戦い終わって
その場に倒れ伏す、強鬼。
沸き立つ歓声、ハイ・オーガの顔からは粘動体が離れ、ウノに飛びつくと、青い上着に擬態する。
「勝者、ウノっちにゃー! ウチキも大もうけなのにゃー!!」
「いや、それはない」
ウノは、大喜びのバステトに水を差した。
「にゃ?」
「勝ったのはマルモチだし、そもそもこれだと、俺対ハイ・オーガじゃないだろ。なら賭け自体が成立しないんじゃないか?」
そう、バステトはさながら一対一の勝負のように宣言していたが、実際には二対一。
これはフェアではない。
もちろんウノの責任ではないので、自身は一切反省はしていないが。
ただ、看板に偽りありなのには、違いないだろう。
「にゃ、にゃにゃにゃ……するとウチキの儲けは……」
「だから言っただろ、全部ご破算だって。まあみんな払い戻しになるだけだし、大目に見てくれよ……って、どうした?」
不意に、ウノの身体に影が差した。
「にゃあ、後ろなのにゃあ!!」
「グアアアアア!!」
想像を上回る回復力で強鬼は甦り、ウノを背後から襲おうとしていた。
これをウノは迎え撃とうと、腰を落とす。
が――
「主様に何をするのですかっ!!」
――途轍もない威力の蹴撃が横っ面に炸裂し、ハイ・オーガは吹っ飛んだ。
何匹かの観客を巻き込み、壁にめり込む。
今度こそ、完全に気絶したが、念には念を入れようと、ゴブリンやコボルトがトラップスパイダーの粘糸を織り込んで作ったロープで縛っていく。
それはさておき、奇襲を仕掛けたのは、十四、五歳の少女だった。
有翼人らしく、銀色をしたおかっぱの髪と同色の羽が背中から生えており、その色にウノは見覚えがあった。
「……シュテルン?」
「はい、城下町から全速力で戻って参りました貴女の相棒、シュテルンです」
誇らしげに名乗るシュテルンの、小さな丸眼鏡が光った。
「突っ込まないぞ」
「それは、了承して頂けたという解釈でよろしいのでしょうか?」
「してねえよ!? 中身は変わらず超ポジティブかっ!?」
「にゃはは、ウノっちはツンデレだにゃあ」
一瞬緊迫を孕んでいた下層に、再び賑やかさが戻ってくる。
ウノ達の中に駆け足で割り込んできたのは、仔獅子の耳と尻尾を持つ幼女神、イシュタルだった。
「ちょっとちょっとほのぼのしてるところ悪いけど、まだ事は済んでないのよ。寸劇かますのなら、その辺終わってからにしなさいよね」
「にゃあ。そうそう、他の強鬼もひとまとめにしちゃうのにゃあ」
ちょうど、バステトの意見を見計らうかのように、大階段からゴブリンやコボルトらが強鬼を担いで下りてきた。
全部で三体、全員が丸太に括られ、気絶していた。
「こちら、中庭から持ってきました」
「我らは裏通りから」
「やあ、家主様も壮健のようで何よりですな」
アルラウネのイーリス、新参の鬼神である仔牛、そして甲冑姿のユリンも下りてくる。
「……ユリンを見ると、久しぶりというかさっきぶりというか、すごい微妙な気分になるな」
「ははは、家主様、そんな風に見つめられると照れてしまいますぞ」
ススス……とユリンに近づいたのは、シュテルンだ。
「ユリン、立ち位置をちょっと入れ替えませんか」
「おお、これは新顔……ではないようですな」
「シュテルンだ」
ウノが教えると、ユリンはポンと手を打った。
「おおっ、ついに本懐を遂げられましたか」
また寸劇を始めたウノ達に構わず、イシュタルはイーリスに近づいた。
そして、気絶した強鬼達を見下ろす。
シュテルンに吹っ飛ばされたハイ・オーガも並べられ、四体となっていた。
「はいはい、イーリス、コイツら元は人間だったみたいだけど、治せる?」
「薬の残りがあるようですから、解析すれば何とかなると思いますよ。ただ、ちょっと時間は掛かりますね」
イーリスの手には、薬瓶の欠片があった。
わずかに薬の雫も残っており、調べれば解毒薬も精製出来るだろうというのが、イーリスの見立てらしい。
イーリスが無理でも、草木の神であるタネ・マフタもいるのだ。
本来なら医神の手が欲しいところだが、まあ何とかなるだろう。
「さすがにすぐにやれなんて無茶は言わないわよ。出来るなら、それに越した事はないけどね。じゃあ、それまでは……っていい加減、こっちの話に加わりなさいよバステトっ、このダンジョンの主神でしょうが!!」
イシュタルが、バステトの耳を引っ張った。
「にゃああっ! 耳は駄目なのにゃあ!!」
「それで? 祭は開かれてる。時間的に人間のお客さんが来る事はないけど、中庭にはアルテミスが呼び寄せた、百鬼夜行が待ち構えているわよ」
「にゃー、そうにゃあ。アレをやってる間に、壊された屋台や道具を撤去するのにゃ。それと残っている作業を終わらせちゃうのにゃ」
「聞いたわね。それじゃ撤去班はもう動いて。中庭は――」
イシュタルの指示に、周囲の異種族達が忙しそうに動き始める。
そして彼女の視線を受けたイーリスが、小さく頷いた。
「現在は、タナマフタル様が応対をして下さっています」
「そ。ならそっちは何の心配もないわね。じゃあ、ちゃっちゃと残ってる準備も終わらせるわよ。各担当、分からない事があったら、バステトに聞く事。どんどんこき使っちゃっていいわよ」
「にゃあっ!? イ、イシュタルはどうするのにゃ!?」
ふぅ……とイシュタルは、バステトを見た。
「アタシはあちこち動き回る現場指揮官。アンタは本部でどっしり構える総監督。お分かり?」
イシュタルに指を突きつけられ、バステトが後ずさる。
「にゃ、にゃー……超仕切られてるような気がするのにゃあ」
「気に入らないなら、いつでも代わってもいいわよ? ……やれるもんならね」
「にゃあっ!? お任せするのにゃ」
獅子対猫の勝負は、獅子の圧勝のようだった。
さて問題は、戻っていきなり戦って、そして暇になったウノである。
「俺達はどうすればいい?」
イシュタルは肩を竦めた。
「マスターもシュテルンも、長旅だったでしょ? ひとまずは休憩と……それが終わったら、お祭りのお手伝いかしら?」
別に、温情ではないのだろう。
イシュタルの言う休憩も仕事の一環、というのはウノにも分かる。
「了解。それじゃ一っ風呂……いや、その前に一番の見世物は、しっかり見とくか」
祭壇裏の温泉に向かおうとして、ウノは足を止めた。
そして、祭壇を見上げる。
「にゃー、カミムスビ一番の見せ場なのにゃ。さー、残ってるみんなも一緒に拝むのにゃ」
……小さく、下層全体が揺れ始めた。