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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
131/140

下る神罰

「せやから、何でそれを司教さんが決めてんの? っていう話なんやけど。わたしの意志は、どうなってんの?」


 若干ふくれっ面になって、カムフィスが抗議してきた。


「しかも、話し合いですらない手段だしね。最初から交渉は捨ててたって事よね、アレは」


 隣に並ぶ、獅子耳尻尾の娘は、冷たい眼差しでコバルディア公爵とシュトライト司教を見ていた。

 アレというのは、内部で暴れるよう指示した若者達の事だろう。

 そこで、パンと音がした。

 皆が視線を向ける。

 手で音を鳴らしたのは、時々茶々を入れていた猫耳幼女だった。


「にゃー、そろそろネチネチイジメはやめて、まとめるのにゃ。一応みんなの中では、ここでいちばん偉いのはカムフィスことカミムスビって事だけど、ダンジョンの中ではウチキ、バステトが筆頭にゃ。こちらではバストの名で通ってるのにゃ。……そこの司教がいう所の、邪神なのにゃ」

「まあ、それはね。そういえばアタシも名乗ってなかったわ、イシュタルよ。って事は何? アタシも邪神扱いな訳?」


 コバルディア公爵は、枢機卿達を見た。

 その筆頭らしき老紳士は、真面目な顔で首を振った。

 王も同様だ。

 敵対する事も、非難する事も許されないという事は、さすがに公爵も理解出来た。

 さてとにゃ、とバステトが声を発する。


「ダンジョンの住人の意見としては、ごく当たり前の権利を主張するのにゃ。ギルドから購入した家を、領主が地上げ屋みたいな真似で取り上げるのはやめて欲しいのにゃ」

「というか振り返ると、地上げ屋そのものの因縁の付け方だったわね……」


 若い衆に揉め事を起こさせ、問題を相手に擦り付け、責任を問う。

 古典的な手段ではあるが、なるほどそういう表現も出来る。

 カムフィスは、枢機卿達を眺めた。


「その辺、どうなん? みんなに集まってもらったんは、この人達やと埒があかへんと思ったからやねんけど」

「至極、真っ当な権利と主張だと思います」


 老紳士の答えに、他の枢機卿達も同意する。

 神におもねる様子はなく、神妙な表情だ。

 ただ、公爵としては内心不満だった。

 ここは、領主である自分の土地なのだ。

 問題が大きくはなったが、それでも様々な要素を取り除けば、詰まるところ己の領地を取り戻そうとしただけである。

 確かにやり方は不当だったかもしれない。

 けれど、王や枢機卿といった、より大きな権威を持ち出すのは、ズルくはないだろうか。

 これほどの力があるのならば、己達だけでも解決出来たのでは……?

 神に対する畏れとは別に、そんな気持ちがコバルディア公爵の中に渦巻いていた。

 ……ふと気がつくと、その内心を見透かすような、カムフィスの視線と目が合った。


「確かに、ここの土地は領主のモンやろうけど、それを言うたら国の土地やよね」


 ハッと思い至り、公爵は視線を巡らせた。

 王が、苦い顔をしていた。


「……つまり、私の土地だ」

「さらに遡ると、誰がその土地を生み出したのかって話になるにゃあ」


 バステトの言葉に、創造神であるカムフィスが肩を竦めた。


「まあ、わたしやね。そこまで大人げない真似するつもりはないけど」

「今のフルボッコ状態が、既に大人げないにゃ」


 つまり、これは単なる公爵達に対する嫌がらせではないのだ。

 神の視点で、土地の責任者を一堂に集めたのだろう。

 政治的な観点では、ダンジョンの住人の代表を主張するバステト、公爵である自分、その上位の王。

 宗教的な観点では、シュトライト司教に、上位の枢機卿……さすがに教皇は物理的な距離がある為、無理だったが。

 そして土地を創った本人であるカムフィス神という訳だ。

 そのカムフィスが、あの土地を奪うなと言う。

 ならば、コバルディア公爵は最早頷くしかない。

 そして、同時に怖れた。

 すなわち、カムフィス神が主張すれば、この領地が丸ごと奪われてもおかしくはない。

 否、論理を進めていけば、この王国の全てはカムフィスの所有物だ。

 さらに言えば、大陸、この世界そのモノも。

 ……王が、焦った理由も今更ながら分かる。

 まさしくこの場は、対応を誤ると世界の危機を招きかねない状況なのだ。

 そのカムフィスは、ダンジョンの代表であるバステトに話を任せているようだ。


「それから、少しずつ広まっちゃうとは思うけど、あのダンジョンにウチキ達がいる事は、今のところは内緒にゃ。あのダンジョンはウチキらの神殿である以前に、ウノっちが買った家にゃから快適に過ごす権利があるのにゃ」

