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雨音は恋のしずく  作者: ルイ シノダ
3/11

第二章 瞳の中に (1)

あかねと一緒に世田谷花市場で仕入れた花を”あかねの花屋”に運んだ弥生は、ちょっとしたことから玲の名前を知る。そして玲も弥生の名前を知った。

いよいよ、恋の神様のいたずらが始まります。

第二章 瞳の中に


(1)

「あかね、今日はずいぶん仕入れたね」

「うん、昨日もずいぶん売れたし。鉢ものを買ってくれるお客様多かったから」

「そうだね」

二人で、今流行のロングのミニバンに世田谷区花市場で購入した鉢物や切り花、そして付帯の用品を入れた。

 あかねは、助手席に弥生が乗ると車を動かした。まだ少し朝が早いので環八から世田谷通りに入った。二四六まで出ると大周りになる。通勤時間は混む世田谷通りも今の時間なら空いている。

「弥生、家に一度戻る。一人で下せるから」

「なに言ってるの。それに家に帰って通勤電車乗るならこのままお店に行ったほうが楽だもの」

あかねは、“ちらっ”と隣に座る弥生の顔を見ると微笑みながら

「まあ、その通りだね」

と言うと

「じゃあ、お店に行ってお花降ろしたら、おいしい朝食食べよ」

「分かった」


弥生の家のそばを通り過ぎ、ちょうど世田谷駅の当たりから少し、雨が降ってきた。

「ありゃ、雨だ」

「最近降っていなかったら、ちょうどいいよ」

「でも雨降ると人通りが少なくなる。ただでさえ、風吹いている通りなんだから」

少し困った顔をしながら運転するあかねに

「うーん、じゃあ、雨小降りになるようにお願いしようか」

あかねは、“何を言っているの”という顔をして

「誰に頼むの」

「“ふふっ”、内緒。ちょっと昔からの付き合い」

「えーっ、なにそれ」

「まあ、いいじゃない。でも降る前だったら、まだ何とかなるのだけど。降り始めてしまうと」

隣に座る昔からの友達が何を言っているのか理解できないまま、車は、渋谷を過ぎて行った。

六本木交差点を左に曲がり東京ミッドタウンの信号も左に曲がると“風の道”に入った。

お店の前でミニバンを止めると雨が少しだが、小降りになっていた。

「あら、弥生のお願い少し効いたのかな」

それには答えずに微笑むと助手席から降りて荷台に載せてある花をお店の中に入れた。


「雨か」

玲は傘を差して歩き始めると駅のほう向かった。田園都市線用賀駅に入る階段を眼の中に認めながら、“ずいぶん変わったな”と思った。

“昔は、駅前は、土が盛ってあって、道路もなかった。夏祭り楽しみだったのに”何気なくそう思いながら電車に乗った。

 表参道で乗り換えれば国立芸術会館は、隣駅の乃木坂。でも玲は、わざわざ青山一丁目まで行くと大江戸線に乗り六本木で降りた。地下鉄を降りて階段を上がると東京ミッドタウン。ついこの前、桂を連れてそばにあるホテルで食事をした。

 今日は、なぜか“風の道”を歩いて行きたかった。傘を差して信号を渡ると前から軽く風が吹いている。雨は、少しだが濡れないように前かがみに傘を差しながら歩いて行くといきなり何かがぶつかった。

「あっ」

と声を出した時は遅かった。いきなり傘の前に現れた誰かが、転ぶのを傘の中から見た。

「あっ、すみません」

傘を閉じてすぐに起こそうと手を差し伸べると、この前の女性ひとが、しゃがみ込む様に膝を道路についていた。横には、鉢が転がっている。

「いけない、割れちゃった」

目の前にある手につい、つかまって起き上がろうと手の主の顔を見ると一瞬“ドキッ”とした。心の中で“この前の人だ”と思うとすぐに手を放そうとしたが、逆に強く捕まれ引き揚げるように起こされた。

「すみません。僕のせいで。この鉢の花買います」

そう言って、割れた鉢を元に戻すよう様にくっつけると弥生の前に差し出した。

「いいです。私が、転んだのがいけなかったので」

「いや、買います。買わせてください」

「でも、鉢が割れています」

「鉢だけ交換できませんか。もちろん交換の鉢代も払います」

「でもっ」

「どうしたの、弥生」

弥生が振り返るとあかねがお店の奥から出てきた。玲は、頭を下げて事情を話すと

「仕方ないわ。でもせっかく買って頂けるなら、鉢代はうちが持ちます。それでよいですね」

「はい」

「弥生、じゃあそうして」

「あかねがいいというなら」

そう言って、玲から渡された鉢をお店の中に持って行こうとするその後ろ姿に

「すみません。これから国立芸術会館に行くので、帰りに寄ります。それまで置いといて頂けますか。先に代金は払います」

「分かりました。では、中に入ってお名前と連絡先の電話番号だけ書いてください」

あかねが言うと頭を“コクン”と頷かせて玲はお店の中に入った。花特有の色々な花のにおいがする。奥のカウンタで自分の名前とスマホの電話番号を書くと

弥生は、それに自分の名前を書いて受取伝票を玲に渡した。


“葉月玲と言うんだ。この人”

