糾弾
零時の更新が短かったので、お昼更新しました。
ただ、予定よりちょっと長くなったというか、最後まで進んでないので、このエピソードの残りが今晩零時の投下となります。
「こ、これは……」
コバルディア公爵は、呻き声を上げた。
幾本もの太い柱に支えられたホール状の高い天井を持った、大聖堂内部。
そこには赤い僧服の面々――カムフィス教の大幹部である枢機卿達が集まっていたのだ。
全員ではないだろうが……それでも数十人が、この場にいる。
さらに、コバルディア公爵も憶えのある大貴族も数名、参加している。
近衛兵を伴った王は憤然とした足取りで公爵の脇を抜けると、その貴族達の列に加わった。
公爵とシュトライト司教が立ち尽くしていると、枢機卿の中から柔和そうな初老の紳士が進み出た。
「来ましたか。どうぞ、こちらへ」
促され、左右に長椅子の並ぶ通路を、おずおずと進む。
そして、命じられるまでもなく、二人は国王と枢機卿達の前に跪いた。
「お二人とも、何がどうなっているのか、事態をまったく把握していないと思います」
老紳士が、コバルディア公爵達に問いかけてきた。
「は、はい」
「どういう事なのでしょうか」
公爵と共に、シュトライト司教も伏せていた顔を上げる。
「心当たりは、ありませんか? 私達だけではなく、国王陛下まで直々にお越しになる、そんな事態ですよ?」
もちろん、心当たりはあった。
けれど、それが発覚するにしても、もう少し時間が掛かるはずだ。
何しろ、作戦はまだ始まってもいないはず。
予定では今日、内部で騒動が起こるはずなのだ。
それから報せが広まったとしても、いくらなんでも早すぎるし、何より重鎮が集まりすぎだ。
事は、自分で言うのも何だが、一地方の土地を巡る問題である。
だから、これが問題ではない……と思うのだが。
「……あるようですね」
老紳士は、ソッと息を吐いた。
「これは事後承諾になるが、この街の博物館から少し借りてきたモノがある」
王が目配せをすると、召使いが布に包まれた何かを教壇に置いた。
布を取り払うと、そこには二種類の女神の神像があった。
「そしてこちらが、王都に保管してあるカムフィス様の神像です」
二つの神像の間に、召使いがカムフィスの神像を置く。
普段は王都の方にある大聖堂の奥に、厳重に保管されている逸品だ。
三つの神像が淡い光を放ったかと思うと、虚空から三人の女の子が出現した。
左から、浅黒い肌に獅子耳と尾を持った勝ち気そうな娘、黒髪に龍のような角と太い尾を生やした娘、そして猫耳尻尾の幼女である。
そして、コバルディア公爵とシュトライト司教を除く全員が、彼女達に対して跪いた。
「陛下!?」
「げ、猊下……?」
公爵もシュトライト司教も、訳が分からない。
何故、亜人相手に高貴な血筋を持つ王族や、高い徳を持つ聖職者が膝を屈するのか。
んー……と、中央の龍人らしき娘が、小さく唸っていた。
「わたしが現れるとみんな、顔伏せるんよね。そういうモノやって分かってはおるんやけど……ちょっとやりづらいから、顔上げてくれるかな」
「にゃー……ある意味、すごい絵面なのにゃ。その趣味の人にはたまらんのにゃあ」
「……頼むから、大人しくしててよ、アンタ」
先に気付いたのはさすがは聖職者とでもいうべきか、シュトライト司教だった。
幼女達から漏れる、抑えられた神の威を感じ取れたのかもしれない。
「猊下……こ、この方はもしや……」
「その、もしやです。この方こそ、我らが崇めるカムフィス神、その分体です」
「おお……っ」
シュトライト司教も、枢機卿達と同じく跪き、中央の龍人の姿を取ったカムフィスへと祈りを捧げた。
呆然と立ち尽くしていた公爵も、それに倣う。
「そして、貴方が獣人達から奪い取ろうと画策していたダンジョンの、住人でもあります」
「え……?」
「そういう訳で、抗議に来ました。何でわたしらの寝床、奪おうとすんの?」
「ちょっ、え、な……」
そんな報告は、公爵の耳には入っていない。
いや、あったのかもしれないが、耳に入っていなかった。
あのダンジョンでは、カムフィスではない異教の神を崇めている……それは知っていたが、創造神カムフィスも祀っていたというのか?
