第三章 雨音 (1)
いつものように電話をかけて来た桂。いきなりの桂の言葉に戸惑いながらも玲は、いつもの我がままと思うと仕方なく付き合うことにした。土曜の朝、桂を向かいに行くと玲は、桂の思いもよらない行動に驚きますが。
第三章 雨音
(1)
「玲、今度の土曜日、何か用事ある」
いつものように木曜日の夕方になるとかかってくる桂からの電話に玲は
「うん、ちょっと」
「ちょっとって」
少し黙った後、
「ゴルフの練習と水泳に行く」
「えーっ、玲、ゴルフとかするの。水泳は知っていたけど」
「うん、お父さんに言われて練習している」
スマホの向こうで少し静かになると
「玲、私に教えて。ゴルフ」
桂の言葉に一瞬言葉を失うと
「だめ」
「いや・・・、駄目じゃないけど」
「じゃあ、土曜日連れって。練習」
桂は、体一つで遊園地にでも行く感覚で答えたのが分かると
「桂、簡単に言わない。ゴルフは、色々道具が必要。それがないと出来ない」
「じゃあ、玲、買って」
一瞬、滑りそうになりながらいつもながらの桂の言葉に
「うーん・・。分かった」
「じゃあ、今度の土曜日ね」
内心、“えーっ”と思いながら、いつもの桂の甘えに心を和ますと“仕方ないか”そう思って、諦める事にした。
「わかった、車で迎えに行くから。いつもの時間に」
「うん、ありがとう。玲」
急に嬉しさが広がった桂は、
「じゃあ」
と言うとスマホの終了ボタンをタップした。
スマホを置いて、デスクの前にあるデッサン用の大きなスケッチに目をやると電話を聞いていた薫がいきなり声を掛けた。
「桂、ゴルフ道具買ってもらうの。今度の土曜日」
「うん」
「えーっ、いいな。桂の彼、お金持ちなんだ」
その言葉に“キョトン”とした顔をしていると
「まさか、いくら掛かるか知らないの」
「えっ」
「“えっ”じゃない。ゴルフ用具って大変なのよ。ドライバー、フェアウエイウッド、アイアン、ウエッジ、パター、ボールはもちろん、靴やウエアも全部揃えないと受けないのよ」
言葉が分らないままにまだ不思議そうな顔をする桂に
「そうね、全部で、最初は三〇万位するのよ」
「三〇万、えーっ」
今になって、驚く桂に
「さすが、お嬢様ね。でもゴルフ知らないんだったら仕方ないか。でも羨ましいな」
その言葉を最後に自分のテーブルに置いてあるデッサン用のスケッチに目を戻すとまた、薫は、作業を進めた。いまは、次の作品の思考の時期になっている。
薫の言葉に“そうか、まあいいや”と思うと外を見た。小雨が降っている。“土曜日、上がってくれるといいな”と思いながら自分もスケッチに目を戻した。外からは、雨音が聞こえていた。
「弥生、コーヒー美味しいね」
「ありがとう」
窓の外に降る雨に少し“少しくらい止んでくれたら”と思いながら自分で入れたコーヒーを楽しんでいた。
窓の外にあるバラが風で“ふっ”とこちらを向く。まるで“私と一緒に遊ぼう”と言っているように微笑んだ。
弥生は、バラの花を見つめながら、外を見るとなぜか“あの時の事”が目の前に浮かんだ。
「すみません。僕のせいで。この鉢の花買います」
「いいです。私が、転んだのがいけなかったので」
なぜか、少しだけ心が温かくなった。“ふふっ”と笑うと、またバラの花を見た。“君は彼なの”。一瞬だけバラが微笑んだ気がした。
「やよい。や・よ・い」
「えっ」
「えっ、じゃないわ。どうしたの。最近そのシチュエーション多いわよ」
「えっ、なにが」
「何がって。一人で一点を見ると“ふふっ”と笑う姿。どうしたの」
あかねの言葉に自分でも理解できない“心の揺れ。心の襞に何かが触れた感じがした”
“うっーん”と手を上に伸ばすと
「さっ、店先少し揃えよ。売れた鉢の隙間が寂しそうにしている」
そう言ってコーヒーカップに入っている少し残った、まだ温かみのある琥珀色の液体を喉の奥に流し込むと花をメイキングする台のそばを離れた。
