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生誕と死別と出会い

ぼやけた光が目に眩しく、俺は嫌々目を覚ます。太陽の光が窓から漏れていたようだ。

全く、今日は休日初日の土曜日だっていうのにもっとゆっくり寝かしてほしいぜ。そう心の中でぼやきつつ。光を遮ってくれるカーテンへと手を伸ばそうとして気付いた。手が短い。いや、体が動かない。何だこれは!!


伸ばそうとした手を目の前に翳すと、まるで子供の手のひらのように小さい。首を曲げて自分の体を確認しようとするも、頭が重くて動かない。まるで首が据わっていない赤ん坊のようだった。

重い体をなんとか横にして、そこで初めて部屋の全貌を知ることができた。


豪奢な屋敷を思わせる高級そうな支度品があちこちに点在し、よくわからない道具や本が転がっている。知っている物で言えば子供用のおもちゃや積み木のように見える。本は開いているものだけを見ると絵本のようにも見えなくもない。

壁にはあちこちに明かり用の燭台があり、天井には電灯などは見当たらない。


俺の住んでいたアパートの一室は、いつからこんな西洋文化溢れる空間になってしまったのだろうか。


ガチャリ


ドアの開く音で俺は正気に戻った。

西洋系で整った顔立ちをした若い男性が入室してきた。その人は俺と目が合ったことに少しだけ驚くと、つかつかと俺の元へ歩み寄ってくる。そして、無表情のまま おもむろに俺を抱き上げた。


は?


念のために言っておくが、俺は普通の成人男性であり、身長も体重もそれなりにある。両手で引っこ抜くように持ち上げられるはずがないのだ。

では、彼はとてつもない力持ちなのか、といえばそうでもなさそうだ。見た目は俺よりもやせ気味でほっそりとしている。それはど筋力があるようには見えない。ではなぜなのか。

その答えは、目の前にあっさりと提示されていた。彼に抱き上げられたせいで視界が良くなり。窓に自分の姿がはっきりと映し出されていたのだ。


男性に抱きかかえられている俺の姿は、明らかに赤ん坊のそれだった。




---


異世界転生。その言葉の通り、異なる世界で生まれ変わることを言う。

俺は地球の日本生まれであり、暇つぶしにそういった種類の小説を読んだことがあるから、なんとなく理解は早かった。しかし、実際にこうして体験することになるとは思いもしなかったので、ひどく混乱していると思う。

読んだことのある物語の系統は、ややご都合主義で無双モノが多かった。俺の場合、転生前に神様やらなにやらから説明を受けるなんてこともなく生まれ変わったものだから、将来がやや不安に思えてくる。


まあ、それが普通の人生であり、逆にそんな説明がある方がおかしいのだけれど。


そもそも、どうして地球の知識を持ったまま生まれて来れたのか不思議だ。そもそも俺は大往生した記憶も、事故死した記憶も病死した記憶もない。

最後の記憶では、昨日は金曜日で課長が早く帰りたいものだから、みんな定時帰宅になったから同僚と飲みに行って、帰宅してオンラインゲームをやって3時くらいに寝たって感じだ。

俺にしては極めて健康的な日で過労死なんていうのもありえない一日だった。


もうひとつは夢落ちっていう線だけれど、これほどまでに現実に近い夢はさすがにありえないだろう。

また、夢だからといって大暴れする気もさらさらない。仮に現実だった場合本当に死ぬことになるのはごめんだ。まあ、まだ赤ん坊だからしようにも何もできないのだけれど。



---


数週間が経ち、ようやくこの家のことが少しだけ分かってきた。

まず、この家はお金持ちだ。

何せ家が大きく、使用人が複数人いるのだ。間違いない。


今のところ見たことがあるのは5人。

金髪の双子美人メイドと厳しそうな壮年のメイド長、そしてモノクルをつけた老年執事。あと、使用人ではないけれど乳母のお姉さん。

彼女らには父親と思しき男性に抱きかかえられ、部屋を移動したときに2,3度会っている。会っているとはいっても父親が彼女らと話しているのを聞いていただけで、俺は会話に参加してはいないのだけれど。

というか、言葉がまず分からん。

英語でもドイツ語でもましてや日本語でもない外国語の応酬に、なんとか理解しようと努めているが文法が会っているのか、名詞がどれで動詞がどれなのかさっぱり分からない。固定概念は捨てるべきなのだろうが非常に難しいものである。



とりあえず、使用人の名前は父親が呼び捨てにしているみたいなので、なんとなく分かっている。

双子メイドはどっちかがシャルで、どっちかがロッティだ。双子で髪型が一緒なのでどっちがどちらか分からない。

壮年メイド長は、リーゼだった。なかなか会う機会はなかったから、彼女の名前を確信するのには苦労した。

執事はラウズ。これは、はっきりわかった。この屋敷で父親が最も呼ぶ回数が多い名前だ。

乳母のお姉さんはヒルダ。この屋敷に住んでいる人ではないけど、父親とよく話しているので名前も分かった。


しかし、父親の名前は分からない。

使用人の皆は、彼のことをご主人様だとか旦那様などと呼んでいるみたいだから、名前を確信するのは難しい。


ただ、母親の名前は知っている。父親の口から吐き出された単語は良く耳に残っている。

母親の名前はヘンリエッタ。


俺を産み、命を失った亡き母親の名前だ。

父親の名前を教えてくれる人は多分、この屋敷にはもういない。


数日振りに今日は父が戻ってきた。今日も真顔で抱えられえて、いつものところへ行くのだろう。

日本で言うところの仏壇へ。



---



あれから数年が経ち、俺は3歳になった。

そして、分からなかった自分の名前も父親の名前も判明したのだ。

俺の名前はジークハルト。愛称はジークだ。

父親の名前はヨハネス・リンデリーフ。使用人たちからご主人様って呼ばれることが多い。執事のラウズがたまにヨハネス様って呼ぶことがあるけれど、非常に稀だったから気がつかなかったよ。



