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雨音は恋のしずく  作者: ルイ シノダ
1/11

第一章 風の道 (1)

友人のあかねが経営する花屋”あかねの花屋”に勤める弥生。ふとしたことから玲という男の子に声を掛けられます。いきなりの言葉に弥生は答えもせず、足早に玲のそばを離れました。

いよいよ始まります。

第一章 風の道


(1)

“ふっ”と横を見ると風の中に誰かがいた。弥生は、自分の頭を心持上げて、もう一度よく見ると道路の反対側に男の子が立っていた。

“だれか待っているのかな”そう思いながらも“こんな風の強い日に“とまた考えると、やがてその子は、右手のほうに歩いて行った。

 少しだけ後姿を見ていると

「弥生、もう終わったの」

「もうちょっと」

国立芸術会館から赤坂に向かう通りにある花屋で軒先に並べてあった花を風が強いという理由でお店の中に入れることになって、片づけていたのだ。

「どうしたの。もう片付いたかなと思ったら、“ぼーっ”と通りを見ているんだも。どうかしたの」

 優しく声をかける店主兼友達のあかねは、そう言うと自分も店の中に花を入れ始めた。

花を入れ終わると、花を置いてあった台を店の奥に持っていくと、

「弥生、今日はもう帰っていいわ。仕事にならないよね。人通りも少ないし、今日はもうお店閉める」

「えっ、まだ五時だよ。閉店まで一時間ある」

「だって、さっきから誰も通らないし」

「仕方ないよ。風の道だも。ここの通りは」

本当は、“芸術通り”と呼ぶ正式な名前が付いているが、なぜか幅一五メートル、長さ四〇〇メートルの道は、いつも風が吹いていた。周りの通りは全く無風の時でも。

 そしていつの間にか、人はここを“風の道”と呼ぶようになった。

「わかった、じゃあ、お言葉に甘えて今日は帰るね」

お店の中に入り、事務室の奥にあるロッカーで着替えると弥生は、店の裏から表通り“風の道”に出た。

 弥生は、国立芸術会館の下にある地下鉄の駅向かう為、お店を出ると右に歩いた。かぜが正面から吹いている。“いつもより少し強いな”と思いながら国立芸術会館の前に来ると立ち止った。

いつもなら左に迂回しながら地下鉄に乗るが、今日はまだ閉館前。“館の正門から入れば、近道で行ける”そう考えると足を右方向に向けた。

歩きながら顔を上に向けると大きなガラス窓が一面に張られ、圧倒的なボリューム感を出している。正門を入り、正面口に入ると正面左側に簡単なステラが設けられている。閉館時間も近いのに結構人が座っていた。

そこを通り過ぎ、右側のスリットされた部屋のすでに閉まっている展示ブースを横目で見ながら地下鉄の方向に向かうと“えっ”さっき、花屋の店先で見かけた男の子が立っていた。すでに閉まっているブースの入り口にある案内板を“じっ”と見ていた。

横目でその子を見ながら通り過ぎようとすると

「あのっ」

その子が自分の方を見ながら声をかけた。弥生は、一瞬立ち止まって右と左を見て更に後ろを見て誰もいないことを確かめると、右手人差指で自分の顔を指し

「私」

と言って、その子を見た。

「あの、この展示会、何時まで」

何を聞いているのか理解できないまま、少し不安を感じた弥生は過ぎ去ろうとすると

「すみません。展示会、何時までと開いているんですか」

国立芸術会館まで来る人の質問と思えない一言に疑問の目を向けると

「入口の案内で聞いたら」

そう言って、足早に弥生は過ぎ去った。何か、違和感があった。自分とは何か違う違和感。

そのまま、地下鉄側の出口を抜けると地下鉄へと急いだ。地下鉄への階段を下りる前に後ろを振り向くと、さっきの子がいないことに少し安堵しながら地下鉄に向かった。

 乃木坂で乗って表参道で乗り換えると三軒茶屋で世田谷線に乗る。いつもながらのノンビリに平常心が戻ると急に“何だったんだろう”と思い始めた。“でも、知らない人に声をかけられることないし”と思うとそのまま、忘れることにした。


 弥生は、家に着くと飾り門を開けて、少しだけある階段を上った。右に小さなお庭がある。今は、ちょうど色々な花の隙間時間だ。ゼラニュームだけが真っ赤な小さい花びらを咲かしている。

