ヴェールの冒険
途中というか冒頭、やや残酷な表現が含まれます。
でもまあ、多分(色々と)大丈夫なはずです。
強鬼の姿がフッと消えた、と思ったらアクダルの身体が真横に吹っ飛んだ。
通路に身体ごとめり込む。
ハイ・オーガが一息で迫り、腕を振るったのだとヴェールはようやく気付いた。
痙攣する太く短い腕だけが、微かに土壁から覗いていた。
「……ア、アクダル」
ゴシャリ、とリユセが真上から踏み潰され、不気味なオブジェと化した。
ハイ・オーガの右足からはみ出した肉塊。
ランダムに白い骨を突き出し、あふれ出た緑色の血が、地面に広がっていく。
「ごぶうっ!!」
それでも、攻撃をしたゼリューンヌィの胆力は大したモノだ。
その繰り出された槍の穂先に、ハイ・オーガは食らいついた。
ボキリ、と槍が折れる音、そしてハイ・オーガは尖端を咀嚼し、プッと吹き出した。
小さな鉄の塊が、ゼリューンヌィの頭部を卵のように砕いた。
あ、これ詰んだごぶ。
残っているのは、自分とグリューネのみ。
勝ち目、ゼロ。
これはもう、どうやっても無理だ。
ヴェールは悟り――グリューネの腕を取ると、後ろに引いた。
「ごぶ……っ!?」
一瞬、呆気にとられるグリューネの姿が、不意に消失する。
「おとし穴ごぶ。せまい分、あのバケモノもほらなきゃ届かないごぶよ」
そして狭い。
故に、グリューネには幾つも擦り傷が出来ているだろうが、それぐらいは我慢してもらおう。
グリューネの回復は『戦闘』ならばまだ役に立っただろうが、一撃で死ぬようなこんなハイ・オーガの『虐殺』ではまったく無意味だ。
……ハイ・オーガならば、グリューネが嵌まった穴を掘る事もまた容易いだろうが、逃れたゴブリンを殺すのに時間を掛けるか、奥を目指し先を急ぐか、それは賭けとなる。
「はぁ~~~~~……ごぶ」
ヴェールは、ため息をついた。
そもそも戦うのも、痛いのも、面倒くさいのも嫌いなのである。
ハイ・オーガがヴェールを見たので、思わずおしっこをちょっとチビった。
もう気絶しちゃってもいいんじゃないかなと思う、ヴェールである。
ジリジリと、後ずさる。
そんな、ヴェールにハイ・オーガが腕を伸ばし――不意に消失した。
「おとし穴ごぶ。こっちはちょっと大きめごぶよ」
深い穴を覗き込むと、ハイ・オーガがこちらを見上げて、睨んできた。
「グルルルル……」
「ひいぃっ……ごぶぅ……」
またチビってしまうヴェールであった。
落とし穴の中に、逆さ槍などは仕込んでいない。
……うっかり、味方がはまると、あとでヴェールがまた叱られてしまうからである。
ただ、代わりに別のモノを仕掛けてあった。
ズルッ、ビタン。
穴の底から何かを叩きつけるような音がした。
恐る恐る穴を覗き込むと、ハイ・オーガが地面に突っ伏していた。
その全身が、粘液にまみれていた。
「スライムのぶんぴつ液ごぶ。ヌルヌルするごぶよ」
ポイッと穴の中に、通路の角に隠していた、一抱えほどもある袋を投入した。
ボフンッと中身が溢れる。
「ゲホッ……ガハッ……! エフッ、ゴフゥッ……!?」
「ペッパーバタフライのリンプンごぶ。くしゃみが止まらないはずごぶ。あとポイズントラップスパイダーから分けてもらった、毒も入ってるごぶ」
とはいえ、これで死ぬとかは期待出来そうにない。
「だれか、代わりにたたかってくれるやつはいないごぶかぁ~」
ぶっちゃけ尻尾巻いて逃げたいというか、もう逃げちゃっていいんじゃないかなオレすごく頑張ったと思うのだが、残念な事に援軍は期待出来そうにない。
みんな、あちこちで戦闘中なのだ。
一応下層には、いっぱいヒトがいるが、それを呼ぶにはまだちょっと距離がある。
というかそっち向いた途端、ハイ・オーガに後ろから蹴り殺されそうな気がするのだ。
怖いので、振り返れない。
ドガッ!!
