深層手前にて
お待たせしました。
――ウノ達が、城下町オーシンの冒険者ギルドにいた頃。
所離れて、ダンジョンの北にある『深層』の手前。
夕暮れ時のそこに、ハッス達はキャンプを構えた。
仲間の数は三人、全員が森と同色のローブを着込んでいる。
「さて、ここで一泊か」
その一人、貴族の妾の息子という青年が、どっかと横倒しになった木に腰掛けた。
作戦上、ハッス達は人目につく訳にはいかない。
なので、万全を期して村などに泊まるという事はしなかった。
森の周囲もどうしても目立ってしまうし、だからといってダンジョンには見張りがいるので、迂闊に出入りなど出来ない。
ならばと思い切ってここを選んだのだ。
「森のモンスターも、大した事ないな。なるほど、その気になれば、自給自足も難しくなさそうだ」
自称芸術家の卵が、荷を開く。
火を使う訳にもいかないので、食糧は携行食だ。
「糞は完全に垂れ流しだけどな」
下品に笑いながら、水袋を煽るのは、その粗暴さで騎士団を除隊になったという男である。
だが、体格から見ても、実力はありそうだ。
「汚ねえなあ。飯の最中だぜ」
笑いながら、ハッスも携行食を囓る。
ハッスは彼らの名前を知らないし、知らなくても別にいいと思っている。
それはお互い様なのだろう、彼らもハッスの名前を呼ぶ事はない。
ある意味で、気楽な関係であった。
「ハッ、気になるなら食わなきゃいいじゃねえか」
「そうは言ってねえよ。エチケットの問題だ。まったく下品な連中だ」
「待てよ、私を数に入れるな」
「そうだ、言ったのはコイツだぞ」
『貴族』と『芸術家』が揃って、『騎士』を指差す。
「全部オレ様が悪いのかよ!?」
「言ったのは事実だろ」
『貴族』の言う通りなので、『騎士』は言葉に詰まる。
やりとりを聞いていたハッスは、スッと二人の間に手を伸ばした。
「……おい、静かにしろ」
「何でだよ、話はまだ終わってねえ、ぞ……」
チッと舌打ちして、『騎士』もハッスに倣う。
さすがに元本職だけあって、その辺りの勘は働くようだ。
「どうした」
「何か動く気配がした」
「ああ。それも、こっちに近づいてくる」
ハッスと『騎士』は、動かず森の奥を探る。
自然と手は、剣に伸びていた。
「また、魔物じゃないのか? なら、ぶち殺せばいいだけじゃねえか」
「一匹だけならな」
気楽な『貴族』に『騎士』が視線を動かさないまま、言う。
「……おい、殺すのはまずいだろ。今、騒ぎを起こしたら計画が台無しになるんじゃないか」
一方『芸術家』は慎重論を唱えた。
やれやれ、とハッスは肩を竦めた。
「とぼけりゃいいんだよ。ダンジョンに行こうとして、道に迷ったってよ」
他の三人は顔を見合わせ、冴えてるなとハッスを見た。
「それだ」
やがて、森からは弓を構えた一匹のコボルトが姿を現した。
「だれだ?」
人の言葉を話すコボルト……となると、ダンジョンの関係者だろう。
人語を解するモンスターの噂は、この辺りだとすっかり普通になっている。
「何だ、コボルトか」
気を抜く『貴族』を、ハッスは小突いた。
「おい、よせよ。ああ、すまないね。ダンジョンに行こうとしたんだが、道に迷ってしまったんだ。よければ案内してくれないか」
「……なあ、今入ったらまずくないか」
『芸術家』が懸念を抱くのは当然で、計画では騎士団が集うのは明日になる。
ハッス達の工作はダンジョン内部で行う事になっているし、まあ二日連続ぐらい、どうという事はないかもしれないが、リスクは避けたい所である。
それは分かるが、ハッスは首を振った。
「話の流れ的に、こうじゃないと不自然だろ?」
