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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
125/140

本日のメインイベント

「ガァッ!!」


 大階段の頂上から、強鬼(ハッス)は跳躍した。

 眼下にいるアレは、敵だ。

 かつて自分を手玉に取り、恥を掻かせてくれた敵――ウノ。

 故に、殺す。

 遊びなど、ない。

 渾身の一振りで、犬獣人(ウノ)の身体を八つ裂きに――


「っと、問答無用って訳か。ヴェールは適当に隠れてろ」


 ――出来なかった。

 巨大な爪が地面を抉り、土埃を上げる。

 一瞬速く、相手が横に回避したのだ。

 そして襟首を掴んだゴブリンを、遠くに投げ飛ばす。


「ご、ごぶっ!」


 ゴブリンは地面を転がり、大急ぎで壁際に避難した。

 おのれ。

 ハッスは着地と同時に追撃、ウノに爪を振るうが、そのことごとくが当たらない。

 バックステップ、跳躍して腕に上、振り抜いた腕を半身にしての回避……ハッスの頭には、苛立ちが募る。

 すると、不意にウノが動きを止めた。


「……で、戻ってきたばかりで何だけど、この周りの気配は一体、何だ?」

「ガ……?」


 大きな隙なのは間違いないが、それはハッスも気になった。

 下層は光の精霊の薄明かりで明るいとは言いがたいが、無数の視線がハッスにも突き刺さっていた。

 そして、潮騒にも似たざわめき。

 何かが、おかしい。

 そう、ハッスが考えた時だった。

 カッと天井近くから、強烈な照明がハッスとウノに降り注いだ。


「れでぃーすあーんどじぇんとるめんっ、にゃっ!!」


 台形の建造物の頂上から、そんな声が響き渡る。

 そこには、薄衣に黄金の装身具を身につけた、褐色の幼女が立っていた。

 黒い髪には猫耳がピンと立ち、背後にはユラユラと細長い尻尾が揺れている。


「本日のメインイベント、襲来してきたハイ・オークバーサス最終戦!! 対戦相手はこのダンジョンの主、ウノっちにゃっ!! さあさあ張った張ったみんな全財産注ぎ込むのにゃあ!!」


 オオオオオ……!!

 周囲にも灯りが点され、ハッスは気付いた。

 自分達は雄叫びを上げる『観客』に、取り囲まれている。

 これは……俺達は、見世物にされているのだ。


「何かもうメチャクチャだな、おいっ!?」


 ウノが、建造物の頂上にいる幼女に叫ぶ。

 そしてやれやれと、諦めたような表情でため息をついた。


「つーかイベント扱いかよ……酷い茶番だと思わないか?」


 だが、ハッスはそれどころではなかった。


「グ……」


 怒りで、頭が沸騰しそうだ。

 これは、ハッスにとっては聖戦なのだ。

 司教から託された、(カムフィス)の意志の代行――それが、今のハッスの使命だというのに、それが、こんな下らない……!!

 潰す。

 目の前の男も、高みから馬鹿みたいに騒いでいる小娘も、周囲のバケモノ共も全部……!!


「オオオオオァァァァァ!!」

「すごい気合い、やる気充分なのにゃ!! 体格差は圧倒的! さー、ウノっちに勝ち目はあるのかっていうかないと困るのにゃ!! ウチキの豊かな食生活の為にも!!」

「いいからもう黙っててくれないかなぁ、神様は!?」


 さっきよりも速いハッスの拳を、ウノは脇見をしたまま前屈みで避けた。

 常人なら捉えきれない速度の筈なのに、どういう視界と視力をしているんだ、コイツは!?


