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確かな鼓動と旅立ちの兆し

「疲れたか?」


「問題ないわ!」

「平気ですよ、父さま。」


今日、俺達は外出していた。

家族を危険に晒すことを嫌い、頑なに家から出してくれなかった父親だが、どんな心境の変化なのか親子3人での外出を提案してきたのだ。


ヒルダさんは馬に乗れる体調ではないというから、残念ながら不在。

父親よ、奥さんの体調が悪いならおもんばかってやれよと思ったが、馬車ではない初めての外出ということで言葉を飲み込み、その提案を喜んで受け入れた。

ヒルダさんからの提案だったという事で、それは杞憂ではあったのだけれど。



アンジェはヒルダさんの体調を気にして少し逡巡しているようだったが、ヒルダさんが一言何か言ってからは、晴れ晴れとした表情で同意した。

…何を言ったんだろう。



そんなこんなで、馬の手綱を握る父親の前に俺達が乗って街中や付近の農村を歩き回っている。ちなみに、俺が一番先頭だ。背中にはぴったりアンジェが俺をホールドしている状態。それを肩に頭を乗せてくるのでちょっと鬱陶しい。こら、匂いを嗅ぐな。


回ったのはそれほど時間のかからない近場ばかりだが、どれも初めて見るものばかり。新鮮で非常に面白いものだった。


今は、農村の広大な黄金色に染まった麦畑にいる。

地平線の彼方まで麦が広がっているように感じ、これは非常に美しい。


「領の特産はこの麦だ。俺達が普段食事として食べている白パンの原料は、この村の住民が中心に生産してくれているのだ。他の領では貴族であっても白パンは高級品だが、この畑のおかげで俺達は満足に白パンが食べることができる。彼らには感謝しなくてはならないな。」


自慢気に父親は説明する。こんなに喋る父は随分と珍しい。いつもは淡白に短い会話になるだけなので、少し驚きだ。


見惚れて目を輝かしているアンジェに、「アンジェの金髪の方がもっと綺麗だ。」とか適当なことを言って慌てさせてからかっていると、村の奥からドタドタと毛深く体の丸い男がこちらに向かって来た。


ドワーフ?…ではないな。背が高いので、人族の太った人のようだ。




「おお!これはこれは領主様。麦の出来を見にくる時期にしては、少し早いのではないですか?」


「いや。この子らに領の案内をしていたのだ。ここの麦畑は我が領の自慢だからな。」


「そう言って頂くとは…光栄でございます。おお、そちらは領主様のご息女方でしたか。」


「一人は息子だ。」


「あ、う!?えええ!?」


そんなに驚くことなのか。取り敢えず、小さく頭を下げ自分の事だとさり気なくアピールをーー

……おい、アンジェリカ。同じタイミングで腕を組んで胸を張るんじゃない。間違われるだろう。


「し、失礼いたしました。なるほど、可愛らしい外見ですが、御子息様は勇ましさがありますな。」



ちゃうねん、おっちゃん。


「……その子は娘の方だ。」


その後、青い顔をして必死で謝ってくるおっちゃんを許し、次の目的地へと移動する。


彼は誰だったのかと聞くと、農村の村長のダザルと言うらしい。年に数回会う程度だが、話すとなかなか小気味いい男なのだそうだ。

もし仕事を継ぐ事になるのなら、彼とはまた会うことがあるかもしれない。覚えておこう。



その後もツヴァイク領の名所や特産などを案内された。世界共通とされる冒険者ギルドや商業ギルド『フェアリーテイル』、庶民の暮らし方や商品の値切り交渉まで様々なことを、道中に父親が説明してくれた。


