騎士達との戦い
オークと少女を追ってか、さらに後ろから甲冑の騎士が現れた。
「いたぞ、捕まえろ!!」
「新手か!? 増えているぞ!!」
大階段を駆け下りてくるのは、全部で四人。
ウノの鼻は、大量の汗と濃い血の臭いを嗅ぎ取っていた。
……それに、正体不明の不快な臭い。
これは、話し合いの余地はなさそうだ。
「話は、アレを排除してからだな」
ウノは、起き上がろうとするユリン、いやエクエスに水袋を投げた。
受け取ったエクエスは、袋を怪訝そうに眺めた。
「これは?」
「ただの水だ。疲れてるんだろ?」
「まあ、ありがたく頂いておこう」
水袋に口をつけ、エクエスはグビリとそれを喉に流した。
直後、それまでふらついていた足下が、しっかりと地面を踏みしめる。
「……っ!? ほ、本当に、ただの水なのかこれは……!?」
「ああ、ただの水だよ。ウチで汲み上げた」
嘘はついていない。
ダンジョンから発つ前に、カミムスビから渡された生命の水である。
何にしろ、騎士エクエスは回復し、戦力として使い物はなってくれそうだ。
「気をつけろ。奴らは通常の騎士とは違う。おそろしく強く、早い」
騎士達は、大階段の中程で跳躍、そのまま一気にウノ達と距離を詰めてきた。
全身甲冑を身に纏ったままで、この動き。
なるほど、尋常ではない身体能力を有しているようだ。
そして近づいてきた分だけ、ウノの鼻も鋭く、相手の臭いを分析出来るようになっていた。
「……変な臭いがするな。薬か」
おそらく、この超人的な力の源なのだろう。
「にゃー、やる事はどの時代も変わらないのにゃあ。よし、ウノっちやっておしまいなのにゃ!」
「いや、やるけどさ」
何でそんなにえらそうなのか、と内心ツッコミながら、ウノは血まみれのオークを庇うように前に踏み出した。
それを見て、騎士達も剣を抜く。
盾はなく、全員が両手剣だ。
「抵抗する気か……無駄な真似を!!」
叫びながら、一人が飛び出してくる。
「おい、待て! 連携しろ……」
「遅い」
様子を伺っていた騎士の一人の注意と、ウノが飛び出してきた騎士の横に回り込むのは、ほぼ同時だった。
そのまま足を突き出すと、見事に引っかかった騎士は三回転ほど縦回転をしながら、祭壇に激突した。
奇しくも、先ほどエクエスが激突した場所であった。
……騎士は動かない。
完全に、目を回しているようだ。
「……オルトロス・システムとか、使う必要もないぞ、これ」
「瞬間、移動?」
エクエスが、ボソリと呟く。
「いや、普通に回り込んだだけなんだけど」
「にゃあ。一般人には、一瞬で移動したように見えたのにゃあ」
そういうモノだろうか。
言われてみると、ティンダロスの力なのかもしれないが、距離という概念が何だか薄れている気はする。
直線距離、ではなく点と点の移動になっているのか……?
何しろウノとしては普通に移動しただけのつもりだったので、自覚がない。
要検証だろう。
急いでいるし、する暇があればの話だが。
「っ……まさか、こんな奴がまだ残っていたとはな。皆、一斉にやるぞ」
「おおっ!!」
残った三人の騎士が、改めて臨戦態勢を取った。
「ならこっちも三人で行くぞ」
「え?」
エクエスが、何故か声を上げた。
「え、じゃないだろ。ここはアンタらの住処なんだろ。余所の人間に任せてどうするんだよ」
「ぶひぃ……!!」
オークはやる気なのか、ウノの隣に並ぶ。
なるほど、ユリンの言っていた通り、武士の心意気があるようだ。
武器は棍棒だ。
そしてその横には――先ほどまでオークに背負われていた少女が立った。
「セルド様が戦われるのでしたら、私も」
「お嬢様!?」
「四対三になりそうだな」
「って止めてもらえないのだろうか!?」
エクエスが悲鳴を上げる。
ユリンの顔で常識人というのもちょっと新鮮だなあと、こんな状況なのに思ってしまうウノだった。
「いや、あっちの目的はそのお嬢様の生け捕りだろ? だったら無体な真似もしないんじゃないか?」
「……捕まるとは、思わないのか?」
