第一章 風の道 (2)
玲に思いを寄せる桂は、自分の気持ちを玲に表すが、玲はまだ気持ちが定まらない。あかねの花屋を経営するあかねは弥生のそばに何か不思議なものを見ますが・・・・
第一章 風の道
(2)
「玲、どうかしたの」
「えっ、なんで」
「花屋を興味深そうに見ていた」
“すごい、桂というか、女は直感力があるのかな。でもまあ、特に何にもないし”頭の中で関心ながら目の前に座る幼なじみを見て
「ううん、きれいな花あったら桂にプレゼントしようかなと思って」
心にもないことを言ったのが後の祭りだった。
「ほんとー。うれしい。じゃあ明日、花屋に行こう。今日通った道にある花屋じゃなくて表参道にある第一園芸。いっぱいあるから。ねっ」
自分の口の失態を知った時は、すでに遅いと感じていた玲は、桂の行動力を今更ながら感じた。仕方なく
「いいよ」
と言うと
「わーっ、やったあ、お母様に言おう」
「えっ、なんで」
「うれしいから」
急に幼子の面を出す桂に少し呆れながら微笑むと
「玲、これお代りしたい」
目の前のアルコールもほとんど入っていない空になったカクテルグラスを指でさすと玲は、腕時計を“ちらっ”と見た。
「九時か、そろそろ帰らないと」
「まだいいよ。玲と一緒だもの。お母様も、玲のお母様も心配していないよ。ねっ」
「わかった」
そう言ってボックス内のバーテンに手を挙げて呼んだ。
結局、桂を自宅まで送ったのは一〇時を過ぎていた。玄関で頭を下げて遅くなったことをわびると桂の母親は嬉しそうな顔をしながら
「いいのよ、玲ちゃんだったら、泊ってきてもよかったのよ」
立ちくらみがしそうな言葉をかけられると、顔を真っ赤にして
「帰ります」
と言って玄関のドアを閉めた。
「玲ちゃん、大人っぽくなったわね。どんなお話ししたの」
「うん、特になんともない話。そうだ、明日、玲が私に花を買ってくれるって約束してくれた」
「ほんと、よかったわね」
可愛い娘を“じっ”と見ると
「桂、もう二三ね。玲ちゃんだったらいいわよ」
突然の言葉にさすがに桂が下を向くと
「ふふっ、まんざらでもなさそうね。あなたが二十歳を過ぎたころから玲ちゃんを意識していたの知っているわよ」
「えーっ、どうして」
「顔に書いてあるもの。玲ちゃんと会うときのうれしそうな顔、誰だってわかるわ」
桂は下を向いたまま、自分の部屋のある二階に上がった。
部屋の扉を閉めるとドレッサーの前に座って“じーっ”と見た。
「玲」
幼なじみの名前を呼ぶと自分の顔を見た。ゆっくりと手を首の後ろに回してネックレスを取るとブラウスのボタンをゆっくりと上から一つずつ外した。
かわいいピンクのブラが見えた。自分の胸を両脇から支えると“玲だったらいいのに”そう思いながら手をスカートの左に持って行った。
「お母さん、ただいま」
玄関に出てきた母親が
「遅かったわね。きちんと桂ちゃんを家まで送って行ったの」
「当たり前です」
少し真面目な顔をして言うと
「桂ちゃんのお母さんから連絡あったわ。明日もデートするんだって」
そして、“ふふっ”と笑うと、
「お風呂あいているわよ。入りなさい」
そう言って自分の寝室に戻って行った。
玲は、二階にある自分の部屋に入ると着替えながらなぜか頭の中は、幼なじみのことではなかった。
“名前なんて言うんだろう”自分自身がなぜそう思うのか分らなかった。
玲は月曜日、会社に出るとスマホが震えた。ポケットの中から取り出してディスプレイを見ると“桂”と表示されていた。
玲は、“なんだろう”と思ってタップすると“玲、お花ありがとう”それだけ書いてあった。“おかしいな。いつもならこんなメール送ってくるはずないのに”そう思いながら
返信をタップして“気にしなくていいよ。桂の喜ぶ笑顔が好きだから”そう書いて送信をタップした。
桂は、アトリエで次の作品の構想を考えていた。昨日、玲から買って貰った花が、アトリエに置いてある。さっきも花を見てメールを送った。今までは洋服を買って貰ってもその時だけのお礼で済ませた。でも最近何か違って来た。自分でも“どうしたんだろう”という思いがある。でも“気持ちに素直に”そんな思いでいた。
