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其の五

 ――其の五 Spatialize――


 目の前に立つ自分自身に、嫌悪を覚える。自分と全く同じ存在である事を厭という程に肌で感じていた。確かに、違いはあるが、その存在感や視線は間違いなく漣のものと同じだった。

 歩み出る漣に、敵が眼を細める。

 これで漣がレギオンを倒せれば、センター・ゾーンでの戦いには決着がつくのかもしれない。この状況で、レギオンが漣を倒せば、恐らくは三対一での戦闘になるだろう。そうなった時、澪那達は『漣』を倒せるのだろうか。

 恐らく、倒せてしまうだろう。マテリアライズの能力に対して、最も弱点となるのが同じマテリアライズなのだから。互角とは言えない。身体能力はレギオンの方が明らかに上なのだから、マテリアライズで創り出したものを武器として肉弾戦をすれば、同じものを武器にしても、漣の方が不利になるのだ。

 そう、漣だけが不利となる。

(……負けたくない)

 正直にそう思った。

 ここで自分一人だけがレギオンに負けるというのは恥だ。たとえ、相手が生物であっても。

 レギオンは、いわば人造人間と呼べる域に達しているのだ。

「……」

 無言で、両手に拳銃を創り出す。

 相手が漣のコピーであるという事は、生身の強度は人間と同じ程度か、多少上回る程度しかないはずだ。そうなれば銃弾で撃ち抜けないという事はない。他に思いつく大抵の武器で殺傷は可能だ。

(奴が俺と同じなら、どう動く――?)

 目の前で『漣』が両手に拳銃を創り出し、漣と同じように立っている。互いの出方を探っているのだ。

 一番最初からセンター・ゾーンへの召喚を受けていた漣のコピーだけあって、漣の思考パターンも最も記憶されている。そうなれば、最も手強い相手だ。

(……ちっ)

 内心で舌打ちする。

 恐らく、レギオンはカウンターを狙っているのだ。漣の能力は物質を創り出し、敵の死角からも攻撃が可能なものである。ならば、敵に先手を打たせて死角を作り出し、反撃を行った方が確実だ。恐らく、『漣』は相手が動くまで決して動こうとはしないだろう。

 意を決し、漣は足を踏み出した。漣がレギオンに勝つには、自分自身がしないであろう事を考え、繰り返して戦うしかない。そのためにはまず戦闘を始めなければならなかった。

 歩き、駆け出し、左右の拳銃を『漣』へと向ける。発砲し、その場から横へと飛び退く。

 レギオンが横へと回避し、反撃の銃弾を放つ。それを盾を創り出して阻み、敵の背後にニトロの液体を生成した。衝撃という動作を加え、その場で爆発させるが、それを『漣』は人間を超越した瞬発力で空中へと逃れている。空中からナイフを多量に生成し、上空から雨のように降らせてくるレギオンに、漣は盾でナイフを防いだ。盾の死角に生成されたナイフに、更に盾を創り出す。

「――!」

 瞬間、右肩に激痛が走った。

 盾で覆った内側に生成されたナイフが突き刺さっている。左手の拳銃を捨て、そのナイフを引き抜くと盾を周囲に飛ばすようにして移動場所を確保。自分自身ならどこに攻撃を繰り出すかを考え、それを先読みして回避先を決めて動いた。

 その一瞬後を、『漣』の攻撃が通過して行く。

 右肩の出血に大きな絆創膏を創り出して貼り付け、強引に処置すると、着地した『漣』の周囲にニトロをばら撒く。盾を創り出して周囲の爆風を凌いだレギオンが煙幕の中から飛び出してきた。そのレギオンを追うように、爆煙の中からナイフがいくつも放たれる。

「デコイっ!」

 叫び、漣は自分そっくりの人形を目の前に創り出してその場から飛び退いた。レギオンを追い越したナイフが全て漣が創り出したダミー人形に突き刺さる。マテリアライズによって動作を与えられるのは最初の一回のみだ。それを途中で止めてしまえば、マテリアライズではその後の動きを制御できない。

 レギオンが右手に西洋刀を創り出し、その柄に左手を添える。それを振り上げる『漣』の足元を、漣は生成させたニトロで爆破した。

『甘い――!』

 それを寸前で跳躍したレギオンがかわす。上空から向かってくるレギオンにニトロをばら撒き、漣は後退した。ニトロは創り出した盾で全て防ぎ、それを漣へとぶつけるように動作を与え、レギオン自らは着地する。

 盾で視界を塞がれぬよう、その直線上から逸れるように横へと跳び、レギオンへとナイフを飛ばす。背後に盾を創り出して、その方向からのナイフを防いだ。自分ならば、正面からの攻撃に対処されるならば背後から攻める。そう考えられたからこそ防げた。

(……どうにかして、動きも、攻撃も封じられれば――!)

