お出迎え、酒場の騒動、暗闇の待機
いきなり絶叫してしまったアルテミスに、モンスターの中でも一際巨体のドラゴンが、首を傾げた。
「どうかしたのかな?」
「いえ……阿呆な同僚からの通信が入っただけです。申し訳ございません」
アルテミスが、謝罪の一例をする。
ドラゴンはそれには構わず、視線を洞窟の入り口に向けた。
再構築されたバリケードの前には、ゴブリンとコボルトの混合部隊が見張りに立っている。
「中が随分騒がしいようだが、助力は必要かな?」
「問題ありません。もう、じきに片付く予定です」
「そうか……それは残念」
何か今、不穏な発言があったような気がしたが、アルテミスは聞こえなかった事にした。
ところがどっこい、このスルーを拾う問題児がいた。
「にゃっ、武闘会でも開くかにゃ?」
転移してきたバステトである。
「いきなり現れて何を言い出すんですか、貴方は!? しかも舞踏会ではなく武闘会!?」
「ほほう、それはよいアイデア。しかし広さ的に問題はないかな?」
吸血鬼や牛頭魔人が沸き立つ中、ドラゴンが疑問を挟む。
「広い中庭の方に、舞台会場を造るのにゃ。どうせ今はまだ、そっちは塞がってるから、回って欲しいのにゃ」
「ってお客様に手伝わせる気!?」
「にゃ?」
コテン、とバステトは小首を傾げた。
「いや、そんな不思議そうに首を傾げないで!?」
「ウノっちなら、神だろうがドラゴンだろうが使うのにゃあ。せっかく色んなトコから来てくれてるのにゃから、親睦を深めるとよいのにゃ。ご飯もいっぱい用意するのにゃ」
「ふはははは。では、失礼して裏に回らせてもらうとしようか。……ところで途中、人間の軍が見えたが、言われた通り放っておいたが、よかったのかな? 景気づけに、儂自慢の火炎息吹を披露してもよかったのだが」
「……いえ、申し出はありがたいのですが、下手すると森の方も火事になりそうですし」
ドラゴンの申し出を、アルテミスは失礼のないように辞退した。
そこで、不意に不可視の力が高まるのを彼女は感じた。
「あら……?」
発生源はダンジョン側、それも下層だろう。
それはドラゴンや他のモンスター達も感じ取ったようだ。
「ほう……この力の高まりは、貴女の同胞のモノかな」
「そうですが、少々予想よりも上というか、別の力が働いているようですね。どこかで、それなりに大きな祈りが捧げられているようですね。ですが、どこでしょうか……」
うーん、とアルテミスはテノエマ村の方角をみた。
いや、あそこは既に行ってくれている。
もうちょっと、遠くのようだ。
……が、それに対してアルテミスがどうにか出来る事はない。
それよりも、目の前のお客様達の案内を優先すべきだろう。
「とにかく、中庭へご案内します」
「うむ、よろしくな」
その遠く、にある村。
位置的には城下町オーシンと、アルテミス達のいるダンジョンとのほぼ中間ほどにある宿場村だ。
冒険者ギルドの支部も兼ねる酒場は、いつになく賑わっていた。
というのも、一人の青年が今晩の酒代を奢ると宣言したからだ。
ただし、一つだけ条件があった。
飲む際には、必ず神に感謝を捧げる事、である。
「我らが神に感謝を!!」
「感謝を!!」
乾杯、と木製や陶製のジョッキをぶつけ合って、人々は麦酒を飲む。
村人も冒険者も関係なしだ。
「しかし、すごいねえ。今晩の酒、全部アンタの奢りだって?」
喧噪の中、酒場のマスターが奢り主の青年に声を掛けた。
調査官のロイである。
「ええ、まあ、色々あって儲けたんで、皆ともその喜びを分かち合いたいと思いまして」
(……と言うのは大嘘で、自腹やねんもんなあ)
「っ!?」
不意に天啓が届き、ロイは身体を硬直させた。
声の主を間違える事はない。
使える神、カムフィスのモノだ。
(ああ、ええて。こんな所でいきなり跪いたら、変な目で見られるよ)
「ハッ」
酒場のマスターが怪訝そうに見ているが、ロイは構わずカムフィスとの会話を試みる。
(せやけど、何で酒場なん? ロイ君やったら教会でお祈りをってお願いすると思ったんやけど。あ、文句は全然ないんよ? ただ、気になっただけで)
「……この時間、昼間の仕事で疲れた民衆に、教会で祈りを捧げよと告げたところで、誰も来てはくれません。僕は神の物理的な実在を知っていますが、民衆はそうではないですから。お願いを、しかも急なそれをするには餌が必要です」
無償の奉仕は尊いと、ロイは思う。
しかしそれを強要する事は出来ないし、人を寄せたいならば、身銭を切るのが一番とロイは判断したのだ。
(それが、今夜の奢りなんや)
「はい。皆も喜んで祈祷してます」
これがもう少し早い時間ならば、教会にお願いして炊きだしを行っていただろう。
そもそも何故、こんな所で村の住人に酒を奢り、祈祷によってカムフィスに信仰の力を捧げているのか。
ダンジョンを取り囲む状況が思った以上に悪いと感じたロイは、ウノに先んじて城下町から出た。
だが道中で、部下から騎士団が既に動いているという確かな情報を得たのだ。
どうやっても、現場には間に合わない。
ならばせめて、とカムフィスに力を託す方法を捻り出し、実行に移したのがこの酒場の賑わいであった。
ロイだけではない。
この付近の村では、同じように酒を奢る気前のいい者が現れているはずだ。
各地に散っている、ロイの部下達である。
(あはは、せやね。こっちでも助かってるんよ、ありがとうね)
「っ!?」
神からの感謝の言葉に、思わずロイは手を組み、印を造っていた。
(そしたら、わたしはまだやらなあかん事多いから、行くな。じゃあまた、ダンジョンで!)
神の気配が遠ざかる。
気がつくと、ロイはカウンターに突っ伏し、肩を震わせていた。
「どうした兄ちゃん。何か悲しい事でもあったのか?」、
「いえ、僕の信仰が報われた事を確信出来たので」
ロイは身体を起こし、目尻を拭った。
そして、自分もジョッキを掲げると、酒場を見渡した。
「よーし、ではみんなもっと飲みますよ! 神に感謝を! お祈りを忘れずに!!」
「おー!!」
噂を聞いたのだろう、新たな村人が次から次へと酒場へ入ってくる。
彼らにも当然酒を奢り、ロイはカムフィスに力を捧げ続けるのだった。
ダンジョン中層、下層へ到る階段のすぐ側。
灯りとなるスライム達を遠ざけ、暗い中で小さな囁き声だけが響いていた。
「あああああ……いやごぶ。もうゼンメツしといて欲しいごぶここまで来ないでほしいごぶぅ……」
「……ヴェール、いいかげん、あきらめるごぶ」
「ごぶ、おうじょうぎわが悪すぎるごぶ」
「なんでみんなそんなに勇ましいごぶー……オレ、おっかなくてしょうがないごぶー……!」
「ヴェールも、祭壇、守る。大丈夫、みんな一緒」
「ごぶ。グリューネでもこれごぶ。男なら腹を括れごぶ」
そして、殺意を孕んだ足音が迫ってきた。
「……来た、ごぶ。総員、かまえ」