未来の種
遅れてすみません。
ミールィ達が去り、下層にはウノとバステトの二人だけとなった。
ガランとした広い空間が、静寂に満たされる。
さて、とウノはミールィから受け取った袋の中身を改めて覗き込み、そしてバステトをジト目で見た。
「個人的には予想外の土産が大量に手に入った訳だけど、神様的には想定の範囲内というか普通に知ってたんだよな?」
「にゃ-、そうでもないのにゃ。ここから一部、記憶が欠けちゃうからにゃー。部分部分で憶えてない部分も発生するのにゃ」
「何で」
「そりゃ、神像の一つが壊されて、もう一つが持ってかれちゃうからにゃ?」
「……そういうモンなのか?」
「そういうモンなのにゃ」
祭壇上部には、バステトの神像が今も祀られている。
ミールィ達は持っていこうとしたが、それはバステト自身が止めたのだ。
それはそうだろう、あれは壊される事が決まっており、なければ厄介な事になる。
そして隠されている予備の神像は、やがて博物館へと運ばれてしまう。
つまりここには、バステトの残骸だけが残され、三〇〇年待つ事になるのだ。
しかし、ウノとしては若干腑に落ちない。
今目の前にいるバステトは、その破壊される前の記憶も同調され、統合されているのではないのか?
……考えると、頭がこんがらがってきそうだ。
いや、整理しよう。
つまり、ウノが初めてダンジョンに訪れた時のバステトは、本人が言った通り、記憶に一部欠落がある。
そしてここ、三〇〇年前のここで同調する事によって、バステトの記憶は完全になった……という事になる……のか?
とりあえずそういうことにしておこうと、ウノは無理矢理納得する事にした。
「まあ、その気になれば全部知る事も出来るけど、それはあんまり面白くないのにゃ。ウチキはあまり、攻略本は買わない主義なのにゃ。買おうと思うゲームの情報も可能な限り、伏せるのにゃ」
「相変わらず、よく分からない例えだなあ」
「で、ウノっちそろそろ元の時代に戻るにゃ? まだ慣れてないから、多少の時間の前後はあると思うのにゃ」
「そうしたいところだけど、念には念を入れておきたい」
ウノは袋の中の、石を取り出した。
おそらく、ダンジョンかその周辺で採掘したと思しき、魔力を帯びた鉱石――魔石だ。
力自体は微々たるモノだが、小さな魔術の触媒程度の役には立つ代物である。
ウノは、バステトが以前言っていた事を思い出していた。
「確か、魔力ってのは堆積するんだったよな。長い年月を掛けて」
「にゃー、それがどうかしたのかにゃ?」
「……例えば、眠らせておいた三〇〇年物の魔石ってのは、どれぐらいの魔力が溜まっているんだろうな?」
無人のダンジョンを歩き、ウノ達は後の『中庭』を訪れた。
寒々とした風が、ウノ達の身体を撫でつける。
「にゃー、ここは、あんまり変わってないのにゃあ」
「枯れてるよなあ」
バステトの言う変わっていない、はかつてウノ達が初めて見た、ここの風景を指していた。
一言で言えば荒野だ。
ほとんど緑はなく、岩が転がる土むき出しの土地である。
「……というか緑が育つ環境だったら、俺達が初めて訪れた時点でもっと生い茂ってたはずだし、ここはそういう土地だったって事だろ。……よくもまあ、あんな風に変わったよなあ」
イーリスやタネ・マフタ、センテオトルやナリー老人達の手によって生まれ変わった、緑の庭園をウノは思い返す。
やりゃあ出来るもんだ、と荒れた土地を眺めながら、しみじみと思うのだった。
ただ、そんな過去――もしくは未来――を懐かしむ為にここに来た訳ではない。
袋にまとめた、ミールィからもらった首飾りや魔石と言った魔力を帯びたアイテム類を、ここに埋める為である。
宝石や牙にも、ウノは触媒作りと同じ要領で、魔力を帯びさせていた。