 歯噛みする。

 マテリアライズの能力ならば、大抵の事はできる。身体を束縛したところで、束縛させたものをマテリアライズで破壊されてしまえば、動きを封じる事はできない。攻撃を封じるのも、思い通りの位置にマテリアライズでき、更には任意の動作を一度だけ与えられるのだから、不可能に近いのだ。

『防戦一方だな、どうした?』

 挑発的な声を無視し、漣は考える。

(俺なら、何をされたらキツイ……?)

 マテリアライズでの攻撃に必要だと思うもの。自分の動きが、攻撃も含めて封じられてしまう状態。自分の能力の特性からそれを割り出す。

「……見切った!」

 呟き、自分の模造品を見据えた。

『……?』

 レギオンが眉根を寄せる。それに漣は口元に笑みを浮かべて見せた。恐らく、予測できないだろう、と。

「食らえっ!」

 マテリアライズで生成した爆弾を『漣』の目の前に投げ付ける。それを弾こうとレギオンが腕を振るう瞬間、爆弾が爆発した。漣は目を閉ざし、耳を両手で覆う。

 凄まじいまでの閃光と、鼓膜を破壊するかのような轟音が周囲に放たれる。

『ぐっ――! これは……っ!』

「……ケリ、着けさせてもらうぜ」

 視覚と聴覚を麻痺させられたレギオンに、漣は静かに告げた。

 自分が動きを封じられるとしたら、視覚を潰された時だ。周囲が見えなくなれば、マテリアライズでの対応は一時的にでもできなくなる。それと同時に、身動きも取れなくなる。同じマテリアライズを持つ相手が、周囲に罠をばら撒いている可能性もあるのだ。むやみに動く事はできない。周囲を盾で固めても、先程『漣』がやったように盾の内部に武器を創り出されてしまえば避けようがない。それは、レギオンが自ら指し示した事だ。

「パラダイス――」

 叫び、両手に剣を創り出し、身動きが取れず、手で目を押さえているレギオンへと駆け出す。同時に、レギオンの周囲に無数の剣を創り出し、それをレギオンへと高速で射出した。

『ぐ――がぁぁああああぁっ!』

 無数の剣が全身を貫き、レギオンが絶叫を上げた。

 一瞬遅れて、漣がレギオンの目の前で剣を交差させるように構える。右肩には激痛が走るが、強引に動かしていた。

「――ロストぉっ!」

 紡がれた言葉と同時に、漣が『漣』と交錯した。

 その振り切られた手に剣はなく、レギオンの身体の半ばまで食い込んだところで取り残されている。鮮血が周囲に撒き散らされると同時に、着地した漣が立ち上がり、右腕を水平に薙いだ。

『が……ぁ、そ、んな……馬鹿、な……』

 瞬間、レギオンの身体に突き立てられた剣の全てが爆発する。全身を粉々に破砕され、『漣』は消滅した。

 刃の内部にニトロを仕込んだ剣を創り出していたのだ。

「……勝ったぞ、俺達は」

 駆け寄ってくる澪名達から視線を空中の『闇』へと向け、漣は告げた。

『……人間の底力、確かに見させてもらった』

「お前、何を……?」

 右肩を深冬に治療してもらいながら、漣は『闇』の言葉に眉を潜める。

『これが、生物――変化の力なのだな……』

 何かを噛み締めるように呟く『闇』の声には、敵意や悔しさといったものが全く感じられなかった。

(こいつは、一体……)

 疑問だけが湧いてくる。

 創り出したレギオンを全て打ち倒されたというのに、それに対して動揺していないどころか、漣達の戦いに感動すらしている。異常であり、不自然過ぎた。だが、それの答えなど漣には解らない。

『……お前達を見て、満足した』

 そう一方的に告げると、『闇』はその場から姿を消した。

「なんだったんだ、あいつは?」

 逸也がぽつりと呟く。

 漣達が『闇』に触れられないのと動揺に、『闇』も漣達に触れられないのだとすれば、漣と『闇』は直接に戦う事はできない。そのため、レギオンが倒された事で退いたのだろうか。

