――という訳で、新しい労働力として二人追加なのにゃ。鹿獣人のディロスさんと、狸獣人のクレル少年にゃ。皆、仲良くして欲しいのにゃ」
バステトの紹介なのだという。
身元は保証するというのだから、まあ大丈夫なのだろう。
バステト自身はちょっと不安だが、同時にイシュタルやカミムスビも口添えしていたし。
見た感じ、ディロスという鹿獣人は割といい所の出らしい服装をしており、クレルという狸獣人の子は教会の見習いらしき法衣を羽織っている。
ウノ達も軽く自己紹介を済ませた。
ズイ、と前に出たのは、牛の角に尖った耳、槍のような尻尾という悪魔じみた風貌を持つ幽霊騎士、ユリンであった。
「ふむ、どうにもディロス氏は線が細そうですなあ。読み書きは出来ますかな?」
「た、多少は……」
ユリンに迫られ、ディロスは引きつった表情で後ずさる。
まるっきり捕食者とその獲物の構図であった。
「よろしい。事務方は常に不足しております。何せ皆、学がないモノで。家主様、よろしいですかな?」
「んー、出来れば教師をお願いしたいんだけど」
事務方は必要だろう。
けれど、多ければいいのは事務だけではない。
子供達に読み書きを教える、教師も必要だった。
「おお、確かに言われてみれば、そちらも家主様の負担でしたな。では、よろしくお願いしますぞ」
「学問を……学ばせているのか?」
ディロスが、驚いた声を上げた。
「ああ、中で商売もやってるからな。それに、いずれはここから出て生活する奴だって出てくる。その時に、知識はあった方がいいだろ」
「亜人が勉強とは……考えたこともなかった」
ウノの説明に、ディロスは何やら悩んでいるようだった。
「いやいや、アンタも獣人じゃないか。ま、よろしく頼むよ。で、そっちの小さい方の家族は?」
ウノは、五、六歳ぐらいの少年を見下ろした。
「訳ありで、いないのにゃ」
「そうか。ならひとまず、ゼリュだな。おーい、ゼリュ」
ウノは、通りかかったゼリューンヌィに声を掛けた。
「ごぶ、大親分、なにごぶ」
「この子、行き場がないみたいだから世話を頼む」
「ごぶ……任せろごぶ。こども、なまえは何だごぶ。俺は、ゼリューンヌィごぶ」
「ク、クレルです」
「そうか……なかま紹介する。来い、ごぶ」
それだけを言うと、ゼリューンヌィはダンジョンに入っていこうとする。
戸惑うクレル少年の背を、ウノは軽く押した。
「心配することはないぞ。同じぐらいの年齢の子がいっぱいいるから」
「孤児院、なのですか?」
「そうだよ。親がモンスターに食われたりとかまあ、色々いるからな。ちゃんと三食昼寝付きだ。……なあ神様、飯は分かるけど昼寝って何なんだよ」
「厚生福祉は大切なのにゃ」
「まあ、よく分からんけど悪い事じゃないはずだ。ゼリュ母さんに迷惑を掛けないように」
「俺はオスごぶ!!」
「ははは」
ゼリューンヌィが叫び、他の皆は笑い声を上げた。
「しばらくは、復旧作業と祭の手伝いが主な仕事になる。事務をやってもらうディロスもそうだけど、クレルにも働いてもらうからな。確か神官の見習いって話だったけど、今、病人みたいなのが四人ほどいてさ。その世話の手伝いになると思う。何、水の交換とか着替えの用意とかそんな、難しいモノじゃない」
「病人……?」
「みたいなモノ、だな」
ダンジョンを荒らした四人は、草木の神であるタネ・マフタやアルラウネのイーリスの尽力もあって、強鬼から人間に戻っている。
ただ、その反動か相当に弱っていた。
ほとんど骨と皮というか、食も細いし、喋るのにも難儀するといった具合だ。
責任を取らせるにしても、まずは回復してもらわなければ、話にならない有様だった。
危険は今のところ、ない。
というか、暴れる気力すら、失われているのだ。
世話の担当はグリューネをはじめとした神官職達、時々やってくるプレスト神父や調査官のロイも手伝ってくれていた。
「俺は大体、警備の仕事をしてると思うけど、他にも色々やってる。どこにいるか分からない場合は、適当に誰かに聞くか、『第一部屋』に配置表のボードがあるから確かめてくれ。というか最近忙しすぎないか?」
「人が増えちゃってるからにゃあ」
「警備はもうちょっと増やしたいよなあ」
ウノのボヤきに、ピクリとディロスが反応した。
「治安に、問題が?」
「まあそりゃ人が増えれば、柄の悪いのも来るだろうし、賑わいの中で良からぬ事を考える輩だって出てくるよ」
「その辺りは、人間でも獣人でも他の異種族でも変わらないのにゃ」
「……え、何当たり前の事を、わざわざ説明してるんだ?」
バステトの言葉に、ウノは違和感を憶えた。
しかし、バステトは説明をするつもりはないようだ。
「にゃあ、色々と事情があるのにゃあ。ともあれ、二人も、しばらく戸惑うかもしれないけど、その内慣れるのにゃ」
こうして、ダンジョンには新たな住人が二人加わることになったのだった。
コバルディア、ディロスは共には『臆病』。
シュトライトとクレルは『諍い』を意味しています。