空飛ぶ祭壇
祭壇が、青く淡い燐光を纏い始める。
大地の揺れの発生源は間違いなくこの祭壇であり……その土台が、音も無く地面から離れた。
揺れはなくなるが、祭壇からは波動としか呼びようのない不可視の力が発生し続け、さらに上昇していく。
「話では、何度も聞いてたけど……こりゃあ」
「すごい、ですね」
ウノとシュテルンも呆れるしかない。
下層に集まった者達、すなわちこのダンジョンとその周辺の住人のほぼ全員が、阿呆みたいに口を開け、やはり祭壇を見上げていた。
しかもこの台形型の建造物は、ただ浮くだけでは終わらない。
「動くのかよ、これが……」
バステトから事前に聞いていた話であり、ゆっくりと天井を目指しながら、大きな石の部品一つ一つが組み替えられ、別の形へと再構築を開始する。
「にゃー、みんなの祈りと、三百年前から力を蓄えられた魔石が奇跡を生むのにゃ」
燐光に照らされながら、バステトが言う。
そこまではよかった。
「雑な言い方をすると、エネルギーがあれば動くのにゃ」
にゃ、と猫口を作りながら言うバステトであった。
「本当に雑に言うと台無しだな!!」
「しかしまー、造った奴からは聞いてたとはいえ、本当に動くとなると、ウチキもちょっと感動しちゃうのにゃあ」
知識として知っているのと、実物を見るのとでは違うという感覚は、神でも同じのようだった。
うんうん、とユリンもしきりに頷いていた。
「そうですなあ……たった百日で造られたモノとは思えませんなあ」
「にゃー」
大分、昔(※三〇〇年ほど前)の記憶を取り戻しているようだが、それはさておき。
「昔の建築士って、バケモノか何かだったのか?」
そう思うしかない、ウノだった。
どんな魔法を使ったらこんなモノ、そんな短期間で造れるのだ。
「バケモノというのはある意味、間違ってないにゃあ。どうせなら動く姿も見せてやりたかったにゃあ」
さて、浮遊し続ける祭壇だが、このままではいくら天井が高いと言ってもぶつかってしまう。
しかしこの天井には、そこが開いて天窓となるギミックが仕込まれていた。
一見すると、一筋の裂け目に見えるそれが、少しずつ開かれていく――問題があるとすれば、位置的に真上は湖となっており、溜まっている水が下層に降り注ぐという点であった。
だが、滝のように流れ落ちてきた大量の水は、祭壇の燐光に触れるとその勢いを弱め、霧のような細かい粒子へと変化していく。
「また湿気が増えそうな……」
「家主らしい、生々しい感想にゃあ」
だが、ウノの懸念は妥当なモノだろう。
いくら細かい粒子になろうと、水分である。
このままでは、下層全体が湿気ってしまう。
「しかし大丈夫のようですよ。風乙女や水乙女達が、散らしてくれているようです」
なるほど、シュテルンの指摘通り、精霊達が何体も祭壇の周囲を巡り、水の粒子を祭壇裏、すなわち温泉のある方へと運んでいく。
そこではより多くの精霊が集い、湿気を外に出すようにしているので、ウノが気にしていた問題も解決されるだろう。
そして完全に開ききった天窓から、祭壇は夜空へ向かって、さらに高度を上げていく。
「不満点があるとすれば、この後を見られないって点かなあ」
「ふふふ、抜かりはないのにゃ、ハツネ、タンク!!」
「シャー!!」
スゥッと現れたのは、トラップスパイダーのハツネであった。
その後ろからのっそりとついてきているのは、鎖キャタピラーのタンク。
ハツネが前脚(?)を振ると、バサリと大きな白い幕が広い下層の左右を横断するように広げられた。
これはまた、作るのにすごい労力だっただろう。
左右の端で、幕が垂れないようにピンと張っているのは、タマハガネスカラベのカーメンとミスリルスカラベ達だ。
しばらくすると、下層を照らす光量が落とされた。
そして、白いスクリーンには、高みから大地を見下ろす視点で、広大な風景が映し出されていた。
手前には森、そこからは平原に街道が線を引き、ポツリポツリと林があって、ずっと遠くに少しだけ灯りが見えるのは城下町オーシンだろうか。
「巨大スクリーンによる、空飛ぶ祭壇からの視点なのにゃ」
おおーっと、スクリーンに見入りながら、周囲の異種族達が感嘆のため息を漏らしていた。
ただ、一部では冷めた目もあった。
「あまり新鮮みがありませんね」
シュテルンである。
そりゃあ、高いところからの風景など、珍しくもない。
「鳥類にはそうかもしれないけど、飛べる人間はまだこの時代にはほとんどいないのにゃ!?」
「しかしまあ、俺達は事前に聞いてたからまだいいモノの……あっちはさぞかしビックリするだろうな」
「……しかも、今頃、空中であの姿になっているのですよね」
ウノとシュテルンが話している間にも、祭壇からの視点は少しずつ移動し、森を出た辺りで高度を下げ始めた。
月と星、それに祭壇が放つ青の燐光で地面は照らされ――そこにいた数百人の騎士達が唖然とした表情で、こちらを見上げていた。
部下の報告を聞くまでもなく、ダンジョンのある方角から巨大な物体が飛来してくるのはオーネストも確認していた。
少し前、圧倒的なモンスターの群れの襲来に戦意を挫かれるも、何とか精神的に持ち直したばかりだ。
オーネストは騎士、すなわち軍人である。
戦えというのなら戦うし、勝算が少なかろうがやはり剣を執るが、勝算のまったくない戦いには挑まない。
自分だけならまだしも、部下の命も預かっているのだ。
勇敢と蛮行は違うのである。
仮に、仮にだ、あのモンスター達と戦ったとする。
その戦場でもし万が一勝てたとしても、そのあとモンスター達は城下町まで侵攻する可能性があった。
内部で工作しているはずの、四人の『別働隊』との連携どころではない。
事は、現場指揮官であるオーネストの一存で対処出来る範疇を超えている。
なので、モンスター達が通り過ぎた後、すぐに伝令を城下町に向かわせていた。
現在は、待機状態にある。
予定を変更して、天幕も張らせていた。
それなのに、新たな敵と思われる存在の襲来だ。
「……?」
オーネストは、月を背に青く輝くその物体に、どこか違和感を感じた。
違和感と言うよりも既視感か。
どこかで、見覚えがある形をしている、気がした。
より近づいてきたそれの形を認め、オーネストは気がつくと跪いていた。
「……嘘、だろう?」
呟くオーネストの周囲でも、同じようにドサリドサリと音を立て、その場に崩れ落ちている。
あちこちに剣や弓が捨てられているが、それをオーネストが責める事はなかった。
否、むしろそれを頭上の『アレ』に向ける事こそ、許される事ではない。
『――このような夜分まで、大義である』
頭に、声が響く。
声の発生源は、オーネスト達の頭上にあるその存在。
――すなわち、超巨大な創造神カムフィスの神像からであった。
以前、天窓の向こうか池と書きましたが、湖に変更します。
何か作ったモノか自然物かの違いらしいですねー。