“澤口弥生っていうんだ。この人”

二人で同時に思いながら弥生はその伝票を渡そうとして玲の顔を見た。瞳に自分の顔が映っている。

玲は、伝票を受け取ろうとして弥生の顔を見ると瞳に自分の顔が映っているのが見えた。

一瞬、二人で下を向くとお店に入ってきたあかねが

「どうしたの」

そう言って不思議そうな顔をした。玲は、なんとなく恥ずかしくなって伝票をあかねの手から受け取ると足早にお店から出た。まだ小雨が降っている。玲は傘を手に足早に国立芸術会館の方に向かった。

伝票を取られた手がそのままにその人のその後ろ姿を見ていた。何か分からない心の中に“キン”とするものがあった。

「弥生」

「えっ」

「えっ“じゃないわ。どうしたの。知っている人」

「いえ、あの・・」

そう言いながらこの前の国立芸術会館でのことを話した。

「そうだったんだ。だから不思議そうな顔をしたのね。弥生、縁かもよ」

「まさかー、それにこの前、お店の前を、素敵な女性と歩いていたもの」

「えーっ、なんでそこまで見ているの」

「いやっ、つい表を見たら歩いていた」

あかねは、“ふふふっ”と笑うと

「そう」

そう言って、また鉢を外の段に並べ始めた。


 玲は、小走りに国立芸術会館の正門前まで行くと左手にある傘立てに傘を入れて鍵を取ると、中に入った。左方向に歩くと桂が椅子に座って待っていた。

 視線が合うと桂がすぐにうれしそうな顔をした。

「玲」

声を掛けながら近付くと

「玲、どうしたの、手に土が付いている」

「あっ」

と言うと、“あかねの花屋”の前での出来事を話した。

「そうだったの。大変だったわね。でもまた、花を買ったのね。縁あるね、花に」

そう言って微笑むと右腕に巻いてあるピアジェの素敵な時計を見て

「今日は時間がある。ゆっくり見られるわ。私の作品の感想聞かせて」

そう言って、玲の手を引くように一階にある展示室に向かった。


なぜか弥生は、頭の中に“葉月玲”の文字が浮かんでいた。消そうとして消えない。自分でも“どうしたんだろう”と思いながら店先の花を手入れしていた。

「まだ、雨が降っている。止みそうにないね。この雨」

「うん」

 誰が付けたか分からない通りの名前“風の道”。今日もやわらかく風が吹いていた。雨がまるで絵を描くキャンパスの様に降っている。


「花屋さんによってから帰ろうか」

桂は、玲と一緒に国立芸術会館の三階にあるレストランで食事を取っていた。最後に出されたデザートを食べながら

「玲、この後、どうする。今日は土曜だし」

瞳の中を覗き込むように目の前に座っている幼なじみを見つめながら言うと

「うーん、特に考えていない。桂は」

「玲と一緒だったら、別にどこでも」

“こまったな。家に連れて帰るわけにも行かないし、桂の家に行くわけにも行かないし、かと言って雨では、街をぶらつく気にもならないし”頭の中に何もよい考えが浮かばないまま、黙っていると

「玲、何か言って」

またまた“うーん”思って悩んでいると

「ねえ、どうするの」

「桂、家に帰らなくていいの」

「玲は、私と離れたいの」

「いやっ、そういう訳じゃ」

少し困ったか顔をすると目の前に座る幼なじみが、寂しそうな顔をして

「玲は、この前、ずっと私のそばにいてくれる。私を守ってくれるって言ったでしょ。あれは嘘なの」

ほとんど涙が瞳から溢れそうになりながら言う桂にすぐに自分のハンカチを出すと

「嘘じゃない。分かったから涙拭いて」

「ほんと」

「うん、ほんと」

「じゃあ、証明して」

「またっ」

「またってなによ。まだ何も証明してくれてないよ」

「だって、この前、二子玉のデパートで言ったじゃないか。“急ぐことないよ。ずっとそばにいるから”って」

「じゃあ、一緒にいて」

「分かりました」

仕方ないという顔で言うと、渡されたハンカチをそのまま返して自分のバッグからティッシュを取りだすと軽く目元に当てた。

「私あまりお化粧しないほうだけど、目元はさすがに擦るわけにはいかないから。ハンカチありがとう」

そう言って“にこっ”と笑った。笑顔がとても可愛い。玲もつい微笑んだ。

「玲、今年二七だよね」

「そうだけど」

「私の年齢は」

「僕より三つ年下だから今年で二四。大学を出て二年目だね。ところでどうして年齢のこと聞くの」

「玲、お母様がねっ、“玲だったらお嫁に行っても良いわよ”って言っていた」

言った後に下を向いた桂は

「玲は、どう思う。お母さんの言葉」

“うわっ、まいったな。直球で来たよ”