何か、岩にハンマーを叩きつけるような音がした。
再び穴を覗き込むと、ハイ・オーガが穴の側面に腕を突き込んでいた。
なるほど、腕を杭代わりにして、上ってくるつもりなのだろう。
底や内壁がスライムの分泌液で踏ん張りが利かない以上、跳躍が出来ないのだから、そうするしかない。
「じゃ、じゃあこれごぶ」
ヴェールは、二つ目の袋を穴に投入した。
中身は、今朝の食事の残りや余った動物の骨やらといった生ゴミである。
もはや罠でも何でもなく、ただの嫌がらせであった。
ドゴッ、ドカッ、ドゴンッ!!
ハイ・オーガが穴を上がってくる速度が上がった。
「あわわわわごぶ……こ、こうなったら最後のしゅだんごぶ……」
天井から、ソッと垂れている黒い縄をヴェールは引っ張った。
コツン。
穴の真上の天井から、小さく石が落ちる。
ポツ、コツ……ドッ、ザバアアアァァァ……!!
続いて、大量の土砂や岩の塊が穴へと降り注がれていく。
しばらくすると、穴は完全に埋まってしまった。
「……こ、こんどこそ、にげるごぶ」
さっきまでとは状況が違う。
ここにいると、確実に死ぬ。
あんな生き埋めで、あのハイ・オーガが死ぬなんて、ヴェールは微塵も信じていない。
ソッと一歩後ずさる……と、目の前の瓦礫が間欠泉のように噴き上がった。
そして、突き出される赤黒く太い、腕。
「ひいぃ……っ!?」
ヴェールは尻餅をついて、それでも後ろに逃れる。
もういっそ、グリューネを逃がした穴に一緒に入ろうかなと思ったが、多分それやったら二匹とも殺されそうな気がするので、本当にギリギリ残った矜恃で我慢した。
大きな爪が地面を食み、土を掻き分けハイ・オーガの上半身が出現した。
頭に果物の皮がへばりついており、額からは血管が浮き出ていた。
まあ、そりゃあ怒るだろう。
終わった……。
フッと、尻餅をついたまま気を失いそうになっていたヴェールの後ろ手が、不意に空を切った。
地面がなくなったのだ。
「ごぶ?」
ヴェール達が戦っていたのは、下層へ到る大階段のすぐ側であり、後ろに逃げ続ければそりゃあ……そこに到るのは道理である。
つまり。
「ごぶ、ごぶっ、ごぶううううーーーーー!?」
ヴェールは階段を転がり落ちたのだった。
「ごぶうっ!?」
大階段を落ちきり、さらに転がりながら、何かにぶつかってようやく止まる事が出来た。
「ご、ごぶぅ……」
それでもヴェールは生きていた。
当たり所が良かったのか、悪運の強いゴブリンであった。
フラフラと目を回しながら階段を見ると、その頂上からのっそりと強鬼が姿を現した。
どうやら、逃がしてくれるつもりはないようだ。
まあ、それはそれで当然だろうが。
「グゥッ……!?」
しかし、ハイ・オーガの足が、不意に止まる。
何だろうと思い、ハイ・オーガの視線が自分に向いていない事に、気がついた。
そして、ふと自分がぶつかったモノが気になった。
細い棒、ではなく足だ。
「ギリギリ、間に合った……ってとこか?」
真上からの声に、ヴェールはあんぐりと口を開け、その人物を見上げた。
犬耳の生えた髪の色が灰色に変わっているが、見紛う事はない。
「お疲れ。よく頑張った」
「おーおやぶん!!」
ダンジョンの主、ウノの帰還であった。
多分、レベルとかスキル制とかあったら今回だけでヴェール、10は軽くレベルアップしてると思います。