騎士団いぢめ
酷いイジメの回になりますw
創造神カムフィスの巨大神像は、オーネスト達から一〇メルト程離れた位置で、その動きを止めた。
地面には接さず、わずかに足を宙に浮かせていた。
もっとも、跪き顔を伏せているオーネストには、その気配しか察する事は出来ないが。
……オーネストは、これがダンジョン側が何らかの技術を用いて、神を偽り、こちらを退けようとしているのではないかという思考がもたげたが、すぐに自身で否定した。
仮に何らかの技術があったとしても、目前の神から放たれる神威は間違いなく本物だ。
少なくとも自分達が人である限り、これを見紛うはずはない。
そして、その神から直に、オーネストの頭へと声が投げかけられてきた。
『面を上げてよい』
「は……っ」
カムフィスの許可を得、オーネストや部下達は顔を上げた。
そして、その美しい女神の顔に、ああ、やはり……と納得する。
目の前の存在は、紛れもない本物だ。
『貴方達がここにいる理由は、把握している。ダンジョンに攻め込み、民を追い払おうとしていたのであろう。しかし、攻め入る大義名分がないために、内部に工作員を送り、彼らに騒動を起こさせた。彼らが傷つけば、中の住人達は危険と判断され、騎士団が介入する理由となる』
「そ、それは……」
カムフィスの美貌に見入っていたオーネストの顔から、ダラダラと汗が噴き出る。
神を前に、嘘はつけない。
そしてカムフィスの指摘は、まったくの事実だった。
『何故、ダンジョンの住人達を害しようとした? 私は、貴方達の口から、聞きたい』
「……この地を治める、公爵閣下の命です」
『つまり、貴方達自身に、ダンジョンの民に含むところはないと言う訳か』
「その通りです」
オーネストのこの辺りの返答に、淀みはない。
言葉を飾る必要もない、ただの事実だからだ。
ただ、カムフィスが頭に送りつける言葉は、冷え冷えとしたモノだった。
『……含むところがなくても、命令があれば無実の民を殺せるという事だな』
オーネストの顔から、血の気が引いた。
それでも、嘘はつけない。
だからといって、肯定もしづらい問いであった。
「わ、我々は軍人です! 上からの命令があれば、それに従う義務があります!」
オーネストは叫ぶように、答えた。
スッと、カムフィスの目が細められる。
『立派な志だと思う。だがそれは、騎士の道は歩めても、人の道からは外れているのではないか』
「…………」
確かに、その通りだ。
分かっている。
無実と分かっているから、彼らに罪を作り、それを名目にダンジョンから追い立てようとしていたのは、本当の事なのだから。
『しかし、それもまた人。よしとしよう』
「え?」
カムフィスの意外な一言に、オーネストは目を瞬かせる。
そしてわずかに、心の中に安堵が広がった。
我々は……許されるのか?
しかし、次の一言でオーネストの表情は凍り付く事となった。
『私もまた、あのダンジョンの住人。敵対するというのならば、容赦はしない。全能力を使って貴方達と、貴方達の仕える主に必ず、報いを受けさせよう』
「お、お待ち下さい!!」
カムフィスの手が動き、掌の先が城下町オーシンの方へ向けられる。
駄目だ、それは絶対に駄目だ。
あそこには主君もいれば、オーネストの妻子だっているのだ。
オーネストは必死に制止の言葉を繰り返すが、カムフィスの彼らを見下ろす視線は相変わらず冷ややかであった。
『ダンジョンの住人が待って欲しいと言えば、貴方達は止まったのだろうか? もしそうならば、私もその報復を留まろう』
「それは……止まらなかったと思います。ですが……!!」
だからといって、自分の帰る場所を戦場にすると言われて、黙っていられるだろうか。
出来るはずがない。
『自分達が攻めるのはいいが、こちらが攻めるのはやめて欲しい。それは、公平ではないのではないだろうか』
オーネストはぐうの音も出ない。
訓練の際、オーネストも常に言っているからだ。
敵を殺すという事は、同時に敵に殺される覚悟も必要となる。
戦う相手が無抵抗であるなど、妄想も甚だしい。
そういう意味では、カムフィスの言は正しい。
そして敵、すなわちこの場合はカムフィスがどれだけ強いからと言って、それで退くのは騎士として間違っている。
弱い相手ならば戦い、強い敵なら膝を屈するでは、この騎士団はただの弱い者イジメの集団でしかないではないか。
『あそこには温泉が湧いている』
苦悩するオーネストに、カムフィスは不意に無関係の事を語り始めた。
「は?」
困惑するオーネストに構わず、カムフィスの首は森の方に向けられていた。
攻撃するにはまたとない好機だが、そんな命知らずは騎士の中に一人もいなかった。
『私はゴブリンやコボルト、オーク達とその湯に浸かり、風呂上がりにフルーツ牛乳を飲む』
ふ、ふるーつ牛乳?