「桂・・」

「返事できないの」

下を向いたままにしている幼なじみを見ながら“困ったなあ、いいよなんて言ったら、話進めちゃいそうだし、桂のことだから”そう思っていると

「そうね、急にこんなこと聞いても玲が困るだけだよね。ごめんね」

作り笑顔をしながら言う桂に

「桂、僕はいつも桂のそばにいる。桂を一生守る」

少し間を置くと

「でも、“一緒になる”ということは、別のことだよ。桂のことはなんでも知っているつもりだけど、まだ分からないこといっぱいあると思う。桂だって同じだろ。桂が僕のこと、幼い時からずっと一緒だからなんでも知っているつもりでも、桂が分からないこといっぱいあると思う」

また、間を置くと

「桂は僕にとって、とても大切な女性ひとだけど・・」

そこまで言って言葉を切ると自分の顔を“じっ”と見ている幼なじみが、声を出さずに

「・・・・・・・・・」

と言った。

“桂は玲のお嫁さんになりたい”自分の思いを声に出さずに言うとまた、“じっ”と玲の顔を見た。瞳に自分だけが映っている。“玲、分かって”そう思いながら、そのままにしていた。


時が流れた。とても長い一瞬が過ぎると玲は、桂の視線を外さないようにしっかりと見て

「桂は玲のお嫁さんになりたい」

目の前に座る幼なじみにから聞こえた声に思わず瞳から涙があふれてきた。さすがに今度は、自分のハンカチで目を押さえた。そして

「玲」と言うと涙が溢れた。

「桂、気持ちは分かった。でももう少し時間がほしい。桂が嫌いとかじゃなくて、ううん、取っても大切、でも・・」

それだけ言うと目にハンカチを当てている幼なじみを見た。何も言わずに頷く桂に

「出ようか」

そう言って席を立った。


透明のエレベータを利用しないでレストランを出て右手に行くとエスカレータに乗った。

降りながら下を見ると気持ちよいほどに広く見える。大きく側面全体がガラスをまとい大きな力を感じる。

二階に下りてまた右手にくるりと回るとまた、エスカレータに乗った。景色が変わる。今度は洒落た雰囲気の景色になっている。玲は、国立芸術会館のエレベータ降りるだけの事になぜか、不思議な気持ちになった。

「玲どうしたの。不思議そうな顔をしている」

「えっ、いや、実際に不思議だなと思って」

「何が」

「エレベータから見える景色」

「ふーん、玲、結構絵心あるかも。私と一緒に表現してみる」

「いや、それは無理だ。とても桂の足元にも及ばない」

「当り前でしょう」

エスカレータの一段下に乗りながら玲を見上げて言う桂は、微笑みながら答えた。入口に置いてあった傘を取って差すと左手に歩いた。

通りに出ると、朝と風が変わって今度は赤坂方面から吹いている。“なぜだろう”と思いながら、朝の失敗をしないように注意しながら傘を前に立てて歩くと今度は、ぶつからずに“あかねの花屋”まで来れた。

傘を畳んで入口に入ると弥生と視線が合った。弥生は、

「あっ」と声を出すと、花を整理する台の横に置いてある鉢を持ち上げて

「少しお待ちください」

そう言って、鉢をラッピングし始めた。

「結構きれいな花があるね」

背中から声をかける桂に

「うん」

と短く答えると

自分も置いてある花を見た。台の上に大きな胡蝶蘭がきれいに咲いていた。

「桂、見てごらん。きれいだね。あの胡蝶蘭」

「わーっ、綺麗」

少し、玲に寄り添いながらうれしそうに言う桂は、ちらりと鉢の花をラップする女性を見た。綺麗とか可愛いとかというより何か惹かれるものを感じた。

「お待たせいたしました」

桂は、その声に玲の顔を見る女性の視線の先に立っている玲の顔を見ると

“えっ”明らかに花屋の女性の視線にしっかり合わせている。つまり見つめあっていた。

玲は、弥生の視線に答えるように瞳を見ながら花を受け取ると

「ありがとう」

そう言って、弥生の手に少し触った。

弥生の身体に一瞬だけ電気が走った。“ドキッ”とした感じで手を引こうとして逆に玲の手を握るようになった。ただそのまま手を引くと

目の前の男性ひと

「ありがとうございます。朝の事は本当にすみませんでした」

そう言って“にこっ”と笑うと鉢を入れてある袋の手持ち部分を握った。

「いえ、こちらこそ、すみませんでした」

少し恥ずかしそうな顔をして言う弥生を見ると玲は、笑顔のまま

「では、失礼します」

そう言って背を向けると桂が少し怖そうな顔をして立っていた。“なんだろう”と思いながら花屋の入口を出ると雨が上がっていた。


玲と弥生の行動に焼きもちを焼く桂。女性の感は鋭く、正しい。桂の思いを受けながら、玲は弥生の事が頭から離れません。そして弥生も。

次回もぐっと進みます。

お楽しみに。

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