託される者
ウノとバステトは、破壊の跡も新しい中層を歩いていた。
通路には、非武装の人間や、獣人他異種族の民や人型モンスターが倒れ、事切れている。
その中には甲冑姿の男達も何人かいるが、数としてはそう多くはない。
通路には等間隔で灯りが点されているが、今の――というのもおかしな話ではあるが――ウノ達の住居と比べると、その暗さは比べようもない。
そのウノの視線は、赤子を抱えて逃げる女性とそれを追う騎士達の姿を捉えた。
距離にして、十数メルト。
ウノは、一気に踏み込み、女性の脇をすり抜けた。
「っ!?」
突然の闖入者に、剣を持った騎士達が一瞬強ばる。
その一瞬があればウノには充分だった。
一気に彼らを無力化する。
下層で遭遇した騎士達のように薬は飲んでいないようで、特に苦もなく達成した。
「あ、貴方は……?」
戸惑う女性に、ウノは下層の方角を指差した。
「味方だ。詳しい話をしている暇はないから、下層でみんなから聞いてくれ。そこから脱出する」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
頭を下げて、女性はウノの指した先へと駆けていった。
この展開も、もう四度目になる。
ふぅ……とウノが吐息を漏らしていると、置き去りにされていたバステトが追いついてきた。
「ダンジョンって狭いようで広いよな」
「今更だにゃあ」
「まったくだ。しかも罠も生きてるから、余計に移動に時間が掛かる」
ただ、この罠は邪魔ではあるが、同時に騎士達を防ぐ障害物の役目も果たしてくれている。
なので、みだりに破壊する訳にも行かなかった。
通路の向こうからは、破壊音と雄叫び、剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。
上層へと向かっている――エクエスと、それに立ち向かう騎士達の戦いの音だ。
「向こうも、頑張ってるのにゃあ」
「……なんか、すごい複雑な気分だ。これから死ぬって分かってるのに、このままってのもな」
だが、ウノは止めない。
エクエスがどうなるかは知っているし、それを防げばややこしい事になるのは分かっている。
なので、ウノとしては、彼女だけでは足りない部分を補う事に専念するのだった。
神の加護を得たエクエスは、正に一騎当千の強さで騎士達を駆逐していた。
『薬』も飲んでいない騎士では、エクエスにまるで敵わない。
彼女の気迫に、騎士団は怯み、後退せざるを得ない。
「なんだコイツ。クソ、強い……っ!!」
「バラけるな! 連携を取って複数人数で当たれ!!」
「そうは言っても、ここはダンジョンです! 攻撃出来る人数にも限りがあるんですよ!」
騎士団がそれほど精強であろうと、エクエスを一度に襲う人数は限られてしまう。
通路はそれなりに広いが、それでも限度があり、せいぜいが三人同時が限界だろう。
「何より、地の利はこちらにあってな」
エクエスが剣を振るう。
騎士達とは間合いが開いており、剣先はただ、壁にぶつかる。
空振った――訳ではない。
ガコン、と騎士達の足下が開いて、通路に大きな穴が開いた。
「落とし穴!? おのれ、卑怯な――!!」
言葉はそれ以上続かない。
……落とし穴の底には、槍衾が待ち構えているのだ。
「その人数で襲っておいて、卑怯もへったくれもないでしょうに。――さあ」
通路にポッカリと開いた距離にして五メルトはある落とし穴を、エクエスは一気に跳躍した。
……甲冑を着たまま、これだけの距離を跳べる騎士が、どれほどいるだろうか。
後ずさりながらも、騎士達は剣を構える。
エクエスの見た感じ、少なくともあと一〇人程度。
もっとも、この先や上層にはまだまだいるのだろうが。
「――ここを通りたければ、私を倒す事だ」
下層への通路は、可能な限り塞いでおいた。
罠の中には通路を意図的に崩すモノがあり、ウノはそれを有効活用させてもらった。
少なくともエクエスを倒さない限り、ここまで来る事は出来ないだろう。
出来たとしても、相当な時間と労力が必要となる。
そして今、下層には逃れてきた『邪教神殿の洞窟』の民達が集まっている。
人間、獣人や森妖精と言った異種族、人型モンスターと様々だ。
祭壇裏の通路は既に開通しており、川が見えている。
船はない……が、水棲モンスター種族である魚人が、水先案内人を務めてくれるらしい。しばらく川を渡れば魚人の郷があり、船も手に入るという。
赤子もいるが、そう言った子らは背丈のある樹人が頭上に乗せてくれるという話だった。
そんな彼らを代表して、ミールィがウノとバステトに頭を下げた。
「神様と御使い様、このたびは本当にありがとうございました」
「こっちにはこっちの思惑もあるからな。気にしなくていい」
「そう言われましても……」
彼女の手には、大ぶりの宝玉があった。
「……その、ささやかですが、お礼としてこちらをお受け取り下さい」
「いや、そういうのは、自分達の今後の為に取っておいた方がいい。これから、金はいくらあっても困らないだろ」
別に、ウノに欲がない訳ではない。
ただ、おそらく知人の先祖である彼女達には、生きていてもらわなければ困るのだ。
「そうかもしれませんが、エクエスに頼まれたのです」
「エクエスに?」
「本来これは、エクエスに最後の俸禄として渡すはずのモノだったのです。しかし、『自分はもうじき不要になりますし、おそらく騎士団に奪われてしまう。なので、私の分の礼として、貴方達に渡して欲しい』と」
「……まあ、それはある意味、間違っちゃいないな」
「……はい」
ミールィの目尻には、薄らと涙がにじんでいた。
彼女も、エクエスの死は覚悟しているのだろう。
エクエスが死ねば、ミールィの持つ宝玉も騎士団の手に渡ってしまう。
飾る事も使う事も出来ない。
ならば、もらうだけ無駄というモノだ。
「だから、これは預かっておく」
ウノはミールィの手から、宝玉を奪った。
「預かる?」
「エクエスがどうなるかは、俺も分かっている。その上で、いずれアイツにちゃんと渡すって話だ」
「よく分かりませんが……御使い様には、何かしらの手段があるのでしょうね。そういう事でしたら、よろしくお願いします」
ミールィは微笑んだ。
そして、自分の首から下がっている首飾りを外した。
また、洞窟の民の一人が、何やら色々と詰まっている風な袋を差し出してきた。
「それからこちらが、御使い様へのお礼として……是非。本当に何もなしというのは心苦しいので、私達の今後の心の平和の為にもお納め下さい」
「分かった、もらっとく」
そこまで言うのなら、遠慮するのも悪いだろう。
ウノは首飾りと袋を受け取った。
首飾りには、何やら紋章の刻まれたペンダントが下がっており、微かに魔力を感じられる。
袋の中身は雑多で、魔石やら手帳サイズの書物、小さな宝石、果実、牙、それに……。
「……ワイン?」
「何か?」
ミールィがキョトンと首を傾げる。
「いや、土産の話でさ」
あー、そういう事ね、とウノは傍らのバステトを見た。
「にゃー……よい匂いがするのにゃあ。上物の逸品にゃあ」
道理で、しつこく言っていた訳だ。
「言っとくけど、みんなで飲むんだからな。一人で飲むなよ」
「ひ、一口、先に飲みたいにゃあ!!」
ワインに手を伸ばすバステトを、ウノは頭を押さえて防ぐのだった。