これから三〇〇年、それらにはこの土地に眠ってもらうのだ。
「それでウノっち、どうしてここなのにゃ?」
「そりゃ、騎士団に見つかったら困るからだよ。ここならこれを埋めておいても大丈夫だと踏んだんだ」
ウノは、袋を掲げた。
ワインなど、そのまま持って帰るモノはちゃんと抜いてある。
「でも、目印がないと困るにゃあ」
「目印なら、ある。今はないけど、未来にな」
ウノは脳裏に、ダンジョンの地図を呼び出した。
ただし、ウノ達が今いる現在のモノではない。
本来生活している現代の、それだ。
注目すべきは、地図に浮かぶ旗型の光点。
現代の方のダンジョンには、ウノ達が足で稼いで突き立って旗が、現実に存在する。
青は掘ってよし、黄色は保留、赤は掘るなを意味する、水脈を探した時の印だ。
中庭にも数点存在する中で、ウノが選んだのは赤の旗印。
「ここだ」
もちろん、ウノが立つ場所には旗など立っていない。
が、この場所で間違いない。
ウノが地面に手を当て、魔力を練り上げると、徐々に地面が陥没していく。
渦状のそれを余り深く掘るつもりはない。
せいぜいが、一メルトと言ったところだろう。
それで充分だ。
「神様は向こうにも、同時にいるんだろ? だったら先回りって言うのもおかしいけど、イーリスかタネ・マフタに頼んで、掘ってもらってくれ」
「にゃー、承知したにゃ」
「とりあえず、こういうのは神に祈っておけばいいのか? どうか無事に、この未来への種が実を結びますようにって」
「にゃはは、ある意味では神頼みだにゃあ」
地面に袋を埋めたウノ達は、かび臭い地下通路に戻った。
そして、地面の僅かに窪んだ部分に、足を置いた。
「あとは、この通路を水没させ……」
ゴバッと足下から水が溢れ出した。
水没トラップだ。
あっという間にウノ達の足首まで、水がせり上がってきていた。
「って、急いで逃げるぞ!!」
「にゃにゃにゃ!」
思った以上に、水が満ちるのが速い。
モタモタしていたら、二人とも本当に水没してしまう。
ウノ達は大急ぎで、中層に戻った。
途中からバステトを抱え、ウノ達は何とか中層に戻る事が出来た。
地下通路は既に水に満ち、中庭への道は閉ざされた。
ウノは懐から瓶を取り出すと、それを通路に注ぎ込んだ。
「……毒も、流しておこう」
ポケットからも数本、同じモノの栓を抜き、中身を通路に捨てていく。
「にゃ? そんな毒、どこでいつの間に手に入れたのにゃ?」
「ミールィ達の自決用だよ。必要なくなったんだし、せっかくだから譲ってもらった。毒はそのうち自然分解されると思うけど、その頃には水自体が腐ってるはずだろ。これで騎士団も、その後来る冒険者達も、中庭にはたどり着けない」
「んで、もしもたどり着いたとしても、あるのは不毛の土地だけなのにゃあ。残念無念」
目印もないし、隠した袋の存在に気付く事はないはずである。
「よし、これで俺達の仕事は済んだ。跳ぼう」
「にゃあ。一応言っておくとにゃ、ウノっちが跳んだ先は結構ギリにゃ」
足に力を入れようとしたウノは、バステトの言葉に動きを止めた。
「は?」
「いわゆるヒーローは遅れて登場するのタイミングにゃ。慎重に跳んでも大胆に跳んでも着地点は一緒にゃから、適当に跳ぶとよいにゃ」
「ヒデえ!? 跳ぶ直前にそういう事言うかよ!? っていうか多少の時間の前後って、それか!!」
叫びながらも、何にしろ戻らなければならない。
ウノは半ばヤケになりながら、自分の知る祭壇目掛けて『跳躍』したのだった。
そして、ダンジョンには静寂が戻った。
後に騎士団、そして数多の冒険者が足を踏み入れ……ウノ達が再びこの地の踏むのは、三〇〇年の後となる。
次からしばらく主人公不在。
この時代の生き残りの一人を少し描写し、それから現代のウノ達が到着するまでの状況となります。