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其の三

 ――其の三 Gravitationalize――


 頬杖をついて、漣は授業を聞き流していた。ノートに落書きをし、それを直ぐに消す。そんな事を何回か繰り返して、窓の外へと視線を向ける。今日は天気が良く、空が澄み渡っていた。雲はそれほど多くなく、空の青さが際立つ。

 前回の召喚の時、四体の翼を持つレギオンが仕向けられていた。それを、漣達は全て退ける事に成功している。

 あの時、漣が負った傷は、センター・ゾーンにいる間に治療されたためか、アンダー・ゾーンにフィードバックされなかった。目が覚めた時、出血したような跡もなく、漣は安心した。

 ただ、完全に痕跡がないかと言うとそうでもない。漣の脇腹に、薄っすらとではあるが傷痕が浮き上がっていた。しばらくすれば完全に消えてしまうだろうが、影響はあるのだという事を改めて実感する。

(……敵に手は届かないな)

 そう感じた。

 今の漣達にはあの『光』のもう一つの人格であるという敵と相対する事すらできていない。レギオンを生み出し、アンダー・ゾーンを侵食しようとしている存在に対して、漣達はレギオンを迎え撃ち、殲滅する事でしか抵抗できない。

 いつまで続くのか分からない戦いを、無意味に繰り返しているわけにはいかないというのも漣の考えに間違いない。どうにかして状況を変えなければ、いずれ侵食が完了してしまう気がしてならない。だが、だからといって効果的な手段は思いつかず、レギオンを殲滅し続けるという結論しか出なかった。

「よし、次は葵」

「……!」

 教師の言葉に、漣は我に返った。

 今は現代文の授業中だ。教師の言葉から推測するに、教科書を音読しろというのだろう。しかし、ぼーっとしていたために他の生徒がどこまで読んでいたのか気にしていなかった。

「……次、どこ?」

 隣の席に座る男子に小声で尋ねる。

「九十三ページの……ここから」

 その男子に指し示された行を見て、漣は小さく礼を言うと音読を始めた。教科書に書かれている文章を、流れるように読んで行く。今、授業でやっているのは評論のようだった。内容に関しては、余り興味がないものだったが。

「よし、次は――」

 ある程度読み進めたところで教師が次の生徒を指名する。

 漣が近くの人に読む場所を尋ねていたのは見ていなかったらしく、教師は何も気にせずにそのまま授業を続けた。それに漣は安堵しながら、時計を見る。残りの授業時間を確認し、漣は小さく溜め息を吐いた。

 最近、授業中にセンター・ゾーンの事を考える頻度が高くなりつつある。前々から、考えてはいたが、それも一日に数回程度だった。しかし、仲間が三人、四人と増えてからはほとんどその事ばかり考えている気がする。

(そういやぁ、あの二人はどこに住んでんだろ……?)

 ふと、思う。

 漣と澪那は近い場所に住んでいるせいか、時折出会うが、逸也や深冬とは全く出会わない。近くにいないという事なのだろう。

 これから戦う上で、連絡を取り合えないのはまずかもしれない。もっとも、現時点ではこの争いの事は、召喚される人間しか知らないのだから、このアンダー・ゾーンで情報が得られるという事はないのだ。召喚された時に話し合えれば十分だと言えなくもないのだが。

 チャイムが鳴る。起立と礼をした後で、机に腰を下ろす。次は昼休みだ。

 席から立ち上がり、教室を出る。階段を下りて、購買へと向かう漣を、数人の生徒が追い越して行く。購買は急いだ方が、変えるメニューが多い。しかし、別段急ぐ事もなく、漣は購買に辿り着いていた。

 人が多い。とはいえ、ぎゅうぎゅう詰め、という程ではないが。

 漣は一度小さく溜め息をつくと、群がる人と人の間に身体を捻じ込んだ、締め付けられる事もなく、タイミングよく身体を移動させ、効率良く人の合間を縫うようにして先頭に到達すると、最初に考えておいたパンを手早く確保する。

 今日の予算は三百五十円。それで税込み百円のパンを三つ購入し、人の合間を縫って購買を後にした。

 母親が弁当を作っておいてくれる時もあるが、そうでない時は三百円前後の食費が渡される。もっとも、購買で食事を買う事はそう多い事ではないが。

「お、葵。一緒に食わねぇ?」

「ん? いいよ」

 一彦の誘いに乗り、漣を含めて四人の男子で適当に机に座って食事を始める。

「コンビニで買って来たのか?」

「おぅ、購買は混むからな」

 漣の言葉に、一彦が頷く。

 この高校の近くにはコンビニエンスストアが一つあり、そこからほんの数十メートルの距離にスーパーがあった。一彦の家の方角が丁度そちら側にあるために、時折、昼食としてコンビニ弁当を買ってくる事があるのだ。