“やよい”心の中で、昔からの友達のほんの少しの動きの違いに何かあかねは、心にかかるモノがあった
玲は、車から降りると飾り門の右にあるインターフォンを押した。
何も答えずに飾り門のロックが解除される音が聞こえると
「どうぞ、いらっしゃい玲ちゃん」
滑りそうになる言葉に“しかたない”と思うと門を開けて中に入った。少しだけ歩くと玄関の扉が開いた。
「いらっしゃい。上がって」
“えっ”という顔をして
「桂は」
と聞くと
「今、準備しているから、少しリビングで待っていて」
見なれているはずの桂の母親の優しい瞳を見ながら
「分かりました」
と答えると、躊躇なく玄関を上がった。玄関からまっすぐ廊下が続いている。
玄関を上がってすぐに左側にリビングがある。子供のころから知っている。玲は、何も考えずにリビングに入るとソファに座った。
待つ間もなく、桂の母親がコーヒーを持ってくると
「あの子、どうしたのかしら。最近、玲ちゃんの事ばかり」
そう言って、暗に“桂を考えてくれないの”という視線を送ると、玲は少しだけ顔を赤くして下を向くと
「ふふっ、ごめんなさい。コーヒーを飲んで」
そう言って、母親がリビングを出て行った。
玲は、“ふーっ”と思いながら桂の母親の入れたコーヒーを口にすると“いつもながらうまいな”そう感じながらもう一口、喉の奥に流すと、やがて桂が二階から降りてきた。
「玲」
本当にうれしそうな顔をしながらリビングに入ってきた桂は、やわらかく淡いピンクのワンピースを着ていた。その姿に
「桂、素敵だよ」
と言うと嬉しそう顔をして、玲のそばにくるといきなり抱きついた。
「玲」
しがみつかれたのか、抱きつかれたのか分からない状況のままにそのままにしていると桂が顔を上げて玲の瞳を見つめると目をつむった。
“まいったな、こういうときどうすればいいの”そう思いながら、桂の顔を見ているとまた、目を開けると少だけ見つめてまた、目を閉じた。
仕方なく、両腕を上げて桂の二の腕当たりを優しく支えるように触りながら、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ唇を触れさすと、まるでマシュマロの様な柔らかい感触があった。
一瞬、桂の身体が緊張したようになった。そしてゆっくりと合わせてきた。
“桂”そう思いながら少しだけそうしていると。桂がゆっくりと目を開けて唇を放した。そしてもう一度強く唇を合わせると思い切り玲の身体にしがみついた。
とても長い、ほんの一瞬が過ぎると目をまた開けて、頬を玲の胸に預けるように抱きしめた。そしてもう一度顔を上げると
「玲、ありがとう」
そう言って恥ずかしそうに身体を放した。
「玲、行こう」
と言ってリビングを出た時、足音を聞いて出てきた母親が、玲の顔を見るなり、嬉しそうな顔をして
「玲ちゃん、桂に拭いてもらいなさい」
そう言ってリビングに入って行った。桂は、玲の顔を見るなり“あっ”と思うと、自分のバッグからティッシュを出して、下を向きながらティッシュを持った手を玲の顔の前に出して
「玲、これで唇拭いて。ごめんなさい、気付かなかった」
その姿に“まさか”と思って渡されたティッシュで唇と拭くと
「あーっ」
その声にリビングのコーヒーカップを片づけていた桂の母親は微笑んだ。しっかりと拭いた後、桂に確認させて、玄関に向かうと
後ろから
「桂、行ってらっしゃい。玲ちゃん、宜しくね」
そう言って、本当に嬉しそうな顔をして二人を送り出す桂の母親に“もう”と思いながら
「行ってきます」
と言うと、玄関を出て飾り門のそばまで歩いた。
桂が後ろを振り返って一瞬だけ“微笑む”姿に玲は気が付かずにそのまま門を出ると桂を助手席に乗せた後、自分は運転席に回った。
