第三章 雨音 (2)
玲は、桂のゴルフ用品を買い、昼食後にゴルフ練習場に行きます。桂の洋服を見て練習は無理と思った玲は、パター練習だけをしますが、その時、偶然にも弥生がそばを通ります。それを見ていた桂の行動は、・・・
第三章 雨音
(2)
玲は、世田谷総合運動場にある駐車場に車を入れるために環八から信号を右に曲がるため、信号待ちをしていると、ふと目に入ってくるモノがあった。
“あの人だ”、左前方の横断歩道の前に自転車に乗って、信号待ちをしている女性を目に留めた。自転車の前かごに小さなバッグが乗っている。
何気なくそのままに見ていると、信号が右折マークに変わった。なぜか心に残りながら右にハンドルを切るとその女性も横断歩道を自転車で渡り始めた。
緩やかに左に曲がるカーブを走り、信号を左に曲がるとやがて総合運動場の入口が見えてきた。混んでいる時は、そのまま右折できないが今日は空いているらしく、そのまま入れた。
助手席に座る桂が、珍しそうに外の景色を見ている。
「玲、左手にあるのが、砧公園でしょ」
「そうだけど」
「中には、ファミリーパークがあるよね」
「そうだけど、毎年、桂と桜を見に来るだろう。どうしたの」
「ううん、こちらか見るとなんか違う景色に見えるなと思って」
“どうしたのか。知っている景色なのに”そう思いながら駐車場に車を止めて、外に出ると桂の姿を見て“あっ”と思った。
“この洋服じゃ練習むりだ”そう思うと
「桂、その洋服だと練習無理だから、パターの練習しよう」
「パター」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべると
「とにかく、行こうか」
そう言って、練習場の横にあるパター練習場に行った。
見よう見まねで桂はボールを転がすと、天性か、ビギナーズラックか、“ぽこぽこ”入る。
「なーんだ、簡単なのね。ゴルフって」
「いやっ、でもうまいよ。桂、結構才能あるかも」
言った後に失言を悟った時は遅かった。
「じゃあ、早くコース行こう。ねっ」
「いやいや、桂、あそこ見てごらん。ああしてしっかりと練習してからでないと」
“えーっ”って顔をして見る桂を横目に反対方向を見ると玲は目が止まった。
人は見つめられると気配を感じるのか、その女性も玲を見返した。
“あっ、あの男性だ”、プールに行くために近道のゴルフ練習場を抜けてゴルフ練習場の裏にあるプールに行くためにゴルフ練習場の脇を通った時だった。
この前一緒に花を取りに来た可愛い女性といる。自分には、関係ないと思いながら、つい軽く頭を下げて挨拶すると、向こうも頭を下げた。横目でその人を追いながらプールに向かった。
桂は、ゴルフ練習している人たちを見ながら“ふと”玲を見ると、別の方向を見ていた。視線の方向を追いかけると“あっ”と思った。“あの花屋の人だ”。
ブルーのデニムにスニーカー、白いシャツを着ている。スレンダーな身体にしっかりと目立つ胸。花屋の洋服で気がつかなかったが、女性から見ても魅力的なスタイルだった。
玲が、視線を外さずに見ながら“ペコン”と頭を下げている。向こうの女性も頭を下げていた。その女性が右から左へ歩いて行く姿を追っていると
「玲、帰ろう、ねえ、玲」
「えっ」
「“えっ”じゃないわ。桂もう家に帰りたい」
そう言って自分のパターを持つとパター練習場から出て行った。
「ちょっと、どうしたの、桂」
勝手にパター練習場から車に向かう桂に
「桂、どうしたんだ。急に不機嫌になって」
「不機嫌になっていない」
玲は小走りに桂の前に出ると
「ほら、不機嫌だろ」
可愛い顔が明らかに怒っている。
「どうしたんだ」
「玲の胸に聞いて」
そう言って右手の人差指で玲の胸を突くと怒った顔のまま、目の前に立っている相手の顔を見た。
なんとなく心当たりのある玲は、今までパター練習していた方向をもう一度見ると
「さっき通った人の事」
いきなり、出していた指で自分の胸を“つんつん”突く桂に
“もう”と思うと
「桂、たまたま、花屋の人が通ったからちょっと挨拶しただけじゃないか。焼きもちなのか」
自分の顔を“じーっ”と見ながら
「玲、他の女の人に“あいそ”しないで言ったのに」
そう言って、今度は、指を胸に押し付けてきた。
“まいったなーっ、これじゃ、桂と一緒に外歩けないじゃないか”どうしようもない甘えに
「分かった。もう帰ろう」
さすがに“ちょっと”っと思った玲は、その後、言葉を出さないまま、桂を家に送った。玄関で何も言わない幼なじみにゴルフバッグとウエアや靴の入った袋を渡して
「じゃあ」と言うと
門の方に向かった。
“玲のばか”心の中でそう言いながら背中を見ているとそのまま門の外に消えた。
玄関が開く音がしたので出てきた桂の母親は、娘の顔を見て、そばにあるゴルフ用具を見ると
「あら、玲ちゃんは」
