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転校初日

シュテルク魔術養成学校で実施されている授業は大別して、一般教養科目と専門魔術科目二つに分けられる。幼年部、中年部、高年部と学部が上がっていくにつれて、全体授業に占める専門魔術科目の割合も大きくなる。ユラの所属することになった幼年部では一般教養科目の割合が大きい。クラスによっても差があるが、Aクラスでは概ね一般教養科目が6、専門魔術科目が4の割合で行われる。一般教養とは言葉の意味どおり、魔術とは関係なく人としての教養を身につけるための授業である。そして専門魔術科目では魔術を扱った専門的な授業が行われる。昨日ユラがヒナリアのとなりで聞いていたほとんどの授業は専門魔術科目である。


 現在幼年部Aクラスでは一般教養科目である自然言語についての授業が行われている。それをユラはただ聞いていた。




 「はい、それでは今日はテキストの本読みから始めるとしましょう。各自まずは39ページからの話を黙読してみなさい。」


担当である年老いた男教師が授業を進める。


 「ほら、ユラくん。」


ボケッとしていたユラに横の席から声がかかる。横の席、ユリア・ケイリは自分の持っている教科書をユラに見えるように机の真ん中に置いた。


「今日は教科書まだないだろうから、一緒に見ましょう。」


「ん…。」ユラは差し出された教科書に目を向ける。


「このページから始まる話をとりあえず黙読ね。もし分らない言葉があったらチェックしてくれていいから。」


「もくどく?」ユラは首をかしげる。


その表情にケイリは察する。


「えっと黙読っていうのは目で文章を読むことね。と、というかユラくんって文字よめるの?」そういえばケイリは教師からその辺りの説明は何も受けていなかった。


「ヒナにすこし習った。」


「ヒナってマスター?」


「うん。でもこれはよく分らない処がある。」


「そっか。全く読めないわけじゃないのね。じゃあ読んでみて分らないところに印して。私の分かるとこなら教えてあげるから。」


元来クラス長を務める彼女の性格は面度見がよく、責任感が強いという点があげられる。それに加えユラの態度もまた彼女の保護欲を掻き立てるのに一役をかっていた。ユラはその調子でケイリからのサポートを受けつつ、授業を消化していった。




 




「ユラくんって何歳なの?」


授業の合間の休み時間、ユラは一般の転校生よろしく軽い質問攻めにあっていた。とはいっても質問者は隣の席になったケイトだけで、周りの生徒はユラを気にしている風ではあっても中々話しかけられずにいた。


「わかんない。」


「見た目は私達と同じくらいだもんね。ここのクラスは10歳くらいの人が多いから、ユラくんもそうなのかなあ。」


「よく覚えてない。」


「覚えてないって召喚される前の事?」


 ユラは曖昧に頷いて見せる。

使い魔についての知識はまだ幼年部ではほとんど扱っていない。しかし、ケイリは自身で蓄えた知識によってある程度使い魔について把握していた。


「じゃあ分らないことがあったらなんでも聞いてね。私の事はユリアでいいから。」


「…ユリア。」


ユラの言葉に一瞬ドキッとしてしまうケイリだった。家族以外の異性にファーストネームを呼び捨てにされることに慣れていないのだ。







次の授業は専門魔術科目だった。


「みなさんはこれから多くの魔術を見て行くことになるでしょう。魔術というのは系統や使い手によって様々な数があります。」教師はAクラス担当のミリアリア・ナナリだった。


「そのなかでもほとんどの魔術師が初めに行うのがリモート。つまり手を触れずに物を動かす魔術の事です。まずはどんなに小さいものでも構いません。少しでも動かせるようになることを目標にしていきましょう。」


そういってナナリは教壇に置いてあった沢山の小さな直方体のブロックに手をかざして手を振り上げる。するとそれらブロックは空中を浮遊し、生徒それぞれの机に一つずつ置かれた。これは彼女が《リモート》を発動させた結果である。クラスからは感嘆の声があがる。



「今みなさんの机にお配りしたのは魔術の影響を受けやすい素材でできたものです。まずはそれを動かせるように頑張ってみましょう。いいですか、自分の中で魔力を使うイメージを作っていくのです。みなさん走る時には体力を使いますよね、何かを考えるときには知力、遠くのものを見るときには視力。魔力もそれと同様皆さんの中に備わっている力です。始めは意識してそれを使って何かをするというイメージを作っていきましょう。」


