犬のお巡りさん
今回は本題とは少し外れます。
ただ、後々、他の魔術にも関わってきますので、一応ここに投下します。
概念魔術に関しては、拙作『FOX & MAGICIANS』をご確認下さい。
ちょっとした間が出来たので、ウノ達はおのおの、水を飲んだり、小声で話し合ったりと、自然小休止となった。
バステトは視線を戻し、ふとテーブルの上に置いていたウノの武器を見た。
「ところでウノっち、その武器は変わってるにゃあ。十手なんて、この国にあったのかにゃ」
「城下町で冒険者をやってた頃、衛兵の手伝いもやってたんだよ。俺の耳と鼻は、割と尾行や偵察に役に立つからさ。その時に上官からもらったんだ」
「へー、いわゆる東の国から流れてきた人間かにゃ?」
「え、何で知ってるんだ?」
「……本当にそうだったのにゃ。こういう世界のお約束にゃ」
バステトは、さっきとは違う意味っぽい遠い目をした。
「いい人だったよ。獣人の俺にも差別とかしなかったし。というか、能力重視だったって言うべきかな。少なくとも、働いた分ちゃんと金はもらえたし、飯も食わせてもらったし」
「私もご相伴にあずかりました」
シュテルンが同意するのを横目に、ウノは思い出す。
衛兵自身、この土地の人間ではなく、実力だけで職に就いたので、出自や育ちではなく能力を重んじるのだ、と言っていた。
そして自分達だけでは、城下町オーシンは広すぎるので、と独自の捜査網……すなわち暇な冒険者達を雇うシステムを構築したのだった。
まあ、その暇な冒険者の一人が、ウノだった訳だが。
「……完全に、オカッピキにゃあ」
「何だそれ」
「エド時代のケーサツ機構だったヨリキやドーシンを手伝った非公認のソーサイン、ドラマのシリツタンテーみたいなもんにゃ」
「待って待って、何か知らない単語がいっぱい出てきた」
ウノにはさっぱりだ。
一応それなりに勉強はしているが、エド時代なんて聞いた事もない。
「にゅふふ、質問すればするほど、謎単語は増えるにゃあ。そういう事なら、ウノっちとその武器の相性がいいのも分かるにゃ」
「んん? そこはよく分からないんだけど」
確かに十手は、ウノの手に馴染む。
が、バステトの言いたい事はそういう事ではないのだろう。
「まあまあ、その十手を触媒に、ちょっとした魔術を使うにゃ」
「魔術!?」
ウノはテーブルから身を乗り出し、バステトの迫った。
「にゃあ、不思議に思ってたけど、ウノっちはどうしてそんな魔術に食いつくのかにゃあ」
「格好いいのもあるし、便利だろ」
「主様は以前、仕事中に大怪我をしました。それを旅の魔術師に癒やしてもらった事があるのです」
シュテルンが、ウノの言葉を補足する。
「なるほどにゃあ。命を助けてもらったのなら、憧れるのも分かるにゃ。ただ、魔術を習得するには基本、時間が掛かるにゃ。しかもさっきも言ったけど、ウチキが教えられる生活魔術は、想像よりもかなりしょぼいにゃ」
「ああ、それでもいい。役には立つんだろう?」
「そりゃまあ、火を起こすのに火打ち石はいらにゃいし、お水もわざわざ川や井戸まで汲みに行く必要がなくなるからにゃあ」
「だったら充分だって、それも俺は言っただろ」
「主様にとっては、使えるようになる事がまず第一なのです」
「獣人は魔力が少ないと言うしにゃあ……でまあ、そろそろ本筋に戻るにゃ」
そう、今はウノが魔術に拘る理由の話ではない。
「十手を使った魔術か」
「にゃ。魔力をほとんど消費せず物質の存在力を触媒にするから、今のウチキでもまあ使える魔術にゃ。その十手を貸すにゃ」
「ああ」
ウノは、テーブル上の十手を、バステトの前に滑らせた。
バステトは前足をこすり合わせると、その二つの肉球を十手に置いた。