さて、俺はもうあちこち走り回ることができ、言葉も文字もすっかり覚えた。この世界で習得スピードが遅いのか早いのかはよく分からないけれど、使用人らは喜んでくれたので多分いい成績のはずだ。


首が据わってからはハイハイや伝い歩き運動に努め、1歳になってから絵本を熟読した。本を持ってシャルかロッティに会いに行くと読み聞かせてくれたので、それも語学の勉強に役立ったと思う。

子供部屋は変わらず同じ部屋を使用しているけれど、いくつか難しい本を置いてもらっている。これでも精神年齢は20代だし、目標は高いほうがいい。日本での学生時代にはついぞ思ったことはなかったけれど、勉強っていうのは人生を豊かにするために必要なものだ。

今からしっかり勉強しておくことで将来何になるにしても役立ってくれることだろう。



ところで、俺がこの世界で、初めて発した意味のある言葉は、「へんぃえった」だった。

多分1歳に届くか届かないかといった時期、父と共に仏壇(仮)で母を悼んでいるときに、ふと言いたくなったのだ。

一度も姿を見ることなくこの世を去ってしまった俺を産んでくれた人。俺は転生者で、彼女の本当の子供ではないという負い目もあったけれど、なんとなく思ったのだ。産んでくれてありがとう、と心から。


そこで俺は初めて父親の涙を見た。

いつも無表情で、誰と話すときもクールな印象を崩すことのなかった父親。それが急に涙を流し、嗚咽を漏らしたからひどく驚いたものだった。

泣き止んで俺を抱きかかえたあと、すっきりした顔で何かを言っていたけれど、言葉が分からなかったから覚えていない。


多分、彼の決意の言葉だったのかもしれない。





何はともあれ、俺は元気に屋敷中のあれこれを探し回っている。

リビングやキッチン、客間や応接室。使用人たちの部屋まで、隅々まで探索している。同じところへ足を運んでもさまざまな発見があり、これがなかなか面白い。

この世界の文化レベルはやはりというか、中世ヨーロッパといった感じだ。窓からの光を主に、夜は燭台の火で明るくする。そして蝋燭は節約のために就寝時間は早いのだ。


さまざまな本を読み、使用人に話を聞いているうちに判明したことがある。

この世界には元の世界にはない、特殊な力があるということだ。

異世界転生なのだからと、少しばかり期待をしていたアレである。



無論、『魔力』という力だ。

その力を使用し、『魔法』を行使することができるらしい。


曰く、この世界の誰もが魔法を使うことができる。

しかしそれは、生まれた時の素養や、血筋により使える魔力量が決まっているらしい。

また、魔法を使うには、はっきりとしたイメージが大事になるため、教養や想像力、経験が乏しいものには、小さな炎を灯すことすらできないらしい。


魔法を行使するためには大きく2通りの方法がある。

ひとつは呪文だ。

行使する魔力の等級となる言葉を頭に、魔法の属性を述べることで魔法は発動する。

ひとつ属性の例を挙げると。炎系の玉を作りだす際には、『フィア』という属性言語がある。そして、その属性にどれだけの魔力を注ぐかという等級を8通りある中で選ぶのだ。

等級は『ラ・リ・ル・レ・ロ・ワ・ヲ・ン』といった感じで、ラは初級、リは中級、ルは上級、レは聖級、ロは王級、ワは帝王級、ヲは神級、ンは無級と区別される。つまり、炎属性の初級魔法を行使したければ、ラ・フィアと唱えれば良い訳だ。

もちろん、事前にイメージし唱えなければ魔力が霧散するか、発動して炎が生まれても浮遊せずすぐに落ちるなんてことがあるらしい。酷い例では炎を前に放とうとしたが、方向をイメージしていなかったことで、自分に向かってきたなんてこともあったそうだ。

……転生者として等級の言葉に何らかの意図を感じざるを得ないけれど、とりあえず、放置しておくことにする。分からないものは分からないのだ。



さて、もうひとつの方法は、魔方陣だ。

実は呪文を唱えて発動する魔法には、自動で魔方陣が描かれているらしい。それを感知し、視認できる人というのは極々少数らしいがその発動した魔方陣を模倣し、魔力を通しやすい物質の粉で描くことで発動していたものと同じ魔法を行使することができる。

これに関しては、魔力を通すだけで発動できるため、本当の意味で誰にでも使用できる。無言で使用でき、強力な魔法を模倣すれば大人数で上級以上の魔法が使えるのでは、と思ったりもしたけれど、どうやら他人の魔力は干渉を起こすため失敗に終わるそうだ。

やっぱり試すよね、普通に。

それを除いても、非常に便利な魔方陣なわけなのだけれど、実は使用頻度が極めて少ない。

なぜかというと、コストパフォーマンスが非常に悪いのだ。まず、模写するために魔方陣が見える人を探す料金と模写を依頼する料金。魔方陣化する魔法を使用してもらう術師の雇用。魔力を通しやすい物質、通称『魔石』の購入。まがい物や粗悪品を掴まされないようにする為の賄賂や水増し金等々、一種類の魔方陣作成に酷くコストがかかる。同じものを量産しようにも、魔石のコストが非常に高いため、よほど便利な代物でなければ買うものがいない価格設定になってしまうという悪循環。

よって、一部の金持ちな魔方陣愛好商人以外には作る者がいなくなってしまったのだ。



というわけで、世間は専ら呪文詠唱が主流である。




さあ、近々魔法の練習でもしてみようかな。


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