「……とりあえず、これで終わりよね?」

 深冬のその言葉に、漣は溜め息を漏らした。


 *


 前回の召喚から四日程が経っていた。あの翌日、漣は澪那と携帯電話の番号を交換してある。勿論、逸也と深冬の番号も交換し、漣と澪那は自分以外の三人に連絡が可能なようにしておいた。ついでにちゃっかりとメールアドレスも交換してあった。

「葵、お前も隅に置けないな」

「は?」

 学校での昼食時、一彦のいきなりな発言に漣は眉根を寄せた。

「ほほぅ、シラを切る気か?」

「その前に何の話だよ?」

 苦笑しながら、漣は切り返す。

「お前、この前女と歩いてただろ。見たんだぜ?」

「どこで?」

「そこの本屋」

「ああ、あの時のか」

 漣と澪那が話していた時の事だと直ぐに解った。

 あの時、一彦も近くにいたという事だろう。

「漣に彼女ができたってのか?」

 一緒に食事を取っていた高山が口を挟んだ。

「今まで彼女がいなかったのが不思議なくらいだもんな。ルックスもそこそこいいし、運動神経も悪くないし、馬鹿でもないし」

「漣って結構告られてるんだぜ? あれ、知らなかったっけ?」

 更に会話に加わってくる山中に一彦が言う。

「嘘! 知らなかったぞ、俺!」

「俺は知ってた」

 本気で動揺する山中に、高山が笑いながら告げる。

 この高校に入ってから、漣は四回ほど女子から告白されていた。そのどれとも付き合っていないのは、漣が全て振ったからだ。その影響でか、告白してくる人数が一気に減っている。

「勿体ねぇなぁ、少しは紹介してくれよ」

「そこまで知り合いにはなってねぇよ」

 山中の懇願を漣は溜め息と共に突っぱねる。

 よくある言葉だが、どうやって紹介しろというのか連には良く解らなかった。

「でだ、今回は漣が付き合ってるって訳だ。大声で言ったらどうなるかね?」

「頼むからやめろ」

 一彦が含み笑いを浮かべながら言うのに、漣は横目で睨みながら告げた。

 クラス内でも、漣に好意を抱いている者は少なからずいるらしい。それに、クラス内に広まった噂は直ぐに学年、全校へと広がってしまう。特に女子に絡む噂は。それが学校の常だ。

 今、どんな弁解をしたところで、漣以外の者には澪那が彼女であると見られてしまう。もっとも、漣自身そう思われてもまんざらではなかったりするのだが。しかし、そんな噂を立てられたら、色々と面倒な事が起こるかもしれない。もっとも、好意を抱いている全員が漣への告白を諦めてくれるならそれはそれでいいとも思うのだが。

「……じゃあさ、ジュース奢ってくれ」

「しばき倒すぞ」

「お、そういう事言うのか」

「こき使われるくらいならバラされたっていい。悪い事してるわけじゃないしな」

 一彦の脅しをかわし、漣は購買で買ったパンを齧った。

「冗談だって」

 笑う一彦を見て、漣は溜め息をついた。

「そういや明日だよな、クラスマッチ」

 高山が小さく呟いた。

 種目は既に決まっている。四人共バスケットボールに出る事になっているのだ。他に一人、漣や一彦とは余り係わり合いがないが、高山と山中とは係わり合いのある男子がメンバーとなっている。

「まぁ、気楽にやろうぜ」

 一彦が言う。

 ふと、漣は外へと視線を向けた。

「……?」

 白い雲と青い空は変わらずにそこにあった。ただ、雲が渦を巻くように青い空の中に浮いているという風景に、漣はセンター・ゾーンの景色が重なって見えた。禍々しくは見えない空に、漣は何だか不吉なものを見た気がした。

「……どうした、葵?」

「ん、ああ、ちょっとね」

 高山の声に、漣は我に返る。

(――あれで、本当に終わったんだろうか?)

 漠然とした疑問が湧いてくる。

 確かに、『光』は『闇』を抑え込めると言った。それに嘘や偽りはないだろう。精神生命体である故か、『光』の声には感情や意思が現れている。それは、確かに真っ直ぐなものだった。

 だが、それにしては『闇』の態度はおかしかい。同一の存在であるならば、互いを感じる事ができるはずだ。つまりは、『光』が『闇』を押し潰そうとする意思は『闇』にも伝わっているはずなのである。にも関わらず、『闇』は漣達の前で余裕のある態度を見せていた。

(……何か、手があるのか?)