デスクに置いてあるスマホが震えた。“誰だろう。玲だといいな”そんな思いでディスプレイを見ると玲と表示されている。頬がゆるむとすぐにタップした。
“気にしなくていいよ。桂の喜ぶ笑顔が好きだから”。思い切りうれしくなった。
心が浮いているのがわかる。スマホを自分の胸に抱くと小さい声で“玲”と言った。
「桂、玲って」
「えっ」
「頬赤くして何うれしそうな顔しているの。スマホ胸に抱いたりして」
アトリエを共同で借りている薫が、桂の態度に反応した。
“ふふっ”と笑うと
「ちょっとね」と言ってスマホを置いた。
「桂、何かあったの。彼が出来たとか」
薫を“じーっ”と見ながら
「ううん。でも何かちょっとね」
「桂、それって恋の病だよ」
「病」
薫は“ふふっ”と笑うと
「桂、今日は早く切り上げて夕飯一緒に食べようか」
一瞬、結果が見えた桂は、断ろうと思ったが、薫の言葉に“まあいいか”と思うと
「うんいいよ」と答えた。
「弥生、おはよう」
「あかね、おはよう」
「今日も風が吹いているね」
「うん、でも何かちょっとだけ今日の風はさわやかな感じがする」
「そう、私には、わからないけど」
そう言って花を店先に出しながら通りを見る弥生の横顔を見た。あかねは一瞬だけ何か、そう何かが弥生のそばに立って微笑む姿を見た。分からない。人とは思えない美しい姿だった。その姿が微笑むと弥生の体に何かをまとった。その瞬間その姿が消えた。
あかねは眼をこすった。“えっ”、もう一度弥生を見た。何も変わらない。ただ通りを見ていた。
「弥生」
「えっ」
「弥生、今何か」
「えっ、何を言っているの。花を出して一瞬だけ通りを見ただけだよ。どうしたの」
「いえ、でもそばに」
「どうしたの。あかね」
“夢だったのかな”と思うと自分も店先に花を出し始めた。
「あかね、今日はよく売れたわね。明日、市場で仕入れるお花多いよ。二人で行かないと」
「弥生ありがとう」
微笑みながら答えるあかねは、朝の出来事が消えていた。
「弥生、もう帰っていいわよ」
「ううん、今日はあかねと一緒に帰る。この前、早く帰ったから今日は最後までいる」
「そう、ありがとう」
“ふっ”と弥生を見ると何か惹かれるような気持ちになった。
「お母さん、ただいま」
「お帰りなさい。もうすぐ御飯よ」
弥生は、夕飯の後、部屋に戻ると心の中に何か詰まるものがあった。“なんだろう”と思いながら
「お母さん、お風呂先にいい」
「いいわよ」
一階に下りてお風呂場に行くと鏡に映るいつもの自分の姿を見た。“ふふっ”と笑うとゆっくりとブラウスのボタンをはずした。後ろに手を回しながらクリーム色のブラのホックをはずすと右のストラップをはずし、ゆっくりと左のストラップをはずした。ブラをとると少し大きめの胸が鏡に映った。スレンダーな身体に少し大きめの胸が強調されている。
少しだけ見ると、今度はスラックスの前ボタンをはずした。ゆっくりと左足と右足を抜くと、同じクリーム色のパンティに手をかけた。
“どうしたのかな”なにか違う違和感を感じながらお風呂に入り、体を洗うと湯船に入った。大きな胸が少しだけ浮いている。
胸を両方の手で両脇から持ちながらまた“ふふっ”と笑うと思い切り頭を湯船の中に潜らせた。
つぶっていた目を少し開けると一瞬だけ何かが見えた。分からない。羽衣のようなドレスをまといながら微笑む人のような姿を見たような気がしたが、すぐに頭を湯船の上にあげるとその映像は消えていた。
不思議な感覚を覚えながらお風呂を出ると髪の毛を乾かし、キッチンで冷たい水を飲むと自分の部屋に戻った。
ドレッサーの前に立って、素敵にくびれた腰を手で押さえながら少しポーズをとると、パジャマに着替えてベッドに入った。
「弥生さん」
誰かが声をかけた。振り返ると国立芸術会館であった男の子が立っていた。
「えっ」
微笑むその子は、いつの間にか消えた。そしてまた、意識がなくなった。
「弥生、もう朝だよ。起きないと」
「うーん」
と言いながら伸びをすると“あの夢なんだったんだろう”そう思いながら、起き上がるともう頭の中から消えていた。