 パンを齧りながら他愛のない話をする。

「そういや、クラスマッチの振り分けもしないとな」

 一彦の友人で、漣ともそれなりに仲の良い男子、高山満が言った。

「そっか、もう六月の半ばだもんな。そんな時期か」

 一彦が言う。

 この高校では六月の下旬にクラスマッチと題して全クラスが球技で競い合うイベントがある。種目に出る人を振り分け、それぞれの種目での成績から、総合で優勝のクラスを選出するというものだ。体育が嫌いな人間には最悪なイベントと言えるだろう。

「皆は何に出るつもりなんだ?」

 一彦、満繋がりで漣とも会話を交わすのは山中琢磨だ。

「俺はサッカーにでも出るかなー……んー、どうしよう」

 一彦が呟く。まだ皆何に出るのか決めていないらしい。放っておいても、いずれは決める事になるのだから、別段この場で決める必要もない。単なる話題として、話しているのだ。

 そんなやり取りを眺めながら、漣は昼を過ごした。

 学校の授業が終わり、さっさと外に出た漣は、いつも通り自転車に乗って帰路についていた。掃除をサボったため、時間的にはかなり早い。人数の多くなる掃除場所では、漣は時折サボっている。人数が多いと逆にやり辛い、と勝手に考えての事だ。

(――ん!)

 不意に、前方に二人の女子が見えた。

 一方は澪那だが、もう一方に見覚えはない。状況から察するに、澪那の知り合いだろう。クラスメイトや友人といったところだろう。

 自然と、漣は自転車を降りて二人の後ろを歩いていた。近過ぎず、遠過ぎず、二人の会話の内容がギリギリ聞こえてくる程度の距離を、漣は無意識のうちに自転車を押して歩いている。

 澪那は漣が今まで見た事のない明るい表情で笑っていた。

「――え、嘘でしょー」

 友達の言葉への、澪那のおどけた返答。

「それがねー、ホントなのよ」

 澪那の反応に笑いながら友達が言う。

 会話の内容は、途中から聞き始めた漣には解らない。しかし、それでいいとも思う。漣は二人が何を話しているのか気になったから後ろについて歩いているのだが、どこかで盗み聞きをしているようにも感じていた。もっとも、どの道他愛のない話だろう。

「それでどうしたの?」

「折角だけどって、断ったらしいわよ」

「え、ふっちゃったの?」

 普通に驚いた澪那の横顔が見えた。

「他に好きな人がいるからって」

「そっか、それならそうするわよね」

 知り合いの誰かが告白されたという話題なのだろう。それを二人で話しているらしい。

「じゃあまた明日ねー」

「うん、また明日」

 友達が手を振り、途中で道を曲がって行った。澪那はそこから数十メートル歩いた地点のバス停まで行って足を止める。

 一瞬、漣は澪那に声をかけるのを躊躇った。

 漣と澪那の間にはセンター・ゾーンで共に戦う仲間という以外に繋がりは無い。センター・ゾーンでの戦闘は澪那にとって決して気持ちの良いものではないだろう。そこで起きている事、経験し、感じた事をこのアンダー・ゾーンでも感じたくはないはずだ。もしかしたら、澪那にとって漣はアンダー・ゾーンでは会いたくない人間なのかもしれない。

 躊躇いとは裏腹に、漣と澪那の距離は近付いて行く。普段進んでいる道のせいか、足が止まらない。

「あ、漣……?」

 すれ違おうとした瞬間、澪那が漣に気付く。

「――! よ、よぉ……」

 一瞬、戸惑った。

 澪那の方から漣に話し掛けた事は今までに一度もない。いつも漣が澪那に話しかけていた。そのせいか、漣が話しかけなければ澪那は気付かないだろうと、無意識のうちに思っていたのだろう。

 漣は、澪那をやり過ごそうとしていた。それを自覚して、漣は戸惑った。

「……どうしたの?」

 澪那が首を傾げた。

「ん、いや、何でもない」

 漣の方から話しかけてこなかった事か、それとも漣の態度に疑問を抱いたのか、澪那の言葉に、漣は首を振った。

(まぁ、そりゃあそうだよな……)

 実際のところ、センター・ゾーンでの戦いは決して楽なものではない。あまり気にしていないとはいえ、前回、漣も死にかけたのだから。そんな場所で戦う者同士、そう簡単には心の底から笑い合えないだろう。元々、二人は知り合いですらないのだ。