 玄関の扉に鍵を入れて開けると

「ただいま」

「お帰りなさい。今日は早かったわね」

 玄関に出てきた母親が言うと

「うん、あかねが一時間前なのに“もう今日はお店閉める。帰っていいよ”っていたから」

「そう」

そう言って、母親はまたキッチンに戻って行った。


「間に合わなかったか」

すでに閉まってしまった展示室を見ながらつぶやいた。“明日は何時から開くんだろう”そう思っているところに、さっき花屋で見かけた女の子が歩いてきた。

「あのっ」

“キョトン”としている女の子にもう一度

「あの、この展示会、何時まで」

と聞くと怒った感じの顔をしながら地下鉄の改札とつながっている通路の方に歩き去って行った。

仕方なく、もと来た正門からまた出ると後ろを振り返りもう一度見上げた。“国立芸術会館また、今度来るか”そう考えると、風の道を赤坂方面に歩いて行った。


「玲、今度、私の所属している第一芸術協会の展示会が国立芸術会館であるの。見に行ってみて」

「桂の展示」

「うん」

「分かった。でも桂が行く時、ついて行くよ」

「だめなの、今回の展示の期間は、仕上げないといけないものがあって」

「そうか、じゃあ一人で見てくる」

幼なじみに言葉を思い出しながら、時間も聞かずに来たのがよくなかった。

“仕方ない。桂に謝るか”そう思いながら国立芸術会館の正門を離れると来た道を戻り始めた。

 会館の前は、無風なのに通りに出ると来た時ほどではないが、風が流れていた。通りを歩きながらふと見ると“あかねの花屋”とシャッターに書かれたお店を横目に見た。


玲は、地下鉄に乗りながら、なぜかさっきの花屋の女の子のことが頭に残っていた。

“誰だろう”考えることもないままに頭に浮かべながら地下鉄のドアの外に移る暗闇を見ていた。


「桂、ごめん。見れなかった」

「ううん、いいよ。もうスマホで聞いたから」

向かい合って座る女の子というよりもう女性と呼ぶ年齢になっている幼なじみの可愛い顔を見ながら玲は、何とはなしにコーヒーカップの中にあるコーヒーとカップの壁に横たわる泡を見た。

「玲、いつも視線を外すのね」

その言葉にほんの少し頬を緩ますと

「そんなことない。ほらこの泡、大きいのや小さいのが固まって壁についている。それがいくつもある。なんとなく不思議に思えない」

玲の言葉に自分のカップを覗くと確かに泡が付いていた。

「これ、何か楽しい」

「えっ、でも何気なく」

「もう、きちんと私を見て」

カップから目を離し、前に座る女性をもう一度見た。輝くほどに手入れされた髪の毛が肩から胸にかけて伸びている。少し切れ長の大きな目。“すっ”と伸びた形の良い鼻に可愛いく輝いている唇。

透き通るようなきれいな肌が喉元から胸元にかけて見える。胸は大きくもなく小さくもない。今日は、少しブルーの入ったブラウスにブルーのシンプルのスカートをはいている。胸には素敵なペンダントが輝いていた。