「玲、今度国立芸術会館で展示がある。出品するから見て」
「いいけど」
前のことを思い出すと少し迷った感じで言う玲に
「今度は私も一緒に行ける」
「そうか、じゃあ、見れるね」
「うん」
玲は桂に誘われて、二子玉川にある高島屋の買い物に付き合わされていた。
「玲」
その言葉だけを言うと“じっ”と目の前に座る人を見た。静かな時間が流れた。
「玲、私のこと好き」
いきなりの言葉に玲はいつものわがままと思うと
「うん、桂のこと大好きだよ。大切に思っている」
視線を外さずに自分を見る桂に“どうしたのかな”と思いながら可愛い顔を見ていると
「じゃあ、証明して」
意味のわからないことをいうと思うと
「証明してと言われても・・こうして桂に誘われた時は、必ず会うし。桂の言うことなんでも聞くし・・」
相手の言葉の意味が分からないままに答えると
「そういうことじゃない」
視線を外すと下を向きながら
「きちんと証明して。私が好きだってこと」
玲はいつもと違う感じに戸惑いながら答えに詰まると
顔を上げた桂が、
「私を一生守ってくれる」
「えっ」
意味がなんとなく分かりかけた玲は、
「桂」
と言うと目の前に座る人を“じっ”と見た。
素直に答えればいいことだが、いつもの感じで言うこととは違う感じがあった。少しだけ時間が流れると
「いいよ。桂のこと一生守ってあげる」
「本当」
「うん、本当」
実際、玲は桂のことを大切に思っていた。自分が三才の時に生まれた。やがて月日とともに両親が、仲が良いことが理由でいつも一緒にいた。桂は玲が入る小学校、中学校、高校、大学といつも同じところを歩いてきた。そして玲はいつも桂を守った。
高校くらいから、人より秀でる可愛さが、桂の周りに色々なことを引き寄せたが、いつも玲がそばにいて守ってくれた。
玲にとっては、かけがえのない妹のような存在だった。そんな感覚でずっと来た。今もそうだ。桂のわがままを聞くのは自分の義務に思っていた。ただそれは男と女の恋愛感情ではなく、兄妹のそれだった。
「じゃあ、証明して」
「えーっ。桂。こうやっていつもそばにいるじゃないか。桂のこといつも守ってきたよ」
「違う」
強い言葉に少し驚くと、目の前に座る幼なじみの可愛い顔を見た。何も言わないままにお互いに見つめあった。時間が流れた。
「なんか焼けるな」
「うらやましいわ」
「私たちもあんなとき有ったわよね」
「そうだね」
“えっ”と思って周りを見ると二人の周りの人が自分たちを見ているのが分かった。顔を赤くしながら
「桂、出よう」
顔を赤くしながら目配せで“うん”と言うと玲は、桂の買った洋服のバッグを持ってテラスに出た。再工事中で機材が積まれていたが、十分に歩けるスペースはあった。
桂は“ふふふっ”と笑うと玲の手を握った。一瞬だけ躊躇すると桂の手を握り返した。桂が寄り添うように体を寄せてきた。
頭の中で考えがまとまらなかった。本当はまとまっているのかも知れない。でももう少し時間がほしかった。
花がきれいに咲いている花壇の前のベンチに座ると
「桂、いつも一緒だよ。急ぐこともない」
「でも」
「大丈夫。僕は桂のそばを離れないから」
隣に座る玲の顔を“じーっ”と見つめると
「本当だよね。じゃあ、ちょっとだけ証明して」
そう言って目をつむった。玲は“どうしよう”と思うと自分の唇に人差し指を置いてその後、桂の唇に人差し指を当てた。ゆっくりと目を開ける桂の瞳を見ながら横を見た。
玲の視線の先を見ると周りの人が自分たちを見ているのが分かった。
「今日は何度だっけ」
「高熱注意報が出るんじゃないか」
「多分」
周りの会話にまた、顔を赤くすると、今度は、玲が桂の手を引いて本館の中に入った。ちょうど駐車場との連絡通路になっている階である。桂の手を引くように歩くと
「玲、ごめん。でも・・」
助けを求めるような瞳で言葉を小さく言う幼なじみに
「いいよ、もう帰ろう」
そう言って、車の助手席のドアを開けた。
奔放で移り気な美と愛の女神アフロディーテに微笑まれた弥生。これからの弥生の運命は。そして桂の玲への思いは届くのでしょうか・・
次回をお楽しみに!