強鬼進撃
四匹の強鬼が、森を歩いていた。
どれも二メルトを越え、はち切れんばかりの筋肉に身を包んでいる。
衣服はちぎれ、腰の辺りにかろうじてその残骸が残っていた。
その足取りは力強く、周囲のモンスターなど歯牙にも掛けていない事が、ありありと分かってしまう。
彼ら――ハッス達は、数十分前までは人間だった。
カムフィス教会のシュトライト司教から与えられた『神の秘薬』によって、彼らは人を越える力を手に入れたのだ。
まさか鬼になるとは思わなかったが、司教の事だ。
おそらく、元の人間の姿に戻る薬も用意してくれているのだろうと、ハッスは楽観視している。
ただ、ハッスには別の懸念が生じていた。
チラリと、『貴族』を見る。
彼は途中で倒したジョノクチベアからちぎった右手を囓り、血を啜っていた。
(ああ、血が美味い……今まで飲んできたワインなんて、これに比べりゃ安物のジュースだ。それに引き替え、コイツはいくらでも飲めるぞ……)
言葉は通じなくなってはいるが、何となく『貴族』の思念が伝わってくる。
多分、互いの連携を密にする為、秘薬の成分に含まれていたのだろう。
身体のあちこちに金色の文様が走り、どことなく高貴な印象がある――が、手に持つ熊の手が、むしろ残虐性の方を強調していた。
……不意に、音も無く頭上からトラップスパイダーが下りてきた。
――が、それを『芸術家』が軽く手ではたいた。
ただそれだけで、モンスターは破裂するようにその命を散らしてしまう。
(……弱ぇなあ。こんな雑魚に俺は慌てふためいていたのかよ)
四体の中で最も線が細く、人だった時の名残がある強鬼は、『芸術家』だ。
これまで戦った事など、殆ど無かったのだろう。
襲ってくるモンスター達は、ほとんど彼が率先して潰していた。
線が細いせいか、ハッス達よりもわずかに身軽な印象があった。
一方で、欲求不満を溜めている風なのが、最も大柄で屈強な強鬼『騎士』だ。
(もっとだ! もっと歯ごたえのある奴ぁいねえのか!?)
雑魚を倒しているのが『芸術家』ならば、大物を狙って潰しているのが『騎士』である。
『貴族』が囓っている熊の手の、本来の持ち主だったジョノクチベアを倒したのは、『騎士』だ。
左手は太く防御特化している風で、右手はごつく幾つもの瘤が生じた攻撃特化型なのは、おそらく盾と剣を使う騎士だったからなのだろう。
そして、そんな彼らと比べると、突き出た特徴もない強鬼が、ハッスであった。
強いて言えば、波打った髪がやたら長くなっているぐらいだろうか。
ハッスはその頭をボリボリと掻いた。
(チッ……ドイツもコイツも力に呑み込まれてやがるな。共食いにだけは、ならないでくれよ)
少なくとも、協調性に関しては絶望的だろうな、とハッスは内心ため息をついていた。
『深層』を抜け、比較的明るくなった森をさらに進む。
やがて、目的の洞窟が見えてきた。
あの中で暴れるのが、ハッス達の仕事だ。
もちろんただ暴れるだけではない、亜人やモンスターはぶち殺し、下の層にあるという祭壇も破壊する必要がある。
……もちろん、ハッスはちゃんと憶えているが、他の三人はどうか。
(お前ら、せめて目的を見失うなよ? 俺達の仕事は中で騒ぎを起こす事だ。それぐらいは分かっているだろうな)
念押しをしてみるが、三匹はまるで聞いてはいなかった。
(ハハハ、よい香りがする……洞窟の奥の方から、様々な血の香りが漂ってくる……肉も味わいたいな。野菜はどうでもいい)
(何だ敵がいなきゃ蹂躙出来ないじゃないか。敵はどこだ。どこに隠れている?)
(チッ、隠れやがったか! クソッ、このバリケードが邪魔だ!!)
洞窟の入り口は、家具や瓦礫で埋まっていた。
まずはそれを撤去するという方向性は間違っていないのだが、彼らのやり方は自棄を起こした子供のようであった。
とにかく手当たり次第に破壊しては、放り捨てていくスタイルである。
途方に暮れたハッスは、星の見えてきた空を見上げた。
(……駄目っぽいな。せめて、中に入れるところまでは、何とか導いてやろう)
そして、中層を下りて最初のT字路で、獅子耳幼女神イシュタルと猫耳幼女神バステトが待機していた。
「にゃー、即席のバリケードが絶賛破壊されてるにゃあ」
「そう長くは持たないわね。みんな、手順は分かっているわね」
イシュタルが左右の通路に声を掛けると、どちらの奥からもモンスター達の鳴き声が響いてきた。
「ごぶっ」
「わうっ!」
「ぶひぃ」
それぞれ、ゴブリン、コボルト、オークである。
数はそれぞれ数十匹。
数は多いが、強鬼と渡り合うには、かなり不安な戦力である。
「それにしてもまるで、アニマルハウスにゃあ」
「猫は黙ってなさい」
「にゃあ」
イシュタルが軽く頭をはたくと、バステトは小さく鳴いた。
と、遊んでいる場合ではない。
イシュタルは、小さな両手を合わせて、音を鳴らした。
そして、腹から声を出す。
「今回の目標は、犠牲を一人も出さない事。みんなオーケー?」
「ごぶ」「わんっ」「ぶひっ」「にゃー!」
「もうじき、避難してきた新顔のオーガ達も、準備が終わるわ。あの子達が参戦してくれたら、幾分楽になると思う。加えてこの家の主ももうじき帰ってくる事になってる。本当なら明日まで掛かるところを、今日中に何とか間に合わせてくれるって」
左右の通路から、雄叫びが響いてきた。
このダンジョンの家主の存在は大きいようだ。
……実際、おそらくこのダンジョンにおける、最強の戦力だしねぇ、とイシュタルは内心で呟いた。
「ま、そういう事でみんな――作戦開始!!」
バリケードを破壊し、しばらく上層を探索したハッス達は、無人である事を確認してから、中層に下りた。
通路はガランとしており、灯りもない。
もっとも、強鬼は夜目も利くので、視界もほぼ問題はなかった。
ただ、
(……静かだ)
それが、ハッスには気になった。
(だが、奴らの気配はある。俺達を監視しているのか? なら……)
ハッスは、手に持った木材――破壊したバリケードから頂いた――を大きく振りかぶると、通路の奥に投擲した。
その直後。
「きゃうんっ!?」
犬のような鳴き声が、暗闇から響いた。
(敵か! 敵だな!!)
喜び勇んで突っ走ったのは『芸術家』だった。
その背を追いながら、ハッスは舌打ちした。
(チッ、先走りやがって!! だがまあ、今の悲鳴はおそらくコボルト。それぐらいなら、コイツらでも何とでもなるか)
……ところが、ハッスの思惑通りには、いかないのであった。
……もうちょっと書こうかと思いましたが、時間切れ。
次回、ささやかな作戦、展開します。