 そうとしか思えない。

 しかし、『光』によって力を抑え込まれている『闇』が扱える力はほとんどないはずなのだ。そんな状況でどんな切り札を残しているというのか。

 生じた疑問は消える事なく、帰路についても頭の片隅に置かれていた。

「――漣、どうしたの?」

 掛けられた澪那の声に、漣は我に返った。

 気が付けば、バス停の前に辿り着いていた。この頃は、澪那がバスに乗るまでは自転車を降りているのが日常になっている。自転車に乗っていたならば、クラッシュしていたところだ。

「……『敵』の事でちょっとね」

 周囲を一応見回してから、漣は告げた。

「……やっぱり、気になってたんだ?」

「澪那もか?」

 その言葉に驚いて、問うと、澪那は頷いた。

 不自然だと感じていたのは漣だけではなかったようだ。この分だと、深冬も同じ事を思っているはずだろう。逸也はどうか解らないが。

「最後のレギオンって、言ってたよね?」

「ああ、確かに言ってた」

 澪那の言葉に、漣は頷く。

 前回、漣達のコピーであるレギオンを創り出した『闇』は、それをレギオンの最終形態だと言い切っていた。つまりは、それ以上の性能のレギオンはいないという事なのだ。

「人間よりも、もっと強い生き物だっているのに、それを最後だって言うのは変だと思うの」

「そっか、確かにそうだよな……」

 澪那は漣とは違った面に不自然さを感じていたらしい。

 戦闘能力で考えれば、人間は動物の中でも弱い部類に入ると考えて間違いはない。イヌ科やネコ科の動物の方が戦闘能力としては上のものが存在している。何故、『闇』はそれを選ばずに人間を素材にしたレギオンを最終形態だと言ったのだろうか。

「俺はさ、あいつの態度が不自然だと思うんだ」

「態度?」

「ああ、追い詰められて、前回が最後になるかもしれないっていうのに、余裕があるような態度だった」

 そうして、漣は自分が思っていた事を澪那に述べた。

「確かに、そうよね……」

 澪那もそれに同意するように呟いた。

「確証はないけど、まだ何かあると思う」

「私も」

 そう、言葉を交わしたところで、目の前にバスが停まった。

 澪那が微笑みかけ、漣も笑みを返して澪那をバスに乗せ、見送る。小さく手を振る澪那に、漣は胸の辺りまで手を挙げて応じた。

(……ぼーっとしてちゃいけないな)

 バスを見送って、思う。

 考え込んでいたから、歩みが遅くなった。結果として、澪那との会話の時間が短くなってしまったのだ。次は気をつけようと、漣は思った。

 溜め息を吐き、自転車に乗ると漣は帰路を急いだ。


 *


 真っ暗な視界。何もない空間。自分の身体すら感じられない暗闇の中で、漣は何かが自分の意識に触れるのを感じた。

『……大変な事になりました……私には、もう――』

 感じ取ったのは『光』の意識だった。

 それが急速に遠ざかって行くのを感じながら、漣には何もできなかった。声、思惟を放つ事ができない。まるで、金縛りにでもあったかのように。

 薄れ行く『光』の思惟を感じながら、漣は漠然と理解した。漣はただ眠っていたのだと。そこに『光』が触れ、呼び起こそうとしたのだと。

 気が付くと、漣はセンター・ゾーンに立っていた。

「どうなってるんだ! 俺達は勝ったはずだろ……!」

 逸也が叫ぶ。

 見回せば、澪那も深冬も近くにいた。

「……どうやら、悪い予感が当たったわね」

 深冬の苦笑混じりの言葉に、彼女も同じ事を考えていたのだと漣は確信した。

 終わらなかったのだ。前回の戦闘で。

「どういう事だ! 説明しろぉーっ!」

 空に向かって逸也が叫ぶ。

『……お前達も紛れ込んでしまったのか』

 瞬間、目の前に『闇』が降りて来た。

『――いや、奴が送り込んだのか』

 その意識が鋭くなり、まるで視線で射抜くかのように漣達に向けられる。

「お前、抑え込まれたんじゃなかったのか!」

『……このままならば、明日には身動きがとれなくなっているだろうな』

 逸也の言葉に『闇』が答えた。

 動ける間に手を打った、という事なのだろう。恐らく、漣達が召喚されたのは『闇』の切り札に対抗するためだ。そうでもなければ、漣達がここに召喚される事はない。それに、『闇』も『光』が送り込んだのだと確信しているようだ。

