第四章 虹の彼方に (1)
玲は、目の前にある現実を受け入れようと必死だった。桂の自分への一途な思いと澤口弥生への気持ち。
そんな、玲の心とは別に桂は、玲との距離が一段とちじまった。と信じていた。
第四章 虹の彼方に
(1)
玲は、家に帰った後、母親の指摘に驚きながらも自分の部屋で着替えて、もう一度お風呂に入った。冷静になっていた。
“桂”、一生守らなければならない大切な妹・・・だったはずの女性が・・
自分自身消化しきれなくなっていた。
なぜと思いながら時の流れに身を任せて桂の大切なこと、自分だけに預けるものを受け取ってしまった自分自身に理解しながらも、分かっていながら消化しきれないでいた。
“桂”、幼い時からいつもそばにいて、小学校、中学校、高校、大学、いつも守ってきた大切な妹“桂”、そしてその女性を受け取ってしまった自身の心の置き所が見えないでいた。
“どうすれば”。理由は自分で分かっていた“澤口弥生”。彼女の存在が、自身の心の中に大きく圧し掛かっていた。
自身の思いとは別に、まだ理解できない世界で消化しなければいけない現実を必死に受け入れようとしていた。
「桂、うれしそうね。何か楽しいことでもあったの」
“ふふふっ”と笑うと
「別にーっ」
と言って微笑みながらデッサンに向かっていた。“玲に預けることができた”それだけで嬉しかった。
“自分はすべて玲のもの、玲の心は私の心”そんな想いの中で桂はキャンバスに想いを馳せていた。まるで自分の心を表すように。
薫は、なんとなく言った一言が、こんなに大きくそばにいる人に影響があるとは思っていなかった。
「ありがとうございました」
シンビジュームの鉢を買ってくれたお客様にお礼を言いながら見送ると、弥生は、裏の保存庫に新しくシンビュームの鉢を置くために取りに行った。
切り花は、ショーウィンドウも兼ねてお店の中のガラスケースに入れてあるが、鉢物は外の外気より少し低温の保管庫に入れてある。花の成長をゆっくりとさせるためだ。
保管庫から新しい鉢を取り出すと嬉しそうに花を見ながら店先のさっき売れた鉢のところへ置いた。そして、一歩下がると微笑みながら花をメイクするテーブルに戻った。
「弥生、嬉しそうね。何かあったの」
一緒に店を見てくれている友人に声をかけると微笑みながら
「うん、ちょっと。でもあかねが想像するほどのことじゃない」
「どういう意味」
「何も」
と言うとお客様が声をかけてきた。
「あとでね」
と言うと店先で花を見ている婦人に応対した。
あかねは、何か嬉しそうな顔をしながら接客する弥生を見ると“春なのかな”そう思って自分も伝票に目を戻した。
店主のあかねと一緒に店を閉めるとあかねは六本木方向の駅に向かった。弥生は乃木坂駅だ。階段を降りながらなぜか心が暖かった。自分でも分からない。昨日の夜、葉月玲から“急だけど明日会えませんか。できれば渋谷で”スマホに連絡が来た。
前に、別れる時“葉月さんの心のままに”と言っているだけに、あの人が会いたいと言った以上断る理由はなかった。特にアフターファイブに何かあるわけでもない弥生は、会うことを承諾した。
指定された渋谷ハチ公前交番に行くとすでにあの人は来ていた。地下鉄出口から出て左に折れるとすぐに気付いてくれた。
彼は微笑むと自分の方に歩いてきた。
「待ちました」
「いいえ、だって待ち合わせ時間より早いですよ」
その言葉に弥生は、自分の左腕に付けている腕時計を見ると“ふふっ”と笑って
「そうですね」
と答えた。玲は、弥生の顔を見ると
「あの、ワイン飲めますか」
前に有った時に、日本酒を“香りがいい”と言って飲んだ弥生だが、その言葉に疑いを持つような瞳で玲を見ると
「いえ、あの、ワインに合う食事を出してくれるお店があって」
そう言って、弥生の顔を見ると微笑みながら
「いいですよ」
と言った。弥生は、本当は嬉しかった。自分では行くこともないお店の響きに、つい心の中が微笑んだ。
渋谷駅の待ち合わせ場所から、五分も歩かないところに彼が連れてきた店はあった。玲は、坂道を左にそれるように上がると、少し古めかしい重い扉を開けた。
そのまま“スルスル”入ると、店の中にいた男に
「久しぶり、二人だけいい」
「お久しぶりです。葉月様」
そう言って、玲を中に入れた。弥生も付いていくままに中に入ると、とても落ち着いたテーブルが四つほどある“こじんまり”したお店だった。
