やるべき事
「名乗り遅れたが、俺はウノ。城下町の貧民街で暮らしていた。色々あって今は神の御使いをしている……という風に解釈してくれ。正確に話すと、恐ろしく長くなる。何より、時間もないんだろう?」
御使いと名乗るところで、苦渋が顔に表れてしまうのはどうしようもなかった。
とにかく強引に、現実に意識を切り替える。
実際、状況は切羽詰まってはいた。
「事態を把握してくれているようで、何より」
うん、と頷くエクエスが名乗るのかと思ったら、一歩引いた。
代わりに前に出、スカートを摘まんで頭を下げたのは、エクエスの主であった。
「先ほどは、助けて頂きありがとうございました。私、名前をミールィ・エンベル・レイノと申します」
自然と醸し出される高貴な雰囲気は、ウノに知っている鍛冶屋を思い起こさせていた。
「……真ん中に、国の名前が入っているんだが」
「お察し下さい」
その辺りは、自分では語れないらしい。
ウノとしては身分とかはどうでもよかった。
何せ、正真正銘の一期一会であり、ここを去ればまず再会する事などあり得ないのだから。
そして次に名乗ったのは、巨漢のオークだった。
「ぶひ……おれ、なまえ、セルドいう。かんしゃ」
さらにエクエスが名乗り、今度は女神二柱の番となった。
が、イシュタルは肩を竦めて、首を振った。
「アタシはもう名乗ったわ。後はアンタだけじゃない?」
「にゃー」
「にゃー」
「にゃー」
幼女神バステトの左右に、黒猫が二匹いつの間にか出現していた。
「って増えてる!?」
「神像が三つあるせいにゃ」
「っていうか、お前どこのバステトにゃ?」
「ウチキは予備なのにゃー」
女三人寄れば姦しいというが、これはもう姦しいというより混沌であった。
ウノの喉から、呻き声が漏れてしまう。
「……神様が三柱。まるで悪夢のようだ」
「まったくだわ」
「酷い言い草だにゃっ!? とにかく同調と統合にゃっ!!」
「にゃ」「にゃー」
バステトに、左右の黒猫が飛び掛かった。
直後、強い光が放たれ、それが収まると黒猫は消えていた。
残ったのはバステトだけ――
「真・バステト爆誕なのにゃ」
――つまり、最初のままである。
「違いが分からん」
「同じだわ」
「違うが分かるのはウチキだけなのにゃ。要はこの時代のバステトに、ウノっちの時代のウチキの意識を同調させたのにゃ。まあそれはさておき、ウチキはバステト。このダンジョンで崇められし神、バストと呼ばれる存在なのにゃ」
ミールィが目を見張り、跪く。
それに構わず、バステトは大階段に視線を向けた。
「状況は把握してるのにゃ。ミールィを逃がす為に、皆はまだ上で奮闘しているのにゃ。ウノっちも地図で確認するのにゃ」
ウノは脳裏に意識を向け、ダンジョンの地図を展開した。
全三層なのはウノの時代と変わらず、中庭までの通路も存在する。
緑色の光点が複数あるも、少しずつ消えていっていた。
動きが速い赤い光点が、騎士なのだろう。
「……何気にダンジョン地図が、この時代に更新されてる」
「そこはとりあえず置いておくのにゃ。ここでやるべき事は単純で、まだ生きている皆を逃がす事なのにゃ。生き残る事が、勝利条件なのにゃ」
「しかし神よ。逃がす場所がありません。ここは既に行き止まりです」
エクエスは、無念そうに項垂れた。
「ん?」
はて、裏手は大きな川に通じていたはずなのだが。
ウノ達が掘るまでは、崩落していたが……この時代でもまだ、潰れたままなのだろうか。
「にゃー、それがちゃんとあるのにゃ。祭壇の裏手の壁は薄く、大きな川に通じているのにゃ。セルどんやまだ残っているパワー系モンスター達で崩せば、あっという間なのにゃ」
「何と!?」
エクエスが目を見張る。
ウノが祭壇の裏手を覗き込んでみると、なるほど崩落する以前に、壁になっていた。
つまりこれから、あれを崩すのか。
なんて事を考えていると、チラチラとミールィが何か言いたげにウノを見ていた。
何だろうと思って、近づいてみる。
「……あの、バスト様の言うセルどんというのはもしかして、セルド様の事ですか?」
「そこに突っ込んでたらキリがないから、諦めてくれ」
「本来の名前より、長くなっているのもですか?」
「うん、そこも。というか俺が正にそれだし」
ウノに到っては、あだ名が名前の二倍の長さになっているのである。
パンパンと、バステトが小さな手を鳴らした。
「はい、話を戻すのにゃ。ボケたい所だけど、ガチに時間がないのにゃ。皆で生き残りを回収をするのにゃ」
「ぶふぅ……っ」
鼻息も荒く、オークのセルドが立ち上がる。
「セルどんは、裏手の掘削作業担当なのにゃ。重要な仕事なのにゃ」
「……わかった」
「私も、お供します!」
ミールィも張り切っている。
スッと手を上げたのは、エクエスだ。
「この作戦、逃がすのとは別に、誰かが騎士団を引きつける囮にならなければなりませんな。ならばその務めは私が果たしましょう」
「あー……」
なるほど、とウノはこの後の展開を把握した。
そして、エクエスにそれを伝えるべきか、悩んだ。
そんなウノに釘を刺したのは、バステトだ。
「ウノっち、分かっているはずなのにゃ」
「いや、でもさ」
……考える。
そしてウノは、伝えるのをやめた。
これに関して結末はおそらく変わらないし……何にしろ、彼女とはまた、再会するのである。
その時にまた、詫びればいい。
「エクエスには、アタシが加護を与えるわ」
イシュタルが進み出、エクエスの肩……は、届かないので腰に手を添えた。
金色の光が手から放たれ、エクエスの全身を淡く包み込む。
「戦神の加護よ。これで数時間は、あの騎士達相手でも余裕で渡り合えるはずよ。ただし、加護が消えれば当然、元の身体に戻るわ。それを忘れないで」
エクエスの纏う光が安定すると、代わりにイシュタルの身体が薄れ始めた。
「エスタル様のお身体が……」
「心配しないで。神像に蓄えてた力を使ったから、ここでの存在が消えるだけよ。別に死ぬ訳じゃないし……じゃ、マスター、バステト。後でまた合流ね」
「分かった」
「あいあいにゃー」
イシュタルの力の源である、真新しいエスタルの神像を、ウノは荷袋から取り出した。
それを、ミーリィに手渡す。
「この神像は、アンタが持っててくれ。旦那の方はこれから重労働だし、余計な荷物になるだろ」
「きゃあ、旦那様だなんてー♪」
ミーリィは両頬に手を当て、いやいやをするように恥じらった。
「語尾に音符がつくほど浮かれてるのにゃー。とにかくそれは、みりんが持つのにゃ」
「あ、はい」
「おい神様、その略称はちょっとどうなんだ」
「お気になさらずに。ですが、よろしいのですか? これは、大切なモノなのでは……?」
「いや、いいんだ。それは多分この為に預かってたんだと思うし。また、いずれお目に掛かる時が来るしな。それも、意外に近いところで」
ウノは、テノエマ村のある方角に、視線を向けたのだった。