母親の顔を見るなり、
「知らない」
と言って、玲に買って貰ったゴルフ用品はそのままに二階に行ってしまった。
後ろ姿を見ながら“どうしのかしら”と思いながら玄関に置かれたゴルフ用品を見ていた。
玲は桂を送った後、やりきれない気持ちでいた。言葉には表せない気持ちだった。その気持ちのままにまた、世田谷総合運動場のゴルフ練習場に行くとやや通路よりの方に席を取って今日する予定だったメニューを練習し始めた。
一通りのルーティーンメニューが終わり、椅子に座っていると練習場とテニスコートの間の通路をあの女性がプール方向からゴルフ練習場方向に歩いてきた。
玲は、練習をそのままに通路と練習場が交差する入口に向かった。ほんの少し待っていると、自分の視線の中に彼女が入った。
向こうもこちらが分かったらしい。歩みを緩めるとゆっくりと頭を下げて歩いてきた。そのまま玲のそばを通り過ぎようとした時、
「あのっ」
次の言葉が出ないままに見つめていると、何も言わないままに歩く女性にもう一度
「あのっ」
と言うと歩みを止めて玲の顔を見て少しの間の後、
「私ですか」
と聞いてきた。何も言わないままにそうしていると
「何か」
そう言って不思議そうな顔をしながら立ち去ろうとする女性に
「あのっ、少し話できませんか」
弥生は、“何を言っているんだろう”と思った。何も分からずにそのまま、していると
「時間ないですか。すみません、いきなりで」
何も理解できないままに、そのまま状況を理解しようとしていると相手の言葉に少しだけ身体を止めた。そのまま、相手の瞳を見ていると
「もしよかったら、中にあるショップでいかがですか」
まだ、理解できないままに“コクン”と頷くとそのまま歩いた。
カウンターでコーヒーを頼むと空いている席に座った。相手もテーブルの反対側に座るとそのまま何も言わず自分の顔を見ていた。
「なにか」
弥生はそう言うと
「いつも来られるんですか。ここ」
意味も分からない質問に黙っていると
「いきなり声をかけてすみませんでした」
そう言って、自分の前に有るコーヒーを口にすると視線をそらした。
弥生は、なんで声をかけられたのか分からないが、花を買っていくれた、お客様と思うと
「この前はありがとうございました。花は元気にしていますか」
一瞬、玲は“ドキッ”とした。“花は元気にしていますか”、自分の中になかった言葉を消化できないまま
「はい、でも少し葉に白いモノが」
「もう少し、水を上げて頂けますか。それででなくるとおもいます。後、白いものがついた葉は、取ってあげてください。大丈夫です。その方が花は喜びます」
「そうですか」
そう言いながら下を向いえていると“ふふっ”と笑いながら
「葉月玲さん、ですよね」
自分の名前をいきなり言われて“はっ”としながら
「澤口弥生さん、ですよね」
と言うと自然に頬がゆるんだ。
そのまま、時間が流れた。十分に長いほんの少しの時間が流れると
「澤口さん、今度時間を取って頂けないでしょうか」
その言葉に“じーっ”と相手の顔を見ると理由も聞かないままに
「いいですよ」と答えた。
「どうすれば連絡とれます」
“えっ”と思いながらさすがにスマホの電話番号を伝える気にもならず
「花屋に電話頂ければ」
そう言って相手の顔を見ると少し困ったような顔をした。そのままにしていると
「すみまません。お店の電話番号知らないんです。この前頂いた受取票、お店に置いてきたので
“あっ”と思うと自然にポケットに手が行った。自分のプロフィールにタッチすると
「これに掛けてください」
そう言ってそのまま、目の前に座る人に見せた。
あまり会話がつながらないままに分かれると、弥生は、駐輪場に置いてある自転車に乗って、家に戻った。
ベッドに横になりながら、今から思うとなぜそんなことを言ったのか分からなかった。“なぜっ”自分でも分からないままに弥生はいつの間にか睡魔の虜になった。
「ただいま」
「お帰りなさい。早かったわね。桂ちゃんは」
桂と会った時はいつも遅くなるはずの可愛い息子が、夕食前に帰ってきたことに少し不思議に思いながら顔を見ると、ちょっと不思議な顔をしていた。
「玲、どうしたの、何かあったの」
母親の心配をよそに
「何にもない。自分の部屋にいる」
そう言って、二階に上がって行った。息子の後ろ姿を見ながら、“どうしたんだろう”と思いながらキッチンに戻った。
“疲れた。桂のやつ、焼もち焼きすぎだよ。あれじゃとても・・”自分自身の心の中にいつの間にか妹という対象から少しだけ変化したモノを見つけると“どうしよう”という思いになった。
ソファに座りながら横になるといつの間にか、さっきまで目の前にいた人の顔を浮かんできた。
“澤口弥生”、玲は自分でも分からないままに心の中にしっかりと居場所を見つけているこの名前に、まだなにも気付いていなかった。
