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マイホームは枯れダンジョン  作者: 丘野 境界
Construction――施工
102/140

変身と異変

 薄暗い森の『深層』に入って数十分。

 糸による拘束を得意とするトラップスパイダー、視線で相手を幻惑するサイミンオウル、風のような速度で襲撃してくるモノクロウルフ、カッパーオックスの群れにタフさと怪力を兼ね備えたジョノクチベア……そんなモンスター達がひっきりなしに、ハッス達を襲った。

 背後から迫っていた、(つがい)のモノクロウルフは振り切れたモノの、命の危険は高まった。

 それは『貴族』と『芸術家』の心を折るには充分だったようだ。


「ヤベえ……深層マジでヤベえ……」

「どうして先に教えてくれなかった! 知ってたらこんな所になんて、来たりしなかったのに!」

「おい、静かにしろ! ぶち殺すぞ!!」


 ブツブツと呟きながら、うずくまる『貴族』。

 八つ当たり気味に、ハッスに迫る『芸術家』。

 そんな二人に苛つきながらも、剣を手にモンスターを警戒する『騎士』。

 何しろ、現れるモンスターは、通常ならば中級冒険者が相手をする強さだ。

 この中ではかろうじて『騎士』なら渡り合えるだろうが、彼が複数人いてようやくである。

 ハッスと『貴族』が実力的にはその次、『芸術家』は戦闘力に関しては論外だった。

 焦る三人とは対照的に、ハッスだけは沈黙していた。

 そして、いつまでも騒ぎ続ける三人に、小さくため息を漏らし、短剣を抜く。


「落ち着けお前ら」


 目を据わらせ、短剣を向けるハッスに、ようやく三人は口をつぐんだ。

 だが、『騎士』だけは剣を抜いたまま、ハッスをにらみつけていた。


「……お前こそ、落ち着けよ」

「俺は冷静だ。静かにしろというお前こそ、一番静かになるべきじゃねえのか? ……そして、これ以上騒ぐなら、お前らを殺す」


 ここは危険な『深層』。

 騒げばそれだけ、モンスターが寄ってくるのだ。


「俺とやり合う気か?」

「言った通りだ。()()()()()()()()、殺す」

「分かった」


 繰り返すハッスに、少なくとも『騎士』は冷静になり、理解もしたようだ。

 ならば、あと二人。

 ハッスはへたり込んでいる『貴族』と『芸術家』に、視線を向けた。


「この程度の連中にビビってんじゃねえ。俺達はまだ、一つも事を成してねえんだ。英雄になるんだろうが……! 見返してやるんだろうが……! なんだその無様な姿はよ……!」


 短剣を鞘にしまうと、ハッスは懐から皮のケースを取り出した。

 ケースの中には、一本の試験管が納められていた。

 中身は、虹色の液体『神の秘薬』だ。

 モンスターを退ける、聖なる雫である。


「忘れんじゃねえぞ、俺達は『神の使徒』なんだ。化物共を討ち滅ぼす為の、手段だって持っている」


 ハッスは試験管の栓を抜いた。

 ハッスの覚悟を感じ取ったのか、『貴族』は慌てて立ち上がった。


「お、おい、だがそれは……」

「今、使わないでいつ使うんだ? 騎士団には悪いが、結果的に抜け駆けになっちまうが……何、要は奴らを全滅させちまえばいいんだ。お前らも、飲め」

「そうだな」


 最初に覚悟を示したのは『騎士』だった。

 次に『貴族』、最後に『芸術家』も腹を括ったのか、それぞれ試験管を取り出し、栓を抜いた。


「乾杯だ」

「何に対してだ?」

「英雄の誕生に」


『騎士』の問いにハッスは即答し、彼らは己が手に持つ試験管を軽くぶつけ合う。


「乾杯」


 そして、彼らは勢いよくそれを煽った。




 喉を貫かれたコボルトがダンジョンに運び込まれ、すぐに次の異変が始まった。

 洞窟前でバステトは、その報告を警備担当のゼリューンヌィから聞いていた。


「にゃあ、(オーガ)が逃げてきたのにゃ?」


 オーガは『深層』に住む人型モンスターであり、この森の中でも上位に入る強さを誇る。

 そんな彼らが、慌てふためきながら逃げてきたというのだ。


「ごぶ、深層に人が迷い込んできたのかと思って声をかけようとしたら、強鬼(ハイ・オーガ)だったらしい、ごぶ。オーガ達は保護しておいたごぶ」


 何体かは、大怪我を負ったらしいが幸い、命に別状はないらしい。

 なお、強鬼(ハイ・オーガ)が『深層』に棲息するという情報は、これまで一度もなかった。

 タタタ……と駆ける音がし、現れたのは仔狼のラファルだ。

『深層』の手前に残って親狼と合流し、中の異常を観測していたのだ。


強鬼(ハイ・オーガ)の正体はハッスってやつと、その仲間なのです!! 臭いは変わっていなかったのです!!」


 そして、尻尾をしょんぼりさせた。


「……けが人も、出ちゃったのです」

「まあ、そっちはどうとでもなるとして……狙いはやっぱりここなんにゃろにゃあ」


 ラファルの話では、強鬼(ハッス)達は、こちらにゆっくりと近づいてきているらしい。

 バステトがそちらに視線を向けると、なるほど……不気味な威圧(プレッシャー)が迫ってきているのが伝わってくる。


「ダンジョン前の人達を、全員中に避難させるにゃ……ってもうやってるのかにゃ。仕事早いにゃあ」

「ごぶ、まにゅある、あるごぶ」


 誘導を行っているのは、ヴェールやアクダルといったゴブリン達だ。

 ダンジョンの前に住んでいた、様々な種族の人々や行商人達も、取るものも取りあえず、ダンジョンの中へと入っていく。

 ひょい、とダンジョンの中から顔を覗かせたのは、龍人っぽい幼女神カミムスビだった。


「わたし、出た方がええ?」

「カムフィス様、お待ち下さい」


 それをさらに後ろから追ってきたのは、テノエマ村のプレスト神父だ。

 このダンジョンで行われる祭にも参加するつもりで、こちらに来ていたのである。


「カムフィス様は、予定通り力を溜めてもらう方向でいるのが、一番ではないでしょうか。何しろ現状、一番負担が大きいのが貴方です」


 それはカミムスビを案じる心もあるが……それ以上に、このダンジョンの住人と触れ合い、理解した事があった。


「何より、彼らもまた強い。……信じて、託しても、よろしいのでは?」


 手を組み、カミムスビの前で印を作るプレストに、カミムスビも納得したようだ。


「……ん、せやね。そういう事でええの?」

「任せろにゃあ。こっちはこっちで何とかするのにゃあ」

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