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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
114/140

『芸術家』の事情

『芸術家』の本名は、パルム・ラドーニという。

 以前は、王都の方で実際に画家をしていた。

 貴族の出資者(パトロン)も出来たし、腕は悪くなかったはずだ。

 人生が狂ったのは、妻の肖像画を描いて欲しいという、出資者の依頼だった。

 彼女は、貴族の妻に相応しく、美しかった。

 本来なら、パルムが触れる事など、まず叶わない女性である。

 ……が、ここに画家と描かれる対象という接点が生じた。

 出会うはずのなかった青年と、夫とは年の離れた若い妻。

 何が起こったかといえば、詰まるところ不倫である。

 彼女が全ての原因、ではない。

 原因の半分は当然、パルム自身にもあった。

 そして、その関係は半年ほどしてから出資者にバレた。

 出資者は当然、激怒した。

 妻は被害者を装い、その罪は全てパルムが被る事となった。

 最悪、殺されても文句は言えない所であったが、そういう意味では出資者は寛容であった。

 或いは、もっと残酷だったのかもしれない。

 出資者は、画家の命とも言える、パルムの利き腕の腱を切ったのだ。

 そして、出資を打ち切り、さらにパルム・ラドーニという青年は人の妻を奪う鬼畜であると、周囲に吹聴した。

 もちろんそれは、妻を奪われた情けない男として出資者自身も傷つく事になるのだが、そんな恥よりも、パルム――と自分を裏切った妻――への復讐が上回ったのだろう。

 パルムを雇う者はもはや王都には存在せず、しかも唯一の取り柄である絵画すらも奪われ、彼は途方に暮れた。

 当時の記憶は朧気だ。

 放浪の末、いつの間にか流れ着いたのは、公爵領の城下町オーシンの貧民街。

 残った金で、酒と気持ちよくなる薬に溺れていたが、今考えてみると、売人は随分と破格の値段でどちらも売ってくれていた。

 もしかすると、これもかつての出資者が手を回したのかもしれない。

 出資者の妻が最終的にどうなったのかは、パルムには分からない。

 出資者に許されたのか、それとも実家に戻されたのか、そんな情報がパルムに入るはずもないし、そもそももうどうでもいい事でもあった。

 その貧民街も取り壊され、いよいよのたれ死ぬか……という時に、彼を拾ってくれたのが、シュトライト司教であった。

 彼は、パルムに腹を満たす食事を与えた上で、一つの提案をした。

 ……それが今回の仕事だった。

 ダンジョンに潜り、亜人共を駆逐するだけの単純な任務だ。

 もちろん、自分にそんな仕事を任せるのかという疑問もあったが、パルムはそれを意識の隅に追いやった。

 多少の不自然など目を瞑るだけの、報酬が提示されたからだ。

 ……利き腕の、治療である。

 パルムにとって、絶対に成功させなければならない任務となった。

 そして多少の誤算は生じていたが、結果的には今のところ、上手くいっている。

 自分に敵う敵など、このダンジョンにはいないのだから。

 ただ、目につく亜人共を殺せばいいのだ。

 簡単な仕事だが、逃げる連中の足がすばしっこいのが、少々頂けない。

 追いかけるのが面倒で、苛立ちが募る。

 ……半地下のトンネルを潜り抜けると、不意に青い空が広がり、パルムは思わず目を細めた。


「グル……?」


 最早人間の言葉も出ない喉で唸り、周囲を見渡す。

 まるで何かの競技場だ。

 しかし、観客席は畑と農園だし、フィールドの奥半分は家畜が放牧されている。

 手前の残り半分は、ダンジョンの住人達の憩いの場……といった所だろうか。

 そして中央には、ゴブリン、コボルト、オークの混成部隊が展開し、最前列には緑色の肌を持つ女性と、花の妖精のような幼女が立っていた。

 緑色の肌を持つ女性が、一礼する。


「ようこそ、バストの洞窟自慢の中庭へ。私、管理を任されているイーリスと申します」

「同じく管理を担当している、タネ・マフタです。言葉は――」


 距離はかなりあるのに、何故ここまで彼女たちの声が聞こえるのか。

 そんな事はどうでもいい。

 パルムの仕事は、彼らを駆逐する事だ。

 だから、先手必勝。

 人間だった頃とは比較にならないスピードで、女達に迫る。

 悠長なお喋りに興じるつもりなど、パルムにはないのだ。

 利き手は使えないが、腕自体は動く。

 鉤爪となった両手を振りかぶり、まずは一薙ぎ――


「――通じていないようですね。ちなみにそこは、落とし穴になっていますよ?」


 不意に、足下の感覚が消失した。

 おそらく布の上に浅く敷かれていたらしい周囲五メルト程の土もろとも、パルムは落下する。


「ガッ……!!」


 体術の心得などまるでないパルムは、不自然な体勢で地面に激突した。

 鈍い感覚が全身に伝わるが、痛みはない。

 この程度でダメージを受ける、柔な肉体ではないのだ。

 パルムは、頭上の首を巡らせる。

 地上までの高さは、一〇メルト程だろうか。

 この程度なら、本気で跳べば――そんな事を考えるパルムを、小さな幾つもの頭が覗き込んでいた。

 ゴブリンやコボルト達だ。

 見ていろ、今から跳躍して、お前達をぶち殺す。


「皆さん、油を落として下さい。次に火種担当もお願いします」


 緑肌の女の声が、響いた。

 直後、ザバリ、とヌルヌルした液体が投げ込まれてパルムの全身を濡らす。

 待て。

 それは、ヤバい。

 パルムは大急ぎで地上まで跳ぼうとして、油で足を滑らせた。

 そして天井を向いたパルムの視界は、小さな赤い光――松明が投げ込まれるのを捉えていた。

 火種が落とし穴の底に到達すると、油によって一気に燃え広がった。

 それはつまり、パルムも同様だ。

 全身の肉を、炎が焼く……!!




「ごぶっ……!?」


 落とし穴から火柱が上がり、穴を覗き込んでいたゴブリン達が悲鳴を上げた。

 髪の毛の生えていた何匹かは、毛がチリチリになっている。

 火柱は次第に鎮まり……やがて、下火になってくる。

 アルラウネのイーリスは、花冠の幼女であり己の崇める神でもあるタネ・マフタに視線を送った。


「……倒せましたでしょうか?」


 もしもここにバステトがいたならば「それは、フラグという奴だにゃあ」とでも、突っ込むであろう台詞であった。


「いえ、これは……」


 スッと、タネ・マフタが穴を覗き込む。

 釣られて、イーリスも同じように穴の底を確認した。

 炭化した死体……は存在しない。

 代わりに、巨大な横穴が開いていた。

 珍しく半分以上、地の文。

 このエピソードの主人公パルムの過去とか書いてたら、思った以上に長引いたという次第。

 なお余談ですが、彼の名前と名字は両方とも『掌』を意味します。

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