「……お前、何をするつもりだ?」

 漣は問う。

『アンダー・ゾーンへ行く』

「……どうやって?」

 即答した『闇』に漣は更に問いを重ねた。

『……私が、もう一人の自分と決別する術があるからだ』

 その言葉に、漣は気付いた。

 レギオンなど、初めから倒されても良かったのだと。レギオンは尖兵に過ぎない、それはいつも考えていた事だった。だが、その尖兵は元々いなくても良かったものなのだ。

 要は、『闇』がアンダー・ゾーンに侵入できさえすれば良い。そのために、アンダー・ゾーンで自分を存在させる方法として物理的な身体の構築のテストとしてレギオンは生み出されたものなのだ。それは『光』から聞き出していた事でもある。

『……来い』

 言葉が紡がれた瞬間、『闇』の真下の空間に暗闇の球体が現れた。

 その球体はゆっくりと肥大化し、直径二メートルほどの大きさになったところで内側から破裂するように四散する。そして、その中から現れたのは――

「――な……っ!」

 瞬間、漣は言葉を失った。

 そこに立っていたのは人間だった。

 漣達のような日本人ではない。白人種、欧米の人種特有の白い肌に金髪碧眼の男だ。服装はラフなものだったが、もっとも特徴的だったのが、こけた頬と、何かを間違ったものを悟ったような濁った目つきだった。

「レギオンか……?」

 逸也が身構える。

『違うな。れっきとした人間だ。私が召喚した、な……』

「召喚、だと……?」

『同一の存在だ。不可能ではない』

 漣の言葉に、『闇』は答えた。

『私自身が移動するのは封じられていたが、私にも一人ぐらいなら召喚する余裕はあったのだ』

「……戦わせようってのか、俺達と」

 逸也が『闇』を睨み付ける。

「――それもいいかもしれないな」

 男が口を開いた。

 薄く笑みを浮かべた男は見下したような視線を漣達へと向けている。

『……その前に、解っているな?』

「解ってますとも。約束だからね」

 男は『闇』に答えると掌を上げた。

「スペイシャライズ」

 そして、『闇』に掌を向けた男の言葉が紡がれた瞬間、目の前の『闇』がブレた。

 存在そのものがブレたのが感覚として伝わってくる。漆黒の『闇』が、白い『光』へと変わり、点滅するかのように『闇』に戻る。それを繰り返すうちに声が聞こえた。

『そんな、まさか――!』

 漣達を召喚した『光』の声。驚愕し、動揺した声でもう一つの自分へと言葉を放つ。

『そうだ、これで――!』

 今までレギオンを創り出し、『光』と張り合ってきた『闇』が呟く。

 瞬間、凄まじいまでの衝撃が周囲に荒れ狂う。まるで地面に足が接着されたかのように動けず、漣達は衝撃だけを感じていた。そして、その漣達の目の前で精神生命体の意識が二つに分かれていくのを感じ取っていた。

 光と闇が分離する。まるで神話で天と地の創世を見ているかのような錯覚を覚えるほどに、その光景は漣には神秘的に見えた。

 やがて、意識が左右に分かたれる。

「何をしやがった……!」

 最初に口を開いたのは逸也だった。

「精神生命体を空間として捉え、二つに分けた。空間を操るのが私が授かった能力」

 男が答える。

 スペイシャライズ。スペース、つまり空間に干渉するという能力なのだ。

「それで、どうして召喚されたのかしら?」

「私、リーク・トーカスが選ばれたからさ」

 深冬の言葉に、男は自らをリークと名乗った。

「選ばれた……?」

 ピンとこない言い回しに、漣は眉根を寄せる。

「そう、選ばれたのさ。私は神に匹敵する力を手に入れる事ができた」

「……」

 リークの言葉に、漣は言葉に詰まった。リークは基本的に漣達とは何かが違う。人間として、どこかが漣達とは明らかに違う人間だった。だが、狂っているとも思えない。

『ふふ、ははは……』

 分断されたショックで動けなかったと思っていた『闇』が突然笑い出した。

『――これで自由だ! 私は自由になれた!』

 歓喜を感情として感じる。

 その言葉に、『光』が焦りを感じているのが、漣には解った。

 二つに分離してしまったために互いに牽制し合う事ができなくなったという事なのだろう。抑え込む事ができなくなったとなれば、『闇』の行動を抑える事ができない。

 リークの能力は、漣達には触れる事のできなかった精神生命体を空間として捉える事で影響を与える事が可能な能力なのだろう。恐らく、『闇』の切り札はリークだったのだろう。自分を解放する事が可能な能力を与え、それを行使してもらうのだ。

