第29話『宝物』
結局体育館では見つからず下校の時間となったため、璃季達は寮へ帰宅した。学院からの帰り道もずっと俯いたまま一言も喋らなかった夜埜依は、部屋に入ってから出てこなかった。
夕飯も降りてこないままで、きっとお腹を空かせているに違いないのに。
「ご飯冷めちゃいますね」
「私、部屋に持って行って見るわね?」
果歩はスープを啜り(すす)、一つだけ空いた席を見つめながらそう呟く。海莉も1人足りない食事をするのはなんだか気が進まないようだ、璃季は立ち上がり、夜埜依の食事と自分のをプレートに載せて夜埜依の部屋へ向かった。
2階に上がり夜埜依の部屋の前に着く、中からは何も聞こえない。軽く3回扉をノックする、小さな声で
『はい』
寝ていたりはしてなかったようだ、璃季はコホンと咳払いをして
「お夕飯まだですよね?持ってきました、一緒にいただきませんか?」
そう言ってから数秒の間、返事もせずに目の前の扉が開いた。顔を見ると泣いたりはしていないようだが、酷く疲れた顔をしている。
「どうぞ、中へ」
「お邪魔しますっ」
中に入るとテーブルに食事を載せたプレートを置いた、座布団を渡してくれたので夜埜依の正面になるように座る。
お互いに食事には手をつけずに沈黙が続く、先に沈黙を破ったのは
「あのペンダントに写真が入っていると、お話しましたよね?」
「確か、大切な子が写った写真とか言ってましたよね?」
今は首に下げていたペンダントはないが、そこにあるかのように両手を重ねる。大切な子、きっと孤児院に居る子なのだろうか?
まだその事について話したり、聞いたりはしていないためにうまく話をかけられない。
「はい、あの。璃季さん?」
「はい、なんでしょうか?」
何かを決心している顔をしている、そこにあったはずのペンダントを握りしめるように、両手をギュッとする。顔をゆっくり上げて璃季を見る。
「お話、します。私が部活を休んでまで行かなければならなかった場所を。聞いてくださいますか?」
「当たり前です、お友達が悩んでいるのに無視なんてできません」
かつての璃季なら例え同じクラスの連中でも、無視をするだろう。悲しんでいても、虐められていても、喜んでいても。何もせずに、そこには璃季しかいないかのような空間にしてただただ1人孤独を楽しんでいただろう。
「お話を聞かせてください、夜埜依さん」
小さく頷く夜埜依、璃季は背筋を伸ばし話を聞く体勢に入った。
その昔、夜埜依は特に問題もなくこの街で生まれ、両親の元で立派に成長していったそうだ。ここまでなら本当に普通の子となんら変わりはなかった、しかし夜埜依が小学生になった頃だった。
『夜埜依、お前も小学生だ。物事を理解し色々難しい事もたちむかわなければならない、わかるな?』
夜埜依の父親はあるIT企業で大成功した社長で、母は父親の秘書だったそうだ、夜埜依は小学生になったばかりでも習い事は赤ん坊の頃からやらされていて、並の小学生より頭は良く歳が1桁にして大学問題が解ける程に天才。
いくら天才とはいえまだまだ子供の夜埜依に、一体何を告げるのか。それが夜埜依の人生を狂わせる出来事だった
『お前はな、私達の子ではない。』
『ぇ………』
この街で生まれたのは確かだった、しかし今いる両親の子ではなく、別の両親から生まれたと聞かされた。当時の夜埜依はあまりのショックに熱で倒れ込み暫く学校に行けなかったり、両親とは顔を合わせたくないあまり、小学生で家出をしたりしたがすぐに捕まったりと、割とヤンチャしていたかのようだった。
結果、それを繰り返すことを考慮して両親は夜埜依を伯父の家へ預けたが伯父も暫くして亡くなってしまう、伯父達の知り合いは夜埜依の両親に連絡をするがつかず、身寄りのない夜埜依はある孤児院へ引き取られた。
「おじさまがまだ生きていたころに聞かされたのは、私は交換された子らしいのです」
「交換された子って、どういうことですか?」
「私の本来の両親は男の子が欲しかった、ですが私が生まれてきたことに絶望していた時に、同じタイミングで同じ病院で生まれた今まで育ててくれた両親が男の子を産んだのです。しかし、それも絶望した大人、そこに居合わせた大人達は子を物のように簡単に命を交換したのです」
「そ、そんなことって………」
重い話だ、遠回しにそう言っているが簡単に説明すれば『要らない子』と言われているのと同じだ。大人が満足できなければ子を交換していいのだろうか?喧嘩した子供は直ぐに仲良くなる、大人は何を考えているんだ?