どうしようかとオーネストは副官に視線をやるが、私に言われても困るとばかりに、相手も必死に首を振るうだけだ。
『また、中庭では畑を作っている。今はトウモロコシと葡萄を植えていて、私も手伝っている。私は焼きトウモロコシよりも茹でたモノの方が好きだ。葡萄酒も急ぎ作ったが、やはり正しい月日を経て醸造したモノの方が、より美味いと思う』
……神が、畑仕事を?
何だ、何の話をしているのだ……?
『ダンジョンの中では、商売をしようと逞しいモノもいて、店舗も造っている。男達が忙しい間、私はモンスターや異種族の女衆と共に子供達の世話をしたりしている』
再び、カムフィスがこちらを向いた。
『――それを、貴方達が奪おうとしている。これが敵ではなくて、何だというのか』
その眼差しは、お世辞にも友好的なモノではない。
ただ、それは敵を見ると言うよりも、聞き分けのない子供に向ける憐れみに近かった。
『勘違いをしてはいけない。貴方達は正義かもしれないが、剣を向けている先は悪ではない。別の正義である。私達は戦いを望まないが、そちらが争うというのならば全力で反撃する覚悟は有している。貴方達は、どうなのか?』
オーネストは、再び顔を伏せた。
「ど、どうか、今しばらくの、猶予を……! 我々に、貴方に敵対する意志は、ありません!」
『分かっているのかいないのか……ダンジョンの住人に敵対するという事は、すなわち私とも敵対するという事なのだが』
「敵対する意志は、ありません!!」
オーネストは叫んだ。
『何故?』
「神に敵対する人間など、おりませぬ!!」
神の敵とはすなわち、言葉通り『神敵』であり、それは全人類の敵と同義である。
カムフィス教の総本山からも、抹殺指令が出るだろう。
家族共々、根絶やしにされてしまう。
そんなモノになるつもりなど、オーネストには微塵もなかった。
『そうではなく。ダンジョンの住人に敵対する意志がないのなら、その剣や弓は何のためにあるのかと問うているのだが』
「あ、うぅ……」
オーネストは、泣きたくなってきた。
『覚悟を決めよ。私は貴方達の騎士道を認めた。故に騎士道を貫くのならば、このまま進軍せよ。そして私や他の神々と戦うべし。こちらはもちろん迎撃する。私達は、この地の領主を倒すまで決して止まらぬだろう』
「どうか、どうか慈悲を……!!」
オーネストは両手の指を組み、ひたすらに祈りを捧げた。
ダンジョン下層の臨時大スクリーンでは、その模様がリアルタイムで投影されていた。
反応の大半は、騎士達に対する不快感、ざまあみろと叫んだりしているのは、ウノと同じように城下町の貧民街を取り潰され、行き場を失った者なのかもしれない。
「シュテルン、神様ちょっと行ってくる。すぐ戻るから」
「え、あ、はい。お気をつけて」
「にゃー」
ウノは、二人に声を掛けてから、現場へと跳んだ。
夜の涼しい風が、ウノの顔をなぶる。
足下は、カミムスビの神像の肩だ。
騎士達はここまで見上げたりしないし、ウノの存在に気付く事はないだろう。
首筋に手を添えてバランスを取り、中にいるはずのカミムスビに囁きかける。
「……いやまあ、その辺にしとかないか?」
『ええー、もうちょっと苛めてもええと思うんやけど。自分達の圧倒的優位って奴を、ここで完全に粉砕しとかんと、この子ら反省せえへんよ?』
そんな念話が届いてきた。
「もう充分砕いてるし、戦意とか多分、すり鉢で粉状になってるんじゃないかなあ。っていうか何なの、あの口調は」
『ん、外向けやね。普段の喋りやと、どうにも威厳が足りへんのよ。少人数が相手なら別やけど』
「とにかく、説教はもういいだろ。そろそろ撤収させてくれ」
『他に何か、騎士達に要望は?』
「ない……と言いたい所だけど、そうだな。多少は痛みも受けてもらうとして……」
ウノは思いついた事を、カミムスビに伝えた。
「……こういうのは、出来るか?」
『そのぐらいなら、今のわたしならチョロいよ。じゃ、それで手を打っとこ』
よし、とウノは再び跳び、下層へと戻るのだった。
なお、以前感想かどこかで書きましたが、割とカミムスビさん性格悪いというか腹黒です。