『させるものか――! 今ならまだ――』

『リーク!』

 動き出そうとする『光』を見て、『闇』がリークの名を呼んだ。

「了解」

 告げ、リークが『光』へと手を伸ばした。

 その瞬間、『光』の動きが止まる。『闇』へ向かうように動き始めた『光』が、硬直していた。

「てめぇ――!」

 逸也が重力球をリークへと投げ付ける。

 それをもう一方の手をかざしただけで、リークは重力球の軌道を逸らした。

「無駄さ」

 リークが呟く。

 自分の目の前の空間を捻じ曲げて、重力球の軌道を強引に捻じ曲げたのだ。それだけでも、戦闘に関してかなり応用が利くものだと解る。

 そして、リークが『光』へと伸ばした手を握り締めた。

『――く――!』

 瞬間、『光』が一瞬震えたかと思った直後『光』がその場から消失した。

「……む、逃げられたか……」

 リークが呟く。

 どうやら、逸也の攻撃に一瞬気を取られた隙に、『光』自身が持つ空間干渉の能力を使ってその場から離脱したのだ。そうでもしなければ、リークによって『光』の存在そのものが抹消されていたかもしれない。それだけの力がなければ、存在を二つに分断するという事もできないのだろうから。

『……この場は任せる』

「はっ……」

 リークは口元に笑みを浮かべ、『闇』の言葉に応じた。

 その直後には『闇』の気配が遠ざかって行く。しかし、漣達の持つ能力では『闇』に直接影響を与える事ができない。漣は歯噛みして、それを見つめる事しかできなかった。

「……あいつ、敵なんだよな……?」

 逸也が小さく耳打ちする。

 否定したくとも、できない。同じ人間であるはずのリークが、漣達とは違い、『闇』の側についた。

「さてと、後はこの力を試してみるだけかな」

 リークが呟く。

「お前は、あいつの目的が何なのか知っていてやっているのか?」

「ああ、知ってますとも」

 漣の問いに、リークはいとも簡単に頷いた。

「元々、私は世界に希望なんて持っていなかったんでね、何も問題ないのさ」

「……?」

「ふむ、子供には解らないかな?」

 眉根を寄せる漣に、リークは見下したように溜め息をついた。

「私に与えられた神の力、見せてやろう」

 言い、リークが両手を広げる。

 瞬間的に突風が漣達に襲い掛かった。両足で踏ん張って何とかその場に留まったと思った瞬間、風向きに逆になり、漣はバランスを崩した。

「――くっ!」

 どうにか手を地面について倒れるのを防ぎ、漣はリークへとナイフを投げた。ナイフは途中で角度を変えてリークを避ける。

(――相手は同じ人間だぞ!)

 投げる瞬間に、気付いた。ここで、リークを倒すという事は、現実に存在する人間の存在を抹消する事になる。つまりは、人殺しになるのだ。

 たとえ、誰にも気付かれないのだとしても、それは漣の中では確かな事実として残る事だろう。かといって、攻撃を受け続けるわけにもいかない。

(どうすりゃいいんだ……!)

 今までならば、レギオンさえ全滅させられればアンダー・ゾーンに戻る事ができた。

 しかし、その操作をしてくれているであろう『光』は一時的に姿を消している。リークを倒したところでアンダー・ゾーンに帰れるのかどうかも怪しいところだ。

「迷ってる暇なんて無いわよ!」

 深冬が漣の脇から飛び出して行く。

「ふ……」

 リークが笑んだ瞬間、深冬の歩みが曲がった。

 進んでいる方向そのものが捻じ曲がったかのように、リークへ直進する軌道だったはずの深冬の足が逸れている。だが、それに顔色一つ変えずに深冬はリークへと足を向けた。瞬間、深冬がリークの後方へと移動している。

 空間そのものを捻じ曲げ、深冬を移動させたのだ。

 それでも深冬はリークへ接近しようと踏み込むが、その度に転移させられてしまい、距離が縮まらない。

「ちっ……何かいい手はないのか……!」

 逸也が舌打ちし、呟く。

 重力球を投げ付けたところで、深冬と同じようにかわされてしまうのは目に見えている。そして、下手をすれば自分や味方にその攻撃を仕向けられる恐れすらあるのだ。だが、だからといって何もしないでいるのも厭なのだろう。

 恐らく、深冬が上手く接近できたところで、その格闘攻撃は全て空間干渉で逸らされてしまうだろう。深冬ならばそれぐらいは予想できているはずだ。にも関わらず、攻撃しようとするのは、何かをしなければ状況が変わらないからだ。

(……俺にできる事はないのか?)

