第23話『写真と孫』
探し物を手伝い始めてから1時間が立った、もう真っ暗だ。街灯だけの灯りでは探し物を見つけるのは困難だろう、ちなみに探し物とは手帳らしい。黒革の手帳を歩いている最中に落としてしまったのだとか、璃季は探し疲れてベンチに座り込む。腰が悲鳴をあげているがおばあさんはまだ探し続ける。
「ねぇ?おばあさん?」
「猫被ってるのはバレバレじゃ」
「……ばあちゃん、もう諦めようぜ?見つからないって」
「ふん、猫被ってる割には度胸がないんじゃな。ワシの孫のほうが度胸があるわい」
おばあさんもとい、ばあちゃんは手や着物を汚れても続ける。どこからそんなパワーが出てくるのか知りたいくらいだ。
「孫って幾つなんだよ?」
「身長は低いがお主と同学くらいか?お主何年だ?」
「わたし……俺は3年だよ」
猫被ってるというより男を隠していたいのだがまぁ、2人だけだし構わないか。璃季も再び立ち上がり再開する、ベンチの下や木々の間、歩いてきた道や側溝。すると
「見つけたわい、袖に入り込んでおったわ」
「なんだよ灯台下暗しかよ………」
実は自分の近く、または自分で持っていたが忘れていたと言うことだ。まぁ見つかったならいいや、と思い鞄を肩に引っさげて
「じゃ、俺は帰る。ごきげんようおばあさん」
ばあちゃんの横をすり抜けていこうとすると、ガシっと腕を捕まれる。その勢いで転けそうになるが踏ん張る
「な、なんだよもう終わったんだろ?」
「なに、礼をする。名は?」
「名はって、まずは自分から名乗るのが礼儀じゃないのかよ」
ばあちゃんは「確かに」とボヤきながら名前を口にする。
「寺兎しず江じゃ、でお主は?」
寺兎?寺兎って………おぃまさか海莉のばあちゃんかよ!?あまりの驚きに少し思考が停止。
「おい、聞いておるか?」
「へ?あ、はい。竹……」
待て、ここで変に名字を教えるのは不味くないか?何かあったらやばいし……しかし厳島を名乗るのはもっと危険だ、どうする?しかしばあちゃんが睨んできた。仕方ない
「た、田中です。」
「たなかぁ?……まぁよいわ、では田中また礼をする。暇な時にこの住所にくるがよい」
田中と言う偽名を使っちまったが行くか行かないかは自由だ、ならば行かなければいい、受け取るだけ受け取った即席で書いた地図を鞄へしまう。適当に挨拶をしてばあちゃんとは別れて寮へ帰宅した。時間は門限ギリギリだった、部屋に一度戻って鞄を置いて食堂へ。
「皆遅くなってごめんなさい、待っててくれたの?」
普通なら1時間も前に食事は終わっているのだが帰りを待っていてくれたようだ、璃季は席に着く。
「食事は皆が揃ってからが美味しいですから、ね?」
「はい、璃季さんのことですから先生方に何か手伝わされたのでは?」
海莉に海莉のばあちゃんと居ただなんて今は言えないよな、まだ同じ名字ってだけでばあちゃんと決まったわけではないし。すると果歩がお腹を完全に空かせてしまったのか『早くいただきましょーよ!』と怒ってしまった。
「わ、わかったわ果歩ちゃん。主よ、今から我々がこの糧を頂くことを感謝させたまえ。アーメン」
璃季が神への祈りを告げると、他の3人も続いてアーメンと声に出してから
「「「「いただきまーす」」」」
今日の夕飯もいつもの様に賑やかになった、学院での出来事や部活のことで盛り上がり、夕飯の時間は過ぎていった。その後食器を洗って部屋に帰る途中に廊下に備え付けられた電話を使って話している女の子がいた
「海莉さん?」
小声で名前を呼んでしまう、呼んだというより何をしてるの?という感覚。つい隠れて聞いてしまう、電話の向こうの声は聞こえない。
「わかってるよ、でもまだ決心がつかなくて」
何やら揉めている?というより何かを決めろと迫られているのか?立ち聞きをするのは良くない、しかし気になる。結局最後まで居たが何の会話かわからなかった、わかったのは海莉は元気がない。先程までの夕飯の時からかなり変わっている、しかし家庭の事に口を出しては行けない、そう考えてゆっくりと食堂へ引き返した後、海莉が玄関から居なくなったのを確認後部屋へ戻った。
部屋に戻ると携帯の画面を立ち上げて電話帳からある名前を呼び出す。その相手は