「ウノっち……?」


 不思議そうに、シュトライト司教が呟く。

 それは、コバルディア公爵も同様だった。

 二人の様子に、コテンとバステトは首を傾げた。


「あのダンジョンの主なのにゃ。……それも知らずに、土地を取り上げようとしたのかにゃ?」

「……もういいから貴方達は、黙っていて下さい」


 顔を憤怒で赤く染める王を静かに窘めながら、老紳士が頭を振った。

 報告書には、おそらくあったはずなのだ。

 ただ、気にも留めていなかっただけで。

 公爵が呆然としている間にも、バステトと王や枢機卿達の話は進んでいた。

 王国の所有する諜報機関による情報操作や、教会が神は静かに暮らすことを望んでいると布教する事になったようだ。


「あと、あのダンジョンを中心に、ゴブリンやコボルト、他の種族も増えちゃうけど、別にあそこで国を造るつもりはないのにゃ。それに対してどうするかは、それこそ国の政治の問題なのにゃ」


 ふむ、と王は君主の表情で頷いた。

 隣では、老紳士も手を組み、祈りを捧げていた。


「私達の仕事という事ですな。事前に分かっている事なら、対処のしようもあるというモノです」

「言葉が通じるのであれば、話し合うことも可能でしょう。他の種族への根深いモノがありますが、それを減らせるよう布教していきたいと思います」

「よろしくお願いするのにゃあ」


 話が軽くまとまったところで、ススッと老紳士がバステトに近づいた。


「……ところで、いい湯があるというのは事実ですかな?」

「腰痛持ちにゃ?」

「実は」


 聖職者は説法など立ち仕事も多いですからなあ、と老紳士は困ったような笑みを浮かべた。


「こっそり来るとよいのにゃ」

「是非是非」


 にゃ、とバステトはその大きな目を見開き、枢機卿達に笑った。


「カミムスビの生み出している生命の水は、ハゲにも効くのにゃ」

「っ!?」


 枢機卿の何人かが一瞬頭に手をやり、すぐにバステトに祈りを捧げた。


「で、残る問題は」


 何だか盛り上がっているバステトや枢機卿を余所に、公爵達を見下ろし冷めた口調で呟いたのは、静観していたイシュタルという獅子耳の少女だった。

 そう、まだ全ての話が終わった訳ではない。

 すぐに反応したのは、王だった。


「此奴らに対する処罰か。だが、すまぬな。この場合、王族といえど貴族を裁く法がない」

「まあ、貴族が自分の土地を取り戻そうとしただけだものね。不当な手段だけれど。だとすればこの人達と争うのは、アタシ達と冒険者ギルドって事になっちゃうわ」


 法の下に照らされた正式な裁きを与えたい、とするならば裁判だろう。

 裁判が開かれた場合は、契約を巡る内容が中心となり、公爵達対冒険者ギルドとダンジョンの住人達、という構図となる。


「その通り。法に明るいのですかな」

「……姉が、そういうのにすごくうるさいのよ」


 王の問いに、イシュタルは恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 こちらの話を聞いていたのか、老紳士もいつの間にか参加してきた。


「こちらはそうですな。……悲しい話ではありますが、神に謀を企てるなど、破門する他……」

「そ、そんな!!」


 シュトライト司教が、悲痛な声を上げた。

 ただ、公爵にしろ司教にしろ、神の住処を荒らした事に対する処罰としては、少々微妙だ。

 現実的な裁判となるとおそらく、コバルディア公爵の罪は軽くなるだろうし、それに対して教会の下すシュトライト司教の処分が重すぎる。

 バランスが悪いのだ。


「とまあ、そういう事もあるかと思って、こういうモノを用意してあるのにゃ。ほい、カミムスビ」

「うん」


 そう言ってバステトが取り出したのは、小さな二つの香水瓶だった。

 手渡されたカムフィスは、それを公爵達に向けると、上部の霧吹きを推した。

 短い音がし、噴霧された中身が公爵と司教に降り注ぐ。


「っ……!?」

「な、何を……!?」


 コバルディア公爵は抗議しようとして、その言葉を止める。

 己の手が、淡く輝いていた。

 そしてその光が収まると、手の甲の毛が増えていた。

 短い毛だ。

 そして手も、長く大きく異形のモノへと変化していた。

 獣の、いや、獣人のそれだ。

 顔を撫でると、やはりそれはさっきまでの自分のモノではない。

 鼻面が伸びている。

 ……さらに頭に違和感を感じて、そこに手を伸ばしてみると、角が生えていた。

 牛? いや、これは……鹿だ!


「し、鹿の……獣人……?」


 呆然としながらも、公爵は共犯者に顔を向けた。

 彼は、シュトライト司教はどうなったのか。

 自分と同じ、鹿になったのか?


「これは……」


 違っていた。

 随分と、ずんぐりとした動物の獣人になっていた。

 一番近いのは、山妖精(ドワーフ)だろうか。


「狸と呼ばれる獣なのにゃ。この辺には住んでいないから、まあまずお目にかかれないと思うのにゃ」


 なるほど。

 そこは納得する。

 しかし、何よりも大きな不審点があった。


「……何故、シュトライト司教は若返っているのですか?」


 狸は狸でも子狸だ。

 シュトライト司教は、五歳ぐらいの子供の大きさになり、だぶだぶになった法衣を持て余していた。

 狸は外国にはほとんどいないそうですね。

 で、何で若返っているのかは、待て次回です。

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