上層01:VSゴブリン×5
茂みを掻き分け、そっと視線を正面の洞窟に向ける。
もうじき昼になろうという時間で、視界ははっきりしていた。
情報にあった封鎖はなく、ポッカリと黒い穴が口を開けていた。周囲に散らばる板きれが、その封鎖の残骸なのだろう。
ウノはやや鋭いと言われる瞳を閉じ、犬の性能を持つ鼻と耳の感度を高めた。
ウノ自身は鎧も着けていない軽装なので、鉄の臭いはしない。
相手の臭いを探るには、好都合だった。
(鳴き声と足音から数は五……この臭いは小鬼か。いや、一つだけ妙に存在感のある……亜種小鬼がいる。これがリーダーだな。鉄錆……血じゃなくて鉄の武器か。足取りがおぼつかないな。暗くて困っているって所か)
大体の状況は把握出来た。
半人半獣――頭部が獣の場合と犬耳など獣の特性が表れた人の頭の場合があるが、ウノは後者だ――犬獣人の性質はこういう時、便利でいい。
黒と白の混じった髪を撫で上げ、襟を正してから、足に力を込める。
ウノの装備はベルトの後ろに差している十手のみで、皮鎧すら着ていない。
布の服に長ズボン、そしてブーツのみ。
スピードが命なので、少しでも身を軽くするためだ。
「……行くぞ」
茂みを飛び越えて一気に駆け出す。
長身を前屈みにした、無音の疾走。
一歩、二歩、三歩目で静かに跳躍……そのまま洞窟に滑り込んだ。
金色の、鋭いとよく言われる瞳を凝らして、数を再確認する。
やはり五匹だ。
「ぎっ!?」
「ぎゃう!!」
一番近くにいた、粗末な腰巻きしか身につけていない、緑色をした人型モンスター――小柄なゴブリンを蹴り飛ばし、二匹目を水平に振るった十手で叩きのめす。
この間、一秒に満たない。
ゴブリンの手から武器が滑り落ち、金属質な音が響いた……これは、おそらく鉄か何かの剣だろう。
「ごぶっ!!」
後ろから咆哮と共に圧力、すかさずウノはバックステップ――すなわち、背後から襲いかかろうとする大柄な敵の懐に飛び込んだ。
体躯はウノとほぼ変わらない、いや若干上回るか……これがボスのホブゴブリンだろう。
幾つもの釘が刺さった棍棒が地面を叩くのと、ウノの肘打ちが敵の鳩尾を捉えたのはほぼ同時だった。
「ごぶぅ……!!」
苦しげな重い呼気を漏らしながらも、敵は空いている方の手でウノを殴ろうとする。
しかし、その時にはもう、ウノは相手から距離を取っていた。
「ごふっ!!」
後ろから、重量級だが動きの鈍いゴブリンが、ウノを両手で捕まえようとしてきたが、いかんせん遅すぎる。
ウノが跳躍したその真下で、ゴブリンの両手は空を切っていた。
ウノは空中で一回転してゴブリンの後ろに着地すると再び駆け、その背を勢いよく蹴り飛ばした。
「ごぶっ!?」
ゴブリンがタタラを踏む先には、まだよろめいているホブゴブリンがおり、二匹はもつれ合ったまま倒れてしまった。
「よし」
スイ、と腰のロープを引き抜くと、ウノは手早く二匹をまとめて縛り上げた。
暴れれば暴れるほど締め付ける結び方だ。
残りは一匹だが、洞窟の奥へと逃げてしまったらしい。
五匹中四匹は無効化完了……いや、二匹足りない?
最初に蹴り飛ばした、小柄なゴブリンもいなくなっている。
と思ったら、洞窟の外から悲鳴が響いてきた。
「ごぶっ! ごぶぅっ!!」
悲鳴の原因は分かっている。
ウノは剣を持っていたゴブリンを縛り上げ、中天に近づきつつある日の光に目を細めながら洞窟の外に出た。
そこには、小柄なゴブリンを組み伏せている猛禽の姿があった。
銀色の鷹で、青いくちばしの上に小さな丸眼鏡を掛けている。
『動物使い』であるウノが契約している使い魔であり、名前をシュテルンという。
「ご無事でしたか、主様」
「ん、問題なかった」
「まったく、主様と私の愛の巣を荒らすとは、なんと不届きな輩なのでしょう」
「……いや、愛の巣にした覚えはないんだけど」
「ですが、我々の(愛の)ネグラです」
「なんだか間に譲れない何かがあるような気がしたけど、無視するぞ。こっちにもう一匹逃げなかったか?」
「いえ、此奴だけでしたが」
「そっか」
ウノは、洞窟を振り返る。
「ならもう一匹は、洞窟の奥の方に逃げたな。だけど、一本道で袋小路だからそれ以上逃げようがない」
「分かりました。では、狩りますか」
「物騒な物言いだなあ、シュテルン。まあ、間違っちゃいないけど」
ここまでの会話は、ウノは普通に、鷹――シュテルンは鳴き声でやりとりしているが、ウノの特性である『動物使い』が契約している使い魔との意思疎通を可能としていた。
「よし、それじゃ捕まえに行こう」
「はい」
シュテルンが捕まえた小柄なゴブリンもロープで縛ると、ウノは茂みに隠していたリュックを引きずり出した。
シュテルンは、ウノの左肩パッドに留まって羽を休める。
そのまま一人と一匹は、洞窟に戻った。
暗い洞窟内に、ゴブリンの呻き声が響いている。
「暗いです、主様」
「そりゃ洞窟だからなぁ」
シュテルンが鳥目で暗闇に弱い、という訳ではない。
夜目の利くウノでもない限り、灯りがなければかなりきつい。
「やっぱり、灯りは必要か」
「出来れば」
ウノはカンテラを取り出すと、火打ち石で灯りを点した。
これで少しはマシになるだろう。
事前に手に入れた地図によれば、この洞窟は緩やかに蛇行をしながらUの字に近い道筋を描き、コーナーと突き当たりが太い部屋となっている。
通路の幅は五メルト、高さは三メルトといったところか。
部屋は全部で三つあるはずだ。
「私が飛ぶには少々手狭ですが、飛べないこともないですね」
「……飛ばないのか?」
「主様の肩の上は、私にとって最も安心出来る場所なので、必要ない限り離れるつもりはありません」
「それはそれで、俺の身体のバランスが傾ぎそうな気がするんだけど」
「愛情の重さと思って下さい」
「……すげえ重く感じるんですけど」
軽口を叩きながら、最初の部屋に足を踏み入れる。
こちらは通路よりも若干広く、一〇メルト四方に高さ五メルトぐらい、とウノは目測した。
そして、部屋をグルリと見渡す。