過去と現在
川のせせらぎの音が聞こえる。
騎士を二人斬り伏せ、エクエスはようやくここまで来た。
肩や脇腹には矢が刺さり、全身に刃傷が刻まれながらも、エクエスは堂々と相手と向き合った。
エクエスも女性としては長身だが、男はそれを上回る。
細身ながらも鍛えられた身体、恵まれた肉体を持ちながら、さらにその技量も尋常ではないと来ている。
「この作戦の総大将とお見受けする」
「よくぞ、ここまで辿り着いた。見事の一言だ。しかし、これ以上の暴虐を許す訳にはいかんな」
男――王国騎士団長は、彼を守ろうとする部下達を下がらせ、自らの剣を抜いた。
「暴虐というのならば、洞窟に住む者達を皆殺しにしようとした、貴方達の組織そのモノがそれであろう?」
「人と獣が交わるなど、外道の極み。そのような痴れ者達を生かしておく理由がない。神も決して許さぬだろう」
「獣ではない。彼らもまた、知性を有する者」
騎士団長の問いに、エクエスも間髪入れず反論する。
神の加護はとうに切れ、今はほぼ気力だけで立っているようなモノだ。
時間は充分に稼いだ。
洞窟の入り繰りも崩落し、侵入するには瓦礫を撤去する必要がある。
「人ではないという一点において、殺すには充分値する。ましてや、高貴なる血筋に連なるモノが、そのような穢れた血と交わる事など、決して許されぬ」
エクエスは思う。
その高貴なるモノは、無事逃げ延びただろうか。
何となく、大丈夫な気がする。
脈絡もなく現れたあの神とその御使いが、何とかしてくれたはずだ。
それに、目の前の男達の信じる神が許さなくても、あの猫耳の神は許した。
なんだ、神は許しているではないか。
「……どうやらもはや、語る言葉もないな」
「うむ」
エクエスと騎士団長は、同時に剣を構えた。
「近衛騎士エクエス・フラメント、いざ尋常に――」
「騎士団長オネット・レーグル、いざ尋常に――」
そして両名はぶつかり合う。
この戦いにおける最後の死闘であった。
時は流れた三〇〇年後――現代。
洞窟の入り口前には、大量の物資が積まれていた。
わずかでも時間を稼ぐ、いわゆるバリケード代わりである。
「てったい、てったいー!!」
ゼリューンヌィが叫び、まずコボルトやオーク達が先に持ち場につくべく、中層へと下っていく。
続いて、ゴブリン達。
最後に残ったのは、教官であるユリンとゼリューンヌィ達古参ゴブリンズ、仔狼のラファルといった警備係、それに幼女神イシュタルであった。
「上層の物資はくれてやりなさい。全部持って下に降りるなんて無理なんだから」
「ご、ごぶ……もったいないごぶ」
「命あっての物種でしょ。そうでなくても、貴重な戦力をここで浪費する訳にはいかないの。我慢なさい」
ゼリューンヌィは無念そうであったが、それをイシュタルは一蹴した。
「本番は中層でありますな」
「うまくいきますでしょうか!!」
ユリンが屈伸する横で、ラファルは意気軒昂といった様子だ。
「絶対とは言わないけど、多分大丈夫でしょ。見た感じ、チームとしてまとまってる風じゃないしね」
イシュタルは指して緊張した風もなく、敵を分析する。
さすが軍神、場慣れしている。
「チームじゃないと、うまくいく?」
グリューネが首を傾げるのに対し、ユリンは頷いた。
「その辺はおそらく問題ないと私も同意見ですな。ちょっとした心理攻撃でありますよ」
「古強者だけの事はあるわね。というか経験者だっけ」
だっけも何も、イシュタルもまた、当時現場にいたはずである。
まあその辺りの記憶は、ユリンとしては割と曖昧なのだが、朧気ながらもいたような気はするのだ。
特に最後の戦いに関しては、それなりの記憶はあった。
「ははは、お恥ずかしながら。何、今更ジタバタしたところでどうにもなりませぬよ。皆も、腹を括るとよろしい」
「……教官、見事ごぶ。全然動じてないごぶ……」
「以前にも似たような事がありましたのでな。あの時に比べれば今など、よっぽど恵まれてますぞ。何せ、こちらで戦える者が、とても多い。加えて選択肢もあります。まあ、実質一つではありますが」
ユリンの言葉に、イシュタルが怪訝そうに眉を寄せた。
「何か選択するようなモノあったっけ」
「撤退戦と迎撃戦ですよ」
「ああ、なるほど。確かに今回やるのは決まっているわ」
撤退は、ない。
ならば、やる事は一つである。
ドン、とゼリューンヌィが、槍の石突で地面を叩く。
「ごぶ、徹底抗戦」
「うう~、こわいし痛いのヤだし、面倒くさいごぶー……」
「……ヴェールはいい加減、あきらめる、ごぶ」
「ごぶごぶ、強制連行ごぶ」
恐ろしくやる気のないヴェールに、剣の曇りを確かめていたリユセが肩を竦める。
そしてヴェールは、力自慢のアクダルに担がれる事になった。
「そもそも逃げ場の方に、もう敵は来ているのです!!」
「大抵の相手なら迎え入れるんだけど、あそこまで無粋な奴らは最早、客じゃないわねぇ」
ラファルの嗅覚は、敵――強鬼の気配を充分に感じ取っていた。
イシュタルはふん、と鼻を鳴らす。
そこに転移してきたのは、バステトだ。
さっきまで下層で『祭』の音頭を取っていたはずだが、もういいのだろうか。
「にゃあっ、同調完了なのにゃ」
「あ、電波受信終わった?」
「電波言うにゃイッシー!? こっちは仕込みが終わって、戻ろうって段階なのにゃ。ただし、ウノっち到着はちょっと遅れるのにゃ。どれぐらい遅れるか教えると、緊張感なくなるから教えないのにゃ」
「そこはちゃんと教えなさいよアンタ……!!」
ギリギリギリ……とイシュタルがバステトの両頬をつねった。
「痛い痛い痛いにゃあ~!! それ言っちゃうと、みんな緊張感失っちゃうのにゃ……!! それにいくらウノっちでも四体はちょっと荷が重いのにゃあ」
「……まあ、いいわ。士気が下がるのは、確かに問題だしね」
ペ、とイシュタルはバステトの頬から手を離した。
「さてさて、いよいよ奴さんのお出ましにゃあ。準備はいいかにゃ?」
「お任せあれ。個人的にはちょっとしたリベンジでもありますな」
「にゃはは、頼りにしてるのにゃあユリリン」
「……名前が一文字増えてますぞ?」
「にゃはは、今更だにゃあ」