いや、そうだとしても、やはり自分の対処は変わらなかっただろう。
亜人ごときが、我らの神を拝むなど、無礼極まる話ではないか。
そう思う一方で、つまりその亜人共の祈りによって、目の前の神は具現化した訳で……。
どうすればいいのか、何が正しかったのか、公爵は跪いたまま、混乱していた。
先に行動を起こしたのは、またしてもシュトライト司教だった。
「ちょっと待って下さい!? どういう事なのですか!?」
「どういうことも何も、そのままではないですか。カムフィス様が夢枕に立ち、貴方達が神の住処を奪おうとしている事を、私どもに訴えられたのです。事の重大性を考慮し、私達はこうしてこの場に集まったのです」
「現在のカムフィス教は、異種族は人とは思わず、虐げて当然……と思われているのかと問われました。誠に、恥ずかしい限りです」
「本来ならば教皇猊下も来られるはずでしたが、距離の問題もあって見送ることとなりました。ですが、事の次第は伝わっているとの事です」
次々と、枢機卿達が語る事実。
自分達が整えられたダンジョンを奪うべく画策している間に、裏で行われていたやりとりに、コバルディア公爵の顔から血の気が引く。
カムフィス教の総本山は、この国にはない。
距離は遠く、高い霊峰の高みにあるのだ。
さすがにそこからここまで来るのは酷だったのだろうが、それでも事は教会の最高位にまで伝わる重大問題となっている。
「ゆ、夢枕……?」
一方、シュトライト司教もまた別の衝撃を受けているようだった。
立ち上がったものの、今にもよろめき、倒れ込みそうだ。
「左様。我ら枢機卿全員の夢の中に現れ、訴えられた。いや、我々司教クラスだけではない。司祭や助祭クラスにまで、伝えられている」
「わ、私には何も……」
救いを求めるように、シュトライト司教はカムフィス神を見た。
「いや、それは当然やろ? だって今のわたしの姿はホラ、人間とちゃうし……亜人の話を聞いてくれるとは、思われへんやん? あ、そろそろみんな立って。喋りづらいから」
「何より、ウチキらの土地を奪おうとする敵だしにゃあ」
「情報を与えないのは当然でしょ」
今度こそ、シュトライト司教はその場に崩れ落ちた。
「て、敵……私が、神の敵!?」
それは聖職者にとって、最大の汚名。
教会から破門を受けるどころの問題ではない、自己の存在すら否定される名だ。
そして、コバルディア公爵の前では、立ち上がった王が憤怒の表情を浮かべていた。
「私も、直接怒られたんだ……神自らだぞ!?」
「まあ、騎士団の人達には撤収してもらったし、中で騒動起こそうとした連中も鎮圧したけど、アレが二人の謀略なんは、間違いないよね?」
「分かっているとは思いますが、ここは神の家……いえ、比喩でも何でもなく神の御前です。嘘偽りは許されませんよ?」
カムフィスの問いかけに、さらに老紳士が念押しする。
こうなっては、言い逃れは不可能だ。
もとより、言い回しに気を遣う余裕もない。
「事実、です……ですが、しかし、まさか真なる神が、あの地にいるなど……」
シュトライト司教が、祈りを捧げながら言葉を絞り出す。
それに対して、先に反応があったのは、カムフィスの左右にいた異教の神達だった。
「あ、分かってないわ」
「にゃー」
「まったくお恥ずかしい……」
二柱に対し、老紳士が申し訳なさそうに頭を下げた。
そして、憐れみを込めた目で、コバルディア公爵達を見下ろした。
「違うのですよ。問題は、神がいたかどうかなどではないのです。聞けば、あの地に異種族が集うことになったのは、ここの貧民街を取り壊した事が発端だというではないですか。行き場を失った彼らがせっかく見つけた安住の地を、何故また奪おうというのですか?」
「で、ですがあの地が神の住処だとするならば、なおさら亜人達の管理下に置く訳には……」
シュトライト司教の弁明に、コバルディア公爵も同意だった。
風呂にも入ってなさそうな薄汚い亜人やモンスター達に、世話をさせるなどあってはならないはずだ。
なのに、当の神は唇をとがらせ、不機嫌そうにしていた。
何故だ。
この期に及んでまだ分かっていない二人です。
重傷です。