 噛み締めた奥歯が小さく音を立てた。

 漣の能力では、太刀打ちできない能力だ。物体を創り出し、それによる直接しかできない漣には、空間そのものを捻じ曲げる事のできる能力は天敵とも言える。物質が作用を及ぼす空間を逸らされてしまえば、直接攻撃は届かないのだから。

「無駄な事をするね、他の皆は諦めているんじゃないのかい?」

 リークが深冬へと言葉を投げた。

「……これが無駄だと思う奴は愚か者ね」

「そうか、愚か者か」

「私の能力じゃあ、あなたに攻撃するには直接攻撃しかないの。だから、こうしている。皆には、それぞれの能力がある。その能力であなたに攻撃を通らせる方法を考えているだけよ」

 深冬が言う。

 澪那や逸也の能力で、リークに攻撃を命中させる事ができるのだろうか。二つとも、空間に作用を及ぼせる可能性は極めて低いものだ。

 確かに、ブラックホールは空間を歪めるとも言われているし、超高エネルギー体も空間を歪めると言われている。しかし、どうにかして空間を歪めたところで、空間干渉で更に捻じ曲げられてしまえば意味はない。

 集中力を消費させ、疲労でダウンするのを待つという長期戦しか、漣には思いつかなかった。だが、それも勝機は薄く、全員で正面から戦ったところで全滅する可能性すらある。

(やるしかない……けど……)

 選択肢は一つしかない。だが、それを選ぶのを躊躇ってしまう自分を振り切れない。

 この戦いは、どちらか一方の死、全滅で終結するものだ。漣達がこの場を勝利するためには、リークの命を奪わなければならない。それを躊躇ってしまう。

「もう黙ってられるか!」

 逸也が飛び出した。

 重力制御で加速し、高速でリークへと突撃して行く。それをリークは一定の距離で転移させ、攻撃を凌ぐ。

「……漣、あの二人は、解ってるんだよね?」

「……ああ」

 澪那の問いに、漣は頷いた。

 二人共、リークを殺すつもりで戦っているのだ。手加減などすれば、それこそ命取りである事を理解している。そして、この場から脱出するためにもこの戦闘を終わらせようとしている。

「俺は……」

 澪那に向けた言葉が途切れてしまう。

 踏み出せないでいるのは、澪那も同じだ。すべき事は解っていても、それは望む事ではない。できるならば、それはしたくない。しかし、漣や澪那が加勢しなくては、深冬や逸也の身も危うい。

「少々飽きてきたな」

 リークが呟いた瞬間、深冬と逸也が吹き飛ばされていた。

「空間を振動させれば強力な衝撃波が、空間を引き裂けばそこにある全てを両断できる。そして、空間を曲げる事もできる。素晴らしい力だ」

 リークが得意気に呟く。

「っきしょお……」

 息を荒げながら、逸也が呻く。

「どうしたものかしらね……」

 深冬も苦笑を浮かべて呟いた。

「……マテリアライズ」

 静かに、漣は唱える。

 もう、これ以上迷ってはいられないと感じた。迷えば迷った分だけ、漣が、仲間が危険に晒される事になる。たとえ望まない事であっても、それを為さなければ何も変わらない。変わるのを待っていても、実際には何も変わらないのだから。

 リークの周囲、全方位にナイフを創り出し、それを同時に射出した。全てのナイフが別の場所に生じ、直進し続けるナイフは空間を曲げられた事によって漣達へと射出されている。漣はナイフが向かってくる方位全てに鉄板を創り出し、防いだ。

 同時に、リークの周囲にドームを形成するように硬質金属で覆い、閉じ込める。その内部にニトロを散布し、ドーム内を焼き尽くす。

「……中々面白い事をするね」

 リークの声が背後で聞こえた。

 振り返った瞬間には、漣は地面に叩き付けられている。見れば、リークが手をかざしていた。空間振動による衝撃波で漣を吹き飛ばしたのだ。リーク自身は、空間に干渉し、密閉空間から別の空間への抜け道を作ったのだろう。

 漣はそのリークの背後にナイフを創り出し、射出する。だが、そのナイフはリークの肌に触れる寸前で掻き消えた。身体の周囲で、バリアのように空間歪曲を保っていたのだ。

「そろそろ攻撃させてもらうよ」

 リークの言葉と同時に、衝撃波が周囲に放たれる。

 起き上がったばかりの漣はそれによって再度吹き飛ばされた。空中で、かまいたちにでもあったかのように身体中に切り傷が生じ、鮮血が舞った。地面に叩き付けられ、転がり、傷痕の痛みに歯を食いしばる。