「……ま、ちょっと考え事しててな」

 不安げな表情に変わった澪那に、漣は言った。

 そこで会話が止まる。

 当たり前だと、漣は思った。いつもは漣が一方的に話し掛けて会話を進めていたのだ。漣が話し掛け、会話を進めなければ、澪那との会話は成立しない。澪那から何か会話を切り出す事はまずないのだから。

 気まずさに、言葉が出ない。

「――あ……」

 どれくらいそのまま突っ立っていたのだろうか、澪那が声を漏らした。

 漣と澪那の前に、バスが止まる。それまで、向かい合ったまま、視線は合わせずに二人はその場に立ち尽くしていた。話す事が見当たらず、いや、あったとしても切り出せなかったのだ。そして、その場を立ち去る事もできなかった。

「……ま、またね」

「あ、ああ……」

 バスに乗る直前、澪那がかけた言葉に、漣はぎこちなく言葉を返した。

(……らしくもねぇ)

 発車するバスを見送り、漣は小さく溜め息をつく。

 いつもの自分らしくない。普段ならもっと自然に言葉が出ていたはずなのに。恐らく、原因は澪那の自然な表情を見たせいだろう。今まで見てきた澪那と、普段の澪那の違いを、その目で見てしまったからに違いない。センター・ゾーンでは見せなかった、澪那の普段の表情。恐らく、その表情は今の漣には引き出す事はできないのだろう。

 もう一度溜め息をつき、自転車に乗ると、漣はペダルを漕ぎ出した。


 *


 いつもの闇色の空間に、漣達は召喚されていた。漣を含めた四人ともがその空間の中にいる。

「……今日は何の用だ?」

 まず、漣は問い質した。

 この場にいる限りは、あの『光』に声が届く。それにはもう気付いていた。

『……まずい事になりました』

 現れた『光』は、そう切り出した。

『大事な事を話しておかなければなりません』

「さっさと言え」

 逸也が吐き捨てるように言った。

 どうやら、逸也は『光』を嫌っているらしい。当然とも言えば当然かもしれない事なのだが。

『……センター・ゾーンは、敵の支配下に堕ちました』

「どういう意味?」

 深冬が顔を顰めた。

『……あなた方も気付いていると思いますが、センター・ゾーンの本来の姿は、現在のようなものではありません。むしろ、トップ・ゾーンに近いものでした。ただ、物質生命体も精神生命体も存在可能なだけの、何も無い空間だったのです』

 その言葉に、漣はいつも見ているセンター・ゾーンの風景を思い出した。

 ガラスのように、あるのかないのか判別し難い地面。こげ茶色の雲が、上空で渦巻いていた。アンダー・ゾーンで漣達が見ている世界とは異質な世界。

 それが本来の姿ではないのだとしたら、それらの景色を生み出している存在がいる。

『敵は、センター・ゾーンをアンダー・ゾーンに近付けようとしていました。物質を存在させた後で、それがアンダー・ゾーンで存在できるかを確認するための場所としてでなく、アンダー・ゾーンへの道として』

 語られた事は、漣の想像を遥かに越えていた。

 センター・ゾーンは本来、トップ・ゾーンとアンダー・ゾーンを分かつ仕切りとして存在していたらしい。その存在の内部に入り込んだ敵は、その空間の内部に一つの世界を構築したのだと言う。それにより、センター・ゾーンはアンダー・ゾーンへの距離を縮める事になったのだと、『光』は語った。

 空間的に距離が縮まった事で、アンダー・ゾーンへの侵食がやり易くなるというのだ。召喚間隔が短くなったのは、距離が縮まったために敵の侵食が激しくなったためのようだ。レギオンも力を増し、『光』にも制御が難しくなっているのだとも、言っていた。

「そんな事を話してどうするんだよ」

 苛立ちを隠そうともせずに、逸也が呟いた。

『私にも明確なアドバイスをする事はできません。ですが、私のもう一方の意識である敵の意思には、何かを行うといった決意を感じました』

 センター・ゾーンが敵の手に堕ちたという状況から、敵がどう動くのかという事を完全に把握できないからだろう。同一の存在でありながら、別の意思を持つ『光』にも、相手の思惟を完全には読み取れないのだ。恐らくは、その逆もまた真だろう。

(同一の……?)