玲は、店の人に挨拶をすると
「澤口さん、何にします」
いきなりの質問にワインの何も知らない弥生は、考えるそぶりをすると
「葉月さんに任せます」
そう言って微笑んだ。
店の人が、玲の選んだワインを持ってきてラベルを見せている。弥生には、分からないが有名なシャトーらしい。店の人がワインオープナーでコルクを抜くと玲のグラスに少し注いだ。
グラスを目線まで上げて“じっ”見ると今度はグラスの淵に鼻を持っていって少しだけ待つと
「いいね」
と言って“にこっ”と笑った。それをきっかけに彼のグラスに注いだ後、自分のグラスにも注がれた。
弥生は分からないながらもグラスを口元に持ってくると、何とも芳醇な匂いがした。口に少し入れると、口の中の両方の奥に芳醇な香りが広がった。
「おいしい」
つい、口から出た言葉に微笑むと
「よかった」
と言って、自分も口に含んだ。
弥生にとって、料理は新鮮なものばかりだった。フランス料理というよりワインに合う料理という感じで、普段あまり飲まないワインを三杯も飲んだ。
なぜか、あまり酔った気にならないのは、やはり緊張しているせいかなと思いながら目の前の男性の顔を見ていた。
「毎日、花と一緒の仕事、素敵ですね。ところでなぜ花屋に」
質問の意図はあまりないと思うと
「ええ、大学の友人が花屋を開くと言うので。自宅から通えるし、好きな花の仕事なので、すぐにOKしました」
「そうですか」
“あまり生活の心配とかないんだ”玲は、自分のことはさておき“普通は、やはり生活を意識した考えをするはずだが”と思いながら口元からのど元にかけてうっすらと赤みがさして素敵な肌を見せていた。そのまま、少しだけ視線を降ろすと、急に前に沿うようにあがるラインがあった。
話し終わると“どこ見ているの”という視線を送りながらなぜか、見られることにほんの少し嬉しさを感じた自分を不思議に思った。
食事を始めてからすでに二時間半が経っていた。会ったのが七時半だから一〇時近かった。“もうそろそろ”と思うと弥生は、腕時計を“ちらっ”と見て、
「もうそろそろ」
と玲に言った。
玲は、“もう少し”と思いながら、時間が一〇時を過ぎていることに“仕方ない”と思うと
「では」
と言って店の人に会計を頼んだ。
店の人がドアを開けてくれたので、先に弥生が出て、後に玲が出て一歩出た時だった。弥生は気を付けて歩いているつもりだった。
一瞬、右足が滑るとそのまま体が玲の方へ傾いた。瞬間的に玲は、後ろから支えるように両腕の間に腕を入れて支えようとしたときだった。弥生のスレンダーな体には、やや大きめの胸を思い切り両脇からつかんだ。
滑った体制になっている弥生の後を、支えるように自分が前に行くと、今度は体がぴったりと付いた。後ろから両腕で胸を押さえる形になっている。
弥生は、支えられて滑らずにすんだのと思い切り自分の胸を掴まれている状況に
「ありがとうございます。そろそろ離して頂けると」
と言いながらお酒とは別に顔を赤くした。
玲は、瞬間的に掴んでしまった弥生の胸に少しの硬さと柔らかさを感じながら弥生の声に気付くと
「あっ、すみません」
と言ってすぐに手を離した。弥生が、体を返さないままにそのまま下を向いていると
「すみませんでした。体が、いきなり後ろに倒れてきたので、なにも考えずに、とにかく支えなければ・・」
言い訳がましく言っているといきなり弥生が自分の方を向き直った。そして玲の顔を見ると
「ありがとうございました」
と言って、また向き直って勝手に歩き始めた。
弥生は、まだ誰にも触らせたことのない大切な自分を“いくら事故とはいえ、あんなに強く掴むなんて、それも知らない人に”そう思うと、やりきれなかった。頭の中から楽しかった食事の時間は消えていた。
いきなり、踵を返して歩き始める弥生に、唖然としながら
「ちょっと、待って」
と言うと少し小走りになりながら弥生の右の手首を掴んだ。
弥生が歩みを止めたので、そのままにしていると“くるっ”と体を回し、自分の方に向き直ると玲の顔を見ながら
「責任とって下さい。いきなり胸を掴むなんて」
そう言って、睨むように玲の顔を見た。
玲は、頭の中が混乱していた。さっきまで飲んでいたワインの酔いが頭の中で回りながら“何を言っているんだ、この人は”と思いながら弥生の顔を見た。