 起き上がろうと左腕をついた瞬間、その腕に大きな切り傷が生まれた。血飛沫が飛び散り、激痛に耐え切れず、腕の支えがきかなくなる。血溜まりの中に肩から倒れ込む。

「――漣っ!」

 澪那の呼び掛けに、漣は声が出せなかった。

「……ぁぐっ!」

 苦悶の声に、視線を向ければ、立ち上がった逸也の脇腹に深い切り傷ができていた。反対側まで切断されているのだろう傷痕からは夥しく出血し、地面に赤い水溜まりを作っている。

「――うぁっ!」

 深冬の右胸に穴が穿たれていた。貫通した傷痕からは、向こう側の景色が覗いていた。吐血し、深冬が膝を着き、倒れそうになる身体を右手で支え、左手で胸の傷を押さえる。その手の指の隙間から止め処なく血が流れ落ちる。治癒能力を働かせても、一瞬では治せない。

「――!」

 声を発する事もできず、澪那の身体に無数の切り傷が走った。鮮血が周囲に舞い、成す術もなく澪那がその傷のできる衝撃に翻弄される。操り人形のように身体を震わせ、膝を着いた澪那の表情は、自分の身に何が起きたのかを理解していないようだった。

「……ぁ……」

 掠れた声が一瞬聞こえたかと思った瞬間、澪那の身体に交差するように深い傷が刻まれた。仰け反り、仰向けに倒れた澪那の傷口から溢れ出た鮮血が地面を汚して行く。

「――き、さま……ぁっ!」

 両腕で身体を支え、起き上がる。マテリアライズしようと右腕をかざそうとした瞬間、漣は違和感に気付いた。

 右腕が、無かった。

 肩の付け根から切断され、右腕がまるでモノのように地面に転がっている。腕の感覚はまだあると、神経が錯覚している。痛みはまだ感じない。容赦なく流れ出る血だけが、傷を負ったのだと告げていた。

 背後の悲鳴。

 逸也が絶叫していた。身体が斜めに切断されている。噴き出した血が逸也自身を濡らしていく。深冬が悲鳴を噛み殺していた。その身体から心臓が抉り出され、潰される。撒き散らされた血の海に、深冬の身体が何の抵抗も見せずに倒れ込んだ。

 耳に届く、澪那の悲鳴。腰の少し上の辺りで、澪那の身体が分離させられていた。切断されたというのではなく、強引に千切り取ったかのような生々しい状態だった。夥しい量の血が撒き散らされる。

 瞬間、漣の首が意思とは無関係に曲げられていた。否、漣の首は刎ね飛ばされていた。その時にかかったベクトルで漣の首が回っただけの事だ。

 もはや何も喋る事ができなかった。

 ただ、慣性に従って動く自分自身が見る視界の動きに、漣は自分の死を感じ取っていた。意識が薄れゆく。

 前に感じた、身体の感覚が失せていくのとは違う。意識そのものが失せようとしているのだ。この場ではそれが死である事は容易に想像できている事だった。

 魂に形を与えた状態だと、『光』は言った。その状態で、魂が崩壊しようとしているのだろう。それ自体を止める術を、漣達は持たない。

 急速に視界が暗くなっていく。意識が混濁し始め、何も考えられなくなりつつある。それに抗えない。

『――ごめんなさい。私のせいで……!』

 瞬間、霞み行く視界の中に『光』が満ちた。

 暖かなその『光』に包まれても、漣は言葉を発する事ができなかった。

『……やはり、敵も『私』だったのですね。否定しながらも、心のどこかでは望んでいた。だから、完全に抑え込む事ができなかった』

 涙を流している。そう感じた。

 精神生命体であるはずの『光』には、涙という概念そのものがない。にも関わらず、漣は確かに、『光』が泣いているのだと解った。

『私の持つ力を全て使って、あなた達を元の世界に戻します』

 何かが、漣の中に流れ込んでくるのを感じる。暖かな、心地良い感覚が漣を満たす。

『あなた達にかけられたセーフティも外します』

 ただ、言葉だけが漣の脳裏に刻まれていた。存在は感じても、それに漣が反応する事はできず、ただ一方的に言葉を受け取るだけ。

『……お願いします。もう一人の私の存在を、抹消して下さい』

 強い懇願だった。心のどこかでは望んでいながら、それを否定していたのだ。してはいけない事なのだと、思ってはいても、自分自身では抑える事はできなかった。

『――あなた達なら、きっと……』

 薄れていく『光』を感じる。その中に、希望とでも言うべき感情が含まれていたのを、漣は確かに感じていた。

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