 自分の考えた推測に、漣は何かが引っかかった。

「なぁ、敵もあんたも、同一の存在なんだよな?」

 漣は問う。

『ええ、そうです』

「てことは、あんたにもレギオンは創り出せるはずだよな? それをせずにアンダー・ゾーンに住む俺達を召喚する理由はなんだ?」

 返答に、疑問を問い質した。

 同一の存在ならば、同一の力を持っているはずだ。二重人格だと自分で言ったのだから、同一の存在だという事は間違いない。そうでもなければ、敵を抑え込むという事自体も不可能なはずである。

 レギオンが創れるならば、同じレギオンをぶつける事もできたはずなのだ。それをせずに、アンダー・ゾーンの人間に力を与えてレギオンと戦わせるというのは、むしろ効率が悪いようにも思える。

『賢いですね、あなたは。ええ、私にもレギオンは創り出せます。しかし、敵と同じようにはいきません。同一の存在であるという事で、私は敵に能力を制限されています。勿論、私も敵の能力を制限して抑え込んでいますが』

 つまりは、一つの身体の中に二つの意識があり、互いの意思を抑え付けるために互いに身体を抑え合っているのだ。同じ能力を相手に使わせないようにする事で、互角で共倒れという結末を避けようとしているのかもしれない。

『私が抑え込まれたのは、レギオンを生成するような、形成力です。その制限された力でレギオンを創っても、敵の生み出すレギオンとは力の差が大き過ぎて歯が立ちません。そこで、私が抑え込んだ、空間移動力を使ってあなた達、意思ある者を召喚しています』

 空間移動力を抑え込む事で、敵が直接アンダー・ゾーンに移動する事を防いでいるのだろう。そのために、別の力を抑え込めず、敵に対して抑え込んだ力を自ら用いて、代わりにレギオンと戦える者を召喚したというのだ。

『マテリアライズは、形成力に最も近い能力です。最初に召喚したあなたには、それを渡しました。そして、マテリアライズで補えない力を、次に召喚したあなた達に渡しています』

 漣達が、個々では無理だとしても、総合的に『光』と同じ程度の力を持てるようにしたのだ。レギオンと、それを生み出している敵に対抗できるように。

 問題は、レギオンを操る敵に直接攻撃をぶつける手段が現時点では存在しないという事だろう。だから、『光』は自らが知る情報を漣達に教えているのかもしれない。同等の立場になれるように。

「……それで、あんたは、勝てるのか? もう一人の自分に」

 漣の問いに、『光』は沈黙した。

 それが返答でもある。自らに打ち勝つ、それは難しい事だ。人間であっても、自らの心の葛藤を克服する事は難しい。それと同じか、それ以上の事をしている『光』には、自らのもう一つの意思を完全に消滅させる事は難しいに違いない。だが、それは敵にも言える事のはずだ。

『……できる、とは言えません。しかし、やらなければなりません』

「良い答えだな」

 その返答に、漣は笑って見せた。

『……気をつけて下さい。センター・ゾーンは敵の管理下におかれた事、それを忘れないで下さい』

 遠ざかる『光』の気配に、漣は周囲を見回した。

 闇色の空間が解除され、敵の手に堕ちたと言われたセンター・ゾーンの景色が広がる。そこに今までとの差異を見い出す事はできなかった。漣達にしてみれば異常な空に、あるのかどうかすら視認し辛い地面。

「何も変わってねぇよな」

 逸也が呟く。

「レギオンが来るわね」

 深冬が言った。

(……レギオンの力が増しているとか?)

 周囲を警戒しながら、漣は考える。

 敵の手にセンター・ゾーンが堕ちた事で、何らかの動きがあるとすれば、それは漣達に向けられるものだろう。この場で、敵にとって障害となるのは漣達だ。

 最も有り得ると思ったのは、レギオンの強化だが、ここ数回の間に劇的に進化を遂げつつあるレギオンを強化する意味はない。元より、レギオンの進化が、レギオンの強化と同義だからだ。レギオンの進化は、それを生み出す敵が行っているのだろうから。

 だとすれば、この戦場を用いて行動を起こす事だが、それはレギオンにも影響を及ぼすだろう。効果的とは言えない。

(……支配下に置く意義はなんだ?)

 漣達に対して行動を起こすのではないと仮定した時に、センター・ゾーンを管理下に置く事の利点とは何だろうか。アンダー・ゾーンとの距離を縮めるだけがその理由なのだろうか。

「どうした?」

 考え込んでいた漣に、逸也が声をかけた。

「いや、ちょっとな。情報を頭の中で整理してたんだ」

 下手な推理はしない方がいいのかもしれない。

 考える事はアンダー・ゾーンでもできる。ならば、今はレギオンを殲滅し、生き残る事を考えた方がいい。

(……さて、力不足な能力でどう戦うかな……)

 意識を戦闘へと向ける。

 漣のマテリアライズは現状では決定打に欠ける能力だ。まだ根本的に使いこなせていないのだろうという事は解るが、それでも戦力として他の仲間に劣らないだけの戦闘能力が欲しい。

