表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
113/140

迷宮心理

 コボルトの気配を、『芸術家』が先行して追う。

 ハッス達は少し遅れて、その背中を追った。

 ここはダンジョンだ。

 この先に罠がある可能性は、高い。

 だが、並大抵の罠では、今のハッス達を仕留める事は不可能だろう。

 吊り天井だろうが、仕込み矢だろうが、苦もなく潰す事が出来る身体になっているのだ。


(もし仮に、あの(つがい)のモノクロウルフが現れたとしても、今の俺達なら負ける要素はねえ。余裕でぶち殺せる)


 つまり、文字通りの敵無し。

 少なくとも、物理的な障害は無意味と言ってもいい。


(……そのはずなんだ。なのに、なんだこの嫌な予感は……?)


 ハッスの胸中には不安がわだかまっていた。

 そしてその予感が本物だった事を、すぐに思い知る事になった。

 コボルトを追う暗闇の正面には、やがて壁が迫りつつあった。

 突き当たり、ではない。

 左右に分かれるT字路だ。


「出てきたわ! 全員、撃て!!」


 女の声が響いたかと思うと、その左右の通路から無数の矢が放たれてきた。


「グッ!!」「ガアッ!!」


 先走っていた『芸術家』、そのすぐ後ろを追っていた『貴族』が悲鳴を上げる。

 ハッスや『騎士』も矢を受けたが、刺さってはいない。

 ただ、針でつつかれたような痛みがあったのは確かだ。


「散開!!」


 再び、声が響く。

 そして左右にあった大量の気配が、どんどん遠ざかっていく。


「ガッ!!」

「オオオオオ……!!」


 一瞬顔を見合わせた『芸術家』と『貴族』も、即座に左右に分かれて駆け出した。

 自分達を舐めた亜人共を、皆殺しにする為に。

 その気持ちは、ハッスも分かる。

 怒りでぶち切れそうなのは、ハッスとて同じなのだ。

 ただ、先に二人にキレられた分だけ、わずかに冷静になる事が出来ていた。


(おい、待てよ!? バラバラに行動するんじゃねえ!?)


 ハッス達は強くなった。

 この肉体は並大抵の事では傷つく事はないし、深層のモンスターを一蹴出来るぐらいの攻撃力もある。

 それでも、分散するのがまずい事ぐらい、ハッスだって分かる。

 いずれ個別に動くとしても、ここはまだ足並みを揃えておく時期だ。

 ……が、説得すべき二人は既に、暗闇の奥へと消えてしまっていた。


(……どうする?)


 ハッスは、『騎士』に目配せした。

『騎士』は牙の生えた口からため息を吐き、肩を竦める。


(しょうがねえ、オレ様達も二手に分かれよう。アイツらを確保して、それから適当に暴れる。合流場所は下層とかいう場所の手前でどうだ?)

(それしか、なさそうだな。……ったく、馬鹿野郎共が)


 そうして、彼らは二手――否、戦力としては四つに分かれた。




 先に金色の強鬼が駆けていき、少し遅れて屈強な強鬼が後を追っていった――のをやり過ごし、イシュタルとバステトは物陰から、ヒョコッと姿を現した。

 こっそりと物陰から観察していたのである。


「見事に、目論見通りにゃあ」

「そりゃそうでしょ。上手くいかないはずがないわ。あの子達、ホント素人なんだもの」


 ここはダンジョンである。

 ならば、仮に分かれ道があるなら、1パーティーが二手に分かれてそれぞれの通路を調べるなど、絶対にあり得ない。

 その先がさらに分かれていたら、どうするのだという話である。

 多少手間が掛かろうと、一塊となり、それぞれの通路を踏破するのが探索における鉄則だ。

 強鬼達は、多少は人としての理性も残っているようだったが、それでも減ってはいるようだったし、挑発したらあっさりと乗ってくれた。


 分かれ道で、両方にあっさり倒せそうな敵がいる。

 さて、どうする?


 その問いに、彼らは誤った。

 ここはダンジョンであり、決して敵を舐めて掛かってはならない。

 油断をすると、こんな単純な心理攻撃に引っかかってしまうのだ。

 これで、敵の戦力は四つに分散され、各個撃破が可能となった。

 正に、イシュタルの目論見通りである。


「ま、アルテミスの情報に感謝ね」




 アルテミス率いる、コボルトとゴブリンの混成狩猟部隊は、洞窟の前にばら撒かれたバリケードの残骸を、再び入り口に積んでいった。

 こうすればもし仮に、強鬼達が逃げようとしても、わずかな時間が稼ぐ事が出来る。

 しばらくすると、コボルトが一人アルテミスに駆け寄り、敬礼した。


「わふっ、ばりけーど、さいこーちく終えました!!」

「ご苦労様です」


 アルテミス達は、仔狼ラファルの報告があってから、ずっと森に潜んでいた。

 決して手を出さず、臭いを消し、息を潜めて、強鬼達の動向の(ケン)に務めていたのだ。

 だからこそ、彼らに『リーダー』がいない事も分かったし、それぞれの特徴も大体掴む事が出来た。

 屈強そうな強鬼と、おそらく一番理性が残っているらしい強鬼が厄介な相手となるだろう。

 金色と細身のは、あっさり挑発に乗りそうだ……と思っていたら、イシュタルからの念話だと、本当に引っかかったらしい。


「さて、私達は予定通り、ここで()()()()をします。家屋がほとんど無事だったのは、幸いですね」


 洞窟の前は大きな通りの左右に木造の家が並んで立っており、しばらく進むと広場となっている。

 洞窟前に住まわせて欲しいという、ゴブリンやコボルト達が開拓した場所だ。

 区画整理にはアルテミスやウノ達も多少口出ししたモノの、ほとんどは彼らが行ったと言ってもいい。

 そんな彼らも、今はダンジョンの下層に避難している。

 留守の間に家が潰されていました、ではやはり残念だろう。

 これから来る『お客様』達にも、あまりそういうのは見せたくはない。


「皆、楽器は持ちましたか?」

「わうっ!」「ごぶっ!」

「では、始めましょう」


 アルテミス自身も笛を取り出すと、それに息を吹き込んでいく。

 勇壮な曲が、ダンジョン前から風に乗って流れ始めた。




 中層の裏通りを、イシュタルとバステトは歩く。

 物陰でやり過ごした強鬼達が引き返してくる様子はまったくない。

 イシュタル達の後ろに、さらにあちこちの物陰に潜んでいたゴブリンやコボルト達が姿を現しては、続いていく。


「さてさて。じゃあ、ここからはそれぞれの担当に任せましょうか。あと、()()()、しっかり頼むわよ?」


 今回の戦いに、治療班は存在しない。

 必要がないのだ。

 代わりに重要な役目を果たすのが、回収班という仕事であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