「その隙に、ぶん殴れるだろ?」
彼女はおそらく、傷をつけるのも憚られる身分の人間だと、ウノは踏んでいる。
ならば、人質としての利用も難しい。
騎士の腕の中で少女が暴れてくれたら、しめたモノだ。
そんな事を目論むウノの後ろで、バステトとイシュタルの二柱が小声で話し合っていた。
「……相変わらずウノっち、使える奴はモンスターだろうがお嬢様だろうが、容赦なく使うのにゃ」
「神ですら使う男だもんね……」
「聞こえてるんだけどなあ」
「しかし奴らは、身体も恐ろしく丈夫だ。正直、この剣では……」
エクエスもウノに並ぶも、少々自信なげだ。
確かにあの甲冑では、剣も効きにくいだろう。
「何をコソコソと話している!!」
ようやく動き出した騎士達の真ん中にウノは踏み込み、中央の騎士を背負いの要領で投げ落とした。
「がっ!?」
そして、股間を全力で蹴り飛ばす。
「ぐほぉっ!?」
男にしか分からない痛みに、騎士は悶絶した。
これで一人、無力化に成功した。
「柔は使えるみたいだぞ。こんな重い甲冑を着ているだけに、効果は抜群だ」
「何だ今のは魔術か!?」
「おのれ邪教徒、怪しげな術を……って」
バッと左右に展開し、距離を取ろうとする二人の騎士。
が、それより早く、ウノが伸ばした手が、右、左と、二人の胸を突いた。
「な」
「あ」
勢い余った騎士達が、尻餅をついた。
「ほら、俺が転がしたから、二人とも気絶させるなり縛るなり、それぐらいの仕事はしてくれ」
オークと少女、エクエスが躍り掛かり、あっという間に残る二人も身動きが取れなくなった。
騎士達は鎧を脱がされ、パンツ一丁で縛られる事となった。
「……信じられない。彼らは騎士団の中でも、精鋭のはずなのだが」
エクエスは、どこか呆然とした表情で、頭を振っていた。
ウノは、バステトに視線をやった。
「うん、まあ確かにそれなりに強いけど……なあ?」
「ウノっち、ほぼ日常的に、モンスター狩ってるからにゃあ。実戦経験なら、恐ろしく積んでるのにゃ」
一方、イシュタルの前には、オークが跪いていた。
「ぶひぃ」
「セルド様? この方は……何者なのですか?」
オークの名をセルドと言うのだろう、少女は彼に話しかけ、次にイシュタルを見た。
「言って信じるかどうかは貴女次第だけど、神よ。オークが崇める女神エスタルと呼ばれているわ」
「これは、失礼いたしました。――では、彼は神の御使いなのですね」
セルドの隣に跪き、そしてウノの視線を向けた。
ウノにも、この話はしっかり聞こえていた。
「あながち、間違ってないんだよなあ、それ」
「ものすごく微妙そうな顔されてるのにゃ!?」
「バステト」
突っ込むバステトに、イシュタルが声を掛けた。
「にゃあ、分かってるのにゃ。ま、一体ぐらいなら何とか出来るのにゃ」
てとてととバステトがオークのセルドに歩み寄ると、その手を肩に置いた。
手が淡い青に輝き、セルドの全身が一瞬、同色に瞬いた。
「ぶひ……っ!? が、あ……ミールィ」
セルドは喉を押さえながら少女――ミールィを見た。
「セルド様、お言葉が!?」
「わかる……しゃべれる」
「神の奇跡です!! ありがとうございます、神様!!」
セルドの大きな手を握り、ミールィは無邪気にはしゃぐ。
イシュタルも手を差し伸べようとし、複雑な表情でその手を戻した。
「容姿ももっと良く出来るんだけど……そのままでいいのね?」
「セルド様は、このままがよいのです! 特にこのたぷたぷのお腹!! クッションのようです!!」
「く、くすぐったいぶひぃ……!!」
「…………」
ウノは無言で、エクエスを見た。
「私を、そのような同情に満ちた目で、見ないで頂けますでしょうか」
ウノは首を振り、これからの事を考える。
彼女たちを放って、本来の祭壇に行く事も出来るが……騎士団は、中層や上層にまだまだいるようだ。
「……何とかしないと、後味が悪くなりそうだな」
何より、エクエスの死に場所が下層ではない事を、ウノは知っている。
つまり。
「そういう事なのか、神様」
「そういう事なのにゃ」