「あ、もしもし?」
『珍しいじゃないか、璃季から電話だなんて』
「まぁ困ったことがありまして、千早に掛けた訳なんだよ。」
電話の相手は千早だ、分からないことは経験者に聞くのが一番だしな。とりあえず海莉のことを掻い摘んで説明するつもりだがまだ伏せて、例え話を始める。
「家族の誰かにその子に決心を迫っているとする、そこに友達が踏み込んでいいのかわからなくてさ、千早ならどうする?」
ちょっぴり分かりにくいかもしれないけど経験者は違った。
『そうだね、ボクならまず当事者から話を聞くよ。踏み込めるラインか踏み込めないラインかはそこで判断するし、アドバイスくらいならできるんじゃないかな?』
やっぱり海莉に聞いてみるしかないのか、でも話してくれるだろうか?まだどういう理由なのか、なんの決心なのかすらわからない。やはりまだ踏み込めない、海莉を傷つける結果は良くないし。
「もう少しだけ考えてみるよ、ごめん、わざわざ聞いたのにさ」
『構わないよ、それより影祢さんとはうまく?』
「あーなんか電波悪いなぁー、もしもし?もしもーし」
電話の受話器が閉じたマークをプッシュすると電話は切れた、影祢とは普通に仲の良い友達ですと切れた電話に向かって呟く。携帯をベッドへ置くと同時に部屋の扉をノックする音が聞こえる
『鴒でございます、失礼します』
「開けてから言っても意味ないです、で?なんだよ」
鴒はティーセットを持ってきた、長話でもするのか?璃季は座布団に座ると鴒もテーブルを挟んで正面に正座する。ティーカップに暖かい紅茶を注ぎながら
「何やらお困りのようですね、どうかされましたか?」
「なんでそう思うんだよ」
「昔から何かを悩んでらっしゃる時は着替えずにそのまま寝る癖が見られますので」
あ、と気がつくと制服のままだった。いつもなら部屋に戻る前に皆に確認してからシャワーに行くのだがそれを忘れてしまっていた。
「まだ悩みってほどじゃないんだが、さっき玄関で――」
鴒に今日あった出来事を報告、ばあちゃんのことも話すと鴒は手帳を取り出す。
「寺兎しず江、寺兎自動車の会長で息子が社長。その息子の娘が海莉様です、しかし母親は既に他界しております。」
「そんな情報まであるのかよ、どこから情報得たんだよ」
「メイドの嗜み(たしな)でございます、それよりその地図のファミレスにいかれるのですか?」
「悩んでる、何があるかわからないしなぁ」
テーブルに肘をついて杖にする、テーブルに置いた手書きの地図を眺める。このファミレスってなんか見覚えがある、確か……
「千早様が薫子さまのとこの組員とお話された場所でございますね」
「心読むなよ!?……なんの因果だよ全く。まぁ明日にでも行ってみるか、あのばあちゃんは毎日ここに来るそうだしな」
「左様でございますか、ならばちゃんとした服に着替えてくださいまし。着替えはこちらに置いておきますので」
璃季はわかったと返事をしてから、鴒が入れてくれた紅茶を啜り。その日は眠りについた、シャワーは朝にしようと決めた。
翌日の放課後一度寮に戻って、シャワーを浴びる。ビシッと髪をポニーテールにする。泣きたくなるけど仕方ない、用意してくれた服に着替える。ホットパンツにタンクトップ、ニーソックスにサスペンダー。そこに薄いパーカーで身を包む、我ながら動きやすいがこの偽乳がタンクトップのせいで嫌らしく見える。まぁパーカー来てるし大丈夫だろう、ちゃんと外出許可を得た。鴒が運転する車に乗り込みいざ出発、そこまで距離はなく10分くらいで目的地に到着した。ファミレスなんか数ヶ月振りだ、聖應に来る前までは日に日に来てたりしたな。
ファミレスの入口に入ると店員がやってくる、待ち合わせをしてると璃季は相手の名前を伝えると直ぐに案内してくれた、喫煙席で窓際で隅っこだ。そこにあのばあちゃんが居た
「ほ、来たか。」
「あ、はい。おばあさん」
「しばくぞ小娘」
「悪かったよ……」
出だしは好調、璃季も早速座ると店員が注文を聞いてくる。
「なんでも食べるといい、礼じゃからな」
「じゃあ、和風ハンバーグセットで」
店員にそう告げるとペコリと頭を下げて厨房へ下がった、水を一口飲むとばあちゃんはずっとこちらを見てくる。まるで何もかも見透かしてるような気分になる。