 ナナリからの説明が終わり、生徒は各自目の前の物体を動かそうと試みる。



「リモート」「リモート」「リモート」



しかし、声が響くだけで、目の前の物体に変化はない生徒がほとんど。中には物体が若干移動する生徒も見られた。まだ魔術がほとんど使えない幼年部でもここAクラスは比較的優秀な生徒が集まっていた。ナナリは教室を歩き、一人ひとりにアドバイスを与えて行く。


 ユラはその様子をきょろきょろと観察していた。


《リモート》


横から声がする。ケイリの前に置かれたブロックが彼女の手の動きに合わせて空中を浮遊していた。

「まあ、ケイリさんはやはり優秀ですね。みなさん拍手。」


ナナリに合わせて皆が拍手する。ケイリは少し照れくさそうに苦笑いしていた。


「ユラくんはどう?いきなりの授業で戸惑うことも多いでしょうけど。」


近くに来たナナリがユラに話しかける。


「リモート」


ユラも周りと同じようにするが、目の前のブロックに変化はない。


「さすがにまだ難しいわよね。でも頑張ればすぐに使えるようになるわよ。」


「ユラくん、私がコツを教えてあげるわ。」ケイリが云う。


「横には優秀な先生もいますものね。ケイリさん色々助けてあげてね。」


「はい、ナナリ先生。」ケイリは嬉しそうに返事をする。




「先生、先生。俺だってできたぜ。」


ひときわ大きな声が教室後方から上げられる。


「ジンくん。よくできました。みなさん拍手。」


ケイリとは違い拍手に胸をはるマイロ・ジン。


「そうですね。もうちょっとブロックが安定して浮くようになるといいかしら。落ち着いて魔力を使うイメージをしてみましょう。」


「そんなことないって。ほら、もうこんなに動かせるし。」


そういって手を大ぶりしてブロックを動かして見せるジン。ブロックは空中を激しくぶれながら移動していた。


「だ、ダメよ。危ないからやめなさい。」


ナナリが注意をしたのとブロックが彼の手を離れて高速で飛んでいくのがほぼ同時だった。そしてそれは後方から左前のケイリのいる方向へと飛んでいく。小さいブロックでもそれなりな重みがある。それがこの速さで当たれば大けがではすまない。当事者のケイリはもちろん、その時ジンの傍にいてケイリから距離があったナナリも反応する時間がなかった。


「ケイリさん!よけ―」



《アブソラプション》



次の瞬間にはブロックはケイリの前で静止し、何事もなかったように床に落ちる。


「だ、大丈夫ですか!?ケイリさん。」


慌ててナナリがケイリに駆け寄る。


「え、ええ。私は何ともありません。」ケイリも事態がつかめないまま、返事をする。


「よ、よかった。」ホッとした声を出したナナリはジンの方向へ振り返る。


「皆さん。分りましたね。魔術は一歩間違えると非常に危険です。だから使うときには本当に注意して使わなくてはなりませんよ。ジンくんもこれで分りましたね。」


「ちぇっ」ジンはふてくされたようにそっぽを向く。


「ちゃんと反省しなさい。あなたのせいでケイリさんが怪我する処だったのですよ。ちゃんと謝るのです。」


「ああ、もうわかったよ。ごめんなさい、クラス長。」嫌々といった感じでケイリに向かって謝罪する。


「い、いえ私は何もなかったので。」


「では今日は少し早いですが授業はここまでにしましょう。もう一度いいますが、魔術を使うときには十分な注意が必要です。いつも言っているとおり、授業以外で魔術を使ってはいけませんよ。」


授業以外での魔術使用の禁止は幼年部に設定されている規則だった。




「ね、ねえユラくん。今のってユラくんが何かしたの?」


ナナリが諸注意をしている最中にケイリはユラに話しかける。ユラの横にいたケイリだけがユラの口から言葉が発せられた事に気づいていた。そしてその直後にブロックが止まった事を。


「よくわかんない。」ユラはヒナリアにしたときと同じ答えを返す。


「…そっか。でもありがとう。私すごく怖かった。」


そう言ってユラの手を握るケイリの手は震えていた。事態が把握できてみて改めて恐怖が襲ってきたのだった。それと同時に無事であることに安堵する。


「ユリア、助けてくれた。」


ユラのまっすぐな言葉にケイリの顔は赤くなる。


「あ、えっと、あの、ユラくんのことこれからユラって呼んでもいいかな?」


控え目な言葉だった。


「…?」ユラはケイリの様子がよくわからず、首をかしげる。


「…いい?」


ケイリの問いかけにとりあえず頷いてみせるユラだった。それを見て安心したように頬を緩ませるケイリ。



「よ、よかった。これからもよろしくね。ユラ。」

「うん。」





そんな二人の様子をもう一人の使い魔マリーがじっと見つめていた。



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