下層03:猫神様
「んー、そう警戒する必要はないにゃ。人の価値観なんて相対的なものにゃあ。自分達に不都合な存在を邪悪って事にしとくと、色々好都合にゃ」
「じゃあ、違うのか?」
「まあ、破壊神の面があるのは否定出来ないにゃ?」
コテン、と無邪気に首を傾ける黒猫。
「シュテルン、気を引き締めろ。グリューネに期待するのはさすがに酷だから、後ろに隠れて」
「はい、主様」
「か、かくれる!」
ウノの肩の上で翼を広げるシュテルン。
そしてグリューネも素直に、ウノの後ろに隠れた。
「ま、待つにゃ待つにゃ! 神には色んな神徳があるのにゃ! 一応豊穣神だし、性愛の神でもあるのにゃ!」
「……それを信じろって言うのか?」
「んんー、邪神って方だけ信じるのも、不公平ではないかにゃ?」
「そこはまあ、道理ではあるな」
ウノが聞いたのは、あくまで冒険者ギルドでのダンジョンの説明であり、それも伝承だ。
いわば人伝に聞いたようなモノであり、目の前のテーブルに横たわる黒猫が邪悪であるかというと、ちょっと疑問ではあった。
まあ、いい猫かと言うと、もっと疑問になるのだが。
「理性的な家主で助かるにゃ。さて、どうしてウチキが君らの前に姿を現したと思うにゃ」
「……おなかがすいたから?」
「ゴブリン基準にゃ!?」
ゴブリンのシンプルな生き方に、猫神様は驚愕した。
「違うのか?」
「違うと言いたい所だけど、お腹がすいているのは事実にゃ。それはそれとして、ウノっち、ここの新しい家主になるにゃ」
「ああ、ここを管理してた組織から買い取った」
「これまでここに来た奴らは皆、金目のモノを奪いに来ただけにゃ。『ここに住む』って意志がないと、ウチキは顕現しないにゃ。ウチキ、家の守護者の面もあるのにゃ。他にもウノっちと波長が合ったとか、数百年前に時空を超えて現れたウノっちと約束してたとか、長い年月で堆積した魔力を集中させてようやくとか、色々理由はあるけどにゃ」
「……何か今、とんでもないホラが混ざってなかったか?」
「もしや貴方、主様に懸想を……!」
「にゃーっ!?」
威嚇するシュテルンに、黒猫は涙目で毛を逆立てた。
「で、でも、家の守護者というのは事実にゃ!?」
そうか、とウノは上層で聞こえた猫の鳴き声の理由に納得した。
考えてみれば、『住む』とか『家』という単語に反応していたような気がする。
それはそれとして、別の疑問が浮かび上がってくる。
「……ここに前に住んでた人達って、邪教集団として滅ぼされたんだろ? 神様の力でどうにかしなかったのか」
「だーかーらー、ウチキは別に邪神や破壊神として呼ばれた訳じゃないにゃ。ここでのウチキには戦闘力もなければ、戦う力を与える神徳もないにゃ。……ああ、でもある意味破壊神ではあったのにゃ」
「どういう事?」
ぐう、と何か音がした。
音の出所を探ると、グリューネのお腹だった。
「……おーおやぶん、おなかすいた」
「いや、俺ら割と今、重要な話してるんだけど」
「でも、お腹空いたのはガチにゃ! 何か食べるにゃさあぷりーず!」
ごろごろごろ、とテーブルの上を転がる神様。
それでも、ゴブリンの神であるセントートルの神像を落とさない程度には、自重しているようだ。
「って他力本願かよ! アンタ本当に神様か!?」
「神様っていってもゼロから何か出すとか、この世の物理法則乱すのはあんまりよくないにゃ。……にゃふふふふ、何とも説得力がないにゃあ」
何故か、ウノを見つめながら、黒猫は力なく笑った。
「……なんか含みのある言い方だな。隠している事があるんなら言ってもらいたいんだけど」
「今話すと、『宇宙の 法則が 乱れる!』ので内緒にゃ。それより、その荷物から食べ物の匂いがするにゃ」
「はぁ……携帯食と水ぐらいしかないぞ」