「な、なにか?」
「聖應のお嬢様がファミレスに来て、慣れたように注文するとは何かあるのか?」
「へ?あー、家の家族ファミレスが好きなんだよ。安いし美味いし?」
すみませんごめんなさい嘘です、俺がグレた時に鴒が隠れて連れてきてもらってからハマったんです。ばあちゃんは何も注文しない、ずっとこちらを見ている。食べているあいだもずっとだ、いよいよ我慢ができなくなり聞いてみる
「なんでそんなに見てくるんだよ?」
「ん?お主のように孫もこうやって一緒に飯くらい食べられないかと思っての」
「お孫さんとは会ってないのかよ」
「孫は聖應の寮に行くと言い出してから電話でしか話しておらん、ワシは嫌われとる。」
海莉のことだろう、聖應の寮や聖應のルールを言えば外出許可を取らないと出られないし、外食はダメではないがお嬢様という形からファミレスはあまり良くない。でも孫がお嬢様で聖慶に行くのはわかるけどばあちゃんはどうも違うみたいだ。
「まるでばあちゃんは孫を聖應には行かせたくなかったみたいな感じがするが?」
直接聞いてみる、こういう妙に面倒なばあちゃんは直接聞くのが相場だろう。ばあちゃんは眉一つ動かさずに話す
「ふん、聖應なんかに入れてしまってはこちらの行う事が全て無駄になる。だが孫は聖應に入ると決めた、じゃからワシは条件を付けた」
「条件?成績トップか?」
在り来たりなところを突いてみる、しかし
「のぉ?小娘、お主がもし誰か知らぬ奴と『婚約』する事が聖慶に入るのが条件だと言われたら、どうする?」
「へ?婚約?」
海莉の昨日の電話、決心がまだついていないとか言ってなかったか?まさか婚約を条件にしたのか?璃季は飲みかけの水が入ったコップを握る
「孫には将来性のある男と結婚してもらうのが条件として、聖應に入るのを許した。もちろん聖慶に居ながらお見合いもさせるつもりじゃ」
「い、いや待てばあちゃん。お見合いとか知らない相手と婚約とか結婚って普通はおかしいだろ」
婚約、それは将来共に生きる事を約束する言葉。それはあくまで約束だが、知らない相手とそんな約束なんかできっこない。知ってる相手ならばどうにでもなるが知らない相手だぞ?だが聖應に入ったということは
「お孫さん、その条件は飲んだのかよ?」
「あの馬鹿孫はそれを無視して、入学しおったからの。じゃからお見合いをさせたりするが直ぐに逃げる、困ったもんじゃ。」
逃げて当然だ、俺ももし同じ立場ならどうやってでも断る。だがわからない、そこまでして聖應に入る理由が。海莉には何か聖應に来たかった理由があるのだろうか?
「じゃあもし、聖應じゃなくて他の学校だったらお見合いとか婚約はなかったのか?」
「そんなわけ無かろう、無論させている。孫の為なのじゃからな、ちなみに孫の写真じゃ。可愛いだろう?」
写真は聖慶に入る前の奴だ、ニッコリと微笑む海莉。しかし一人しか写っていない、撮影者はばあちゃんだろうか?
「名前は海莉と言う、同じ3年ならば会ったことくらいあるじゃろ?」
「ま、まぁ。それより、これからもお見合いをさせるのか?本人の意思を無視して」
水に入っていた氷は既に溶けて水と同化していた、コップには水滴、テーブルを濡らしている。ばあちゃんはそこまでして海莉を婚約させたい理由があるに違いない、聞き出そうとすると
「無視をしたのは海莉も一緒じゃ、さて小娘。ワシは時間じゃまたの」
ばあちゃんは立ち上がる、璃季も慌てて立ち上がる
「ま、待てまだ話は!!」
しかし、こちらを振り向かずにそのまま支払いを済ませ出ていってしまう。璃季はそのままテーブル席に座る、海莉は聖應に行きたい理由があって、ばあちゃんには婚約させる理由がある。この2つが2人を悪くしている
「考えてもわからないな、はぁ……」
璃季は既にぬるくなった水を飲み干すと、ファミレスから出る。結局一口も食べずに話だけになってしまった、ぬるくなった水、それはあの2人の今の状況とよく似ているような気がした。ファミレスの入口で待っていた鴒は璃季を見て
「帰りましょう」
それだけを告げて、鴒の運転する車に乗り込んだ。




