第32話『貴方がお姉さま』
「おはようございます!」
学院に向かう途中の並木道、聖應の乙女達が挨拶を交わす。もちろん走って学院に向かう生徒などここにはいない、璃季もその一人で走ったりなどしない。
晴れ渡った青空から降り注ぐ太陽の光りが、白い制服で反射して輝いて見える。6月も末、今日はエルダー選挙が行われる日だ。
今日でこの学院に新たなお姉さま(エルダー)が生まれる、誰が選ばれるかはその時にならないとわからない、だが有力だと言われているのはやはり、雪皇紀だ。
下級生や同学年にかなり人気があり、クールなところやたまに見せる笑顔などが一番のポイント。さらには生徒会長を就任していることから、お手伝いしたい人No.1にまで選ばれている。
「完璧超人って世の中にいるんだな……」
「はい?」
「え?あ、いえなんでもありません」
暑さにやられたのか、皆と並木道を歩きながら考え事をしてしまった。璃季と影祢は前を歩く夜埜依、海莉、果歩の背中を見ながら歩いている。
「エルダーって、選ばれたとしても役所とかじゃないから特に何もしなくてもいいのでしょうか?」
「そうですね、その代わり色々な行事の時には司会や責任者などをやらされたりはします。やはり生徒の見本ですから、そういう姿も見せなくてはならないという暗黙のルールが有るみたいです」
さすがに4ヶ月くらいではまだまだわからない事だらけだ、こんな時には事情がわかる影祢には助けてもらってばかりかもしれない。なんせ最初の頃は―――
『と、トイレ………ひぃ!?女子トイレしかないんだったぁぁぁぁぁぁあ!!!』
とかで困り果てている時に影祢に助けてもらったり、体育は極力避けたいが休みすぎると怪しまれる、更衣室で影祢が陰になってくれたりと感謝し尽くせない。
「今日で全てが決まる訳ですし、緊張していてもしかたありませんね」
「はい、璃季さんの言う通りでございます」
ニッコリスマイルの影祢と暑い日差しの中、ようやく学院に到着。果歩とは学年が違うため玄関でお別れをした、教室に入ると
「おはようございます、璃季さん、皆さん」
「おはようございます」
クラスメイト達から挨拶が飛んでくる、この光景にも随分と慣れた。璃季は席につくと教科書などを机の中に仕舞う、それを見ていた数名の女子がこちらへやって来て
「私思うんです!璃季さんならエルダーをやれるって、私璃季さんに一票入れますから!」
その言葉が教室の中に広がったのか、周りまで入れます一票!と言い始める。璃季は立ち上がると
「有難うございます、ですがまだわかりませんし今はその話をするのは辞めておきましょう」
それを聞いたクラスメイト達は『あ、申し訳ありません!』とペコペコし始める、確かに嬉しいけどまだよくわかっていないし、結果がズレた場合は皆にも申し訳ない。
「でも、璃季さんなら本当に立派なお姉さまになってくれると、信じています」
「私も、そう思います」
夜埜依や海莉までも嬉しいことを言ってくれた。夜埜依のペンダントの事、海莉とお婆ちゃんの事やこの学年にはいない果歩の事、それら以外も沢山の出来事があった。元々女嫌いだったはずなのに、転入初日の時はそんなこと忘れていた気がする。郷に入りては郷に従えとはこのことなんだろうか?
「有難うございます、でも、すごいことなんてしていません。お友達が助けを求めているのなら、何とかしたい、そう感じていただけなんです。お節介かもしれません、お人好しなのかも」
夜埜依と海莉は顔を見合ってから、クスクス笑う。
「え?私何か変なことでも言いましたか?」
「璃季さんはお優しいお方だと改めてわかりました、お友達になれて本当によかったですわ」
璃季は照れてしまい苦笑い、そして教室に緋紗子先生が入ってきた。皆は席につく、その中で七条アリスは神に祈るポーズをしたまま先生の話を聞き始める、祈るにはまだ早いぞ。
「それでは、今から1枚の紙を皆さんに配ります。そこに希望する名前を入れてください、書き終えたらこちらにある投票箱に投函してくださいね」
先生が一番前にいる生徒に紙を配り、それが手から手へと渡り、璃季の元にも1枚の紙が来た。
「前にも話しましたが、エルダーに選ばれるには全校生徒の75%の得票数が必要となります。」
先生の話を聞きながら考える、でも考える程でもないような気がする。優しく、大和撫子で皆を気にしている立派な女の子。
璃季は紙に『十文字影祢』と書き込みBOXへ投函した、席に戻ろうとすると先生に耳打ちをされる
「選ばれるといいね?」
「は、はぁ」
つい苦笑いで返す、正直エルダーに選ばれれば逃げも隠れもできない、もちろんするつもりはないが何かと目立つ立ち位置になる。今更引き下がれないけど……
全員が投函を終了すると、その箱を持ち先生は教室から出て行った。
「集計に時間ってかかるのでしょうか?」
「そこまでは掛からないかと……あ、帰ってきました」