この程度のイレギュラーは、フォロー出来るレベルだ。
コボルトが弓を下ろしたのを確かめ、ハッスはホッと一息ついた。
その時だった。
「あなたがどうして、ここにいるのです!!」
一喝するような声が、森に響いた。
声の主は遅れてやってきた、小さな狼である。
『騎士』が、横目でハッスを見た。
「しっているのか?」
チッ……とハッスは、小さく舌打ちした。
テノエマ村で見覚えがある、仔狼だ。
「中庭のイーリスさんの前の家を、放火しようとした人なのです!! それに、ウノさんにもからみました!! 返り討ちにあいましたけど!!」
元気のいい仔狼の発言に、ハッスの顔が引きつる。
「おい、ハッス。お前の知り合いみたいだぞ」
『貴族』も、後ろからハッスを小突いてきた。
こうなってくると、状況もさっきまでとは違う。
ハッスは、後ろ手に剣を抜く。
「チッ……作戦変更だ。コイツらはここで、口を封じるぞ。一日ぐらい、何とかなるだろ」
「しょうがねえな」
獰猛な笑みを浮かべ、『騎士』も腰を落として臨戦態勢を取った。
一方、一旦は弓を下ろしていたコボルトも、再び矢をつがえ直していた。
「……あやしい奴らだ。動くな」
「うるせえ……よっ!!」
『騎士』の手が瞬くと、コボルトの喉元に短剣が突き立った。
「ぎゃっ!?」
悲鳴を上げて、コボルトが倒れる。
「だれか!! 来てくださいです!」
「叫ぶんじゃねえ、化物!!」
ハッス達が剣を構えながら、仔狼に殺到する。
しかし、彼らの刃が仔狼に届く事はなかった。
不意に頭上が暗くなった……と思ったら、馬ほどの大きさの狼が二頭、ハッス達の前に降り立ち、その攻撃を阻んだからだ。
「なっ!?」
「……ぐるる」
「父様、母様!!」
まさかの親狼の登場だ。
タラリ……と、ハッスの頬を冷や汗が流れる。
しかも、悪い事はさらに重なる。
森の向こうから、新たな声が聞こえてきたのだ。
「何だ、悲鳴がきこえたぞ」
「こっちからだったな……血のにおい……っ!?」
おそらくは、今殺したコボルトの仲間達だろう。
声の数は複数、二匹、三匹では聞かなさそうだ。
戦力差は明らかだ。
「ヤバい、逃げるぞ」
『貴族』が、ハッスの背中を小突いた。
そして、身を翻して、森の奥へと駆け出す。
『芸術家』も懐から何かを投げると、『貴族』の後を追う。
「あ、おい、そっちは駄目だ!! そっちは深層って呼ばれる場所で……」
「いいから走れ!! 来るぞ!!」
『騎士』が、ハッスの襟首を掴んで、やはり森の奥へと走り出す。
「ぐえっ!!」
凄まじい膂力で、それなりの体格であるはずのハッスを、軽々と持ち上げていた。
もちろん狼やコボルト達が、それを見逃すはずはなく、彼らを追おうとする……が。
直後、足下から閃光が奔り、追っ手達の目を灼いた。
『芸術家』の投げた閃光弾だ。
――こうして、ハッス達は危険な『深層』に身を潜める事となった。
続きます。
ここからは、ウノ以外の視点もちょっと増えてきます。
あと、更新が遅れる通知的に書いた即興が以下のモノとなります。
「主様、貧乏揺すりをしていても、状況は動きません」
「分かってはいるんだがな……」
「今は、待つしかありませんね」
「ああ……だけど、焦れる」
「では、私を愛でるという方向ではどうでしょうか。こう、羽の手入れなど気が紛れると思います」
「……シュテルンは、ぶれないなあ」
「ちなみに主様に手入れをされると、余りの気持ちよさについうつらうつらと……」
「いや、寝るな。今寝られると困る」
「しかしそうは言われましても……zzz」
200文字以上書かないと、投稿出来ないみたいですね。