今日は本当にどうしたというのだろうか。

あまり話さない父親が、こんなに喋ることがあるなんて俺にとっては珍しいを通り越して異常なことだ。


話す内容も、自慢というよりも常識の教育のようで……

顔を上げて父親の表情を見ると、一度目が合って、すぐ目を逸らされた。


ーーーなんだか、デジャヴを感じる。


たしか、ヒルダさんとの再婚の時だったか。彼がやけに挙動不審になっていたことを思い出す。

あれは、父親が俺に再婚の事を告白しようとした時の怪しい言動だったか。

今回も、何か隠し事をしているのだろうか。


この外出もヒルダさんの提案だと言うし、これは父親が俺達に何かを告白するよう促しての事だろう。


「そろそろ夕刻だな。帰るぞ。」


建物の陰で太陽は見えないが、辺りはもうすっかり茜色に染まっている。

父親の言葉に呼応するように、アンジェのお腹がクゥと可愛らしく鳴いた。

父親がフッと小さく笑みをこぼすと、馬の進行方向を家の方角へと向ける。



アンジェはニマニマと口元を緩ませて俺のお腹を抱え込み、ぽんぽん小さく叩いている。

同じタイミングにお腹が鳴ったのに気がついたのだろう。…得意気だ。


にゃろう…次、俺の肩に頭を乗せてきたら頬にキスしてやる。



ーーー



「え?」


屋敷に到着して、迎えてくれたヒルダさんから聞いた情報は、驚くべきものだった。


「ジーク。あなたもお兄ちゃんね。」


ヒルダさんの妊娠である。


おかしい事ではない。

二人はまだ若い。父親が19歳の時に俺が産まれ、今は25歳。ヒルダさんは17歳でアンジェを産んだので、23歳だろう。


父親とヒルダさんが再婚して、もう3年が経とうとしているのだから寧ろ、遅いと言っていい。


驚くべき情報、というのは妊娠についてではなくその後だ。


「『弟』が二人もできるなんて嬉しいわ!ねえ、ママ!いつ産まれてくるの!!」


アンジェの喜びの声が、周囲に温かい空気を作りだす。非常にめでたく、俺自身も下の弟が出来るのは素直に喜ばしくあるのだけれど、やはり少し釈然としない。

日本の知識を持つ俺としては、妊娠したての胎児の性別が、今判明出来るとは全く思えないのだ。

確か、性別が確認できるのはまだまだ先の事だった筈である。


ヒルダさんの妊娠検査は今日、俺達が出掛けていた間で行っていたらしい。

『識別』と呼ばれる魔眼を持った神官から鑑定を受けたことで、母体の妊娠が確定。

そして、胎児の状態や性別まで判明したそうだ。



聞いても納得出来ないのは、やはりそこまで魔法やスキルという不思議な力を信用していないからだろうか。


「音が聞こえるわ!赤ちゃんかしら。」


「うふふ、アンジェ。それは私のお腹の音よ。」


ヒルダさんのお腹に優しく耳を当てるアンジェの姿に俺は思わず笑みが零れた。


何にしてもめでたい話だ。

それにしても弟か。

前世では、俺には兄貴がいたけれど、下の兄弟というものは居なかった。

……何となく、アンジェの気持ちが分かる。


俺は、弟にかっこいいお兄ちゃんだと思われたいと感じている。

少し前まで激しい劣等感に苛まれていた俺が言うのも何だが、俺は弟に目標にされるような兄貴になりたいのと感じているのだ。


「ヒルダさん。僕も触っていいですか?」


「あらあら、ジークも気になっちゃうのね。」


アンジェみたいにヒルダさんのお腹に耳を当てる。

まだ膨らんでもいないお腹から何の反応もないことは分かっているが、何となくだ。


トクン


「音が聞こえる!」


「あらあら、ジークまで。……うふふ。」


微かな音だったけれど、確かに鼓動を感じた。多分、ヒルダさんの心臓の音か、他の音だろうとは思うけれど、今だけは、弟の鼓動だと信じたい。


「食事にしよう。二人とも、先に行って着替えてくるんだ。」


「ジーク様、アンジェリカ様、こちらへ。」


ロッティに促され、俺達はその場から退散する。

流石に馬の毛だらけで食事をする気にはならないな。手も洗わないと。



ーーー



「よくやってくれたな。ヒルダ。」


「はい。これで、ようやく妻としての役割を果たす事ができたのね。」


「すまない。……随分と待たせてしまったな。」


「いいえ。私が貴方の立場なら同じ事をしたはずよ。……ねえ。本当に、これは必要なことなの?どうしても許してもらうことは出来ないの?」


「…何度も話しただろう。アスト王国貴族である限り、これは避けようのない事なんだ。」


「分かってるの。でも、あんまりだわ。こんな事……」


「ヒルダ。お前がジークにアンジェリカと変わらない愛情を向けてくれた事は本当に嬉しい。だから悲しむな。ジークは俺達の自慢の息子だ。それだけは、どこに行っても、立場が変わろうとも、変わらない。」


「…そうね。私がしっかりしないと。はぁ、アンジェはきっと暴れるでしょうね。」


「だろうな。ジークは……あの子は聡い子だ。分かってくれるだろう。」


「ヨハネス。ちゃんと貴方の口から説明しなさい。これは、簡単な問題じゃないの。ジークの賢さに甘えてはダメよ。」


「むむむ…。分かった。」


「さて、暗い話は終わりにしましょう。今日はおめでたい日なのだから。食事にしましょう。」


「ああ、行こうか。」


「ヨハネスはあっちよ。その手で食事をするつもりなのかしら?」

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