 澪那はどうやら能力の可能不可能の境目を見い出したらしい。核融合により生じる莫大なエネルギーを完全に操れるという事は、爆発としてエネルギーを発散させる以外にも効果を発揮させる事ができるようだ。

 核エネルギーを凝縮したレーザーが、その良い例だろう。前回、翼を生やしたレギオンを葬り去った攻撃だ。爆発としてだけではなく、エネルギー体として放つ。それが澪那に可能な本当の能力。

 攻撃能力としては現時点はトップに立っているだろうと思えた。

「今回は少し数が少ないのかしら?」

 深冬が小さく呟いた。

 前方に見えた影は、明らかに今までよりも少数だった。

「少数精鋭に切り替えたって事かもな」

 漣はそれに返事を返す。

 ただのデク人形から、自我を持ち、学習能力をも持つようになったレギオン。また進化しているというのなら、個々の能力の引き上げだろうか。そして、個々の邪魔にならない程度の数で攻める。多数で取り囲むよりは戦い易いかもしれない。

「――来る!」

 深冬が鋭く呟いた。

 瞬間、前方のレギオンが一気に加速し、突撃してきた。

(――数は……十!)

 回避行動を取り、仲間が散開する中、漣は敵の数を確認する。

 少なくとも二十はいないという事は解った。

「本気で少数精鋭かよ……」

 逸也の声が聞こえた。

 見れば、散開した事で漣と逸也、澪那と深冬の組みで分断されていた。今回は逸也とタッグを組んで戦わなければならないようだ。

『……少数精鋭か、良く言ったものだな』

 レギオンの声に、漣と逸也は身構える。

 鎧を纏ったかのような硬質な外骨格に覆われたレギオンが立っていた。身体は以前のものよりも更に一回り大きく、翼もある。頭部の赤いレンズ状の眼は二つに減っているが、今までとは明らかに異質に感じられた。今までの球形の眼ではなく、人間や他の動物のように、瞼で挟まれたような左右の先端が尖った楕円形の眼になっている。

『我々は今日こそ貴様等を超える』

 正面のレギオンが言い、一歩踏み込んだ。

 それを合図に、全てのレギオンが動き出す。

「やれるもんならやってみやがれ!」

 逸也が叫び、手をかざす。

 瞬間、逸也の掌から重圧が放たれ、レギオンを吹き飛ばした。

「――何っ!」

 だが、次の瞬間、漣は信じられないものを見た。

 レギオンが身体を反転させ、掌を逸也に向ける。その直後、電撃がレギオンの掌から放たれ、逸也を直撃した。

「がはっ……!」

 吹き飛ばされ、逸也が地面を転がる。

『そいつは挨拶代わりだ』

 電撃を放ったレギオンが言い、他のレギオンが高笑いを上げた。

(次の進化は攻撃能力――!)

 漣はそう判断を下した。

 ここに召喚され、レギオンを薙ぎ払っていた漣達のように、遠距離にも近距離にも使える特殊な能力を、レギオンも獲得したと言う事だ。漣達のように、強力なものではなくとも、遠距離攻撃が可能になったというだけでも脅威だ。

「ちっ……」

 電撃で焦げた逸也のシャツが破れる。

 挨拶代わりと言った事で、威力を抑えたのだろう。起き上がった逸也にそれほどのダメージはなさそうだった。

『我々が貴様達に劣っていたのは特殊能力のためだ。だが、我々はそれを克服した』

 透明な地面を蹴り、レギオンが飛び掛かる。

 横へと逃れようとする漣に、レギオンが掌から炎を放った。火炎放射器のように、迫り来る炎を、漣はマテリアライズで生成した消火薬をばら撒いて防ぐ。

 背後から風を感じたかと思った瞬間、漣の身体に痛みが走った。

「――ぐっ……!」

 見れば、右上腕と左腿、左腕に切り傷が刻まれている。

『これは中々狙いが難しいな』

 レギオンの呟きが聞こえた。

 風、風圧を利用してかまいたちを起こしたのだろう。それが漣の身体に傷を与えたのだ。

 着地の瞬間に、左腿が痛み、バランスを崩しそうになるのを堪え、漣は右手にチェーンソーを生成する。右腕と左腕に走る痛みを無視して、チェーンソーのエンジンを始動させた。傷はそれほど深いものではなく、堪えられる範囲だ。

