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「いいですかユラ。もし分らないことがあったら、直ぐにわたくしの処にくるのよ。場所は覚えていますね?」
「うん。」
「なにもなくても休み時間になったら来なさいね、分りましたか?」
「うん。ヒナ昨日からそればっかり」
ヒナリアがこれを確認したのはもう50回を超えていた。さらに早朝からユラの配属される幼年部Aクラスとヒナリアの所属する高年部Dクラスの間を何往復もして、ユラに道順を覚えこませていた。
「あ、あのミス・ミクシア。そろそろ教室に入りたいのだけれど。それにあなたも早く教室に行かないと。」
先ほどから二人のやりとりを教室前の廊下で見ていたAクラス担当教師のミリアリア・ナナリは教師らしからぬ控え目な調子で言った。
「そうですか。それでは失礼いたしますわ。」優雅に微笑んで踵を返すヒナリア。
「いえ、ユラくんを連れていってはダメですよ。」
手をつないでそのまま行こうとしたヒナリアを慌てて止める。
「で、でもですね先生。ユラはまだ右も左もわからない調子でして、とても集団生活を一人でできるとは―」
「大丈夫ですよ。それを学んでいくのが、学校というところなのですから。それに私もできる限りのフォローをしますし。」
「で、ではユラに何かあった時はあなたが懲戒免職処分になるのですね?」
「罰が重すぎです!?」
「でもですね、わたくしユラの主人ですし―」
「ほらほら、大丈夫ですから、あなたはあなたの修練にお励みなさい。」
ナナリはそういって無理やりつないでいた手をひきはがし、ヒナリアの背中を押す。しばらくは抵抗していたヒナリアだったが、ようやく自分で教室へ向かっていった。途中なんども振り返りはしたが。
「ふう。ようやく、行ってくれました。さてユラくん。」
取り残されたユラは隠れるべき背中がなくなって若干挙動不審に陥っている。
「先ほどはちゃんとお話できませんでしたので、改めてよろしくお願いしますね。あなたの担当教師になるミリアリア・ナナリです。なにか困ったことがあったら何でも聞いてくださいね。」
ユラは少し怯えた様子を見せたが、黙って頷いた。ナナリはそれを確認し、教室のドアを開ける。そして自分の後ろからユラを歩かせる。ドアが開いた事で騒がしかった教室内が静まり返る。そしてその中の全員の視線はナナリの後ろのユラにそそがれた。
「はい、みなさん。おはようございます。」
「「おはようございます。ナナリ先生。」」
「今日はこれからみなさんと一緒に勉強していくお友達を紹介します。」
そう言ってユラを壇上に立たせる。大勢の視線に晒され、俯いてしまうユラだった。
「ユラ君です。彼は高年部にかよっているヒナリア・フォン・ミクシアさんの使い魔でもあります。まだ色々分らないことだらけで不安でしょうから、みなさん仲良くしてあげてくださいね。」
「「はい。ナナリ先生。」」
「それではユラくんにはケイリさんの隣の席に座ってもらいましょう。さ、ユラくん。」
そういって教室の窓際の席に施す。幼年部の教室は高年部のような段差になった講義室の構造ではなく、二人掛けの机が列になって配置されていた。ユラは指示された通りにあいている席へと腰を下ろす。
「さ、ではまず、出席をとります。自己紹介はまたあとでしましょうか。」
ナナリはそう言って名前を順に呼びあげるが、ユラの頭には入っていなかった。
「よろしくね。ユラくん。」
ユラの横に座っている女生徒から声がかかる。
「私はユリア・ケイリ。クラス長もやってるからなんでも聞いてね。」
「…ユラ。」
ユラもなんとか声を出す。
「それにしても同じ使い魔でもマリーさんとは随分違うのね。」
ケイリの言葉にユラは首をかしげる。
「あのね。この教室にはもう一人、高年部の人の使い魔の子がいるの。ほら、あの前に座っている。」
ケイリの示す視線の先には、髪の長い少女が座っていた。その色は透き通るような白。明らかに周りの生徒とは異質な雰囲気を放っていた。ユラとは違い、堂々とした様子が言葉では言い表せないほど優雅なオーラを形成している。
「彼女は彼女であんまり、人と話さないんだけどね。」
その時彼女が首を動かし、ユラと視線を合わせる。ユラは直ぐに視線をそむけてしまう。
「あ、こっち見た。やっぱり使い魔同士なにか感じるのかなあ。」
「ケイリさん。自己紹介はほどほどにね。」
その時ようやくケイリは自分が呼ばれていたことに気づく。
「すみません。先生。」
ユラが感じていたのはマリーとよばれた使い魔と一瞬視線を合わせたときに感じた言いようのない怖さだった。