冒険者ギルド再び
今回は閑話的な内容となります。
ロイと分かれたウノ達は、不動産屋のグランドにも顔を見せ、次に冒険者ギルドを訪れた。
昼過ぎという時間帯、冒険者のほとんどは出払っており、受付も酒場も閑散としていた。
なので、顔なじみである受付嬢ピエタとの話すのも、何の支障もなかった。
もっとも、誰か他の冒険者が来たならば、すぐに退くつもりではあった。
「……まあ、そうは言うけどやっぱり焦れる訳だよ」
ここまであった事を話し、ウノはカウンターに突っ伏した。
実際、現状では待機するしかないのだが、心の方はどうにもこうにも、であった。
ピエタは困ったような笑顔を浮かべていた。
「あのー、それを私に言われても。あ、お土産ありがとうございます」
「いやいや、こっちの皆にも世話になったからね。……俺がいない間に、何か変わった事とかあった?」
「うーん、特には。強いて言うなら、ウノさんが住んでいる森のダンジョンに関していい噂と悪い噂が聞こえている事、ウノさんみたいにダンジョンや幽霊屋敷を買って酷い目に遭う人が続出した事、亜人や獣人が減ったせいで労働力不足が目立ち議会に大して不満が出ている事ぐらいでしょうか」
いい噂とは、貧民街から追い出された難民を受け入れてくれているという話。
……いや待て、とウノは否定したい。
別に、ウノは難民を受け入れた憶えなど、まったくないのだが。
悪い噂とは、森に獣人や亜人が集まり、何かを企んでいるという話。
これはまあ、分かる。
城下町の上層部辺りは、普通に脅威に思っているだろうし。
だからといって改める気にはならない。
ウノは別に、後ろ暗い事など、一つもないのだから。
ギルドから物件を購入し、酷い目に遭ったという件に関しては……多分、ウノ達は相当なレアケースだったのだと思う。
そうでなくても、かなり根気が必要だろうし、上手く行く方が稀だろう。
労働力の低下は、領主と議会の完全な自業自得であり、普通に失策なのではないだろうか。
人間以外を冷遇し続けた結果だし、そりゃあ住みにくいここより住みやすい場所に移住もするだろう。
……はて、もしかするとそれには、森のダンジョンも関わっているような気がしないでもない。
異種族を取り戻したい議会が、森のダンジョンに関して悪い噂を流しているとして……いや、だとすると相当に頭が悪い話になる。
つまり、異種族は冷遇するけど、労働力としては必要。
うん、これはないなと、ウノは内心ため息が出てしまう。
加えて、ウノはピエタの左手の薬指を見た。
「……あと、俺の知ってる受付嬢が婚約している件」
「あ、バレましたー!?」
ピエタは嬉しそうに、指輪を見せてきた。
「そんなあからさまにチラ見せして置いて、バレるもバレないもねえよ!? しかも相手とその母親もそれが知ってる人っぽいし!!」
根拠は、匂いである。
「えへへ、素敵でしょう、ゾーンさん」
「……相手にピエタちゃんを選ぶ辺り、血筋じゃねえかなってちょっと思ってる」
彼の両親も、鍛冶屋とギルド職員である。
「それは、私もいずれはエルタさんみたいに、出世するって事ですか?」
「ポジティブだー……」
「しかしそうなると、こちらで仕事を続けるか、テノエマ村に移住するかの相談も、いずれゾーンさんとする事になるのでは?」
「ハッ!? た、確かに……」
シュテルンの指摘にピエタは目を見開き、そのまま、ウノに顔を向けた。
「……あの、使い魔のシュテルンさんが喋ってるんですけど」
「ダンジョンの不思議な力によって、進化したんだ」
「へ、へー……そういう事も、あるんですね」
さすが、様々な事件に関わってきたギルド職員である。
それだけで、納得してしまっていた。
一方、シュテルンは胸を張っていた。
「あるのです。ですが言葉を操る程度で私は満足していません。いずれ、主様の妻となれるよう、人の身すら手に入れるつもりなのですから」
「まあ、そこは流すとして」
「はい、流しましょう」
「流しちゃうんですか!?」
スムーズなシュテルンとウノのやりとりを、ピエタは堰き止めた。
「はい、主様がそう仰るのなら」
「……あの、ウノさん、シュテルンさんの忠誠心がすごい怖いんですけど」
「何を今更」
「そうですね」
本当に、今更であった。
「シュテルンの事より、ピエタちゃんの事でしょ。まあ、テノエマ村に移住するとなったら、ウチともご近所さんになる訳だけど。あと小姑が向こうの冒険者ギルドにいるぞ」
ゾーンの妹のレティもまた、冒険者ギルドの受付である。
ピエタは頭を抱えた。
「あー……都会生活も捨て難いけど、そっちはそっちで楽しそうです……悩む……!!」
「まあ、彼氏とじっくり相談してくれ」
「……はい」
さて、手土産も渡したし、ギルドでの用事はなくなった。
「主様、時間がまだ相当余っていますが、どういたしましょうか」
「なら……ピエタちゃん、ちょっと空いている部屋、ある?」
「はい、個室でしたら余っていますけど」
冒険者ギルドには、内密にしたい依頼の相談や、討伐作戦を話し合う為の個室がいくつか用意されている。
冒険者ギルド側の提供で無料の場合もあれば、個人的な利用で有料の場合もある。
この場合は、普通に後者となる。
「よし、それじゃちょっと借りよう。見たいモノがあるんだ」
冒険者ギルド二階の個室に入ると、ウノはテーブルに大きな用紙を広げた。
同僚に受付を代わってもらったピエタも、同席している。
「これは?」
「知り合いからもらった、神殿の見取り図。もちろん、見せちゃ駄目な部分は伏せられてるけど、ダンジョンの参考になるかもと思ってさ」
ロイから入手したそれは、本当に一般向けの見取り図の写しであり、関係者部分の説明はない。
けれど、それ以外の部屋の簡単な説明は掲載されていた。
本祭壇、祈祷の間、清めの間、説法の間、絵画の間、知識の間、解呪の間、治療の間……等々。
本祭壇は神が降りる場所なので、一般には出入りが禁じられているとか、ウノとしては中々に興味深い。
……何しろ、自分が住んでいるダンジョンでは、むしろ神があちこちに出没している。
ともあれ、ウノとしてはこの見取り図はダンジョンに持って帰り、他の住人達にも見せるつもりだった。
「……あの、本当に住んでるの、ダンジョンなんですよね?」
おずおずと、ピエタが切り出してきた。
「いや、ここで買ったんだけど。売った本人が何を言ってんの?」
「何だか、聞いている限りでは、そうは思えないというか……開発中の神殿のような印象を受けるんですけど」
「あながち間違ってないなあ、それ」
どうしてこうなったのかと考えるは、もう何度目になるだろうか。
「販売所というのは、何を売っているのでしょうか?」
「主に護符の類ですね。モンスター避けや破邪の力があるモノが定番です」
シュテルンの疑問に、ピエタが答える。
ウノも冒険者をやっているが、雰囲気的にいま一つ、ここの神殿には入りづらい為、内部には不案内なのだ。
ふむ、とウノは考え、シュテルンを見た。
「……それ、ウチでも売れるよな?」
「はい、本家本元の祝福付で」
一応の収穫は得た、ウノ達であった。
次回、事態が動きますとプチ予告。