 流れ出る赤い鮮血が漣の動きで周囲に飛び散る。

 振り上げたチェーンソーをレギオンへと叩き付けるが、レギオンは風を纏い、移動能力を上昇させてかわした。

「くらいやがれぇーっ!」

 逸也が叫び、レギオンへと小型のブラックホールを投げ付ける。

 それを回避し、レギオンが逸也の周囲に巨大な氷柱を創り出した。それが逸也へと向けられるのを察知して、漣は氷柱全ての真上に熱湯を生成しそれを振り撒く。氷柱が溶けたのを確認する暇もなく、漣は真横からの攻撃を寸前で回避する。

(……電撃に炎、風に氷……)

 レギオンに与えられた能力は、恐らく自然界のエネルギーを操るものだ。

 解り易いが、弱い能力だとは決して言えない。極端ではないが、それ故にバランスが良い。戦い辛いと、漣は思った。

 チェーンソーを振り回す連と、小型のブラックホールを周囲に振り撒いている逸也。二人の攻撃はレギオンに届かず、レギオンの攻撃は何とかかわしている状態だ。

 澪那や深冬の方へ眼を向ければ、そちらも苦戦しているようだった。澪那は核レーザーを放っているが、翼を持ち、風を操れるレギオンには命中していない。そして、深冬の格闘も、距離を取られては届かない。

(……押されてる)

 背中にじわりと汗が浮かんだ。

 今まで圧倒してきたレギオンに、前回から押され始めている。進化するレギオンが、確実に漣達へと近付き、追い越そうとしてるのを感じた。

(……だからって――!)

 チェーンソーを投げ付け、両手に拳銃を生成する。

 投げられたチェーンソーを避けたレギオンへと銃弾を撃ち込む。高速で撃ち出された銃弾は、レギオンへと命中した。しかし、硬質な外骨格に阻まれて傷を負わせる事はできない。

(――負けるわけにはっ!)

 前方から吹き付ける風に混じり、かまいたちが漣の身体を浅く切り裂いた。

 傷口から溢れた血が飛び散る。それを無視して、漣は飛び掛ってくるレギオンから身を退き、拳銃から手を離すと新たな武器を手に創り出した。

 長い槍。それを右手で掴み、左手で支え、柄の尻の部分を地面に突き刺すように押さえつける。自身の身長の二倍以上もある槍をそうして固定し、飛び掛ってくるレギオンへと刃を向けた。

『――!』

 瞬間的に生じた槍に、レギオンは回避行動を取れずに直進する。

 刹那、漣は槍から走る衝撃を全身で押さえ、受け止めた。槍はレギオンの胸部を貫通し、胸を貫かれて絶命したレギオンが、漣の目の前で止まっていた。その死んだレンズ状の眼を見据え、横に投げ出すようにして槍から手を放す。

『貴様……!』

「――へぇ、一端に仲間意識も持つようになったのか……?」

 先ほどの衝撃の抜け切らない重い身体を強引に身構えさせ、漣は告げた。

 口元に挑戦的な笑みが自然と浮かんでいる。レギオンを一体倒せたという余裕ではない。ただの虚勢だと、自分でも解った。

「生憎と、てめぇら紛い物に負けてやる理由はないんでな」

 乱れた呼吸が少しずつ整っていくのを感じる。

 仲間を一体やられた事で怯んだその隙に、どうにかできた休憩だった。だが、それだけでもないよりはマシだ。

『喰らえ!』

 レギオンが一斉に手をかざす。

「マテリアライズ!」

 自分と逸也を覆うように、漣は絶縁体の布を創り出した。放たれた電撃がその布で弾かれ、漣達には届かずに消える。

「……電撃だと良く判ったな?」

 逸也が小さく耳打ちした。

「まぁな」

 理由を説明している時間はない。そう判断した漣ははそれだけ答えた。

 遠距離からの攻撃をする際、重要なのは威力と速度だ。そのうちの速度を考えれば、電撃が一番速いだろう。威力としても、対象を感電させ、一時的に麻痺させるという追加効果を考えれば、電撃が最も使い易い力だ。そう考え、漣はそれに対応できるものを創り出したのである。もっとも、勘による部分がないわけではないが。

「それよりも、お前も一体くらい倒せるだろ?」

「当たり前だ」

 逸也を挑発し、漣はレギオンへと意識を向ける。

 絶縁体の布を圧縮された水流が切り裂いた。水圧で鉄でも切断できるウォータージェットの要領で漣達も切り裂くつもりなのだろう。

「……水なら……!」

 呟き、水流へと手をかざす。漣の意識が能力を発動し、液体窒素を創り出した。それに動作を与え、水流に触れさせる。

 瞬間的に冷却された水流が、液体窒素の触れた場所から水流が凍結を始め、掌から水流を放っていたレギオンすらも凍り付かせた。駆け出し、手に金槌を創り出すと、漣は凍りついたレギオンへとその金槌を思い切り叩き付けた。命中した金槌が凍りついたレギオンに衝撃を叩き込む。その全体に罅が入り、粉々に砕け散った。

(戦える……!)