「一応言っておく。ここでやめるなら、半殺しで止めておくけど……どうする?」


 ハッスの連続攻撃を避けながらも、ウノは息一つ乱さない。


「やっぱり駄目か。しょうがない」

「グアッ!!」


 真正面に来たウノを、ハッスは両手で挟み込む……いや、挟み込もうとした。


「――普通に倒すぞ」


 ウノはその直前で、ハッスの目の高さまで跳び上がっていた。

 その右足が、フッと消えた。

 衝撃は、その直後に来た。


「カハッ……」


 顎を蹴り上げられたのだ。

 一瞬、ハッスの意識は飛んだ。


「しかも、硬い」


 クリーンヒットを与えたにも関わらず、着地したウノはしかめ面でつま先を振った。

 ハッスは視界もクラクラし、何とか立て直す為に意識を保とうとするが、その間にウノの追撃はなかった。

 ならば、とハッスは反撃に転じた。

 拳と蹴りに加え、口からの圧縮気砲、踏み込みによる局地的な地響きも使用するが、ウノはそれらを走り、跳んで、無効化する。


「さー、エンジンが暖まってきたウノっち、ハイ・オーガを翻弄してるにゃ! さすがは犬は怪物に強いのにゃ」

「うん、どういう事?」


 ウノはハッスの蹴り足に乗って威力をやり過ごし、後方に回転する。


「白犬、しっぺい太郎、桃太郎の犬、何か特定の地域の犬ばかり出してるけど、怪物退治の伝承が多いのにゃよ。……まー、逆に犬のバケモノも不思議と多いけどにゃ」

「ちょっ、不吉な事言うなよ!?」


 そしてウノが突進、膝に短い棒のような武器で打撃を与えてきたが、その程度の衝撃はハッスにも効かない。


「ティンダロスになっちゃってるから、ウノっちはもう手遅れにゃ――っと、ウノっち危にゃいっ!」


 接近してきたウノを捕まえようとしたが、あとわずかというところで取り逃がしてしまう。


「さすがハイ・オーガ、ウノっちの油断を見逃さないのにゃ!」

「油断させたのはどこの誰だよ!!」


 このままでは、埒があかない。

 広範囲を一度に攻撃する術を使うかと、ハッスは息を吸い込む。

 衝撃波の準備だ。


「おーおやぶん、がんばれっ!」


 そんな声が、ハッスの後方――大階段の方から響いてきた。


「思ったより早い復活だったな、みんな」

「ごぶー……」


 その声には、聞き覚えがあった。

 いや、そいつはさっき、殺したはずだ。

 なら、今の声の主は……と、ハッスは戦いの最中であるにも関わらず、振り返ってしまった。


「グアッ!?」


 馬鹿な、とハッスは心の中で絶叫した。

 大開段の上にいたのは、さっき壁にめり込ませた太いゴブリン、踏み潰して肉塊にした剣士ゴブリン、頭を鉄塊で砕いたホブゴブリンだった。

 それに、穴の中に逃れていた猪骨の面をつけたゴブリンもいる。

 どういう、事だ……?

 困惑するハッスに、ウノが声を掛けてきた。


「ああ、この戦いでは、色々あってアンタのやった程度の事じゃ、ウチの連中は死なないんだよ。一時的にではあるが、そういうバケモノになっていてね」


 ハッスには、ウノが何を言っているのか、理解出来ない。

 出来ないが、現実として殺したはずの奴らが、生きているのは事実だ。

 コイツらは……殺しても死なないというのか。

 本当に、バケモノではないか。


「まあ、そういう訳で、全部ご破算だ。いい加減、終わらせるぞ」


 フッと、ウノの姿が目の前から消失した。

 次の瞬間、ハッスの視界は薄い青に包まれ――呼吸が出来なくなっていた。


「グ、ウウ……ッ!?」


 鼻も口も、()()()()に包まれている。


「むに」


 引き剥がそうとするが、妙に伸びるそれがハッスの顔から離れる気配はまるでない。


「こ、これは、マルモチにゃ!? スライムがハイ・オーガの顔を覆って、呼吸させなくしてるのにゃ!!」


 息が続かない。

 吸う事も吐く事もままならないまま……ハッスの意識は朦朧となり、やがて視界は暗くなっていった……。

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