世田谷通りを環七方向に走りながら
「桂、少し証明したから」
そう言って、横目で助手席に座る、とても可愛い幼なじみを見ながら言うと
「うん、嬉しい玲。もっと証明してくれてもいいよ。桂いつでも心の準備出来ているから」
その言葉に、一瞬、心臓が飛び出そうになると、都合よく止まった信号待ちで助手席に座る女性を見ながら左手の人差し指を出すと
「急がない。“僕は、桂のそばを離れない”と言っただろ」
そう言って“にこっ”と笑った。
桂は嬉しそうに頷きながら
「うん」と言うと
ちょうど信号が青になったのを機に車を進めた。環七と世田谷通りの信号を左に曲がるとそのまま、流れに乗った。
たまに行く新宿の南口にあるスポーツショップで桂のためにゴルフ用具とバッグやウエアを買うと、お昼になっていた。
「桂、お腹空かない」
「空いている」
「じゃあ、食べてから練習行こうか」
「練習」
分からない顔をする桂に
“えーっ”と思うといつもの事を思いながら
「桂、いきなりじゃ、できないよ。練習場で練習して、ある程度打てるようになったらコースに出る」
「コース」
またまた、滑りそうになりながら
「コースと言うのは、ゴルフコースのこと。実際は、とても広い所でプレイするんだ」
「広いとことだったら、問題ないでしょ」
どうしようもない状況に玲は、あきらめると
「桂、とりあえず、昼食を取ろう」
そう言って買ってあげたゴルフ用品を自動車のトランクに入れると桂を助手席に乗せて走らせた。
練習は世田谷区の総合運動場の中にある練習場が家の近くだと思うと玲は、甲州街道を環八まで走らせた。
環八を左に曲がり少し行くと左手にある少し“こじゃれた”レストランの駐車場に車を入れた。
「桂、ここでいい」
言いながら助手席に座る幼なじみを見ると、見返しながら
「うん、いいよ」
と言って、微笑んだ。
入口を中に入ると店員が
「何名様ですか」
と聞いたので、左手で人差し指と中指を立てると“にこっ”として
「こちらへ」と言って先に歩いた。
「玲、久しぶりだね。こういうところ入るの」
「そうかな」
「だって、玲と車で買い物と言うといつもデパートか、ブティックでしょ。そうするとどうしても、玲はそれなりのところに連れて行ってくれるから」
「だって、桂と一緒だと、やっぱり“それなりのところに連れていかないと”と思うと、ねっ」
「あら、嬉しいな。玲は、そんなに私の気を使ってくれていたの」
玲は滑りそうになりながら“わがまま娘”と思うと
「桂」
と言って、人差し指でおでこを突くふりをした。
“へへっ”という顔をすると
「知ってたわよ、玲。でも、こういうところもたまにはいいね。新鮮な感じがする」
またまた、滑るりそうになりながら“ふーっ”という思いを頭に浮かべると
「あっ、玲、いま私にあきれたでしょう」
「えっ」
「えっ、じゃないわ。顔に書いてある“あきれた”って」
“えーっ、やばいな。桂をお嫁さんにすると大変そう”そう思いながら目の前に座る幼なじみの可愛い顔を見ていると店員が、オーダーした料理を運んできた。
食べながら
「桂、玲のお嫁さんになったら、きちんと節約するから心配しないで。大丈夫だから」
一瞬、喉を通りそうになったスパゲティが止まったようにつかえると、つい自分の胸を叩きながらグラスに入っている水を飲んだ。
「桂、いきなり言わない。スパが喉に引っ掛かったよ」
「でも・・。玲が桂の事、浪費家とか思われるといやだし」
“もう”と思いながら
「桂、分かったから、食事しよう」
目の前に座る可愛い女性に諭すようにいうと、また一口、スパを口に入れた。
桂は、玲のお嫁さんになることは、必然と思っている。しかし玲は、桂の事を大切な妹と見ている。桂のいつものわがままも大切な妹の言葉と聞いていた。さてこれからどのような進展が。次回もお楽しみ。