翌週の水曜日、弥生は七時に“あかねの花屋”を出ると千代田線で隣駅の表参道で降りた。ふだんは、このまま田園都市線に乗って桜新町まで行くが、今日は約束があった。
待ち合わせの場所に行くとすでに、相手は待っていた。
「すみません、待ちました」
「いえ、今来たばかりです」
「お店、予約しています。いきましょうか」
初めてなのに、抵抗感のない会話に弥生は、心が和んだ。
改札を出て少し歩いた、普通の今風の居酒屋だった。個室になっている。
「最近、こういう風なお店が多くなりました」
「よく来られるんですか」
「ここだけではないですが、会社の仲間とはたまに飲みます」
「そうですか」
店員にオーダーした飲み物が運ばれてくると
「はじめまして」
「はじめまして」
玲は微笑みながら生中を“ぐっ”と飲むと弥生もグラスビールに口を付けた。“結構可愛いな”そう思いながら、もう一口飲んだ後、テーブルに生中を置くと弥生もグラスを置いて
玲の顔を見た。理由が分からないままに誘われた弥生自身もなんとなく会いたいという気持ちにはなっていたが、
「あの、今日何かお話が」と言うと
「いえ、ただこうしてお会いしたくて」
本当は、こうして会えば自分自身の“なぜか気になっている”気持ちがはっきりするだろうという理由だった。だからはっきりした理由などない。少し黙っていると店員が料理を運んできた。
弥生は、二人の取り皿にサラダを取り分けると片方を玲の前に出した。皿を持っている手が、柔らかくとても綺麗な手をしていた。
「なにか」
「えっ」
「私の手を“じっ”と見ているので」
「いや、“綺麗な手だな”と思って」
「そんなことないです。いつも鉢やお花を触っているので、維持するの、大変です」
冷静に考えれば花のそばに入れる生活は、うらやましい限りだがと思うと
「でも花と一緒の仕事、うらやましいですね。素敵ですよ」
暗に弥生の事を含めて言ったつもりだった。他愛無い話に玲は、ビールからお酒に変えた。
弥生が“じっ”と見ているので
「飲みますか」と聞くと
軽く頷いて微笑んだ。
「強くはないんですけど、香りが好きなんです」
“へーっ、珍しいな。香りが好きだなんて”そう思いながら、店員に頼んだもう一つの小さなグラスに入ったお酒を飲む弥生を見ているとつい、胸に視線が行った。
“結構大きいんだな。気がつかなかったけど”そう思いながら視線を外すと気が付かれたのか、少しきつい目をした後、微笑まれた。
「葉月さんは、日本酒好きなんですか」
「はい、もちろん日本酒だけではないですが」
二時間も経つとさすがに、酔いがまわって来たらしく“時間だな”と思うと
「澤口さんはどちらに住んでいるんですか」
「田園都市線の桜新町です」
「えっ、僕は用賀です」
“なんという偶然だろう”と思うと
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
玲は、会ったら心の中にこの人が居る理由が分かるだろうと思っていたが、何も分からずにいた。ただ、また会いたいという気持ちだけが残った。
桜新町の駅に着くと一緒に降りた玲は、
「家まで送ります」
「大丈夫です。まだ時間早いですし」
確かに時計を見るとまだ、一〇時前、遅いという時間ではなかったが、やはりと思うと
「では、途中まで」
そう言って、弥生の瞳を見た。
「分かりました。では途中まで」
そう言って、弥生は歩きだした。何も語らずに二人で歩いている。弥生は、なぜか心が和んだ。もう少し一緒にいたいな。そう思いながら歩いていると、家の近くまで来ていた。
あと、ワンブロックで自分の家だ。
「もう、この辺で結構です。すぐそばなので。今日は誘って頂きありがとうございました」
そう言って、“ぺこん”と頭を下げた後、“にこっ”と笑った。玲が自分の顔を“じっ”と見ている。“どうしたのかな”と思いながら自分も相手の瞳を見ていると
「今度、また会って頂けますか」
“えっ”と思った。今日会った理由もあいまいになったままだが、自分の心に“もう少し”という思いがあったのですぐに
「はい、私もそう思っていました」
玲の顔を見て嬉しそうにしている。
「では」
と言って歩き出そうとすると
「あの、いつ」
自分の顔を見ながら言う言葉に
「葉月さんの心のままに」
そう言って、家の方に歩いて行った。
後ろ姿を見ながら“まいったな、完全に心にいる。どうしよう”そう思いながらも自分も家の方に歩きだした。ここからならば一五分も歩けば着く。思ったより近い距離に少し嬉しさを感じていた。
弥生との食事の後、偶然にも弥生の住んでいる町が自分の住んでいる町の隣だと知ると、玲は家に送ることを提案します。家に送った後、玲は、心の中にしっかりと居場所を見つけている彼女に気付きます。弥生も心の中に・・・・
次回、新しい進展があります。お楽しみに。