 額から頬、顎へと伝う汗を手の甲で拭い、漣は状況を確認する。

 上手く隙を突き、相手の行動に対して有効な行動を取れば、身体能力で劣る漣でもレギオンを倒す事ができる。漣はそれを実感していた。

 見れば、澪那も爆発と核レーザーを使い分け、組み合わせてレギオンに攻撃を撃ち込んでいた。深冬は澪那の牽制に専念し、足止めや行動を封じる事のみを行っている。完全に役割を分担する事で効率的にレギオンと戦っているようだ。

「ちっ……!」

 逸也が重圧を前面に押し出し、レギオンを弾き飛ばす。

 吹き飛ばされつつもレギオンは炎や氷柱を放ち、逸也は自身にかかる重力を制御して身体能力を上昇させ、回避していた。逸也が放つ小型ブラックホールはレギオンにかわされ、反撃を逸也は重力制御で避ける。それを繰り返していては勝てないというのは解っているのだろうが、恐らくは対処法が見つからないのだ。

「動き回りやがって……ウザってぇ!」

 逸也が振り上げた手を地面へと振り下ろした瞬間、飛翔しているレギオン全てが地面に叩き付けられた。起き上がろうとするレギオンに、更に重力が圧し掛かる。それでも尚、起き上がろうと手を突いたレギオンが、その腕が重圧に耐え切れず、砕けた。外骨格が砕け散り、地面に再度レギオンが叩き付けられる。

 音を立ててレギオン達の外骨格が軋み、破砕される。絶叫を上げるレギオンに、逸也は容赦なく重圧をかけ続けた。

(――!)

 その逸也の背後から攻撃を仕掛けようとするレギオンがいるのを見て取り、漣は駆け出した。掌を向け、そのレギオンの周囲に液体窒素を生成し、それでレギオンを凍らせる。

「逸也!」

 叫び、気付かせる。

 背後に眼を向け、凍り付いたレギオンを認めると、逸也はそのレギオンを重力を操って地面へと叩き付けた。砕け散るレギオンに一瞬だけ意識が向いたのか、他のレギオンを抑え付けている重圧が和らぐ。

 その瞬間に一斉にレギオンが逸也に攻撃を放った。その回避に重力操作を使ってしまい、レギオン達が解放される。

「……くそっ!」

 逸也が呻く。

 重圧をかけてレギオンを押し潰そうにも、外骨格が強靭過ぎて圧壊させるには時間がかかるのだ。

「……!」

 高速で突撃してきたレギオンの爪を、逸也は横にスライドするようにして避ける。瞬間、逸也の表情が変わった。何かに気付いた表情だと、漣には直ぐに解った。その表情は直ぐに消え、凶悪とも言える笑みが口元に浮かぶ。

 逸也が手をかざす。その先にいるレギオンの動きが止まったかと思った瞬間、レギオンが内側から破裂し、弾け飛んだ。

『――なっ……!』

 レギオン達の動きが一瞬止まる。

「解ったぜ……。お前らの外骨格は外側からの攻撃に強くできている……」

 逸也が呟く。

「俺の重圧攻撃はその外骨格とは愛称が悪いと思ってたが、そうでもないな」

 今まで逸也が仕掛けていた外圧で押し潰すという攻撃は、外側からの攻撃に強いレギオンの外骨格には効果が薄かった。そのために、押し潰すのには時間も、逸也の精神力も必要だったのだ。

「内側からの圧力には弱い」

『馬鹿な……! 貴様には物体の内側の重力操作はできないはず――!』

「はっ、そりゃ簡単な事だ。内側から押し広げるんじゃない。外側から引っ張ればいいのさ」

 レギオンの焦りの混じった声を鼻で笑い、逸也は告げた。

 重力を逆方向に作用させ、引っ張るという引力を利用し、押し上げる、押し潰すというベクトルではなく、逆に引き上げる、引き千切るという方向に使ったのだ。そうすれば、内側から押し広げるのと同じ効果を生み出す事ができる。

「もうお前等のタイプにゃ梃子摺らねぇよ」

 言い、逸也は動きを止めていたレギオンを一体ずつ順に破裂させていった。

(……圧倒的だ)

 その光景を見て、漣は思う。

 澪那もそうだった。圧倒的な破壊力を持つ力を与えられている。一方的な展開まで、前回漣が見た澪那の能力と似ている。

 漣には、それだけの圧倒的な力はない。もう、今となってはあるのかどうかすら怪しく思えてすらいる。今回のタイプのレギオンも何とか数体倒す事はできた。しかし、それは敵の隙を突けたからに過ぎない。まともに戦っていれば、あの数を相手に漣は生き残る事はできなかっただろう。