 桂は、二十歳を過ぎたころからなんとなく玲を意識し始めた。大学も途中までは、幼なじみという感覚でしかなかったが、突然何かがひらめいたように玲を見るようになった。

「もう、見てといってもじろじろ見ない。エッチ」

そう言って今度は顔を下に向けた。“ふふふっ”と笑うと今度は、顔を上げて

「玲、今日の夜。二人で外食しようか」

「えっ、だって、今映画見終って、まだ三時半だよ」

玲は、一昨日、桂から電話をもらった。“今度の土曜日、見たい映画があるから一緒に行ってほしい”というのである。

“いつものわがまま”と思って付き合うことにした。“桂は次の作品を仕上げた後、少し気分を変えるつもりだろう”と思うと“わかった”と言って、今日会っている。

 玲は、桂を年下幼なじみと見ていた。二十歳前までは、男の子のようなかっこをしていたが、二十歳を過ぎたころからずいぶんと洋服やお化粧を気にするようになった。

“まあ、年頃かな”程度にしか見ていなかった。そんな気分で今日も会ったから、映画を見た後は、帰るものと思っていただけに玲はちょっと驚いた。

「桂、お母さんが心配するよ」

「大丈夫、今日は玲と映画を見に行くと言ったら、“そう楽しんで来なさい”と言ってたわ。玲ならお母さんも安心している。玲は私と会うこと言っていないの」

「いや、今日は桂と映画見てくると言ってある」

「じゃあ、二人ともスマホすれば問題ないよ。ねっ」

と言って、シャネルのバッグからスマホを取り出すとスクリーンにタップして

「あっ、お母さん、今映画、玲と見終ったところ。玲と今日は夕飯一緒にする。・・うん、そんなに遅くならない。じゃあ」

桂は昔から考えると行動に移るのが早かった。いきなり電話をしたと思うと“にこっ”と笑って

「玲もして」

有無を言わさないいつものしぐさに仕方なくポケットからスマホを取り出すと

「あっ、お母さん。今映画見終ったところ。桂が夕飯一緒に食べたいと言っている・・えっいいの。分かった。じゃあ」

“ふーっ”とため息つくと

「“桂と楽しんで来なさい”だって。うちのお母さんも桂のお母さんも完全に喜んでいる。もうっ」

そう言ってスマホをポケットに入れた。

「それはそうだよ。幼いころから気が付いたら玲がもう私の目の間に居たんだから。玲は、私のボディガード兼、彼よ」

「えーっ。彼」

「なによ、それ。私じゃいやなの」

頬を膨らまして“ぷーっ”とした顔を見ながら

「いや、いやいや、そうじゃなくて、桂はずっと幼なじみだし」

「当り前でしょ。幼なじみは“ずっ”とだから幼なじみ」

今度は笑うように言うと玲の顔を“じっ”と見た。

「玲、まだ、三時半。ここから芸術会館まで三〇分位で行けるから一時間位は見れるよ。行こう」

“行かない”とは聞かずに“行こう”と言う桂のわがままが、玲は好きだった。

「分かった」

そう言うと席を立って伝票を持って会計に行った。


地下鉄の連絡通路から入館すると、まだ多くの人がいた。玲は“へーっ、結構ギリギリまで居るんだ”そう思いながら桂と一緒に歩いているとこちらを見てお辞儀をする人がいた。桂も軽く会釈をしている。

「桂知っている人」

「うん、第一芸術協会の人」

「ふーん、有名人なんだ」

“ふふっ”と笑うと

「そうじゃないわ。顔見知りがいたら会釈をするのは、当り前でしょ」

「まあ、そうだけど」

 展示室は、この前と同じように閉まっていた。桂は、右手にある休憩フロアを横目に見ながら通り過ぎると左手に回りながら下りのエスカレータに乗った。

“どこに行く気だろう”と思って付いていくとエスカレータに乗りながら下を見た。色々置いてある。“へーっ”と感心しながらエスカレータを降りると

「玲、これ可愛いよね」

壁に掛けてあるバッグを指さしながらうれしそうな顔をして見ていた。大きく時計方向に回りながら見ているといつの間にか五時を回っていた。

「玲、東京ミッドタウンに行こう」

“えーっ”と思いながら桂を見ていると何も言わずにせっせと前を歩いている。“わがままだな”と思いながらもエスカレータを上がり大きくガラスでデザインされた正面の玄関を出ると左手に歩いた。

 急に風が吹いている。この前も吹いていた。国立芸術会館の前は吹いていないのに。“なぜ”と思いながら隣を歩く桂を見ると

「玲、この通りはね。“風の道”と呼ばれているの。いつも風が吹いている。それも方向が決まっていない。赤坂方向から吹くときもあれば芸術会館の方から吹くときもある」

「“風の道”」

玲は不思議な顔をして桂を見ると

「うん、本当は“芸術通り”というんだけど」

桂の言葉を耳に受けながら“ちらり”と左を見ると“あかねの花屋”と書いた看板の店先に鉢がいっぱい置いてありきれいな花を咲かせていた。“今日は、いないのかな”なんとなく見ながら通り過ぎて行った。


弥生は、店の奥から外を見ていると“あれっ”この前、自分に声をかけた人が、可愛い女性と歩いている。“ふーん”と思いながらも歩く姿を見ていると

「弥生、どうしたの」

いきなりあかねに声をかけられると

「えっ、なんでもない」

そう言って、今日売れた花と明日仕入れる花をノートに記入していった。



玲は幼なじみの桂から呼び出され映画の後、夕食を誘われます。映画の後の時間で国立芸術会館まで行った足で”あかねの花屋”の前を桂と一緒に歩いているところを弥生に見られた玲。でもまだこれから始まる二人の関係は誰も知ることはありませんでした。

次回は玲と桂のちょっとラブロマンスです。

お楽しみに

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