下層04:邪神崇拝の真相
人間と異種族、さらにはモンスターとの恋愛、婚姻、繁殖。
この思想を危険視した、当時の領主が騎士団を派遣し、これを滅ぼしたと考えれば……。
「……辻褄は合うな」
「惚れた腫れたに立場とか関係ないしにゃー。有力貴族のおっさんとかえらい神官の一人息子とかも関わってたから、このことを公にするのは、ちょいと厳しかったのにゃあ。ウチキを、人を惑わす邪神にせざるを得なかったのにゃ。まあ、それはそれでしょうがないにゃ」
「その辺りはいずれ裏を取るとして……神様、いまさらだけど名前は? 俺達の名前はもう知ってるみたいだけど」
「かつての信者達には、バストと呼ばれてたにゃ。ただ、ウチキの精神感応との繋がりがちょっと悪かったみたいで神官が一文字抜いちゃってたにゃ。本当はバステトと言うにゃ」
にゃーっと鳴きながら、猫神バステトは一本足で立ち、器用にくるりと回った。
「バステト様か」
「様は要らないといいたい所だけど、体裁的なモノも必要だろうから受け入れとくにゃ。ウチキとしては、この家が栄えてくれれば、神様の本分を真っ当出来るにゃ。あ、お供え物はお魚とか欲しいにゃ。特典という訳じゃないけど、信仰してくれればちゃんと御利益もあるにゃ」
「具体的には?」
「ウチキが褐色猫耳ロリ神様に進化するにゃ」
それは、御利益というのか。
「主様、今の内に食べてもよいでしょうか」
シュテルンの提案を、ウノも割と本気で検討しそうになった。
「ま、まあまあ待つにゃ。他にもあるにゃ。例えば……そうにゃあ、ウチキの力が増せば、知り合いに連絡を取って、超すごい能力を与えられるにゃ」
「……なんか胡散臭いな」
「ですね」
ウノとシュテルンは顔を見合わせ、頷き合った。
しかし、バステトは構わず話を続ける。
「例えばウノっちなら、相手の臭いさえ分かれば、時間だろうと次元だろうと無視して永久に追い続けられるにゃ。丸っこい空間に隠れてない限り、絶対追い詰めちゃうにゃ」
「永久って……いや、今の所、その必要がまるでないんだけど」
むしろ今欲しいのは、ダンジョン内を掃除する能力とかご飯を出す能力だ。
そんな淡泊なウノの様子に、バステトは焦った様子を見せた。
「だけど、時間も次元もにゃ? この世界なら大体の相手は一瞬で捕まえられるにゃ。超便利にゃ……まあ欠点として、ものすごくお腹が空くようになっちゃうけどにゃ」
「割と重要なコトを、ついでのように言わないで欲しいんですけど!?」
「てるんも、すんごい鳥になれるにゃ。宇宙空間でもへっちゃらにゃ」
「待って下さい、そのてるんというのはもしかして私の事ですか。なんで頭を抜くんですか」
「……そもそも、宇宙でもへっちゃらっていうのが、どれぐらいすごいのかよく分からないし」
宇宙という概念は分かる。
日が沈んで暗くなって見える、夜空アレだ。
すごく高い所なのは何となく分かるが、だからどうなんだとなると、やっぱりピンとこない。
適度に高度を下げなければ、シュテルンだって獲物を捕まえるのが大変ではないか。
「むむー、こちらには、あの神話は伝わってないから、説明が難しいにゃ。まあ後はささやかなものにゃ。家の力が増すごとに、信者にささやかな御利益を与えたり、ちょっとした魔術が使えるようになるとかにゃ」
「マジで!?」
ウノはテーブルに身を乗り出し、バステトに迫った。
「く、食いつくにゃあ」
「だって魔法だろ!? 俺達獣人は使えないって言われてる」
正確には、魔力が極端に少なく使える魔術が少ない、というのがその理由なのだが、そうでなくても魔術は知識層のモノとされている。
そして、獣人は身体能力には優れているが、その一方で知力は人よりやや劣るとされている。
そうでなくても学問を修めるには『学校』や『塾』に通う必要があるのだが、獣人を受け入れてくれるような勉強環境は、少なくともウノの知っている限り、存在しなかった。
何にしろ、獣人が魔術を使えない、というのは世間一般では常識だった。
お陰で、何度も詐欺師に騙されたのだが。
……ただ、バステトが反応したのは、ウノの予想とはちょっとズレた部分だった。
「にゃ、んぅー、獣人?」
「ん?」
何故、そこで不思議そうに自分を見るのか、ウノには分からなかった。
自分は犬獣人……のはずなのだが。
「ウノっちの場合、微妙に違うんだけどにゃあ。ま、それはともかく『魔法』っていうのは時間を操ったり、余所の世界に行ったりとかで、ちょっと違うのにゃあ。使えるのは『魔術』にゃ。それに魔術と言っても、そんな難しいのは無理にゃ。せいぜい、ウチキがやったように水を出したり、ちょっとした火を点したりといった……そうにゃ、生活魔術とでも呼ぶ類の魔術にゃ。過度の期待は禁物にゃ?」