ウノはリュックを漁り、干し肉を取り出した。
木製のコップもテーブルに置いて、水袋をリュックのサイドからはずそうとする。
「あ、水程度ならウチキも出せるにゃ」
「マジで!?」
水袋を用意するまでもなく、虚空から流れる水が出現して、コップを満たした。
「主様、この神使えます」
「心の狭い神なら天罰モノの発言にゃあ。それと過剰な期待は禁物にゃ。今のウチキじゃ、この飲み水レベルがせいぜいにゃ」
「それは、力が増せばもっとって事か?」
「もちろんにゃ。まあ、信用するしないは慎重にするにゃ。ウチキには後ろ暗い事はないけど、本当は邪神という可能性だってあるはずにゃ」
うにゃ、と黒猫は澄ました顔で言う。
「何せ序盤で登場する使い魔だの神だのっていうのは、大体黒幕っていうのが昨今の定番にゃ。世知辛い世の中にゃ」
「おい、一体何の話だ」
「いわゆる魔除けにゃ。フラグ潰しとも言うにゃあ。端的に言えば、皆を騙したり敵対するつもりはないって話にゃ。途中でウチキが裏切るとかいう展開はない、安心仕様にゃ」
「うーん、ますます分からない……」
「それはともかくご飯にゃご飯!」
「ごはんー」
妙な所で、食事会となった。
幸いテーブルはあるが、食器はウノとシュテルンの分しかなく、黒猫やグリューネの飲み水は、深皿に注がれることとなった。
が、本人達はまったく気にせず、しょっぱく固い干し肉を囓っていた。
「はー、久しぶりの娑婆の飯は美味しいにゃあ。あ、赤ワイン飲むにゃ?」
飲み水以外も、出せるらしい。
「いや、普通の水でいいよ。で、話戻すと破壊神だったっていうのは?」
「モンスターでグリフォンって知ってるかにゃ? 頭が鷲で身体がライオンにゃ」
「……え、この辺にいるのか?」
話がいきなり飛んだ気もするが、おそらく繋がっているのだろう。
さして疑問もなく、ウノは話を継いだ。
「それは厄介ですが、主様の剣である私はどのような敵とでも相対する所存です」
「そんな話はしてないにゃ。それより、アイツラの繁殖方法にゃ。雌馬を襲って、ヒッポグリフっていうモンスターを産むにゃ」
「それが、今、どういう話に繋がってるんだ?」
何だか、やっぱり繋がっていない気もする。
破壊神かどうかという質問をしたのに、何故にグリフォンの生態について語られているのか。
黒猫は構わず、グリューネに視線をやった。
「そこのゴブリンやオークは、人を襲って同族を増やすにゃ。今の話は大体、襲われる方の同意がないにゃ」
「そりゃ『襲われる』って表現使ってるぐらいだからな」
「じゃあここで超イケメンでジェントルマンなオークとか、そうでなくても美人な人魚さんと恋愛関係に陥って、家庭を築くとしたらどうにゃ? 社会的に許されると思うかにゃ?」
人魚はまあ分からないでもないが、超イケメンでジェントルマンなオークっているんだろうか、
まあ、いたとしての仮定の話だ。
ちょっと考えてみる。
個人間の関係なら、特にどうこうという話ではない。
人の趣味はそれぞれだ。
しかし、社会が関わるとなると、話は変わってくる。
ウノがこれまで暮らしていた公爵領の城下町で、例えば人間と無害なモンスターが相思相愛になり、それが周囲に知られたとする。
うん、普通に無理だ。
そして、気づいた。
「……! つまりここに集まっていた邪教徒っていうのは……」
「ウノっちは察しがよくて助かるにゃあ。そうにゃ、異種族間恋愛のコミュニティだったのにゃ。まあそこまでディープでなくても、異種族とも仲良くなれるかもという価値観の持ち主達が、住んでたのにゃ。つまりウチキの破壊神としての面は?」
「価値観の破壊。なるほど……異端と見られても、おかしくない」
猫神様は異世界のデッドプールを目指しています(嘘
あと、ここは割と重要回です。