教室の扉が開くと顔だけを見せる先生、どうやら開票するため講堂へいかなければならないらしい。先生の指示に従い、璃季達は体育館へと向かった。
体育館に入ると用意されたパイプ椅子に着席、さすがにこの人数では講堂には入れないだろう。736人、この7割以上の得票数を得るのは誰なんだろうか。緋紗子先生が壇上に上がりマイクで話を始める
『それではこれより、第77回聖應女学院エルダーシスターを行います。名前を挙げられた生徒は壇上へお越しください、それでは――』
始まる、今日でエルダーが決まる。瑞穂や千早が最後までやり通した『お姉さま(エルダー)』を、オレはできるのだろうか?わからない、でも今は、結果だ。
緋紗子先生は名前を読み上げる、静かな空間だが、皆が緊張しているのがわかる。
『では、3年A、雪皇紀』
「はい!」
声こそ皆出さないが、チラチラと周りが顔を見合っている。やはり皇紀は選ばれて当然だ、そんな視線ばかり。
『3年C、七条アリス』
「はいですわ!」
なんとあの皇紀推しのアリスまで壇上へ、あれでも優しい面が有るそうだ。
『3年B、十文字影祢』
「はい」
影祢だ、影祢なら立派なお姉さまをやれるはずだ。先生は読み上げていた紙を閉じる、ごめん、瑞穂、皆。エルダーにはなれなかったけど、ここはちゃんと卒業するから許してくれ。
諦めモードになろうとした時だった、先生はまたポケットからあの紙を出して慌てて
『ごめんなさい、一人飛ばしていました。3年C竹ノ宮璃季』
「へ?」
今名前を呼ばれた?呼ばれたの?諦めていたところに不意をつかれた、慌てて立ち上がり
「は、はい!」
壇上へ、これで読み上げは終了した。得票者は、雪皇紀、七条アリス、十文字影祢、そして竹ノ宮璃季の4人だ。
先生はまた別の紙を取り出し、軽く咳払いをして読み上げる。
『それでは、4人それぞれの得票数を読み上げます、まず雪皇紀、獲得票数は…191票、七条アリス、獲得票数は…177票』
流石は皇紀だ、さらにはアリスも20%を超えている。そしてこの順番だと次は――
『十文字影祢、獲得票数は…189票、竹ノ宮璃季、獲得票数は…179票でした』
4人全員20%を超えているが、これではエルダーが決まらない。そう全校生徒の75%を得なければエルダーにはなれない、しかし、ある制度がこの学院にはある。それが…
「私七条アリスは、雪皇紀さんに全ての票を譲与致します!」
そう、譲与という制度だ。こうやって得票者は自分の票を全て譲与することができる、自分より優れている、自分が信頼できる相手に対して行う。
これで皇紀は50%の得票数を得たがまだ足りない、この例は以前の千早の時と同じみたいだ、ならオレは……
「私、竹ノ宮璃季は――」
璃季は全ての票を影祢に委ねるつもりだった、だが先にそれを告げたのは……
「私の票を竹ノ宮璃季さんに譲与します」
「か、影祢さん!?」
影祢は自らエルダーの資格を辞退した、なぜだ?影祢は笑顔でこちらを見てくる、璃季の手を握りながら。
「私は璃季さんを信じています、この学院を変えてくれると、璃季さん自信が変わると。信じています」
笑顔だが真剣な目をしていた、影祢は璃季の過去を知っている。だからこそ、自分を変えられるチャンスだと見て影祢はエルダーを辞退したんだ。
『しかし、これではまだハーフです。話し合いを――』
緋紗子先生が提案を出そうとすると、皇紀がそれを制す。璃季に近寄り、肩を掴まれる。
「璃季さん、君には今何が見えますか?」
「え?」
あの皇紀が丁寧な言葉を使っている、いつもなら上から来る喋りをするのに、なぜ丁寧な言葉をいきなり?それよりもなんの話を?璃季は少しパニックになるが、なんとか落ち着く
「まだ、まだ何も見えません。でも、これから何が起こるかを毎日ドキドキしながら、この学院や妹達を見ています。もちろん、皇紀さん。貴女の姿も」
「そうですか………私には、荷が重い……」
少し聞き取りずらかった、だが何かを呟いてた。それをなかったことにするように、皇紀は声を大にする。
「私雪皇紀の獲得票数を、竹ノ宮璃季さんに譲与します!」
「え………それって」
皇紀の声が頭の中でこだまする、つまり全ての票を獲得したのは紛れもなく
『では、第77代エルダーは、竹ノ宮璃季に決定いたします』
緋紗子先生の声すら聞いても納得できていない、いや、納得というより、なぜオレなのか。でも嬉しい、そんな感情が湧いてくる。
体育館全体に生徒達の拍手が飛び交う、チラっとアリスを見ると、どこか安心したような顔をしながら拍手をしていた。皇紀を推していたのになぜだろうか、また聞いてみることにしよう。
影祢がまた手を握ってきた、ニッコリスマイルで璃季に放った言葉は――
『貴方が――お姉さま(エルダー)です』
惜しみない拍手の中、その言葉が頭の中をグルグル回る。
「オレが……エルダー……」
きっとあの2人も同じことを考えていたのではないか?千早も瑞穂もきっと………
『男への……プライドが………』
ってね……………。