「それでもいいんだよ!」
重要なのは、自分が魔術を使えるようになる、という点だった。
何に使うのかとかは、この際、後回しでもあった。
さらにいえば、特に信仰している神がいる訳でもないというのも大きい。
人間社会の主神である創造神カムフィスも、これまでのウノの人生において何らかの助けになった訳でもなし……。
などと考えてながら暴走しつつある主人ウノを諫めたのは、従者シュテルンだった。
「主様、こういう事は慎重に行うべきではないでしょうか。もちろん私は主様が歩む道ならばどこまでもついて行きますが」
「ウチキの力が増したら、性愛の神徳でウノっちと子作り出来るようになるにゃ。まあ、ウチキと同じ、人化という手段を取ることになると思うけどにゃ」
「全力で信仰いたしますとも!!」
いとも容易く、信者は二人に増えた。
ただ、ゴブリンシャーマンであるグリューネはそういう訳にはいかない。
「ボク、しんこうするかみ、もういる」
「センテオトルにゃ? ちゃんとお祈りを欠かさずしてたら、グリューネっちも神託を授かれるようになるにゃ。だから、この神殿をしっかり維持するにゃ」
「が、がんばる!!」
神殿の維持はすなわち、この家の安定にも通じる。
バステトの『家の守護者』としての役割にも、ちゃんと繋がるのだ。
「この祭壇はよく出来てるから、信仰の力もたっぷり蓄えられるにゃ。いずれセンテオトルの奴も、こっちに顕現出来るかもしれないにゃ」
「ボクたちの、かみさまも……でてくるの?」
グリューネが、期待に再び目を輝かせる。
「信仰の力次第にゃ。まあ都合のいい事ばっかり言ってるけど、現実は厳しいにゃあ。まずこの家というかダンジョンを、人の住める環境にするだけでも大変にゃ」
「そりゃもっともだ。でもまあ、飲み水が確保出来たのは大きい」
「それだけ聞くと、ウチキは水タンクか何かみたいにゃあ。あ、そうそうウノっち、動物使いにゃら、ウチキと契約しとくにゃ」
「へ!?」
ウノもまさか、神様が動物使いテイマーと契約するなんて話、想像していなかった。
だが、バステトの方は平然としている。
「色々便利になるにゃ。ほれ、青い牙もあるにゃ」
バステトはにゅっと前足で口の端を伸ばし、おのれの牙を見せた。
なるほど、確かに青い。
これなら契約ペアリングは可能だろう。
「あと、ウチキが今言ったことが嘘か本当かも分かるにゃ?」
契約を交わすことで、主従間ではある種の精神共有も成立する。
少なくともバステトに悪意があるかないか程度は、ウノにも分かるのだ。
「そ、そりゃまあそうだけど……いいのかな、神様だろバステト様」
「本人がいーって言ってるにゃにゃにゃ」
契約ペアリングを発動させると、バステトから放たれている不可視の力が認識出来た。
それに触れると、カチリとその力がウノと繋がった。
契約が成立すると、脳裏に幾つもの光の線が浮かび上がった。
「なるほど……」
光の線で作られたのは、このダンジョンの地図だ。
上からの俯瞰図かと思ったが、どうもフレームと呼ぶのだろうか、イメージは精巧な針金模型に近い。
針金模型は頭の中で、クルクルと回すことが出来る。
模型は全部で七つあり、上層、中層、下層、上層と中層を繋ぐ階段、中層と下層を繋ぐ階段……そして、まだ未確認の広い中庭、中層と中庭を繋ぐ通路。
バステトが、便利と言った理由が分かった。
「……これは、地味に使える」
下層には四つの光点があり、青いモノがウノ自身である事が分かった。
緑色の三つが、シュテルン、グリューネ、バステトなのだろう。
上層にも動く緑の光点が四つあって、これはゴブリン達だ。
時折一つ二つ消えるのは、外に出たからなのも分かる。
どうやら光点を補足出来るのは、ダンジョン内の生物だけのようだ。
「にゃ。それにゃ、『バストの洞窟』リフォーム開始にゃあ!!」
「一応、それ今の家主である俺の台詞だと思うんだけどなー」
「ですよね、主様」
「にゃ!?」
ここまでで検証終了です。
次回から、施工編となります。
なお、バステト様はエジプト神話の他、某コズミックホラーな神話にも登場しています。
せんとーとる(センテオトル)はアステカ神話でトウモロコシの神様、カムフィス(カミムスビ)は日本神話の創造神です。
神様なので、別世界に降臨ぐらい普通にします。