「うにゃにゃ――概念魔術『犬のお巡りさん』にゃあ」
すると、十手――ではなく、ウノの身体が輝いた。
「うおおおっ、何だこりゃ!?」
「主様!?」
光が収まると、ウノの身体は紺色の衣服に包まれていた。
頭には平たい帽子、靴は妙に歩きにくそうな黒いモノへと変化している。
「ごぶうっ!?」
「おーおやぶんがへんしんした!?」
ゴブリン達も、軽くパニックに陥っていた。
「制服はお気に召さないかにゃ? にゃら、服は元に戻すにゃ。『私服刑事』もあるからにゃあ」
ペッともう一度、バステトが前足を十手に置くと、ウノの姿は元の軽装に戻った。
「ああ、ビックリした。服を変える魔術なのか?」
「にゃー、それもあるけど、お巡りさんにゃ。指を一本立てるにゃ」
「こうか?」
言われた通り、ウノは右の人差し指を立てた。
「じゃあ、何もない壁に向かって撃ってみるにゃ」
「撃つ?」
「あー……やってみれば分かるにゃ。キーワードは『ばーん』にゃ。みんな、耳をふさぐにゃ」
ペタン、とバステトが頭上の猫耳を前足でふさぎ、ゴブリン達も素直にそれを真似た。
シュテルンはやりようがないので、ただウノを見守っている。
「……? 『バーン』」
強烈な破裂音と共に、壁に鋭い亀裂が入った。
だが、轟音に耳をやられ、ウノとシュテルンはそれどころではない。
「っくああ……!? み、耳がああああ……!?」
ウノは耳を押さえて身悶え、シュテルンは目を回してひっくり返っていた。
「うん、洞窟の中でするべきじゃなかったのにゃ……おー、思ったより大きな音だったにゃ。ゴブリン達ももういいにゃりよ」
「分かってたなら、やらせるなよ! っていうかあれは……あれは、魔術なのか!?」
ウノは震える指で、壁の亀裂を指した。
「正確にはその一部というか微妙に違うのにゃ。でもまあ、魔術みたいなもんでよいと思うにゃ」
「おおおおおお。俺にも魔術が……ついに!」
「おめでとうございます、主様。皆も、拍手」
「ごぶ!」
「おーおやぶん、なんだかよくわかんないけど、おめでと」
ガッツポーズを上げるウノに、ゴブリン達が拍手する。
「ありがとう、ありがとう」
「この『ピストル』は一日六回使えるにゃ。それと手を……んー、ヴェールに向かってかざして、『かくほ』ってキーワードを唱えてみるにゃ」
「ごぶっ!?」
いきなりの指名に、拍手していたヴェールが固まる。
助けを求めるように周りを見渡すが、諦めろ、とホブゴブリンのゼリューンヌィが肩に手を置くだけだ。
「……き、危険は、ないんだよな?」
「多分ないけど、ヴェールはパニックにならないように気をつけるにゃ」
「分かった」
息の合ったコンビのように、武器使いのリユセと力自慢のアクダルがヴェールの左右の腕を取った。
これで逃げられない。
「……じゃあ『確保』!!」
「ごぶぅ!?」
リユセとアクダルがはじき飛ばされ、ヴェールの両腕が前で揃えられた。
その両手首には光の輪が巻かれ、外す事が出来ずにいた。
「『手錠』は相手の両手を拘束するにゃ。解けば、また使えるにゃ。あと高くて大きな音を立てる『ホイッスル』は、指二本を口に咥えて息を吹くだけにゃ。口笛よりも楽にゃ。奇襲に使えるにゃ」
「すげえ……バステト様、アンタを初めて尊敬した!」
「喜ぶべきか、すごく複雑な感謝だにゃあ……ああ、十手を装備してなかったら使えないから注意にゃ?」
「分かった。気をつけよう」
こうして小休止は終わり、再び洞窟の生活の話に、話題は戻るのだった。
とある世界のとある国に関して、妙に知識の深いバステト様です。
急に戦闘向けチートっぽいのが入った感がありますが、本筋の家造りは大体地味なままです。
次回、再び地味な会議に戻ります。