璃季は正座をした上に置いた手を握りしめる、夜埜依は悪くない、悪いのは交換をした両親だ。怒りを覚え始める頃に夜埜依は、少し微笑みながら
「でもいいんです、最初から私は自由に生きていいと神様が教えてくれたのです。そう、神様に。同い年で私より背の低い神様に。」
「ひょっとして、その神様が写真の?」
「はい、私と交換された子です。」
夜埜依が交換された後、同じくらいにその子も家を飛び出したらしい。流れはわからないが同じ孤児院に居たそうだ、それがきっかけで仲良くなり、写真を撮ってお互いペンダントを交換した。
しかし高校に上がる夜埜依は孤児院を出なければならない、離れ離れになるが時々会いに行くと約束したのがその部活を休んでまで向かった場所の理由だった。
「そうだったのですか、それなら無理に部活をせずに毎日向かってあげれば良いのでは?」
「いえ、それを言ったのですが怒られてしまいまして、成長した男の子って何でも強気で来るみたいで、それで折り紙部を作ったのです」
折り紙部を作った理由は、孤児院にはあまり体調がいい子が居ないため元気をだしてもらえるように、早く病気から解放できるようにと作った部らしい。それであんなに折り鶴があったわけだ、しかし気になることがあった。
「その男の子は、高校には行かないのですか?」
少し暗い顔をする夜埜依だが、しっかりこちらを見て
「その子……彼は重い病気に掛かってしまって、外には出歩けないのです。少しでもはしゃぐと多熱をだしたり、咳をしたりで」
「治らない病気なんですか?」
またも小さく頷く、まさかペンダントと折り紙部にはそんな裏があったとは思いもしなかった。気軽に部室に行っていた璃季は自分を呪いたくなった、しかしそれだけではなかった。
「夜埜依さん!」
「は、はい!」
声を少し強く張り上げてしまったが流れで話を続けることにした。
「ペンダント、必ず見つけましょう?私もがんばりますから!」
「璃季……さん、はいっ」
その後、完全に冷めてしまったスープやパスタなどを胃に収めた。気が付かないうちにかなりお腹を空かせてしまったようだった。
夜埜依とは別れ、部屋に入るなり電話で鴒を呼びつける。利用できるなら全部利用すると決めたのだ、電話して数秒で部屋に鴒が現れる。
「ということがあったわけ、だから何か知恵を貸して欲しい」
鴒には隠さずに今日聞いた話を全て伝えた、鴒は黙って最後まで聞いてくれた。頼ってくれた嬉しさだろうか?目は優しいし、なんか機嫌がいい。
「わかりました、この里馬鴒。メイド隊を動かしてでもペンダントを見つけましょう」
「いやだから知恵だけでいいって、お前らが学院に来たら怪しいでしょ絶対。」
「確かに、ならばどういった経路でペンダントを無くしたか教えてください。」
体育館に入った後ペンダントはポケットへ入れたこと、バレーの時にアリスとぶつかり転んだこと、アリスが何かしら隠している事を説明する。
「ふむ、しかしそれだけでは動機がありませんし、疑えません。何かそれをしなければならない理由があるはずです」
「理由かぁ、理由………」
七条アリス、生徒会副会長で家庭科部部長。あの十条紫苑をライバル視しているまではわかるが、そんなことは関係ないはず。
うーんと唸っていると、ちゃんとハンガーに掛けてなかった制服が顔に落ちてきた
「うおっ、なんだよ。制服クローゼットにしまい忘れてたよ………………ん?制服?」
どうかされましたか?と鴒が首をかしげる、そうだ忘れていたことがあった。
「1週間に1回毎朝ある制服チェックだ!!今日その時にペンダントを指摘されたんだ、だけど影祢がその場を収めて。その時に皇紀さんのとなりで黙ってアリスさんが見てたんだ」
「これで線は繋がりました、しかしそれをする理由にはまだ成りません、やはり当人に当たるしかありません。」
アリスは皇紀をかなり慕っている、同級生ながら皇紀は誰から見ても姉御肌。アリスが皇紀の代わりにペンダントを……
「そうとなれば、明日アリスさんに話をしに行かないと」
「お一人では無茶ですので夜埜依様と……」
そこまで言うと通話中の携帯画面を見せられた、しかもスピーカーになっている。相手は
『ならば私もお供致します璃季様』
「影祢!?鴒いつのまに?」
スピーカーからの声の主は影祢だった、鴒はしてやったりと顔をキリッとさせて
「璃季様に呼び出された時には既に、ただのメイドではありませんので、えぇ。」
「ゆ、油断できねぇ」
こうして、ペンダント奪還作戦を決行することになった。6月末のエルダー選挙が近い、それまでに上手くいくかわからないが決めたことはやるしかない。
「必ずペンダント、取り返すから。夜埜依さん」
あの時聞かされた『十月革命』とはまた違うけど、命名するならなんだろう?
「メスィドールの奪還、などは如何でしょう?」
「メスィドール?なんだそれは?」
『メスィドール、6月の収穫月のことです。フランスの革命月を言います』
収穫月って、奪還なのに収穫なのか?頭は良いがフランスまではわからない璃季。そう、十月革命にヴァンデミエール(葡萄月)の反乱、その流れから来るなら
「なるほど、ならメスィドールの奪還だな。余計に気合いが入るよ」
行動を命名し満足した璃季、その夜夜埜依にはメールを入れて鴒を部屋から追い出し、ベッドに入ると自然と眠りについたのだった。




