三段構え
イーリスは、地面に触れた。
わずかに振動が伝わってくるのは、何かが移動しているのだろう。
「土の中を移動して、私達の背後に回るつもりのようですね」
イーリスの呟きに、ゴブリンやコボルト達がビックリしていた。
「わかるごぶ?」
「さすがアルラウネだわふ」
尊敬の眼差しで見る彼らに、イーリスは柔らかく微笑みながら、首を振った。
「違いますよ。ここには私達以外にも、いるじゃないですか」
イーリスが中庭全体を指すように、両腕を大きく開いた。
風乙女が舞い、土の中からは土小人達がポコポコと出現する。
「ごぶっ!? わかったごぶ!」
「わふっ、せいれいっ!」
「はい、正解です」
パン、とイーリスは両手を打ち合わせた。
「ここには、沢山の味方がいます。だからみんな、安心して下さい。まあ、そもそも何があっても大丈夫なんですけどね」
「確かに、そうですねぇ――全員、前へ駆け足です」
それまで沈黙していたタネ・マフタが、わずかに厳しい声を上げた。
事前の打ち合わせ通り、その一言でモンスター達は一斉に駆け出した。
「わふぅっ、コボルトたちには負けない!」
「ぬうう、さすが犬あたまは早いごぶっ!」
統率などまるで取れていない、バラバラのかけっこだ。
隊列もへったくれもなく、彼らは今いた場所から逃れるべく、散り散りになった。
イーリスもタネ・マフタを抱えて、走っていた。
だからこそ、助かった。
さっきまで彼らがいた場所の背後で土の噴出が起こり、直後、鋭い一閃が土煙を切り裂いた。
そこにいたのは、黒く汚れた強鬼だった。
「っ!?」
しかし、土の中を進み、背後に回っての奇襲が空ぶった事に、彼は戸惑っていた。
既にゴブリンもコボルトも、そこにはいない。
「残念ながら、どこから出るのかも分かっていましたから。――第二陣、行きましょう!!」
風乙女が舞い、強く地面の草が揺れる。
それまで地面に伏せていた第二陣――センテオトルとナリー老人達をはじめとした老人達が、立ち上がった。
その脇には籠を抱えており、老人達は一人の例外もなく、奇妙な仮面をつけていた。
猪や鹿、雄牛の骨で出来た面である。
「お爺ちゃん、いくよー!!」
「うむ、任されよ!!」
リスの尾を持つ食の幼女神、センテオトルの呼びかけに、ナリー達は籠の中身を掴んだ。
灰、ではないが、粉状のモノだ。
「そりゃあ!!」
バサリと撒かれたその粉を、不自然な風の動きが、風上にいるはずの強鬼へと運んでいく。
小さなせせらぎのように流れてきた粉を、強鬼は吸い込んでしまう。
「ガ……っ!?」
ガクン、と強鬼は膝をついた。
自分でも何故、弱ったのか分からない様子で戸惑っている。
膝をついただけではもたず、両手も地面につけて、何とか身体を支える。
「麻痺の薬ですよ」
イーリスの本職は薬師だ。
その気になれば、致命傷を与える毒物だって調合出来るが、ナリー老人達や、周囲にいるゴブリンやコボルト達に万が一があったら困る。
なので、動きを止める事に主眼を置いた麻痺薬を作ったのだ。
それも、深層のモンスターですら一瞬で動きを止める、強烈な奴である。
ナリー老人達にも、面を用意してもらった。
最初にこれを使わなかったのは、単純に息を止められる恐れがあった為。
疲弊させれば、それだけ呼吸も荒くなり、この第二陣の効果も確実となるのだ。
そして、不自然な風の動きの正体、それは……。
「こちらには、風の加護がありますから、風上にいようとあまり意味がありません」
スゥッと、イーリスの周囲に半透明の風乙女達が出現した。
これで、普通なら詰みだ。
普通なら、だ。
「グ、フ……オオオオオ……!!」
何と、強鬼は身体を震わせながらも、立ち上がろうとしていた。
その瞳は憤怒に燃え、並の胆力では気絶してもおかしくない力を有していた。
ただ、イーリスの胆力は、並ではなかった。
「凄まじいですね。薬の効果を気合いだけで打ち消そうとするなんて……ですが、第三陣」
イーリスは、傍らに立つ花冠の幼女神に視線を向けた。
タネ・マフタは、強鬼を見て、目を細めた。
「抵抗は、無意味ですよ」
呟きと同時に、大地が揺れる。
かすかだったそれが、次第に大きな揺れへと変わり、ガクンッと強鬼の膝が崩れた。
「ガ……アッ……!?」
麻痺薬とは異なる点は、強鬼の身体を中心に地面がドンドン沈んでいっている点だ。
途轍もなく重い何かが、強鬼を押し潰そうとしていた。
その圧力は、イーリス達にも感じられた。
「理屈は単純なんですよ。私、タネ・マフタは草木の神。そしてその本来の姿は巨木で表わされます」
「今はお花ですけどね」
「これはこれでよいかなと思っていますよ。話が逸れましたが、この巨木の姿は普段、父である天空神を支えているのです。お分かりですか? 私はちょっと手を抜いただけなんです」
つまり、今、強鬼を押しつぶしているのは、タネ・マフタが支えなかった天空神である。
空そのモノが、敵。
どれだけ強鬼が強かろうと、そんな途方もない相手に敵うはずがなかった。
「グ、ウッ、アアアァァ……!!」
断末魔の悲鳴を上げて、強鬼はその場に突っ伏した。
そのシルエットのまま、地面にさらに沈んでいく。
やがて、気絶したのかうつぶせの姿勢のまま、完全に動かなくなった。
「タネ・マフタ様、そろそろ……」
「そうですね……よいしょっ!」
タネ・マフタが気合いを入れた声を上げると、スッと周辺の圧力が消えた。
彼女が父である天空神を、支え直したのだろう。
小さな端末でしかない、今のタネ・マフタでは短時間しかこの切り札を使用出来ない。
それが、第三陣まで温存していた理由であった。
「まずは、一体回収、ですね」
タネ・マフタが呟くと、周囲のゴブリンやコボルト達が一斉に歓声を上げたのだった。
どっちもですます調で、キャラが被る二人です。