「でも、あの時は」
玲の言葉に“じーっ”と顔を見ると
「少し、歩きませんか」
その言葉に頷くと坂を下りて明治通りに出た。左に行けばすぐ前に渋谷駅、右は横断歩道橋で、公園に続いている。
玲は、“このままでは”と思うと何も言わずに右に曲がった。“もしついて来なかったら”と思いながら歩くと彼女は自分の右を歩いて付いてきた。下を向いている。
少し歩いて、横断歩道橋が目の前に迫ると、玲は自分の右手を弥生の左手に触れた。初めは、少しだけ。抵抗がないことを確かめるとゆっくりと握った。彼女の手はそのままだった。やがて横断歩道橋の下に来て玲がそちらに向かおうとすると彼女の手が自分を強く握った。
玲は、理解できないままに横断歩道橋の下をそのまま歩くと強く握られた手が緩んだ。やさしく握り返すと、握り返してきた。
弥生は、横断歩道橋を上がる不安がなくなるとそのままに一緒に歩いた。“良いとか、悪いとかではなくて”このまま時間を過ごしたかった。信号を左に渡り、アンダーガードを潜る時一瞬、不安がよぎったが、彼は何もしなかった。
やがて、また、左に行けば渋谷駅、右はファイヤ通り、直進はパルコ通りだった。まだ結構な人がいる。みんな酔っているように見える。玲は歩みを止めると
「澤口さん」
そう言って弥生の顔を見た。彼女は何も言わず、自分の目を見ている。まるで“あなたの心のままに”と言うように。少しの間そうしていると、周りの人が
「なあに、見つめあっているんだ」
「いいじゃない。こんな時間だもの」
「行くのかな」
「エッチ」
「いいなー」
勝手な言葉が耳に入ってきた。
“どうしたんだろう、私。帰らなきゃ”そう思いながら、体が逆に反応している。“このままいたい”理解できない心の中で弥生は相手の目を見ていた。
“どうしよう、どうしたんだ。なぜ帰ろうと言わない”自分で理解できないままに相手の目を見ていた。そして
「あのっ」
玲は見つめる相手の瞳を強く見ながら言うと
「えっ」
「少しだけ、少しだけ、休んで行きませんか。何か頭の中が混乱していて」
弥生は、玲の顔を“じーっ”見ながら
「はい」
と言って、握ったまま間になっていた手を握り返した。
“どうしてだろう”自分でも全く理解の範疇を超えていた。今、自分の右腕の中でさっきまで食事をしていた人が目を閉じて眠っている。ブランケットがはだけて、大きめの胸が目の前に有った。まだ、夢の中のようだった。あれから・・
そのまま、二人は何も考えずに入った。見つめあうと弥生は眼を閉じた。初めての口づけ。やさしく触れてきた。そして、ゆっくりと彼の右手が自分の左胸に来ると、少しだけその手を自分の左手で止めたが、そのうち、されるままにした。
やさしかった。ゆっくりと体を預けながら、途中鋭い痛みが走った。たまらなく痛かったが、やがて、別の快感に変わっていった。そして自分の体の中に何か別のものが激しく動くと、今まで経験のない感覚が体中を駆け巡った。自分自身が声を大きくしているのが分かった。そしていつの間にか、記憶が闇の中に消えていった。
玲は、ゆっくりと唇を合わすと、一瞬だけ彼女の体が緊張したのが分かった。やがて、自分の右手を彼女の左胸に持っていくと最初だけ、腕を触られたが、力なく手を落とした。
ゆっくりとブラウスのボタンを外すと、彼女は体を強く接してきた。ブラのホックを外すと、自分の顔を見ながらまた目をつむった。
ベッドに体を持っていき、スカートを取った時も何も抵抗がなかった。ゆっくりとベッドに彼女の体を横たえながら、体重が掛からないようにしながら、右胸のトップに口づけした。最初は何もなかった。やがて・・少しずつ顔に変化が現れると声が漏れてきた。
自分の唇を下に降ろしながら少しだけ丘のあるところに来ると玲は、自分の手を“そっ”降ろした。なんとなく柔らかい。上にある生地を取ろうとすると初め、彼女は自分の手を取ったが、それも少しの間だった。
後は、なにも抵抗がなかった。ただ、入れる時、顔が歪んだ。どうしようと思いながらそのままにしていると“すっ”と入った。
分からなかった。ただこの女性とそばにいたかった。
玲に誘われて行ったレストランの帰り道、ちょっとした出来事が二人の将来を大きく変えてしまいます。そしてついに玲と弥生は、体を合わせてしまいました。
さて、次回は、どのように展開するのでしょう。お楽しみに。