無限兵団
ダンジョン中層の『南』の方角は、上層から下層に通じるいわゆる参道とは反対に存在する裏通りであり、少々暴れたところで物的被害は少ない。
加えて言うなら、下層に最も遠い訳で、戦場に選ばれるのは必然と言えた。
その大部屋の中央で、強鬼が荒れ狂っていた。
武器を振るって立ち向かう何体ものオーガ達に、それを支援する何十本もの矢。
吹き飛ぶゴブリンやコボルト。
舞い散る血飛沫。
しかし、アセラン――本来の名はアスラは、まったく焦らなかった。
「回収班、今は右が空いている。急げ」
壁沿いにそろそろと移動する、無傷のオーク達が、ヒョイヒョイと戦い倒れた者達を抱え上げ、素早くハイ・オーガが潜ってきた通路へと去って行く。
そして、アスラの後ろからは新たなゴブリン、コボルト達が補充されてくる。
武器を新調したオーガは、先ほどハイ・オーガに倒された者だ。
「プハッ……!」
生命の水を飲み干すと、その瓶を床に置き、再び敵へと立ち向かっていく。
「グッ……!?」
その勢いに、一瞬ハイ・オーガが怯んだ。
大方、どうしてこんなに数を投入出来るのだ、そもそも倒した奴がいつの間に復活しているのは何故だ、とでも思っているのだろう。
「グアアアア……!!」
しかし、すぐに我に返り、目の前のモンスター達を駆逐していく。
それは、正しい。
向こうからしてみれば、悩むのは戦いが終わってからでいいのだから。
さて、無限に湧き出る戦力の種は、倒れた者達を避難させている、影のようなオーク達『回収班』だ。
彼らは、通路に控えているゲンツキホースが牽く馬車に怪我人を乗せ、馬は中層『北』にある『回収部屋』へと送られる。
そして回復した亜人種達を別のゲンツキホースが乗せて、猛スピードでダンジョンを反時計回りに半周し、『南』のアスラの背後へと、連れて行くのだ。
戦場はここだけではない。
同時多発的にあちこちで戦いが発生しており、そこへ人員を送る役目を果たしているのが、ダンジョンの状況全てを見通せるバステトと、司令塔であるイシュタルである。
「にゃー、中庭はどうやら完封らしいにゃ。何体かこっちに送ってもらいたいのにゃあ。裏通りのアスラんとこが一番厄介なのにゃ」
「『中央』の商店街はどう?」
「ユリンがしっかり抑えているのにゃ。まあ、膠着状態って所なのにゃ」
「そりゃ珍しいわね。意外に手こずってる?」
「……むしろ、楽しんでる風にゃあ。まあ、ある意味では因縁もあるからにゃ」
「ああ、彼女の担当、あのハイ・オーガなんだ。そりゃ、無理もないわね」
この『回収部屋』には大量の藁が敷かれており、戦いで倒れた亜人種達が横たわっている。
彼らは、放っておいても回復する。
理由は単純で、それはこのダンジョンの食べ物に由来する。
トウモロコシや葡萄に黒山羊、野草の育成には、ウノやゴブリンズは当然として、神々も関わっている。
それを日常的に食する彼らの体内には、神性物質が宿っており、詰まるところウノがこれを持って進化を遂げたのとは別の方向性で利用する事が出来るのだ。
致命傷すら癒やす凄まじい回復力、いや、首をもがれようと心臓を貫かれても復活するそれは、ほとんど擬似的な不死に近いと言える。
効果はせいぜいが半日程度しかもたないだろうが、それで充分であった。
神性物質による圧倒的な治癒力と、戦場への馬による運搬能力。
それが今、裏通りでほぼ無尽蔵に投入され続ける戦力の種だった。
とはいえ、限界だってある。
一回、致命傷を負えば、その時点で神性物質は底をつくし、補充するには飯を食べる必要がある。
それに回復するエネルギー自体は本人の体力も使っているので、たとえ生命の水で底上げしても、限界はあった。
オークでも、五回の回復で上出来だろう。
また、この食べ物を戦場間近に持っていく訳にもいかなかった。
相手が奪って食べてしまえば、向こうが擬似的な不死を得てしまうからである。
そこをオンオフできるほど、バステトの力も万能ではなかった。
なので、安全マージンは相当取っている……とは言っても、絶対に大丈夫とはいかないのであった。
「ふんっ!!」
ハイ・オーガの脇腹に、仔牛のアスラが突っ込む。
牛のタイプとしてはバッファローに近いが、たとえ角があっても今のハイ・オーガの皮膚を貫くには到らなかった。
それでも眼前のオーガの顔面を粉砕しようとした手を止め、アスラを払おうとするぐらいの衝撃はあったようだ。
食らえば即致命的なそれを、アスラはバックステップで、難なく回避する。
「ガッ……!?」
驚いたのはむしろ、オーガ達だ。
何しろ神自ら、しかも非力な身体で戦おうというのだ。
慌てるのも無理はないだろう。
「血が騒ぐ。我も共に戦おうぞ」
とはいえ、いくら勇ましくとも、今のアスラは仔牛である。
とても、ハイ・オーガと戦えるとは思えなかった。
……が、そんな事で遠慮をする敵ではない。
「グオオオオオ!!」
「身体スペックは良い」
爪を振りかぶる強鬼の懐に、スルリとアスラは潜り込む。
「――が、肉体の性能に頼りすぎているな。技が雑だ」
そして、力を込めようとしたハイ・オーガの足に突っ込んだ。
それだけで相手は体勢を崩し、慌てて体勢を立て直す。
もちろん一度挫けた程度で諦めるハイ・オーガではない。
触れれば鉄すら切り裂きそうな爪を、何度もアスラに振るった。
しかし、それも触れれば、の話だ。
アスラにその爪が触れる事は、ただの一度もない。
四つ足動物とは思えない動きで、アスラは攻撃を紙一重で避け続けていた。
「汝の利点は、減ったとはいえ理性が残っているという所にある。ならば工夫せよ。知恵を使え。さすればもっと強くなれるだろう」
一瞬、ハイ・オーガの動きが止まった。
そして、微かに笑った――ように見えた。
次に繰り出した攻撃は、やはり爪撃――はフェイントで、ここで初めて使う正面蹴り。
それすらもアスラは読んでおり、巨大な足を首を捻ってやり過ごし、頭突きで体勢を崩す。
それでも強鬼は諦めず、上段から爪を振り下ろそうとした。
「もっとも、今回は汝の負けだ」
アスラはその拳に角を引っかけた。
そして、ひょい。
まるで重さを感じさせない動きで、強鬼の身体が浮いた。
周囲のオーガやゴブリン、コボルト達が、阿呆みたいに口を開いていた。
直後、強鬼はダンジョン全域が揺れるような勢いで、地面に叩きつけられた。
「今の我は非力。なれど、汝自身に大地の力が加われば――打倒するには充分である」
強鬼は一瞬腕を天井に向けたが、力尽きてそのまま倒れた。
オオオオォォォォ……!!
大部屋を、モンスター達の歓声が響き渡る。
これだけ騒々しければ、バステト達に報告する必要もないのではなかろうか。
「人の姿を取り戻したならば、我が道場の門を潜るが良い。今の汝よりもさらに強くなれるぞ」
アスラは強鬼を見下ろし、そう語るのだった。
ちなみにアスラの言う道場とは、この大部屋を予定しているのだが、ダンジョンの主はしばらく前から不在であり、まったく聞いていない話でもあった。
ちなみに、このダンジョンに馬を入れれば? というのはハイタンのアイデアです。