 澪那や逸也は境界線を越えた。そういう事だろう。

 恐らく、深冬は既に自分の能力で可能な限界を悟っている。そう感じさせるだけのセンスを、深冬からは感じる。

 だとすれば、漣の持つマテリアライズの真価とは一体何なのか。今使えるだけが漣の能力の全てなのだろうか。だとすれば、余りにも無力だ。

「……? どうした?」

 レギオンを殲滅した逸也達が漣の元へ集まってくる。

「ん、ちょっと考え事さ」

 逸也の問いにそう答え、漣は誤魔化した。

「考え事?」

「ああ、いや、皆どこに住んでるのかなって思ってさ」

 澪那の言葉に、漣は咄嗟にそんな事を口走っていた。

 元々、聞いておきたい事でもある。今まで考えていた事を誤魔化し、漣が考え込んでいた理由にするには丁度良いものだった。

「俺は鹿児島に住んでるけど、何でそんな事を訊くんだ?」

「……もし、仮に敵が俺達の世界に侵食したら、対抗できるのは俺達しかないだろ? いざと言う時にバラバラじゃ困るのは俺達自身だ」

 逸也の返答に少し驚きつつも、漣はそう答える。

 実際、『光』と『敵』の力は拮抗しているようだが、いつそのバランスが崩れるのか判らない。『光』が勝てば問題ないが、『敵』が勝った場合も考慮しておくに越した事はないはずだ。

「私は青森」

「私と漣は長野」

「近所だから召喚されてるってわけでもないみたいだな」

 深冬と澪那に続いて、漣は溜め息と共に呟いた。

 漣と澪那が近所だったために、漣は逸也や深冬も近所に住んでいるものだとばかり思っていた。しかし、現実は違う。住む場所は関係なく、召喚されているようだ。もっとも、言葉の通じる日本国内で選定されているのはありがたいが。

「確かに、最悪の事態は考えておいた方がいいかもしれないわね」

 漣や逸也、澪那が負った傷を能力で治療しながら、深冬が呟く。

 掌をかざし、意識を向けるだけで、深冬は傷を治療できるようだ。患部が仄かに白く輝きを帯び、傷が目に見える速度で塞がって行く。

「俺達はあいつらを殺し続けりゃいいんだろ?」

「そう簡単でもないと思うけどねぇ」

 逸也の言葉に、深冬が告げる。

「レギオンも押さえなきゃならないけど、結局防がなきゃいけないのは敵の侵入だからな」

 深冬の言葉を継いで、漣は言った。

 レギオンは単なる尖兵であって、防がなければならない本体ではない。無論、レギオンのアンダー・ゾーンへの侵入を許すわけにも行かないが、そのレギオンを生み出している親玉でもある『敵』そのものの侵入は防がなければならない。最終的な『敵』の目標はアンダー・ゾーンへの侵入なのだから。

 レギオンを殲滅しても、敵がアンダー・ゾーンに侵入してしまえば意味がない。だが、だからと言って、漣達には『敵』そのものに直接攻撃をしかける事ができないのだ。

「ちっ……」

 逸也が苛立たしげに舌打ちする。

 漣達にどうにかできる問題でない事は、逸也も気付いているのだ。

「何だか、本当に雲の上の戦いって感じがするわね」

 深冬が呟く。

「いい加減にして欲しいぜ、全く」

 逸也が吐き捨てる。

(……確かにな)

 このままではいずれ、漣達はレギオンに敗北するだろう。人数が増え、仲間が増えるというのならばともかく、現状の人数のまま戦い続けなければならないとしたら、レギオンは確実に漣達に追い付くはずだ。現に、漣一人の能力ではレギオンを薙ぎ払えない。

 次に召喚された時、レギオンがどのように進化しているのかが恐ろしいと、漣は思い始めていた。

(……状況が動かなければどうしようもない)

 だが、状況が動く場合は限られている。一つは、『光』が『敵』を押さえ込む力が強まった場合であり、もう一つはその逆だ。そして、後者は漣達に不利な状況を作り出す。状況が動いて欲しいと思いつつも、不利になる事を恐れるが故に、現状維持でも構わないと心のどこかで思っているのが判った。現状維持でもいずれ力を増していくレギオンに圧倒されるかもしれないというのに。

(くそ……どうなるんだ、俺達は――!)

 ただ、不安感だけが増していく。いつになればこの争いに決着が着き、この生活が終わるのか。

 漣達には、ただ成り行きに身を任せるしかなかった。

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